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48.甘やかな嫉妬
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その二日後、今度は桃は、悠の部屋を訪れていた。
彼の為の秘書室があり、男性の秘書長が一人と、女性と男性の秘書達が五人もいる。
事前に話を聞いて居たのだろう、彼らはスマートな様子で桃を悠の部屋に通した。
「待ってました、桃さん、どうぞ」
上機嫌の悠が迎えた。
「・・・失礼します・・・あの・・・」
桃は、瞬間調光ガラスのスイッチを入れるように言った。
「スモークにしなきゃだめですか?」
「・・・朝の9時半からグラタン食べてたら変ですから・・・」
桃はそう言うと、テーブルにキャセロール皿を置いた。
悠はグラタンをぺろりと平らげた。
「・・・こっちがブランダードですか」
「干し鱈をほぐしてミルクで煮て、バターと生クリームとマッシュポテトで練ったものなの。ラングドッグのお料理で。私、大好きなんです。いつも残ったらチーズ入れてコロッケにしようと思うんだけど、全部食べちゃって残らないの。・・・いつも一人で500グラムくらいじゃが芋食べてしまったと後悔するんだけど・・・」
「半キロ食べるんですか?そりゃすごい・・・。・・・うま・・・。コレ、ワインですよね・・・」
「そうよねえ・・・」
わかるが、しかし、さすがにそれはまずい。
「スウェーデンにはこういうものないんですか?」
「そうですね、ヤンソンさんの誘惑っていうのがあります。マッシュポテトにアンチョビが入ってるの。おじいちゃんがたまに作ってくれました」
「それもおいしそうですね」
そもそも祖父はあまり食べることに文句を言わないタイプ。
日本は何でもあるからと特段スウェーデンの料理が恋しいとは思わなかったようだが、ヤンソンは懐かしいと言ってよく食べていた。
「・・・多分、肉じゃがみたいな感覚なのかなあ・・・。家庭料理だから」
「なるほど。・・・桃さんに北海道のお土産に貰ったサーモン、おいしかったです」
「私も食べました。美味しかったですね。ルイベって言うんですってね。スウェーデンも鮭大好きだけど、凍ったまま食べると言うのはさすがに見た事ないです」
日本の食文化の豊かさを実感する。
海外から友人が遊びに来た時も、一日三食じゃ足りないと五食は食べていた。
「そう言えば、スウェーデンの友達が、ラーメン屋さんを始めたんですよ」
ヨハンとその恋人はついに念願の店舗を出した。
ストックホルムで人気の店のトップ10に入ったらしい。
ラーメンと餃子がセットで五千円というのが信じられないけれど。
「すごいですね。・・・桃さんて、いいお友達多いですよね」
「・・・多くはないけど、皆、いい人達ばかりね。・・・悠さんだって、多くいらっしゃるでしょ?」
「・・・そうでもないですよ。知り合いは多いですけど」
「私、知り合いってあまりいないかもしれないです・・・」
「ああ、桃さんはそんな感じですね」
「・・・世界が狭いって事は分かってるんですけど」
「まさか。いろんな国で生活していろんな国の友人がいるのに」
「いえ。それって、移動して同じような人に会ってるだけだもの。世界が広い、視野が広いとは言えないって、おじいちゃんにも、ハム・・・、藤枝さんにも言われてて・・・」
だから近視眼的になり、考え方が偏り、独善的になる。
そうはなるなと言われているけれど、生活が変わらなければ環境も変わらない。
桃としてはこの数年で生活も環境も激変していると思うのだけれど。
その割に、あまり中身が変わらないと言われる。
多分、知り合いが多いと言うのは、いろんな価値観の人と出会うと言う事。
そう言う環境に長く居れば、バランスが取れた人間になれるのだろうか。
例えば、悠はそうだと思う。
「・・・うーん。それはどうですか・・・」
悠は困惑したようにそう言った。
そもそも備わっている人は自覚なんかしないのだろうか、と桃は思った。
「・・・桃さん、スウェーデンって、行事で特別食べるものってありますか?」
「うーん。無いこともないけど。日本ほど行事がたくさんはないですからね。季節の食べ物はありますよ。きのことかベリーとか。・・・あ、木曜日にパンケーキって言うか。厚めのクレープと豆のスープ食べると言う伝統があるみたいだけど。今は食べない人も多いです」
昔は金曜日の断食日の前日に、食いでがあっておいしいものを食べておこうと言う生活から生まれた習慣らしい。
「おじいちゃんもおばあちゃんも日本のホットケーキが好きだし、ママはハワイアンパンケーキみたいのが好きだし・・・。私はガレットとかクレープ派だし・・・」
スウェーデンのパンケーキは実はあまり食べたことがない。
「ガレット?」
