金魚の記憶

ましら佳

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50.昔の恋人

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桃が受賞したのは、国交省と都市再開発を行っているディベロッパーとの協賛のコンペディションの中の、自然環境賞というもので、内容は『野生動物との共生』。
桃と、桃が関わっている水族館が取り組んでいたもので、野生動物、主にタヌキを対象とした通行道路というものを考え出し施工した。
それが地方整備局の目に止まり、試しに実用化してみたらうまく行き、環境保全に貢献したという事で桃とその水族館が受賞に至った。

「すごいね。・・・でも、桃ちゃん、そういう研究してたっけ?」
「・・・違います・・・。昔、保真智ほまちさんに果物狩りに連れて行ってもらった時、タヌキがいて・・・」
「・・・ああ、居た居た。木の下にポメラニアンいるって桃ちゃんがびっくりして追っかけて行って・・・」
「タヌキがよく道路でかれてるって果樹園の方が言ってたんですよね。・・・なので、それ以来ずっと何だか引っかかってはいて・・・」

それがこうして形になったのか。
保真智ほまちがいよいよ感心した。
あれから6年になろうとしていた。
28歳、そろそろ29歳か。
桃は、美しくなった。
大人になったんだな、と実感する。
北欧のルーツが入っているからか、年齢より大人っぽい印象を受けるのは昔からだけれど。
しかし、見た目より中身のユニークさに、どれほど楽しませてもらったか、と懐かしく思う。
ああ、彼女と過ごした短いあの期間。
あれが、青春時代の終わりだったのかな、なんて考える。

強引だった自覚もある。
やはり息切れさせてしまったのか、突然彼女から別れを切り出された時には、うまくいっているという気持ちがあった分、足元が揺らいだものだったけれど。
あの時、相応しく無いのだと彼女は言った。
相応しく無い。
その収まりの良い意味は、彼女自身の生い立ちと、それから自分を遠ざける言い訳だったのかもしれない。

「・・・保真智ほまちさん、本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。・・・本当に、何から何まで・・・」

昔も今もすみません、と土下座せんばかりの勢い。


「・・・桃ちゃん、良かったら、この後、食事でも行かないかな?」

これはもう、誘ったのだけれど。
時間を経て、彼女がどうなったのかもっと知りたかった。
彼女はそうでは無いだろうかと期待を込めて言葉にした。
桃は、驚いたようにその不思議な色の瞳を向けた。
ああ、この目。懐かしい。

「・・・お、食事ですか・・・これから・・・?」

ああ、そうか。
立食パーティーだったな、と保真智ほまちははっとした。
その上、立食パーティーの前に、どでかい名物パンケーキを平らげていたはずだ。
腹いっぱいというところだろう。

「・・・そうだよねえ・・・」

桃は料理人に愛されるタイプで、うまいうまい、これなんですかと絶賛するものだから、作り手は喜んでどんどん勧めて作り方まで教授する。
今日の立食パーティーは食事にも力を入れていて、地方の名産品の食材を使い、あちこちの郷土食がずらりと並んでいたのだ。
よって、桃は今もう満腹である。
腹いっぱいを超えて、胃が肺を圧迫する程に。
また迷走神経が反射して、倒れたらと不安なくらい。

・・・どうしよう、でも、昔、迷惑かけたし断ったら失礼だろう。
でも、もうおにぎりも食べられないっぽい、というような事を考えていた。

それが手にとるように分かって保真智ほまちはおかしくなった。
何だか毒気を抜かれてしまった。

「分かった。・・・うん、良いよ。気を使わないで。今日の料理ね、うちの料理長も監修してたからね。美味しかったって伝えます。一番美味しかったの何?」
「全部美味しかったです。有明海のエイリアンって書いてあった魚のお寿司、珍しくて美味しかったです」

