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40.箱の中の命
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公太郎は社外打ち合わせの後直帰となり、一人で馴染みの小料理屋に寄っていた。
ここ二年、この店に週に3回は晩酌と夕飯代わりに立ち寄るのが習慣。
そして週3で風呂代わりのジムにも行っている。
更に出張時は、サウナと露天もある大浴場付き、夜食にラーメン、朝食バイキング有りのビジネスホテルに泊まっていると言うと、桃は「日本のおじさんて最高ね・・・」と羨ましそうに言っていた。
4年以上ぶりに再会した元カノの娘で元カノは、多少大人になっていた。
28歳にして社会人一年目と言うのだから頭が痛いが、逆輸入の博士として面白がられ、受けいられているようだ。
自分が桃の祖父の教え子であり、桃と旧知であると知ると、同僚の何人かは、面倒みてあげてくださいよとか、紹介して欲しいとか、実際どんな関係なんだとか、それぞれの反応であったが。
まさか、下世話な表現で言うと、親子丼だったとは言えまい。
久しぶりに再会して、別れた彼女がきれいになったとかよく聞くが、見事に特に何も変わっていないようだった。
しかし、月日に磨かれると言うものはある。
桃は、見た目は大人びていて精神面も割と成熟しているのに、いつまでも身近な人々の中にいて限定された生活圏の中から出ないからか、挙動の子供っぽさがいつまでも抜けなかったアンバランスさがあったけれど。
どうも様子に余裕が出て来たと言うか。
洗練されたと言う事か。
まあ、だからと言って。
もうどうこうというのは、なかなか考えづらいだろう。
あれはまだ若かった桃にも、自分にも決定的な別れだったから。
店から出て裏手に回り、雨が強くなって来たと傘を広げた時、ふと、足元の段ボールが動いてギョッとした。
「・・・三河みりん・・・?」
と段ボールに書いてある。
いやいや、みりんは動かないだろ、と目を凝らすと、毛玉が入っていた。
誰かが手袋でも忘れたのだろうか。
小さな声がした。
仔猫だった。
それから、店の主に声をかけて、近くの獣医を調べて貰い、タクシーで駆け込んだ。
仔猫は1匹だろうと思ったら、3匹もいた。
茶トラと、ブチ猫の2匹は弱っていて助からず、生き残ったのは黒い仔猫のみ。
公太郎は、リビングの真ん中のテーブルの上に段ボールを置いて、世話をし始めた。
一晩を越える度に仔猫は回復して行き、そろそろ固形のエサも食べれるようだ。
ほっとしたが、さて。これからどうすべきか。
結婚していた時に住んでいたマンションは購入したものだったからペット可であったけれど、別れた妻に譲渡した。
そしてここは賃貸物件であり、ペット不可。
今はまだいいが、もう少ししたら鳴いたり走ったりするのだろう。
昔、桃のアパートの大家が飼っていた猫達は活発で、カーテンを登ってジャンプして飛び込んで来る猫までいた。
そうなったら苦情は来るであろうし。
引っ越すと言っても、先月、契約更新したばかり。
「・・・どうするかねえ・・・、お前・・・?」
公太郎は腕の中の黒猫に話しかけた。
そもそも母親が借りっぱなしの部屋に戻って来ただけの桃は、以前と同じような生活に戻っていた。
大家の老婦人は相変わらず猫をたくさん飼っていて、桃が戻って来た事を喜んでくれた。
出社して、資料を公太郎の部屋に届けた際、彼は突然大家の話を始めた。
「・・・桃、あの・・・大家さん、元気?」
「え?・・・はい。お元気ですけど・・・」
「・・・猫ってさあ・・・まだいる?」
「・・・うん。前は4匹いたでしょ。今ね、7匹いる」
「7匹?!・・・居すぎだろ・・・」
実は仔猫を拾ってしまって、困っていると公太郎は告白した。
「・・・そんなにいるんならさ、1匹くらい紛れてもわかんないんじゃないか?・・・桃、夜ちょっと行ってさ、置いてこいよ・・・」
「・・・いや、頭数増えたらバレるでしょ・・・」
おかしな事を言い出したのは、相当困っているからだろうか。
「・・・なら、私、飼おうかな・・・」
「は?だって、あの部屋、ペット不可だよな?」
「・・・そうだけど・・・。でも、何かあったら相談しなさいって、大家さん言ってくれたから」
それは日本人ならではの建前っつうものではないか、と公太郎は思ったが、正直、引き取って貰えたら助かる。
「もし、桃がダメでも、あの猫ババア・・・大家さんなら飼ってくれるかもしれないしな」
それに、仲間が7匹もいるならば、あの仔猫も寂しくはないだろう。
