金魚の記憶

ましら佳

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3.

64.幾何学模様の蝶

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レオンは、本名をレオン・ヨナタン・リンドと言うらしい。
可愛いミドルネーム、どこかの市のゆるキャラみたいと桃は笑った。

いわゆる画家アーティストで、ストックホルムの芸術大学を卒業した後、デンマークのコペンハーゲンで友人達と活動をして、一年前にルンドに来たらしい。
桃より二つ年下の三十歳。
レオンは学生達にも人気があって、桃の講義がどちらかと言ったら玄人受けする、つまり希望者が少ないのに比べて、羨ましい限り。
と言っても、桃の講義は単発的なものだけれど。

レオンが参加しているアートユニットは結構人気があるらしく、彼等は絵画だけでなく立体彫刻のようなものも制作しているらしい。
更に各々、活動しているそうだ。

桃は二週間に一回のデッサンモデルの他にも、よくレオンのアトリエを訪れるようになって居た。


と言っても、何か食べたり話したり。その程度だけれど、良い気分転換になって居た。
レオンもいつも何か作業をしていて、桃としては居心地が良い空間だった。

あちこちの画廊に委託販売のような事もしているらしく、品切れの連絡が入ると、要望の絵画や彫刻を発送したりして居た。

「本当は、こういうのやってくれるマネージャーがいるんだけど。去年からフランス行っちゃって帰って来ないから自分でやらなきゃならなくて」

マネージャーだのエージェントがいるなんて、よくわからないけどセレブみたいね、と桃が茶化した。

「これ良いね。ベニに貰った紙」
「障子紙ね。何だか知らないけど、おじいちゃんがいっぱい買ってて貰ってきたの。梱包に丁度良いよね」

湿気も吸うし、丈夫だし、梱包に使うの勿体無いな、と言いながら、立体彫刻をミイラのようにぐるぐる巻きにしている。

器用に梱包する様子を見ていて桃はピンと来て、髪を切ってくれないかと頼んでみた。
なかなか思うような美容室に巡り合えないでいた。
桃の細くて真っ直ぐな猫っ毛は扱いづらいと美容師達は呆れ、結局、以前は顎のラインで切りそろえて居たのに、伸ばし放しにするしかなくて胸の辺りまで伸びてしまって居た。

「とにかく切ってくれれば良いから」

工作挟こうさくばさみを手渡すと、レオンは困惑しながらも頑張ってみる、と椅子に座った桃の背後に回った。

「・・・どのくらい切れば良いの?」
「ここまで」

と顎のラインを示すと、レオンはやっぱり嫌だと言い出した。

「無理無理。そもそも美容師でも無いし・・・」
「いけるって!そんなに器用なんだから。じゃ、私、自分で見えるところ切るから、後ろだけ切ってくれない?」

桃がはさみを渡せと言ったが、レオンはダメだと渡さない。

「試しに、ちょっと切ってみてよ」

尚も言われて、レオンは仕方なさそうにハサミを動かした。

1センチ程のわずかの髪を切って、レオンはすぐに手を止めた。

「・・・ああ、やっぱり・・・だめだ・・・」

レオンの様子があまりにも悲しそうで、桃は、ごめん、と謝った。

「・・・ごめん・・・トーカンカフェでご飯おごるから、元気出して」

変な慰め方になったが、その後、二人でカフェに向かった。


特に付き合っているわけではないが、お互い何となく気が合っていると言う状態が居心地が良かった。



桃はトーカンカフェのカウンターの内側で忙しく働いていた。

ヤンが思いつきで日本ぽいもの作ってくれと言って始まったのだが、それが定着化して来て、週に一度か二度は桃がカウンターで調理をしている。

喫茶店でバイトをした経験が生きて、ここのところ桃が店に居る時は、クリームソーダやパンケーキやカレーライスやオムライスが出て来ると言う事でそれを目当てに来る日本人の客も多い。
これは和食かと言われたら微妙だが、日本にしか無いのだから良いだろう。

「ま、純喫茶風ね」
「純があるなら不純があるの?」
「お酒出すところ」
「ここじゃん!」

とオーナーのヤンが笑った。

桃がヤンの焼いたコッペパンに、焼きそばを挟んでいた。
ベーカリーのメロンパンと焼きそばパンも人気。

「・・・ヤン。カレー余ったら、カレーパン作ってみる?」
「何それ。うまそう。でも、カレー、いつも余らないだろ?」

カレーライスは人気商品。
カウンターでカレーにハムカツを乗っけたものを食べているレオンを示す。
彼も既に2杯目。

「なあ、ヤン、限定10食のカレーを限定じゃなくすれば良いんじゃないのかな?」

レオンがスプーンで壁のそれぞれ限定10食と描いてある純喫茶メニューを示した。

「それじゃ、カレー屋になっちまうだろ」
「でも何だか感動よね。チビッコから70代のおばあちゃんまでフライ乗っけたカレー食べてるのって。日本だとなかなかカツカレーとかお年寄り食べてくれないもの」
「何で?」
「胃がもたれるから・・・・」

桃も最近揚げ物がきつい。揚げ物大好きなのに。

「ベニ、抹茶パフェと天ぷら注文入った」

ヤンが嬉しそうに注文を取ってきた。

「・・・そんなのメニューにあった?」
「無いけど。日本人だから作れるんだろ?なあ、抹茶パフェ、子供が食べたいって。抹茶味好きなんだってさ。無いとか言ったらかわいそうだろ?」

もう、と桃はため息をついた。
こういう無茶振りにも慣れてきたけれど。

「そんなわけないでしょ。・・・作るけど。ラーメンとお寿司はやめてよ。専門店しか無理だからね」

桃は小鍋に抹茶と砂糖と水を入れて火にかけた。
よくわからないけど、これで抹茶シロップいけるだろう。
コーンスターチに抹茶を入れてわらび餅風のものを作って、バニラアイスに抹茶を振って、クリームを絞った。
日本のきのこの形のお菓子を上に乗っけて、幾何学模様の描かれたきれいなペーパーナプキンで立体の蝶々を折って、爪楊枝に差して飾った。

「・・・何となく抹茶パフェ完成。ヤン、天ぷらちょっと待って貰って」

トレイに乗ったパフェ見て客達から歓声が上がり、ヤンは誇らしそうにテーブルに運んで行った。

その様子を眺めて居たレオンが口を開いた。
桃が折った蝶も欲しいと言って珍しそうに眺めて居た。

「桃、それ食べたい」
「抹茶パフェ?」
「天ぷらも。あと、ネットで見たシシャモと串カツっていうやつ」

これでは純喫茶どころか居酒屋になってしまいそうだ。
桃は笑いながら、そのうちね、と頷いた。

その後、あの蝶々はどうやって折るのかと尋ねられて、ちょっとした折り紙教室になり、桃が折るのを見て、すっかり技術を会得したレオンが子供たちに囲まれて蝶を量産していた。
カフェのテーブルが幾何学模様の蝶でいっぱいになっていくのを桃は愉快な気持ちで見ていた。
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