金魚の記憶

ましら佳

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1.

29.落雷

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二月に入り、院試に合格したと言う通知が届いた。
桃はほっとしたのと、疲労で二日ほど寝込んだが、すぐに復活した。

卒業まで後もう少し。
日々は尚も慌ただしい。

桃の婚約解消の話題は、友人の間で、興味を持ってまたたく間に共有され、またまたたく間に古い情報となった。

皆、新しいニュースを追うのに忙しいのだ。

しかし、彼等に話題を提供したのには間違いない。

「うわ、可哀想。遊ばれたってこと?」
「たまに来てたあの彼氏でしょ?どっちが何しでかしたわけ?最悪じゃない?」
「やっぱりねぇ。私、うまく行かないって思ってた。働きもしないで金持ちと結婚とかさ、都合良すぎだって。フライングでしょ」
「それもあるけどさ、あの子んちってさ、お父さんいないじゃない?離婚したとか死んじゃったとかじゃなくて、最初から居ないみたいなんだよね。そういうの、嫌がる相手の親もいるしね」

そう言う感想も当然聞こえて来たけど。
同時に、また違う意見もあった。

「は~?勉強とか仕事しながら結婚するなんて、もう一ヶ所学校いくのとか会社で働くようもんじゃない?!逃げになってないじゃない!むしろ労働だろ!そういう事言うやつってさ、どんだけ結婚に夢見てんの?!」
「とりあえず、結婚一択にしてなくて良かったじゃない」
「これで、院試の準備も就活もしてなかったらホント、詰んでたって!受かってよかったよ」
「やっぱりさ、自分の事、手放さないって大切よね。相手が自分より年上とか社会的地位あるとさ、丸呑みされるからねえ。怖ぁ・・・」
「桃、失敗したかもしれないけど、間違ってないよ!」

離れて行った友人もいたけれど、励ましてくれた友人もいた。

桃が結婚を言い訳に逃げるだけではなかった事、院試の為に地道に奮闘していた事は、身近な友人達は分かっていた。

保真智ほまちとその家族、自分の家族も振り回して迷惑をかけてしまった。
申し訳ないけれど。

でも、自分の縁談は、周囲から祝福も受けたけれど、破談になった事でもしかしたら祝福以上の彼らの困惑も解決してしまったのだもの。

はるかは大学を辞めてアメリカに留学したそうだ。
はるかが日本の大学も経験してみたいからと言う理由で進学したそうで、もともと留学は予定していたのだと彼の祖母は言っていたけれど。
自分との事も、いくらか関係するのだろうと思う。

近づかないで。
そう言ったのは自分だし。

離れる事だけが、自分達にとって良い選択のはずだ。
桃の周囲は、生活は、一気に静かになって行った。


昼から爆弾低気圧が一気に流れ込み、冬の嵐が過ぎた夕方。
お昼のニュースではこれが今季最後の冬の荒天であろうとテレビの気象予報士は言っていたけれど。
太平洋沿岸育ちの自分にはわからないが、日本海側と言うのは冬に嵐が来るそうで、新潟出身の友人が、真冬に大雪の大嵐となり、更に雷が鳴って停電なんて言う事が結構あるのだと言っていた。
真冬に停電では、大変だろうと驚いたものだ。

大学からの帰り道、コンビニから甘い菓子パンと大福とミルクティーという、これは疲れているんだなと自分で分かるものを買った。
大家さんから、四国から届いたばかりと言う小さな太陽のようなみかんを籠いっぱい貰い、本日唯一の健康食品とありがたく思って部屋に入った。

部屋に入ると、公太郎が来ていて何か書類を見ていた。
たまにこうして、公共料金や水道代の振り込み請求書を探している。
家主である遠距離交際中の母に言われて、もう何年も。
いい加減、銀行引き落としにしようと思っているがつい先延ばしにしているのだが、しかし、先週コンビニでもう払ったはずだ。

「おー、桃おかえり・・・って、これ、水道代さあ・・・」
「ただいま。・・・払ったでしょ?それ控えでしょ?」

公太郎は、支払った控えをまとめて見せた。

「なあ、本当にいいかげん、銀行引落しにしなさいよ。桃、忙しくて、忘れるだろうし・・・」

思ったより忙しい日々で、コンビニ支払いが出来る便利さなのに、それでも忘れる時もあった。

「・・・ママも言ってた。ガスは引き落としの書類送ってもらってようやくやったんだけど・・・」

忙しくて自炊をする頻度は減ったが、ガス給湯器なので、お湯が使えなくなったら大変。
水が止まるなんて最悪。

「なので、できれば今までのように忘れたら、ハム太郎が払ってくれているといいんだけど。お金はその瓶から出してくれていいから・・・」

支払い用にまとまった金額が入っているガラス瓶を指差す。
しかし、公太郎がうーん、と変な顔をした。

「そうしてやりたいんだけどさぁ・・・。俺、引っ越すのよ」

桃は驚いて、食べていたパンを口元から外した。

「・・・そうなの?転勤?」
「・・・いや。ただの引越し。部屋、再来月で契約切れるから丁度いいかなと思って。再出発。・・・あのな。エンマさんと別れたんだ」
「・・・嘘。いつ?」
「三日前」