桃は嬉しそうに言った。

「・・・そんなのあったんだ・・・。・・・桃ちゃん、今、ご家族は?エンマさんは?」
「母はテキサスです。ヒューストンにいます。あ、そうだ。妹が産まれたんです」
「へえ、お母さん、すごいね!桃ちゃんとだいぶ年離れてるよね。まあ、うちもそうだけど」
「名前がドロシー。神様の贈り物って言う意味らしいんです」

保真智ほまちは笑った。
彼女は、まるで自分のようだと言いたいのだろう。

「すごく可愛いんですよ。パパがアメリカ人の歯医者さんで、本当にアメリカの女の子って感じ」

まだ数回しか直接会った事は無いけれど、ネットでたまに話したりしていた。
「お姉ちゃんが見ててくれたら頑張れる」と、中継で歯科治療中ずっと応援させられ続けたのは見ていて怖かったけれど。
ドリーとかドットと呼ばれている元気いっぱいの女の子。
そのやんちゃぶりと、初めてのがっぷりよつの育児に母は手を焼いているそうだ。

「・・・桃ちゃん、僕もね。子供がいるんだよ。そろそろ5歳でね」
「本当ですか?すごい!女の子?男の子?」
「男の子。いやーもー、全然言う事聞かない上に、一日中電車の話しててねえ・・・あいつ、本当は電車なんじゃないかな・・・」

保真智ほまちの息子は、新幹線と在来線のブームが落ち着いてきたら、今度は駅名にハマり出した。
昨日は帰宅した後、北海道の稚内駅から南下して駅名をずっと説明されていた。
妻はついにを上げて、「一日中この調子なのよ」と呆れていた。
桃は笑いながらその話を嬉しそうに聞いていた。
保真智ほまちのスマホが鳴った。
誰かが彼を探しているのだろう。
桃は立ち上がり、また頭を下げた。

「お忙しいのにすみません。そろそろ失礼します。・・・お会いできてよかったです」」
「うん。僕も。・・・お祖母さんの事ね。お亡くなりになったの、残念だったね。うちの母もとてもお世話になったと言っていたから」

参列した紫乃しのの葬儀で桃に再会出来るかもしれないと思っていたが、彼女の姿は無かった。
当然か、と悲しく、どこかほっとしたのも覚えている。

「・・・ありがとうございます」

これが区切りの別れになるだろう。
握手も変だし、抱擁するのはもっと変だろう。
保真智ほまちはどうすべきかと思案していたが、桃がずいっと紙袋を押し付けた。

「よかったらお子さんにどうぞ。何だかグッズいっぱい作って頂いたんです」

紙袋には、タヌキがプリントされた等身大のクッションや、マグカップ等がいろいろ入っていた。
小さなぬいぐるみのタヌキの耳に飾ってあるリボンや花や、首元の鈴は桃が夜なべで一つづつくっけたらしい。
保真智ほまちは桃をそのままエレベーターまで送り出した。

「・・・支配人、お客様でしたか?」
「うん。・・・元カノってやつ?」
「はあ?!・・・何かよからぬ事を考えてんじゃ無いでしょうね・・・?」
「いや、一瞬、考えたんだけど。無理だった。・・・だってこれだもんなぁ」

タヌキのクッションを見せる。

「これ。今日のイベントで売ってた限定品のやつですよね?実物大のタヌキクッション。いろいろ種類があったやつ。・・・タヌキって結構でかいんですね・・・。ああ、受賞者の方でしたか・・・」

どうりで見た顔だ。
入り口のボスターに載っていた。
ちょっと不思議な感じのする美人だなあと思っていたのだ。

「意外です。支配人が、ああいうタイプの女性とお付き合いしていたとはなぁ・・・。・・・タヌキ追っかけてるような女性に見えないですけどねえ・・・」
「いや、それが、するんだよねえ」
「へえ。そう言うギャップがある女って。ハマるんですよね」
「そうなんだよねえ。・・・ても、やっぱりね。それって言うのはさ、ハマる方も多分、有段者じゃ無いとダメなんだろうなあ」
「なるほど」
「今はね、俺はうちで駅名聞いてる講習会が合ってるわ」

保真智ほまちはそう言うと、階下へと向かった。
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