金魚の記憶

ましら佳

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65.森に還るひと

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翌年、夏至を迎えた頃、祖父が亡くなったと病院から連絡が入った。
ほんの数日前に、気管支炎になったから通院していると祖父から連絡があって、心配だから週末に行ってみると話したばかり。


オルソン家の墓地は小さな礼拝堂がある森の中にあった。
祖父の父や母が眠っているらしい。
祖父が一緒に埋葬して欲しいと用意していた祖母の髪の一束と指輪を一緒に納められた。
祖父の古い友人達が何人か、それからカフェの主人と妻も来てくれた。
生前、祖母がいつか必要だろうと自分に用意していたクラシックタイプの礼服が重い。
レースがついた帽子まであって、何だか怪談みたいと思った。
スウェーデンの人は、森が好きだから魂が森に還るというのはいいアイディア。
祖父も、山登りは嫌いだけど、森に散策に行くのは大好きだった。
屋久杉を見に行ったり、熊野古道に行ったり。
子供の時なんて、樹海って素晴らしい言葉、青木ヶ原樹海に行きたいと言い出し、母や祖母と震えながら旅行に行った事もある。

白夜だからというのもあるが、夜の8時近くだというのに、ウォーキングしている人や、ボール遊びをしている子供の姿まであった。

ここならお墓の中でも楽しいかもしれない。

礼拝の参列者達に挨拶と謝礼を言って見送って居た時、声をかけられて驚いた。
父の小松川匠こまつがわたくみはるかの姿があった。

「・・・大変だったね」

そう父に声をかけられて、桃は首を振った。

「・・・来てくださって、ありがとうございます」
「・・・お母さんは?」
「間に合わなくて。明後日には到着する予定なんです」

 たくみが心配そうな顔をした。

「・・・おじいさんは私にとっても先生だからね。素晴らしい方だったよ。ご迷惑ばかりかけてしまったけれど・・・」
「お二人でご一緒に来て頂いて、祖父もびっくりしてる事でしょう」
「それが、別々なんだよ。私は同窓から話を聞いてね」
「・・・そうでしたか」
「困った事があったら連絡をください。・・・力になります」

彼はそう言うと微笑んだ。
ああ、父という人はこういう顔だったか、こういう声だったのか、と初めて知ったような気がした。
桃は頷いて頭を下げた。


桃とはるかは外を歩っていた。

「・・・夜とは思えませんね」
「ねえ。ずっと明るいから、私、たまに忘れて何回もご飯食べちゃったりします」

桃が近くのカフェで買って来たコーヒーを手渡した。

「・・・生活は慣れましたか?」
「そうね。最初の一年はどこに何があるのかもわからなかったけど。5年目だものね。ルンドっていろんな国から来てる学生も研究者も多いから、面白いのよ。日本からの留学生もいるしね」

桃は邪魔だと言ってレースのついた帽子を取った。

はるかは改めて桃の顔を見た。

「髪、伸びましたね」
「・・・ちょうどいい美容室が無くてね・・・。私のこのコシの無い毛、美容師さんが困ってしまうんです。トリマーさんならいけるかもって。・・・器用そうな友達に切って貰おうと思ったんだけど、無理って言われて、結局そのままです」

桃は笑ってコーヒーに口をつけた。

はるかさんは?お変わりありませんか?」
「・・・結婚しました」
「本当?」
「子供もいます。女の子と男の子」
「すごい!」

はるかがちょっと誇らしそうにしていた。

スマホの画像を見せてもらうと、桃が微笑んだ。
家族写真がたくさんあって、はるかの妻と、母も写っており、その真ん中に子供達がいて。
幸せそうな様子につい笑みこぼれた。

「やっぱりね、はるかさん、いいパパになると思ったの」
「・・・うーん、努力はしてるけれど・・・」
「大丈夫よ。そのままできっといいパパです」
「・・・桃さんは?」
「相変わらずですねえ・・・私、毎日で精一杯よ」

