女神の黙示録

雨宮未栞

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序章

第二節 第六項 落日

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 陽の落ちる頃。王立学武院の校舎に面して右側、つまり女子寮側にあるカフェテリアは夕食を摂りに来た生徒で賑わっている。
 カフェテリアの出入り口付近に設けられたオープンテラス席にエミリオ、コリン、ファーディナンドの三人の姿があった。セシリーと彼女が連れて来るであろうルームメイトを待っているのだ。

「流石に人が多いな……」

 エミリオは予想外の人出に嘆息した。
 カフェテリアは全校生徒を収容するだけの容量があるが、昼休みのような一斉に人が動く区切られた時間は混雑を避けられない。今日は晴れているが、雨の日にはテラス席が不人気になる為尚更混み合うことになる。よって、カフェテリアの利用時間は学年毎に大まかではあるが決まりがある。とはいえ、学年間の交流を妨げる意図はないため目安に過ぎないものだ。

「二年生達が結構来てるみたいだからな。ま、これもひと月くらいで落ち着くらしい」

 昼前に学院に到着していたというファーディナンドが補足した。言われてみれば萌葱色のタイやリボンで襟元を飾っている生徒達があちこちで赤いタイを身に着けた生徒に声を掛けている様子が窺えた。学年の区別をつけるためにタイの色が決まっているのだ。タイの色は卒業するまで同じものであるため、毎年何年生が何色という決まりはない。今年で言えば二年生が緑、一年生が赤で統一されている。

「あーなるほど、青田買いみたいなものかな?」
「クラブ活動の勧誘週間前に有望な新入生を確保しようってことか」
「そういうこった。そんなことより、まだ来ないのか?」

 話を区切ったところでファーディナンドは辺りを見渡す。その問いに反応して背中側にある女子寮に続く道を振り返るが、見知った黒髪の少女は見当たらない。

「ああ、目立つやつだから来てればすぐにわかるはずだけど。……こうも人が多いなら集合時間くらいざっくりと決めとけば良かったな」
「もう少し待っても来なかったら僕達だけで食べよっか」
「そうだな。これからは嫌でも顔を合わせることになるだろうし」

 コリンの提案に少し思案してから賛同すると反対側からぼやきが聞こえて来た。そしてかなり威力の高い爆弾を投下した。

「えー、俺だけ知らないってなんか理不尽だ。俺もエミリオの彼女が見たーい」
「ちょっ、彼女だなんて一言も言ってないだろっ」
「いやあ、だって家族とか言ってるのに言い淀んでるところがあったし。はっ、もしかして彼女よりも人に言えないような関係っ?」

 驚愕の表情を浮かべ仰け反るファーディナンドにエミリオは呆れた眼差しを向けた。

「ちょっと説明に困ってただけだっての。あと、にやけてるの誤魔化せてないぞ」
「あら残念、バレてた」

 ファーディナンドは悪びれた様子もなく、上がってしまっている口角を両手で揉み込んで整えた。

「まったく……」

 その暢気な様子に苦い笑いを浮かべると、聞き慣れた涼やかな声が間近に聞こえた。

「──楽しそうね。何の話?」
「うわっ!」

 椅子から飛び上がりそうになったのを寸前で堪えられたのは奇跡かもしれない。内心で胸を抑えながら振り向けば、真後ろに悪戯っぽく微笑むセシリーと、金髪の少女ティナがいた。

「ふふ、驚かせてごめんなさい。それと、だいぶ待たせちゃったみたいね」
「ああいや、そんなにじゃない」
「そう? ならいいんだけど」

 セシリーは悪戯な笑みを収めてエミリオが着いているテーブルとそこに座る面々を見遣る。そしてコリンの姿を認めて目を瞬かせた。

「あら、もしかしてコリンもエミリオのルームメイト?」
「うん、そうだよ。僕達は三人部屋でもう一人が……」

 コリンがファーディナンドに目を向けたのに対して、彼は名乗ることで応えた。

「ファーディナンド・セリゼだ、よろしくな。それであんたがエミリオの『家族』?」
「ええ、見ての通り養子だけど。セシリー・マクスウェルよ」

 ファーディナンドの問いに、微笑を浮かべてセシリーも名乗った。 しかし、エミリオの目には彼女が少し困ったように笑っているように映った。今まで口にしたことこそないが、彼女はマクスウェルの養子であることに負い目の様なものを抱いている節がある。新しい環境での交友関係に身構えているのかも知れない。
 二人の内心に気付いたかどうかは分からないが、ティナがセシリーの肩に手を置いて前に出た。

「で、あたしはセシリーのルームメイトで、政経科のティナ・レイズでーす」
「よろしく、そっちは二人だけなのか?」

 この場に来ているのが二人だけだからそれ自体は当然なのだが、寮は一部屋に三人以上を割り振られているのだから、少なくとも一人足りない。

「ルームメイトはもう一人、レイラっていう子がいるんだけど、人混みが苦手だからって断られたの」

 セシリーが微苦笑と共に肩を竦めると、確かに、とエミリオがちらりと辺りを見る素振りをした。

「それじゃ、今夜はとりあえずこれで全員ってことだな。細かい自己紹介は後にして飯にしよう」

 初対面特有の初々しいやり取りと若干のぎこちなさもすぐに薄れ、翌日は学院の敷地内を散策することになった。
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