桃は驚いてしばらく無言だったが、うん、と頷いた。

「・・・そうなんだ。ママから聞いてなかったから・・・」

桃は椅子に座った。

「・・・エンマさん、気を使ったんだろ。桃の結婚ダメになったし」

そうか、そうだよね、と桃が頷いた。
まだ開けていないミルクティーを公太郎に勧めると、いつもは甘いお茶なんて飲めるかと言うのに、そのまま蓋を開けて半分ほど飲み干した。

「仕方ないよな。・・・ここんとこ、一年のうち、会うのだってさ箱根駅伝だけだし・・・何年か前まではさ、一泊して往路も復路も見たもんだけど。最近だと、往路だけ見て、解散だもんよ。・・・往路復路あっての箱根だろ」

毎年箱根駅伝を一緒に見に行って、下手すれば現地集合現地解散。
選手だってもっと一緒にいるもんだろうに。

「・・・ごめんね・・・。ママ、あの調子だし、ダムって出来るまで何年もかかるんでしょ?なかなか帰って来られそうにないし。・・・ハム太郎が疲れてしまったのも仕方ないと思う・・・」
「・・・いや、フラれたの俺だから」
「え・・・?そうなの・・・?」
「・・・新しい彼氏が出来たんだと。歯医者だってよ。歯がとんでもなく痛くなって、正露丸でも今治水でも治らないから、歯医者行ったら治してくれたそうで・・・」

病院嫌いで、超ジェネリックな昔ながらの市販薬に絶大な信頼を寄せている母が、いよいよ効かないとなって慌てて歯科に飛び込んだらしい。

何やってんの、ママ・・・。
と思いながら、桃は気まづくなって、またパンを食べ始めた。

「・・・・ごめん・・・」
「・・・いや、いいんだ。うん・・・」

良いようには見えないが、公太郎はそう言うと、ぼんやりと部屋を眺めていた。

「・・・・長い付き合いだったなあ・・・」

結局、彼は青春時代のほとんどをかなり年上のエンマと交際した事になる。
・・・その実際の時間は短いけれど・・・。

「なあ。考えてみりゃ、二十歳くらいから十年以上だもんなあ。で、フラレちまって。悲惨だよなあ・・・」

しみじみ言われて、桃まで申し訳なくなってきた。

「・・・私がこうして日本語喋れるようになったのもハム太郎のおかげだものねえ」
「いや、桃がちゃんと覚えたから良かった。一時はどうなることかと・・・」

カタコトどころじゃなく、何が何だかわからない宇宙語を話す宇宙人関係の子供を預けられた気分だった。

「・・・桃は何でも素直に聞くからな。・・・でもさ、何でも受け入れすぎだよ」

だから、彼女は結婚するのしないのと言う事になったのだろうと公太郎は思っていた。
詳しくは聞いていないが。

「・・・わかってる」

桃は頷いた。
同じような傷を負ってみて、ああ、この人も、自分と同じ、と思った。
何だかやっかいな性格しているんだな、と改めて思った。

「・・あれ・・・?ハム太郎、電話じゃない?」

やたら愉快な着信音がした。

「・・・電話なんて滅多に来ないのに・・・来るとしたら、エンマさんくらいなもんで・・・」

もしや、と二人は顔を見合わせた。
エンマから、関係修復の電話かもしれない。
公太郎は震える手でスマホを取り上げた。

「・・・はい・・・え?・・・そんな・・・えぇ?」

公太郎が桃にテレビをつけろとジェスチャーをした。
桃が慌ててリモコンをテレビに向けた。
画面いっぱいに火柱が上がっていた。

ワンピース姿にヘルメットを被ったキャスターが深刻な顔で、現場の状況を説明していた。

「・・・何これ・・・?爆発??・・・あれ?これ・・・ハム太郎のマンションじゃない・・・?」

テレビでは、吹き上がる火炎を背景に、女性キャスターが手元の紙を読み上げていた。

「現在、連絡がつかない方は・・・1名、フジエダさんとおっしゃる男性だそうです!・・・まだ消息不明のようです!こちら消防署の担当者の方です」

キャスターがそう叫んだ。

「現在、消火に全力を尽くしておりますが、本日、昼からの風雪、落雷による火災が、工場施設の屋根部分ソーラーパネルに燃え移ったことにより、消火が困難な状況となっております。尚、不明者のフジエダさんの安否は現在確認中です。フジエダさんの安否をご存知の方、どうぞ情報をお寄せいただきたいと思います!」
「ありがとうございます。・・・はい。以上です。ぜひ、消防か警察の方にお知らせください!」

桃は驚いて画面を見ていた。

それを眺めながら、「・・・あ、はい。藤枝公太郎、生存で間違いないです・・・」と、公太郎が警察からの電話に呆然と答えていた。
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