金魚の記憶

ましら佳

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2.

49.相席タヌキ

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秋に入り、桃はある授賞式に参加する為にホテルのラウンジのカフェにいた。
注文した名物のパンケーキを頬張って手元の黄色いリーガルパッドのメモ帳にペンを走らせた。
ふいにある事業が評価されて受賞される事になったのだが、その挨拶を考えろ、と当日の、ほんのさっきそう言われても、さっぱり思いつかない。
が、時間は刻々と迫っていて。
糖分を補給すれば何か思いつくかと思ったが。

「・・・・さっぱりだわ・・・」

生クリームやフルーツが山のように乗っているパンケーキを前にさっぱりしているとは変わった女だ、と目の前のカップルがちらりと視線をよこした。

やたらバリッとしたディープブルーのスーツ姿に、光沢のあるパールのネックレス、ヘアセットもきちんとされていると言うのに。
ペンとフォークを交互に持ち替えてはため息をつき、更には、正面の椅子にはリアル風タヌキのクッション。

変わった推し活、あるいは単に変わった人だろうかと他の客達にじろじろと見られている。

「・・・この度は、お日柄もよく・・・違うなあ・・・別に今日仏滅・・・困ったねぇ、どうしようねぇ・・・」

ついにタヌキと会話まで始めた。

「・・・葉っぱ曲がってるわ。記念写真撮るのに」

チョイチョイとタヌキの頭の葉っぱの飾りを手直しする。
もはや軽い不審者だ。

その時「・・・桃ちゃん・・・?」と、突然声をかけられた。
はっとして「まだ、できてません・・・すいません!」と言って立ち上がった。

挨拶文って何だよ、聞いてないよ!?と、もう嫌になって来た。
しかし、本日の主催者の担当者に桃ちゃんなどと呼ばれるはずもない。
じゃ、誰だろう。

「・・・いや、え?何が・・・?」
「え・・・?」

困惑した声に桃も違和感を感じた。
久しぶりに会う元婚約者だった。

桃は驚いたままだったが、ゆるゆると頭を下げた。

「・・・お久しぶりです・・・」
「うん。元気なようで良かった。・・・上の会場の入り口に貼ってあった次第とポスターに桃ちゃんの写真と名前を見つけてね。受付で知人なんだけどお祝い申し上げたいから、どこにいるかって聞いたら、ここと言われたんだよ」
「・・・そうでしたか・・・」

久々に再会した保真智ほまちは感慨深気に桃を眺めた。

「・・・あれ・・?こちら保真智《ほまち》さんのところのホテル・・・じゃ無いですよね・・・?」
「いや、経営が変わって。去年からそうなんだよ」
「・・・そうなんですか。存じませんでした・・・」
我ながら世の中に疎い、と桃は実感した。

「・・・保真智ほまちさん・・・あの・・・」

桃が謝罪の言葉を口にしようと立ち上がった。

「・・・あー、いいよ。もう、昔のことだからね。ここいいかな?」

桃は静かに頷き、正面の椅子からタヌキのクッションを自分の膝に移動させて保真智ほまちを促した。

「タヌキと相席は初めてだな・・・。今、日本にいるの?」
「はい、去年から。大学から小松川さんのグループ企業に出向しているんです」
「・・・そうだったの。・・・受賞するわけだから、すごい実績だね。おめでとう」
「・・・ありがとうございます。でも、業種的に全く関係無くて・・・。自分の研究とも、仕事の内容とも・・・。ほぼ部活みたいな・・・。だからこれ、いいのかなあと思ってて・・・」

と、タヌキを眺めながら、悩ましい様子。
しかも、テーブルには、あちこち塗り潰されたり矢印のついたメモ帳。
懐かしい黄色いメモ帳に、青字であれこれ書かれては消されている。

「で、これから授賞式出る人が、何してるの?」
「はい。あの、私、挨拶しなきゃいけなくて・・・。言われたのさっきで。まとまらないんです・・・」
「それ、いつまでなの?」
「もう出来てないといけないんです・・・」
「・・・挨拶って何番目?」
「あいうえお順で・・・」

桃だからだいぶ先か、と保真知ほまちは多少ほっとした。

「・・・一番目です・・・」
「えぇ!?な、なんで?!」
「・・・モモ・ベニ・オルソンで出席書類提出したんですけど、なんでか名簿の順番がオルソン・桃になってて・・・。阿部さんとか井上さんとかいればよかったんですけど・・・。おが最初だったみたいで・・・」

何か芸名みたいに思われたのだろうか。

「・・・あー、それは・・・多分、ウチの担当者が・・・」

ミスなのか、気を利かせたのか。
しばらくすると、企画のスタッフが走り寄ってきた。

「博士、そろそろ上に・・・って、まだなんですか!?」
「す、すいません・・・」

桃が悲鳴に近い声で謝った。

「ちょっと待ってあげてください!・・・桃ちゃん、ここ!この雛形使って・・・」

保真智ほまちがスマホの画面をテーブルに置いて示した。

「え?あの、おたく、どなた様ですか・・・?」
「ここの支配人です!・・・桃ちゃん、この時候の挨拶を変えて・・・」
「え?えーと、今、秋だから・・・、紅葉が色づいて、とかですか・・・?」

その15分後、桃は何とか会場に滑り込み挨拶も授賞式も無事に終えた。



授賞式と、その後の懇親会を兼ねた立食パーティーの後、保真智ほまちが会場から桃を連れ出した。
高層階にあるラウンジで、自分の方がほっとした様子で保真智ほまちが良かった、と呟いた。
疲れたのと解放されたのと、満腹なので、桃はソファでぐったりとしていた。

「・・・ありがとうございます・・・。助かりました・・・」
「ああ言う時はもう雛形丸パクりくらいの方がね・・・失敗無いしね」

ステージに立つ桃は、いかにもきちんとした才媛という感じだったが、不思議な色の瞳が泳いでいて、実は内心あわあわしているのが分かった。
このはしばみ色というらしい季節を溶かしたような不思議な目が涙で濡れたのをたった一度だけ見たことがあるのを思い出した。

それも昔だけれど。

保真智ほまちは、改めて、タヌキのクッションを横に座っている元婚約者を眺めた。
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