戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ

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第二章 ルートⅢ

第26話 勇者の楽しい交渉学習講座

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「私は反対です! せっかく奇跡的に防衛戦に勝利出来たのですから、ここで欲をかくべきではない! 勝てたとして、我が国は更に疲弊するのですよ!?」


 確か……ビットレイ伯爵だな。

 あいつも家に戦死者が出ていない貴族家だったはず。


「疲弊はしない。ナガツキ伯爵家だけで戦争するつもりだからな。」

「なっ! 無茶だ! それにいくら疲弊しないとは言っても、再び相手に戦争の口実を与えてしまう!」


 言っている事は尤もらしいな。


「なら、相手を完膚なきまでに叩きのめす事が出来れば文句は無いんだな?」

「し、しかし……相手の兵は元を正せば罪のない民。それを大量に殺そうなど……やはりどんな理由があれど戦争には反対です。」


 ん?

 兵は確かに民だが、ただの民ではなく兵として出てきているのだから、死ぬ覚悟はあるだろう。


「なあ、ビットレイ伯爵。お前はどっちの味方なんだ? イットリウム王国が将来に渡って存続する可能性よりも、隣国の民が大事なのか?」


 勿論民に罪など無い。

 しかし、兵として戦場に出てきた奴は別だ。


「なんと無礼な! 私はただ暴力で解決するのは良くないと思っているだけです! しっかり話し合えば、戦争など起きないはずです!」

「確か……戦争前のストレッチ王国はかなり無茶な要求を出してきていたよな? それでも戦争を避ける為に苦渋を舐めながらも無茶を聞いていたはずだ。」

「はい。ですが、要求を呑みさえすれば戦争は起きません。」

「最後は聞けなくなって戦争になったと王より話を聞いているが……ビットレイ伯爵。お前の言う話し合いとは無茶な要求を聞き続ける事か?」

「そうは言っていません。ですが、良く考えてみて下さい。過去にイットリウム王国は属国でした。独立戦争の時に伝説の勇者が現れ、大量の兵を虐殺したと伝承に残っています。我々はその罪に対して、謝罪と賠償を行っていくべきなのです。」


 俺でも分かるぞ。こいつはスパイだな。


「向こうがイットリウム王国を侵略した際に起こった被害は向こうが謝罪と賠償すべきだろ。それに関しては何も言わないのか?」

「起こるべくして起こった事です。被害については悲しい事と思いますが、ストレッチ王国が慈悲をかけてくれたからこの程度で済んだのでしょう。」


 話にならん。


「王よ。ビットレイ伯爵はスパイではないのですか?」

「あー……一応、向こうの王族と親戚関係があってな。証拠もなしに処断は出来んのじゃ。」

「ふん! 私をスパイと決めつけるなど、英雄殿は野蛮ですね。これだから成り上がり者は……スパイと言うなら、貴方の第二夫人だって怪しいものですよ。」

「……何だと?」

「英雄殿の第二夫人は貴方を裏切ったのでしょう? それなのにどうして第二夫人に収まっているのです。謀略で陥れられたと吹聴しているようですが、本当は英雄殿もスパイで、もう一人のスパイを匿った……なんてあり得るのでは?」


 こいつっ! もう許せん!


