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27.リンデンバウム
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宝はカフェラテ、桃はハーブティを頼んだ。
「桃さん、兄がね、あなたと出かけるといつも美味しい果物を届けてくれるの。うちね、皆、お酒が飲めないものだから、お菓子とか果物に目がないのよ」
桃が微笑んだのに、宝は引き込まれた。
なんと素直にふわっと笑うのだろう。
この子は、年の頃よりだいぶ幼く微笑むようだ。
いや、本来、二十歳くらいの女の子はこう言う感じなのかもしれない。
自分の周りにはいないだけで。
「私も、果物とかお菓子大好きなんです。保真知さんに、果樹園に連れて行って頂いて本当に楽しくて。でも、あの、保真知《ほまち》さんが私の祖父母の分も買ってくださってたんです・・・私がお金出したわけじゃなくて。すみません・・・」
そう言われて、宝の方が戸惑った。
そんな事気にしているのか。
そんなの当然じゃないの。
大体、お土産買って帰りましょうと言い出したのは桃らしいのだ。
そんな事すら気づかない女もいるのだし、男もいる。
それは長兄とその妻の事であるけれど。
よく国内外家族旅行に行くらしいが、特に何の手土産も無い。
そして、今まで、保真知もそんな事した事はないのだ。
だから、確かに、兄にとって、桃の良い影響と言う事だろう。
「あなた学生なんだし。・・・お食事代とかお茶代出してくださっているんでしょ?いいのよ、そんな気を使わなくて」
飲食代は女に払うばかりで払ってもらったことなどない兄は感激していたくらいだ。
ちなみに、学生に支払わせるなんてと両親には怒られていたし、宝自身もそんな金を出させる男は願い下げだけど。
けれど、まあ、堅いお嬢さんだな、と好感を持ったのも事実。
「私、車乗せて頂いている訳ですし、そのくらいは・・・」
桃はそう言い、また微笑んだ。
「ご両親にも本当にお世話になっていました」
「いいのよ。うちの両親がはしゃいでるんだから。ご迷惑じゃないといいけれど」
ああ、本当に。
兄がこの子と結婚したら、または、学生時代にこういう女の子と付き合っていたら、両親も安心だったんだろうなあと思う。
でも、もう兄は学生ではないし。
何より、自分は、桃では困るのだ。
「・・・ねえ、来月、お食事会をするという話だったでしょ?延期になったと聞いたものだから・・・。お会いしたくて」
「・・・すみません、急な話でしたね・・・」
いいのよ、と宝は微笑んだ。
縁談というのは、いろいろ大変だもの。
そんなこともあるだろう。
でも、そういうものって、一度ミソがつくとうまくいかないモノであるという事も知っている。
・・・自分は、そうなりたくはない。
「院に進むんですって?優秀なのね」
「・・・いえ、私、社会に出れる自信もないし、もうちょっと勉強しないと」
謙遜なのか、本音なのか。
「・・・オルソンさん、私ね。あなたにお聞きしたい事があって。・・・あなた、小松川さんの娘さんなの?」
保真智が話したのだろうと桃は頷いた。
「・・・私が産まれる前に両親は結婚しない事を決めたので。今まで、私は、あちらのお宅とはほぼ交流もなかったので知らない事ばかりですけれど」
どう説明すればいいのかと思ったが、そのまま話すしかないだろう。
「そうよね。だから、名字もオルソンさんなんですものね。・・・二十年くらい前って、今ほど外国人の方と結婚するとか一般的ではなかったから、難しかったんでしょうね。あちら保守的なお家でらっしゃるし」
と言っても。母は日本人なのだけれど。
「・・・学生同士でもありましたしね」
そうよね、と宝は頷いた。
あの保守的な小松川家が、そう簡単に、息子とハーフの女性との学生デキ婚を受け入れるかと言ったら、無理だろう。
「・・・でも、認知されてないのは何でなの?」
失礼をさらに承知で踏み込んだ。
婚外子とは言え、認知くらいはするだろう。
小松川家にその経済力はあるし、後々揉めない為のリスクヘッジを考えないわけがない。
「・・・私の母が、約束を反故にして私を産んだからですね」
そう言われて、まっすぐ見つめられて、宝はどきりとした。