公太郎の手土産の羊羹にかじり付きながら大家が言った。
「・・・呆れたねぇ。こんな重たい羊羹持って挨拶に来るって言うから、雨降って地が固まって、ついに桃ちゃんと結婚するのかと思ったら、猫飼っていいですかって・・・。いいけどさ」
大家の部屋は一階で、他のアパート三部屋分の広さがある。
そして猫があちこちにいた。
ここには久々に入ったが、時間が止まったかのようだった。
昔、彼女に、飼い猫が部屋を逃げ出したから探して来いと言われて公太郎が見つけて来た別の猫と、探していた本来の猫と再会して、公太郎は喜んだ。
「・・・いや、ご面倒おかけして・・・」
「全く、アンタもとんだ親子丼だよねえ・・・」
いろいろ知られているので、公太郎は舌打ちしたい気分。
黒猫とすっかり親睦を深めたらしい桃が黒い毛玉を抱いて現れて不思議そうな顔をした。
「親子丼?食べ行くの?どこかのお店?」
「・・・いや!食わない!何でもない!」
公太郎が「気にすんな。さっき飯食ったばっかだろ!」と、大きく否定した。
大家は笑ってから、猫飼いの心得をいろいろとレクチャーした。
桃の実家は美容室であり、更に着物がたくさんあったので、爪を立てるのと毛がつく動物を飼う事はダメだったので、猫を飼える生活が嬉しいらしい。
「一日くらいなら、エサと水いっぱい置いておけば、外出しても大丈夫だけど。仔猫のうち心配なら、産みのパパさんに様子見に来てもらうといいよ。猫というのはとても繊細なんだからね」
と、公太郎を指差す。
産みのパパ、と言う表現はおかしいが、つまりは見つけてくれた人、と言う意味らしい。
「そうですね・・・」
長くて一週間くらいの出張はあるかもしれないから、それは確かに必要だ。
桃はそれもそうか、と頷いた。
バッグの奥底から部屋のスペアキーを取り出した。
「・・・ハム太郎、これ、持ってて。動物って三食決まった時間にご飯あげた方がいいって言うし・・・。みりんちゃん、心配だから出張の時とかお願いできると助かります」
「・・・みりん?」
「三河みりんの箱に入ってたんでしょ?三河じゃちょっと変だもの。この毛ヅヤだってみりんで煮たみたいにトロトロ。ねえ、みりんちゃん?」
また独特のネーミングセンスを発揮したようだ。
「・・・まあ、何でもいいけどさ・・・」
見覚えのある小さな赤べこのついたキーホルダー。
エンマに言われて預かっていた昔のままだ。
またこの手に戻って来たのが不思議だ。
大家の老婦人が、思わせぶりに微笑んだ。
ここ二年、この店に週に3回は晩酌と夕飯代わりに立ち寄るのが習慣。
そして週3で風呂代わりのジムにも行っている。
更に出張時は、サウナと露天もある大浴場付き、夜食にラーメン、朝食バイキング有りのビジネスホテルに泊まっていると言うと、桃は「日本のおじさんて最高ね・・・」と羨ましそうに言っていた。
4年以上ぶりに再会した元カノの娘で元カノは、多少大人になっていた。
28歳にして社会人一年目と言うのだから頭が痛いが、逆輸入の博士として面白がられ、受けいられているようだ。
自分が桃の祖父の教え子であり、桃と旧知であると知ると、同僚の何人かは、面倒みてあげてくださいよとか、紹介して欲しいとか、実際どんな関係なんだとか、それぞれの反応であったが。
まさか、下世話な表現で言うと、親子丼だったとは言えまい。
久しぶりに再会して、別れた彼女がきれいになったとかよく聞くが、見事に特に何も変わっていないようだった。
しかし、月日に磨かれると言うものはある。
桃は、見た目は大人びていて精神面も割と成熟しているのに、いつまでも身近な人々の中にいて限定された生活圏の中から出ないからか、挙動の子供っぽさがいつまでも抜けなかったアンバランスさがあったけれど。
どうも様子に余裕が出て来たと言うか。
洗練されたと言う事か。
まあ、だからと言って。
もうどうこうというのは、なかなか考えづらいだろう。
あれはまだ若かった桃にも、自分にも決定的な別れだったから。
店から出て裏手に回り、雨が強くなって来たと傘を広げた時、ふと、足元の段ボールが動いてギョッとした。
「・・・三河みりん・・・?」
と段ボールに書いてある。
いやいや、みりんは動かないだろ、と目を凝らすと、毛玉が入っていた。
誰かが手袋でも忘れたのだろうか。
小さな声がした。
仔猫だった。
それから、店の主に声をかけて、近くの獣医を調べて貰い、タクシーで駆け込んだ。
仔猫は1匹だろうと思ったら、3匹もいた。
茶トラと、ブチ猫の2匹は弱っていて助からず、生き残ったのは黒い仔猫のみ。