「おま……」
「レイベルト。私に任せて。」

「止めるなアオイ!」

「ダーメ。割と本気で殴りつける気だったでしょ。それじゃあ意味ないよ。」

「意味ならある。ぶちのめせば少しは分かるだろ。」

「それがダメなんだって。ただ殴っても賛同は得られない。レイベルトは私の交渉を見学してて。」


 くっ! 仕方ない、か。


「えっと、ビットレイ伯爵は話し合いで解決出来ると思ってるんだよね?」

「はい。勿論です。勇者殿もそう思うでしょう?」

「うんうん。私も話し合いで解決出来ると思ってるよ。武力を背景にした話合いで、ね?」

「は?」


 アオイから突如として膨大な魔力が吹き出し、会場全体が恐ろしい程の寒気に包まれる。


「これから私がお前をぶち殺すから、話し合いで解決してみろよ。」


 ドスの利いた声で宣言し、笑顔でゆっくりと歩きだすアオイ。

 突然の事に驚いてしまったが……成る程。相手に恐怖を与える、という事か。

 この場にいるビットレイ伯爵以外の人間も、アオイの豹変した態度に後ずさりしている。


「ま、待って……下さい! 先ずは話し合いを……」

「そうだね。話し合いをしようか。先ずは土下座をしろ。」


 急いで土下座を始めるビットレイ伯爵。謝罪に関しては俺よりも上手いな。


「次に、スパイであった事を自白しろ。さもなければお前を痛めつける。」

「わ、私はスパイなどでは……」

「そう。」


 既にビットレイ伯爵の目の前に立っていたアオイは氷の剣を創り出し、その剣を土下座しているスパイ疑惑容疑者の腕に突き立て床に縫い付けた。


「ギャアアァァァ!」


 あまりの悲鳴に、会場にいた貴族は視線を逸らしていた。

 殴るよりも酷い。


「お前はスパイだろ? スパイだって言えよ。」

「ぐっ……こんな事をして、ストレッチ王国が黙っていませんよ!?」

「これから滅ぶ国がお前に何をしてくれるって言うんだ?」


 アオイがビットレイ伯爵の髪の毛をわし掴みにして無理矢理頭を引き上げた為、突き立てられた剣によって奴の腕には更に剣が深く食い込んでしまう。


「アギャアァァァァッ!!」

「ビットレイ伯爵。お前は敵か? それとも味方か?」


 かなりの痛みを伴ったのだろう。

 ビットレイ伯爵は浅い呼吸を繰り返し、脂汗が額に滲んでいる。

 それを見ていた貴族の一部は口を手で覆い、吐き気を我慢している者さえいる始末。


「も、もう……お許しを……」

「許すとか許さないとかじゃないんだよなぁ。お前がスパイかどうか。敵か味方か。それだけだよ。言いたくなるまで痛めつけるけど、どうする?」

「わ、私は……私はスパイでした! スパイとして色々と便宜をはかっていました!」

「そかそか。ビットレイ伯爵。君の言う通り、話し合いは大事だよね? でも君のやり方は下手だ。話し合いは私の方が上手かっただろ?」

「は、はひ……。」


 アオイ。

 人はそれを話し合いとは言わない。

 脅しと言うんだ。


「アオイ。その辺にしておけ。なぁビットレイ伯爵。俺の第二夫人を貶してくれたが、その親衛隊がいる前では絡んだりしない方が良いぞ? 奴らは身分も立場も関係なく理由も聞かずに殺しにくるからな。」


 ビットレイ伯爵の顔は青さを通り越して白くなり、かくかくと首を縦に振って了解の意を示す。

 ここまでやれば二度と絡んで来ないだろ。


「王様。スパイを見つけました!」


 今のやり取りはなんだったのかと思う程、急に明るい調子で王に話しかけるアオイ。


「う、うむ……。あー良かったなースパイが見つかって。本当に感謝感激じゃわい。」


 王よ。

 臣下に対して目をお逸らしになるとは……。

 余程恐ろしい思いをされたのでしょう。


「い、今からスパイ行為を自白する者に対しては処刑も拷問もせん。代わりに情報は吐いてもらうし、罪に応じて爵位は下げるがの。名乗りでなければ、勇者が今後残虐な行いをしてもわしは責任を取らん。絶対に取らん。(だって怖いもん。)」


 王よ。

 聞こえましたよ?


「王様ったら、大袈裟ですってぇ。」


 アオイ。

 大袈裟じゃないぞ?

 確かに効果的ではあったがな。

 王が今なら許してやるというような発言をした後、三人の貴族が前に出てきてスパイである事を自白し始めた。

 俺の嫁が余程怖かったらしい。

 それも仕方ない、か。

 自慢じゃないが、英雄である俺も……少しだけ怖かったからな。
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