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03.一路、王都へ
しおりを挟むガタゴトと音を立てる馬車の振動に身を委ねて、離れていく故郷を眺める。朝露に濡れた木々が陽を浴びて煌めく様は、旅立ちを祝福しているようで心地良い。
これから、僕とロイはフォーラント王国の王都フォルテートで行われる王国騎士団の登用試験を受けに行く。試験と言っても、一般教養とそれなりの体力があれば通過できるから、入団すること自体はそれほど難しくない。登用されれば、配属先が決まるまで基礎訓練を受けながら王都で暮らすことになる。
生まれ育ったアステリアム伯爵領ラクリエから、王都までは一週間程の道程だ。だから、そう頻繁に帰ることはできない。年に一度帰れればいい方だろう。
そんな商用価値にも乏しい辺境のため、採算の問題から駅馬車はない。近郊の小都市まで、屋敷の馬車で向かう。そこまでは気楽な道行きだ。
「──寂しいか?」
この先のことを考えながら、ぼんやりと遠ざかる街並みを眼で追っていると、遠慮がちな声が掛かった。
ちら、と視線だけ向ければ、向かいの座席に座るロイが少し心配そうにしていた。
「……そうだね。元々旅行の類を殆どしなかったのもあるし、これは旅行よりずっと長期の予定だからね」
そっと眼を伏せて記憶を振り返る。
領主である父上の手伝いで、領内の町村へ巡視に赴いたことは何度もあるけれど、領地から出た回数は、記憶にある限り片手で数えられるほどだ。それも大抵が父上やロイ達と一緒に、だ。だから、不安がないと言えば嘘になるし、寂しくも思う。
「けれど、ロイが一緒にいてくれることだし」
と微笑むと、当のロイは居心地悪そうに短く切り揃えた茶金の頭を掻いた。
「それも、そう、だな……」
どうやら、照れているらしい。それがわかって、僕は小さく笑った。
それにしても、一週間馬車旅とは暇と言う他ない。
「さて、この頃稽古やらセラ厶婆の手伝いとかで殆ど時間が取れなかったから、やっとじっくり読書できるよ」
僕は荷物の中から、本を一冊取り出す。小さい頃から愛読しているシリーズ物の騎士物語だ。ここ数年で何冊か新刊が出ていたのに追いつけていなかったから、道中の暇潰しに丁度いい。
早速物語の世界に入り込もうとしていた僕に、ロイが水を差した。
「……こういう時くらい、お前の好きに過ごしたら良いんじゃないか?」
他に誰もいないんだから、と言外に続ける。
信頼できる使用人が御者を務める実家の馬車で、僕ら二人だけが乗っている状況。たしかに、周りの耳目を気にする必要はないだろう。そうは言っても、狭い馬車の中だ。できる事は限られている。
僕は本に目を落としたまま答える。
「だから、今やってるでしょう」
でも、どうやらロイはその答えが気に食わなかったらしい。
「それは『シエル』の趣味だろう」
「そうだよ。僕の趣味だ。……ああ、『シャル』も最近は読書してるよ。僕と反対になったからね。性格は違うのに、意外と好きなものの系統は似るみたい。双子だからって訳じゃないだろうけど、不思議だよね」
ロイが何を言いたいのかわかっていながらも、思い出したようにシャルの話を出す。茶化すような調子になったのは意図したことではない。
「………………」
後は、紙を捲る音だけが重苦しく馬車の中を満たした。
先に根を上げたのは僕の方だった。いくら気の置けない幼馴染相手でも視線を感じながらでは、どうにも集中できない。
「……わかった、降参」
私は一つ溜息を吐いて、パタンと音を立てて本を閉じた。意識して低くしていた声も抑えずに話す。
「初めは役作りだったけど、今じゃこれも私の趣味よ」
そっと、本の表紙を撫でる。シルエットだけの騎士が、凛々しく剣を構えている。彼は一体どんな顔をしているのだろう。
「第一、馬車の中で他に私ができることって言ったら、景色を眺めるか寝るかしかないけれど、この辺りの景色は代わり映えしないし、馬車は寝るのに向かないもの」
ほら、今だって小石を踏んだみたいで大きめに馬車が跳ねた。他に強いて言えば、魔力制御の練習くらいだけれど、これは片手間でできないと意味がない。
「リディと違ってセンスがないから刺繍なんてできないし」
先程貰った組紐を指先で弄ぶ。手先の器用さ自体はそれなりに自信はあるし、こういう規則的な物ならできないこともないけど。リディと一緒に刺繍したハンカチを見せたら、シエルとロイがとっても失礼な反応をしたことは絶対に忘れない。とういうか、馬車で刺繍なんてしようものなら、揺れが酷くなくても手元が狂って布地が血塗れになる。
思わず恨みがましい視線を送れば、ついと逸らされた。
……これじゃあいつまでも根に持ってるみたいで子供っぽいわね。話を続けましょう。
「読み始めてみれば案外面白いのよ? シエルと一緒に本を読むのも楽しかったかもしれないわね」
「シャル……」
しかし、そのシエルは既にこの世にいない。五年前に殺されたからだ。だけど、それを公にできないから、双子の妹であるシャルロットこと私が代わりに『シエル』として生きている。勿論、他者を騙ること、取り分け死者を隠匿することは重大な罪だ。暴かれれば斬首は免れないだろう。それでも、他にできることがなかった。