「ああ、丸いクッキーの方じゃなくて。フランスのブルターニュでよく食べる、そば粉を薄く焼いたのがしょっぱいものです。クレープは小麦粉で甘いもの。ちゃんとしたお食事もので、結構美味しいと思うんだけど・・・」
なんでもおいしいものがある日本でブームにならないのが不思議、と桃が首を傾げた。
出張から戻った日、帰還の挨拶と成果報告をしに公太郎が悠の部屋を訪れていた。
「とても良い成果でしたね。おつかれさまでした」
今回の交渉で新たな販路拡大が期待出来そうだった。
「うまく行って何よりでした。台風でチーム全員ホテルに缶詰ですから、準備時間はいっぱいありましたしね」
結局、心配してう台風は街を直撃し、交通網も全てストップとなった。
「こちらの台風とはまた違いますね。元気なうちの台風が来るわけですからね。いやはや、木が根っこから飛んでいくのなんて初めて見ましたよ」
公太郎は、その有様に驚き呆然としつつ、この交渉の結果がどうあれ、台風が落ちついたらすぐに支援をしたいので、協力をお願いできないかと申し出た。
それを取引先が受け入れ、成果もついて来たようなもの。
「何よりは、藤枝さんがそう申し上げてくれたからです」
「支援プログラム発動の申請をすぐに受理して下さった常務にこそ感謝申し上げたいですよ。ありがとうございます。・・・さて、では戻ります。土産を配らなければならなくてですね。桃が銘菓銘菓と騒ぐから、皆やたら詳しくなっちゃって、土産の期待値高くなって困ったもんです」
公太郎は、そう言いながらもどこか嬉しそうだった。
「・・・そうだ、藤枝さん」
「はい?」
「ガレットってご存知ですか?」
「・・・あー・・桃がよく食ってる厚揚げみたいにでかいクッキーですか?」
「・・・そば粉で出来ているらしいのですけど・・・」
「・・・ああ!思い出した。昔、桃の大家さんから信州のそば粉貰った時。蕎麦打つのかと楽しみにしてたら、いきなり練って焼き出して。・・・まあうまかったですけど、何だか日本人としたら妙な感じしますよね。蕎麦がいいですよね、普通に」
「・・・そうなんですか」
悠はそれだけ返すと、再度、公太郎を労い、送り出した。
夕方、桃は悠からラインが入ったのに気づいた。
ガレットが食べたいです、と書いてあった。
以前の桃の話を聞いて、興味を持ったのかもしれない。
悠の部屋を度々訪れるのは気がひけるが、でも自分が言い出した事であるし・・・。
それは悠の興味というより嫉妬から来る子供っぽい、幼稚な甘え。
甘やかな嫉妬。
蕎麦粉ってどこに売ってるんだろう、日本のなんでもあるスーパーでもあまり見たことないかも、と桃は首を傾げた。
彼の為の秘書室があり、男性の秘書長が一人と、女性と男性の秘書達が五人もいる。
事前に話を聞いて居たのだろう、彼らはスマートな様子で桃を悠の部屋に通した。
「待ってました、桃さん、どうぞ」
上機嫌の悠が迎えた。
「・・・失礼します・・・あの・・・」
桃は、瞬間調光ガラスのスイッチを入れるように言った。
「スモークにしなきゃだめですか?」
「・・・朝の9時半からグラタン食べてたら変ですから・・・」
桃はそう言うと、テーブルにキャセロール皿を置いた。
悠はグラタンをぺろりと平らげた。
「・・・こっちがブランダードですか」
「干し鱈をほぐしてミルクで煮て、バターと生クリームとマッシュポテトで練ったものなの。ラングドッグのお料理で。私、大好きなんです。いつも残ったらチーズ入れてコロッケにしようと思うんだけど、全部食べちゃって残らないの。・・・いつも一人で500グラムくらいじゃが芋食べてしまったと後悔するんだけど・・・」
「半キロ食べるんですか?そりゃすごい・・・。・・・うま・・・。コレ、ワインですよね・・・」
「そうよねえ・・・」
わかるが、しかし、さすがにそれはまずい。
「スウェーデンにはこういうものないんですか?」
「そうですね、ヤンソンさんの誘惑っていうのがあります。マッシュポテトにアンチョビが入ってるの。おじいちゃんがたまに作ってくれました」
「それもおいしそうですね」
そもそも祖父はあまり食べることに文句を言わないタイプ。
日本は何でもあるからと特段スウェーデンの料理が恋しいとは思わなかったようだが、ヤンソンは懐かしいと言ってよく食べていた。
「・・・多分、肉じゃがみたいな感覚なのかなあ・・・。家庭料理だから」
「なるほど。・・・桃さんに北海道のお土産に貰ったサーモン、おいしかったです」
「私も食べました。美味しかったですね。ルイベって言うんですってね。スウェーデンも鮭大好きだけど、凍ったまま食べると言うのはさすがに見た事ないです」
日本の食文化の豊かさを実感する。
海外から友人が遊びに来た時も、一日三食じゃ足りないと五食は食べていた。
「そう言えば、スウェーデンの友達が、ラーメン屋さんを始めたんですよ」
ヨハンとその恋人はついに念願の店舗を出した。