「・・・宝さん、あなたは意地悪な人だとは思えない。・・・ただ興味があるとかで会いに来てくださったとは思いません。どうぞ、何でもそのまま用件を仰ってください」
ああ、きっと。
この子は自分に何を言われようが、傷つかない。
ならば、そんな事を自分に言わせない為か。
優しい子だな、と宝は思った。
でも、ならば、そこに付け入るような事でも自分はしなければならない。
「・・・そうね。今回のご縁談って、うちや兄にとって、とっても良い縁談と思うの」
宝はカフェラテを飲み干した。
「・・・私も結婚が決まっていてね。今すぐではないのだけど。多分、2年後とか。彼の家、ちょっと堅いおうちでね、結婚する時に、大袈裟に言うと七代七親等調べられるんですって」
民法上の親戚からも外れる七親等まで、と表現するのだから、それだけ難しい縁談と言える。
桃は不思議そうな顔をしたが、素直に頷いた。
「・・・となると、あなたの存在って、私にとっても、いずれはうちにとっても都合が悪いのよ」
桃は黙って聞いていた。
「・・・あなたはまだ若いし。とても頭もいいじゃない?ルーツだって海外にあるんだし、自分の将来を日本だけに限定する必要もないし、まして、兄と急いで結婚する必要なんて無いじゃない?」
言っているうちに、とても正論な気がしてきて宝は微笑んだ。
まるで、気の毒な彼女を励ましているかのような気分。
「・・・そうですね」
そう返事をされて、肯定されたと、宝はほっとした。
「ご心配されるのは当然。・・・大丈夫。もうお気に病まないでください」
桃はそう言うとハーブティーに口をつけて、微笑み返した。
リンデンフラワーという名前のハーブらしい。
「・・・初めて聞いたわ」
「ああ、ええと・・・菩提樹という木の花なんですよ」
「知らないわ」
「・・・日本だと何でしょうか、桜のお花をお茶にしたりしますよね。・・・昔を思い出すようなちょっとリラックスするようなお茶ですね」
リラックス?と宝は少し笑った。
揚げ足取りだとは思うけど。
自分と対峙しておいて、この内容で、なんて違和感。
けれど、確かに。
目の前の女は、ちっとも緊張しているようには見えない。
既に兄との縁談を諦めていたのだろうか。
それとも。
悲しいのかもしれない。
自分の罪悪感を消す為に、宝は、急いで「それじゃ」と言って立ち上がって店を出た。
「桃さん、兄がね、あなたと出かけるといつも美味しい果物を届けてくれるの。うちね、皆、お酒が飲めないものだから、お菓子とか果物に目がないのよ」
桃が微笑んだのに、宝は引き込まれた。
なんと素直にふわっと笑うのだろう。
この子は、年の頃よりだいぶ幼く微笑むようだ。
いや、本来、二十歳くらいの女の子はこう言う感じなのかもしれない。
自分の周りにはいないだけで。
「私も、果物とかお菓子大好きなんです。保真知さんに、果樹園に連れて行って頂いて本当に楽しくて。でも、あの、保真知《ほまち》さんが私の祖父母の分も買ってくださってたんです・・・私がお金出したわけじゃなくて。すみません・・・」
そう言われて、宝の方が戸惑った。
そんな事気にしているのか。
そんなの当然じゃないの。
大体、お土産買って帰りましょうと言い出したのは桃らしいのだ。
そんな事すら気づかない女もいるのだし、男もいる。
それは長兄とその妻の事であるけれど。
よく国内外家族旅行に行くらしいが、特に何の手土産も無い。
そして、今まで、保真知もそんな事した事はないのだ。
だから、確かに、兄にとって、桃の良い影響と言う事だろう。
「あなた学生なんだし。・・・お食事代とかお茶代出してくださっているんでしょ?いいのよ、そんな気を使わなくて」
飲食代は女に払うばかりで払ってもらったことなどない兄は感激していたくらいだ。
ちなみに、学生に支払わせるなんてと両親には怒られていたし、宝自身もそんな金を出させる男は願い下げだけど。
けれど、まあ、堅いお嬢さんだな、と好感を持ったのも事実。
「私、車乗せて頂いている訳ですし、そのくらいは・・・」
桃はそう言い、また微笑んだ。
「ご両親にも本当にお世話になっていました」
「いいのよ。うちの両親がはしゃいでるんだから。ご迷惑じゃないといいけれど」
ああ、本当に。
兄がこの子と結婚したら、または、学生時代にこういう女の子と付き合っていたら、両親も安心だったんだろうなあと思う。