桃は苦笑した。

「週に一度くらい、カフェのお手伝いしてるんですよ。喫茶店メニューが結構受けて」
「すごいですね」
「・・・結婚と出産のお祝いは、・・・送るといろいろ面倒くさいから。何か今欲しいものはありますか?食べ物だと一番いいかな。消えものがいいと思うので」

自分の存在が妻に知られては、はるかも父もまた都合が悪いだろう。

「じゃあ、夕食おごってくれますか?」
「いいですよ。何でも言ってください。ストックホルムは都会だから、結構なんでもありますよ」
「でも、スウェーデンの食べ物なんてパッと浮かばないです」
「そうよねえ。せっかくだから名物よねぇ。・・・ザリガニとトナカイどっち好き?」

はるかが変な顔をしてから笑い出した。


翌日の夜、ストックホルムでも高級な部類に入るレストランで二人は会食する事になった。
はるかが調べて予約したのだが、一応ドレスコードがあるとの事で桃は急いで用意したフォレストグリーンのワンピースを着た。
|悠もきちんとしたスーツ姿だったが、いつも何着か持ち歩いているらしい。

この店は名物が食べれるから観光客も多い。
ドレスアップしている人達が、必死にザリガニを食べているのがおかしかった。

「・・・本当なんですか・・・?」

目の前の金色のバケツに入った海老えびではなくザリガニを見てはるかが微妙な顔をした。

「桃さん・・・ザリガニとかサワガニとか子供の時、獲って食べてたタイプですか・・・?」
「食べてませんよ・・・ザリガニって結構食べる地域あるみたいですよ?」

桃は器用に剥くと、はるかの皿に乗せた。

「まあ、ブラックタイガーなんかに比べると、可食部が少ないのよね」
「・・・ああ、確かに、エビ味・・・いや、カニ味・・・?あ、ザリガニって言うくらいだからカニなんですか、これ?」
「エビの仲間ですよ。ザリガニパーティーとかあるんです。初鰹はつがつお的な、季節の食べ物」

夏の名物なのだと桃は説明した。

しばらくすると、山のようなマッシュポテトと、シチューが出て来た。

「トナカイは、シカ科トナカイ目だから、味はシカっぽいと思います」
「・・・鹿、食べた事ないです。見たことはありますけど。奈良で」
「無いの?はるかさん、好き嫌い結構多いタイプ?」
「いえ、食べる機会がなかったし、食べたいと思った事はないだけで・・・あ、思ったより普通・・・」

ほっとした様子ではるかが言った。


「美味しいです。・・・ああでも、何だか、悪いような気がする・・・」
はるかさん、トナカイ見た事ないでしょう?はるかさんが思ってるより百倍ワイルドよ」
「そうでしょうね。・・・トナカイって野生ですもんね。・・・オーロラ見てみたいです」
「オーロラは、もっと北に行かないと。・・・ラップランドまで行けば、トナカイも見れるし。あとね、ヘラジカってすごいですよ」
「ヘラジカってトナカイより大きいんですよね」
「そうですね。シカがマルチーズなら、トナカイは柴犬、ヘラジカはセントバーナードくらいありますね。・・・うーん、ニホンザルとゴリラくらい違うって事です」
「・・・へえ・・・?」

はるかはなるほど、と言いながら、シチューを口に運んだ。



それから食事を終えた二人はレストランの前で立ち話をしていた。
桃がストックホルムに滞在中はホテルに宿泊していると言うと、はるかが送って行くと行ったが、桃が、自分がはるかを見送ると言った。

「桃さん、どうかお元気で。・・・年賀状くらい下さっても良いんですよ?」

不義理を咎めるように言われて、桃は苦笑した。

「いいえ。・・・やめましょう。はるかさんの幸せな今と未来に水を差したくは無いです。・・・はるかさんもお元気でいらして」

桃はそう言うとタクシーに乗り込んだはるかを見送った。
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