ストックホルムで人気の店のトップ10に入ったらしい。
ラーメンと餃子がセットで五千円というのが信じられないけれど。
「すごいですね。・・・桃さんて、いいお友達多いですよね」
「・・・多くはないけど、皆、いい人達ばかりね。・・・悠さんだって、多くいらっしゃるでしょ?」
「・・・そうでもないですよ。知り合いは多いですけど」
「私、知り合いってあまりいないかもしれないです・・・」
「ああ、桃さんはそんな感じですね」
「・・・世界が狭いって事は分かってるんですけど」
「まさか。いろんな国で生活していろんな国の友人がいるのに」
「いえ。それって、移動して同じような人に会ってるだけだもの。世界が広い、視野が広いとは言えないって、おじいちゃんにも、ハム・・・、藤枝さんにも言われてて・・・」
だから近視眼的になり、考え方が偏り、独善的になる。
そうはなるなと言われているけれど、生活が変わらなければ環境も変わらない。
桃としてはこの数年で生活も環境も激変していると思うのだけれど。
その割に、あまり中身が変わらないと言われる。
多分、知り合いが多いと言うのは、いろんな価値観の人と出会うと言う事。
そう言う環境に長く居れば、バランスが取れた人間になれるのだろうか。
例えば、悠はそうだと思う。
「・・・うーん。それはどうですか・・・」
悠は困惑したようにそう言った。
そもそも備わっている人は自覚なんかしないのだろうか、と桃は思った。
「・・・桃さん、スウェーデンって、行事で特別食べるものってありますか?」
「うーん。無いこともないけど。日本ほど行事がたくさんはないですからね。季節の食べ物はありますよ。きのことかベリーとか。・・・あ、木曜日にパンケーキって言うか。厚めのクレープと豆のスープ食べると言う伝統があるみたいだけど。今は食べない人も多いです」
昔は金曜日の断食日の前日に、食いでがあっておいしいものを食べておこうと言う生活から生まれた習慣らしい。
「おじいちゃんもおばあちゃんも日本のホットケーキが好きだし、ママはハワイアンパンケーキみたいのが好きだし・・・。私はガレットとかクレープ派だし・・・」
スウェーデンのパンケーキは実はあまり食べたことがない。
「ガレット?」
「ああ、丸いクッキーの方じゃなくて。フランスのブルターニュでよく食べる、そば粉を薄く焼いたのがしょっぱいものです。クレープは小麦粉で甘いもの。ちゃんとしたお食事もので、結構美味しいと思うんだけど・・・」
なんでもおいしいものがある日本でブームにならないのが不思議、と桃が首を傾げた。
出張から戻った日、帰還の挨拶と成果報告をしに公太郎が悠の部屋を訪れていた。
「とても良い成果でしたね。おつかれさまでした」
今回の交渉で新たな販路拡大が期待出来そうだった。
「うまく行って何よりでした。台風でチーム全員ホテルに缶詰ですから、準備時間はいっぱいありましたしね」
結局、心配してう台風は街を直撃し、交通網も全てストップとなった。
「こちらの台風とはまた違いますね。元気なうちの台風が来るわけですからね。いやはや、木が根っこから飛んでいくのなんて初めて見ましたよ」
公太郎は、その有様に驚き呆然としつつ、この交渉の結果がどうあれ、台風が落ちついたらすぐに支援をしたいので、協力をお願いできないかと申し出た。
それを取引先が受け入れ、成果もついて来たようなもの。
「何よりは、藤枝さんがそう申し上げてくれたからです」
「支援プログラム発動の申請をすぐに受理して下さった常務にこそ感謝申し上げたいですよ。ありがとうございます。・・・さて、では戻ります。土産を配らなければならなくてですね。桃が銘菓銘菓と騒ぐから、皆やたら詳しくなっちゃって、土産の期待値高くなって困ったもんです」
公太郎は、そう言いながらもどこか嬉しそうだった。
「・・・そうだ、藤枝さん」
「はい?」
「ガレットってご存知ですか?」
「・・・あー・・桃がよく食ってる厚揚げみたいにでかいクッキーですか?」
「・・・そば粉で出来ているらしいのですけど・・・」
「・・・ああ!思い出した。昔、桃の大家さんから信州のそば粉貰った時。蕎麦打つのかと楽しみにしてたら、いきなり練って焼き出して。・・・まあうまかったですけど、何だか日本人としたら妙な感じしますよね。蕎麦がいいですよね、普通に」
「・・・そうなんですか」
悠はそれだけ返すと、再度、公太郎を労い、送り出した。
夕方、桃は悠からラインが入ったのに気づいた。
ガレットが食べたいです、と書いてあった。
以前の桃の話を聞いて、興味を持ったのかもしれない。
悠の部屋を度々訪れるのは気がひけるが、でも自分が言い出した事であるし・・・。
それは悠の興味というより嫉妬から来る子供っぽい、幼稚な甘え。
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