でも、もう兄は学生ではないし。
何より、自分は、桃では困るのだ。
「・・・ねえ、来月、お食事会をするという話だったでしょ?延期になったと聞いたものだから・・・。お会いしたくて」
「・・・すみません、急な話でしたね・・・」
いいのよ、と宝は微笑んだ。
縁談というのは、いろいろ大変だもの。
そんなこともあるだろう。
でも、そういうものって、一度ミソがつくとうまくいかないモノであるという事も知っている。
・・・自分は、そうなりたくはない。
「院に進むんですって?優秀なのね」
「・・・いえ、私、社会に出れる自信もないし、もうちょっと勉強しないと」
謙遜なのか、本音なのか。
「・・・オルソンさん、私ね。あなたにお聞きしたい事があって。・・・あなた、小松川さんの娘さんなの?」
保真智が話したのだろうと桃は頷いた。
「・・・私が産まれる前に両親は結婚しない事を決めたので。今まで、私は、あちらのお宅とはほぼ交流もなかったので知らない事ばかりですけれど」
どう説明すればいいのかと思ったが、そのまま話すしかないだろう。
「そうよね。だから、名字もオルソンさんなんですものね。・・・二十年くらい前って、今ほど外国人の方と結婚するとか一般的ではなかったから、難しかったんでしょうね。あちら保守的なお家でらっしゃるし」
と言っても。母は日本人なのだけれど。
「・・・学生同士でもありましたしね」
そうよね、と宝は頷いた。
あの保守的な小松川家が、そう簡単に、息子とハーフの女性との学生デキ婚を受け入れるかと言ったら、無理だろう。
「・・・でも、認知されてないのは何でなの?」
失礼をさらに承知で踏み込んだ。
婚外子とは言え、認知くらいはするだろう。
小松川家にその経済力はあるし、後々揉めない為のリスクヘッジを考えないわけがない。
「・・・私の母が、約束を反故にして私を産んだからですね」
そう言われて、まっすぐ見つめられて、宝はどきりとした。
「・・・宝さん、あなたは意地悪な人だとは思えない。・・・ただ興味があるとかで会いに来てくださったとは思いません。どうぞ、何でもそのまま用件を仰ってください」
ああ、きっと。
この子は自分に何を言われようが、傷つかない。
ならば、そんな事を自分に言わせない為か。
優しい子だな、と宝は思った。
でも、ならば、そこに付け入るような事でも自分はしなければならない。
「・・・そうね。今回のご縁談って、うちや兄にとって、とっても良い縁談と思うの」
宝はカフェラテを飲み干した。
「・・・私も結婚が決まっていてね。今すぐではないのだけど。多分、2年後とか。彼の家、ちょっと堅いおうちでね、結婚する時に、大袈裟に言うと七代七親等調べられるんですって」
民法上の親戚からも外れる七親等まで、と表現するのだから、それだけ難しい縁談と言える。
桃は不思議そうな顔をしたが、素直に頷いた。
「・・・となると、あなたの存在って、私にとっても、いずれはうちにとっても都合が悪いのよ」
桃は黙って聞いていた。
「・・・あなたはまだ若いし。とても頭もいいじゃない?ルーツだって海外にあるんだし、自分の将来を日本だけに限定する必要もないし、まして、兄と急いで結婚する必要なんて無いじゃない?」
言っているうちに、とても正論な気がしてきて宝は微笑んだ。
まるで、気の毒な彼女を励ましているかのような気分。
「・・・そうですね」
そう返事をされて、肯定されたと、宝はほっとした。
「ご心配されるのは当然。・・・大丈夫。もうお気に病まないでください」
桃はそう言うとハーブティーに口をつけて、微笑み返した。
リンデンフラワーという名前のハーブらしい。
「・・・初めて聞いたわ」
「ああ、ええと・・・菩提樹という木の花なんですよ」
「知らないわ」
「・・・日本だと何でしょうか、桜のお花をお茶にしたりしますよね。・・・昔を思い出すようなちょっとリラックスするようなお茶ですね」
リラックス?と宝は少し笑った。
揚げ足取りだとは思うけど。
自分と対峙しておいて、この内容で、なんて違和感。
けれど、確かに。
目の前の女は、ちっとも緊張しているようには見えない。
既に兄との縁談を諦めていたのだろうか。
それとも。
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