公太郎は、リビングの真ん中のテーブルの上に段ボールを置いて、世話をし始めた。
一晩を越える度に仔猫は回復して行き、そろそろ固形のエサも食べれるようだ。
ほっとしたが、さて。これからどうすべきか。
結婚していた時に住んでいたマンションは購入したものだったからペット可であったけれど、別れた妻に譲渡した。
そしてここは賃貸物件であり、ペット不可。
今はまだいいが、もう少ししたら鳴いたり走ったりするのだろう。
昔、桃のアパートの大家が飼っていた猫達は活発で、カーテンを登ってジャンプして飛び込んで来る猫までいた。
そうなったら苦情は来るであろうし。
引っ越すと言っても、先月、契約更新したばかり。
「・・・どうするかねえ・・・、お前・・・?」
公太郎は腕の中の黒猫に話しかけた。
そもそも母親が借りっぱなしの部屋に戻って来ただけの桃は、以前と同じような生活に戻っていた。
大家の老婦人は相変わらず猫をたくさん飼っていて、桃が戻って来た事を喜んでくれた。
出社して、資料を公太郎の部屋に届けた際、彼は突然大家の話を始めた。
「・・・桃、あの・・・大家さん、元気?」
「え?・・・はい。お元気ですけど・・・」
「・・・猫ってさあ・・・まだいる?」
「・・・うん。前は4匹いたでしょ。今ね、7匹いる」
「7匹?!・・・居すぎだろ・・・」
実は仔猫を拾ってしまって、困っていると公太郎は告白した。
「・・・そんなにいるんならさ、1匹くらい紛れてもわかんないんじゃないか?・・・桃、夜ちょっと行ってさ、置いてこいよ・・・」
「・・・いや、頭数増えたらバレるでしょ・・・」
おかしな事を言い出したのは、相当困っているからだろうか。
「・・・なら、私、飼おうかな・・・」
「は?だって、あの部屋、ペット不可だよな?」
「・・・そうだけど・・・。でも、何かあったら相談しなさいって、大家さん言ってくれたから」
それは日本人ならではの建前っつうものではないか、と公太郎は思ったが、正直、引き取って貰えたら助かる。
「もし、桃がダメでも、あの猫ババア・・・大家さんなら飼ってくれるかもしれないしな」
それに、仲間が7匹もいるならば、あの仔猫も寂しくはないだろう。
公太郎の手土産の羊羹にかじり付きながら大家が言った。
「・・・呆れたねぇ。こんな重たい羊羹持って挨拶に来るって言うから、雨降って地が固まって、ついに桃ちゃんと結婚するのかと思ったら、猫飼っていいですかって・・・。いいけどさ」
大家の部屋は一階で、他のアパート三部屋分の広さがある。
そして猫があちこちにいた。
ここには久々に入ったが、時間が止まったかのようだった。
昔、彼女に、飼い猫が部屋を逃げ出したから探して来いと言われて公太郎が見つけて来た別の猫と、探していた本来の猫と再会して、公太郎は喜んだ。
「・・・いや、ご面倒おかけして・・・」
「全く、アンタもとんだ親子丼だよねえ・・・」
いろいろ知られているので、公太郎は舌打ちしたい気分。
黒猫とすっかり親睦を深めたらしい桃が黒い毛玉を抱いて現れて不思議そうな顔をした。
「親子丼?食べ行くの?どこかのお店?」
「・・・いや!食わない!何でもない!」
公太郎が「気にすんな。さっき飯食ったばっかだろ!」と、大きく否定した。
大家は笑ってから、猫飼いの心得をいろいろとレクチャーした。
桃の実家は美容室であり、更に着物がたくさんあったので、爪を立てるのと毛がつく動物を飼う事はダメだったので、猫を飼える生活が嬉しいらしい。
「一日くらいなら、エサと水いっぱい置いておけば、外出しても大丈夫だけど。仔猫のうち心配なら、産みのパパさんに様子見に来てもらうといいよ。猫というのはとても繊細なんだからね」
と、公太郎を指差す。
産みのパパ、と言う表現はおかしいが、つまりは見つけてくれた人、と言う意味らしい。
「そうですね・・・」
長くて一週間くらいの出張はあるかもしれないから、それは確かに必要だ。
桃はそれもそうか、と頷いた。
バッグの奥底から部屋のスペアキーを取り出した。
「・・・ハム太郎、これ、持ってて。動物って三食決まった時間にご飯あげた方がいいって言うし・・・。みりんちゃん、心配だから出張の時とかお願いできると助かります」
「・・・みりん?」
「三河みりんの箱に入ってたんでしょ?三河じゃちょっと変だもの。この毛ヅヤだってみりんで煮たみたいにトロトロ。ねえ、みりんちゃん?」
また独特のネーミングセンスを発揮したようだ。
「・・・まあ、何でもいいけどさ・・・」
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