金魚の記憶

ましら佳

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3.

81.六花

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桃は駅舎から出ると空を眺めた。
・・・雪が降りそう。
冬の休暇を利用して、里帰り中。
日本についたのは昨日で、ルンドから飛行機でストックホルム、そこからまた羽田まで飛行機。
もともと時差ボケに弱いので、日本についたらあれもこれも食べたいと計画していたのに、結局ホテルで寝ていて、今も何だか眠たい。

数年ぶりの回転寿司が嬉しくて、一日二回も行って、あまりにも感激していたら、観光客に観光客と間違われた。
それから、以前アルバイトをしていた喫茶店に行ったらオーナーは引退したらしくもう別の人の経営になっていたようだった。
懐かしくてホットケーキとソフトクリームの乗ったコーヒーゼリーを食べた後、そのまま電車に乗った訳だけど、鎌倉という場所が自分が思ったよりも遠くて驚いた。
東京駅から二十分も電車に乗っていれば着くのだろうと思っていたのだ。
普段、小さな町で暮らしているから、つい首都圏の広大さを忘れてしまう。
関東平野ってすごい・・・と改めて思う。

駅舎から少し離れた場所で待ち合わせをしているのだけど。
さっぱりわからない。
戸惑っていると、声をかけられた。
はるかだった。
車の中から、探しましたと言われた。
どうやら待ち合わせの場所はここではなかったようだった。
もっとわかりやすい大仏の足元前とかにして貰えば良かったろうか。

「・・・お手数おかけしました。遅くさせてしまいましたね。・・・はるかさん、お元気でそうで良かった」

桃がすまなそうに謝った。

「大丈夫ですよ。・・・お墓は閉店ありませんから」

はるかがにこやかにそう言った。
桃は車に乗ると、コートを脱いで、温かいお茶を差し出した。

「コンビニ最高ですね。新発売のお茶だけでもたくさんあって。目新しくて嬉しくて7本も買ってしまいました」
「ありがとうございます」

特に新発売でもないのだが、ブランクのある桃からしたら店にあるほとんどの品物が新発売のようなものなのかもしれない。

前回会った時に胸まで長くなって居た髪が、顎の下までの長さになっていた。
桃が数年ぶりに桃が帰国すると知り、偶然を装って連絡して、いい機会だから、墓参りに行かないかと言うと、桃は快諾した。
紙袋に入った花束を大切そうに抱えていた。

「・・・昨日、うちのおばあちゃんのお墓にも行って来たんです」
「そうでしたか。・・・海の見える墓地だそうですね」
「おばあちゃん、海好きだったので。おじいちゃんは森が好きだったから、森の中ですしね」
「髪、切ったんですね」
「そうなの。やっと切れました」

さっぱりしたように桃が言った。

「今回は、お墓参りの予定で帰国だったんですか?」

「それもありますけど、おじいちゃんがね、日本の文学をスウェーデン語に、スウェーデン文学を日本語にしたものの出版準備をしていたんです。それの引き継ぎをする事になっていて」
「すごいですね。オルソン教授、文学の翻訳までされるんですか。いろいろな事に精通してらっしゃいましたからね。・・・桃さん、無理に予定合わせて頂いていませんか?お忙しいのではないですか?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。特に後は無いんです。・・・私も、ちゃんとお墓参りできる機会なんて、今後もなかなかないと思いますから。お声がけくださってありがとうございます」

受診するというのは言わずにおこうと桃は思った。
ひなが通院して居た婦人科に予約を取ったのだ。
レオンが結婚しないか、子供を持たないかと提案し、女性の負担になるわけでだから養子でもいいけれど、と言ってはいたが、きちんと一度、自分でも調べてみるべきだと思ったのだ。


小松川家の墓は、古い寺院の奥にあった。
ここまでは観光客も来る事は無いようで、しんとして静かだった。
桃は、花を生けて、少しだけ線香に火をつけて供えて手を合わせた。

おじいさんにお会いしたのはたった一度きり。
それも自分はよく覚えていないのだ。
おばあさんとは、会う事も話も出来たけれど、保真智ほまちとの結婚がダメになった事でがっかりさせてしまったし、再会も叶わなかった。
何度か季節の便りを交換していたのはいい思い出。
日本人の女性らしい、季節の様子が分かる内容は、いつも桃をほっとさせてくれた。
それからたまに彼女はお菓子も送ってくれたのだ。
それを食べて、懐かしくてほんの少し泣いた夜もあった。

きっと今回の事は、はるかが気遣ってくれた事であり、彼の両親も預かり知らぬ事だろうし、彼の妻には知られてはならない事であろうと思う。
なかなかお参り出来る機会も無いだろうからと言ったけれど。
自分の立場と状況ではこれが最後になるだろう。


「・・・はるかさん、ありがとうございました。・・・来れて良かったです」

桃は素直に礼を述べた。

「おじいさんもおばあさんも喜んでいると思います。・・・桃さん、おばあさんにポストカードを送ってくれていたでしょう?大事に保管してありました」
「・・・私、大したニュースも無いんですけどね。お送りすると、必ずお返事頂けて。嬉しくて」
「生前、おばあさんに、亡くなった事を桃さんに連絡するかと確認したんです。でも、桃さんはわかっているから大丈夫と言われましてね」

紫乃しのは自分の住所の氏名も書いて寄越したが、桃は名前も住所もいつも無記名で送っていた。
紫乃しのからは、私から届かなくなるまででいいからどうかまたお返事ちょうだいね、といつも書いてあった。
それは、亡くなるまでと言う意味だと思った時、そして本当に返事が来なくなった時、やっぱり悲しくて仕方なかった。

ふと、小さな花弁はなびらのような雪が舞い落ちて来た。
コートに落ちた雪片は、六花という別名がうなずける小さな花のような結晶の形をほんのり見せて風に消えて行った。

「・・・やっぱり降って来ましたね。車に戻りましょう。風邪をひいたらいけないから」

予報ではそれほど積もらないはずだか、空気がだいぶ冷え込んできた。

車に戻ると、はるかが食事に行かないかと誘った。

桃は、その前に、行きたいところがあると微笑んだ。
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