これは、私利私欲のためでは決してない。命より優先される果たすべき使命のために課せられた道だ。
「それでも、今は私がシエルだから。私がシエルである限り、私が半端な私を認められない」
それだけは、何としても曲げることはできない、と決然と告げる。
「そう、だったな」
私の答えに、ロイは深く溜息を吐いた。
「……ルドガー様も大概だが、お前も相当だよ」
やっぱり親子だからか? と付け加える。
「何が?」
「そうやって何でもかんでも一人で抱え込もうとするところだよ」
どこか咎めるような口調に納得がいかなくて首を傾げた。
「それは、私がやらなきゃいけないことは私がやるしかないでしょう?」
「……俺の話、聴いてたか? 何のために俺が一緒に出て来たと思ってるんだ」
「私を心配してくれてるんでしょ? 判ってるわよ」
心配かける要素が多い自覚はある。だからこそ、私は強くならなくちゃいけないんだ。
「…………」
何が不満なのか、ロイが半眼で見ていると思ったら、不意に私の頭へとその手を伸ばした。
「…………ふん」
「あたっ」
手を開いたまま伸ばして来ていたのに、何故か額を指で弾かれていた。反射的に額を押える。思わず声には出したが、言うほど痛くは……いや待って地味に痛い。
「……ちょっ、何するの」
じわっと浮かんだ涙で、見上げるロイの姿が滲む。それでも、彼がどんな顔をしているかはわかった。
「判ってるなら、もっと言動に違いが出るはずなんだよ。いい加減人に頼ることを覚えろ」
「そうは言ったって、これ以上迷惑は掛けられないし……」
「迷惑かどうかなんて俺が、俺達が決めることだ。下手な遠慮なんてするなよ」
俺達、と言い直したのはリディ達を含めてのことだろう。リディがシエルの婚約者だったのはシエルが死んだ五年前までのことだ。しかし、リディは婚約解消の件を頑として頷かないどころか、シエルという嘘の補強に使えばいいと言い出す始末で、公には未だシエルの婚約者だ。ほんと、君達兄妹──いや、オーフェン男爵家の人達は皆お人好しで頑固者だ。どこか苦い気持ちで口端を歪める。
「『お役目』に巻き込みたくないっていうのは判るけどよ。それこそ上手く立ち回らないと足元掬われるんじゃないか?」
「──どこまで知ってるの」
その言い回しに、額の痛みもすっかり忘れてロイを見据える。絞り出した声は、先程とは打って変わって乾いていた。
「アステリアムの方針は変わってないはずだけど」
「何も」
「…………」
ロイは繕うことなく、間髪入れずに答えて首を振った。
じっとその瞳を見据えても、他に透けてくるものはない。その代わり彼はそれでも、と続けた。
「それでも、フォーラントの建国当初からあるらしい伯爵家が、その当時から何十代に渡って変わらず有り続けることに意味があることくらい判るさ。たった一代でも、ずっとお前らを見てきたんだから尚更、な」
「…………それも、そうね」
そこまで聞いて、私は知らず込めていた肩の力を抜いた。
核心にいると第三者の視点が中々意識できなくなる。これは、考えを纏め直す良い機会だ。
「政治的にも旨みがなくて取り沙汰されることもない領地だけれど、だからこそ父様のような人が治めるには足りなくて、それ故に目立たない。そしてそれが却って伯爵位を不相応に見せる」
ラクリエは、王都と反対方面にはすぐウィンダニア帝国の領土が広がっている。しかし、国境線代わりに峻険なダニード連峰が立ち塞がっているため、交易は殆どない。多少鉱物資源が採れるらしいが、山脈は気候が荒れやすく、魔物が跋扈していて危険だ。交易のない場所に商人はいないし、商人も来ないところに仕事は落ちていない。
直接領土を接している訳ではないとはいえ、国境を預かる辺境伯として、父様は年始には必ず王都へ赴き、新年を祝う宴には参加している。その際に昼行灯だの名伯だのと陰口を叩かれているようだ。そうは言っても、そうやって陰口を叩いているのは本当に無能か、その取り巻きの無能だ。ちょっと調べれば、うちの領地がどれだけ安定しているか判る。
「そう、何もないからこそ、『何かある』と思われる」
厄介なのはその無能のやっかみで下手に探られることだ。
「だから、特別な『何か』は隠していないけど、重用されるくらいには特別だと思われるように仕向ける」
私が王都に向かう目的そのものとは違うけれど、元を辿れば不可分の要素だ。
うん、だいぶ整理できた。誰の差し金かしらないけど気に留めておく必要があるのは確かだ。
「けど、ロイってそうやって頭使うキャラじゃないでしょ」
「お前な……」
意地悪く茶化すことは忘れない。こういう展開になってしまった以上、誤差の範囲かもしれないけれど、あまり踏み込ませるわけにはいかない。その思いは汲み取ってくれたようで、ロイは言い募ることなく、肩を竦めるに留めた。
「でもわかった。そういう考えに至る者も少なからずいるってことね。ありがとう、気を付けるわ」
そうして話している間に、故郷の街はすっかり見えなくなった。けれど、王都への道行きはまだまだ長い。
私は膝の上に置いていた本を再び開いて、壮大な物語を紡ぐ文字に目を落とした。ロイもそんな私に口を出すことはなかった。
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