戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ

文字の大きさ
52 / 128
第二章 ルートⅢ

第29話 勇者の絶望

しおりを挟む
 伝説の勇者が倒したとされる怪物。

 奴には攻撃が殆どまともに通じる事はなく、俺の宝剣やエイミーの魔法だけは多少の効果があるようだった。

 だがそれだけだ。

 宝剣やエイミーの魔法も多少通じるだけで大して効果はない。

 あの怪物は傷を受けるとすぐに再生してしまって、倒せそうな様子がまるでなかった。

 伝説の勇者が倒したのであれば、何か対抗策があるのではないかとアオイが言い出し、それを王宮に戻って確認する事にした。

 あの怪物は俺達に大した興味を示さず、民衆を次々と食べる事に夢中だった故に撤退する事は簡単だった。





「ベグレート王。奴は強くて倒せそうもないよ。何か対抗する手段とか倒し方とか残されてないの?」

「倒し方は伝わってないが、そう言えば……伝説の勇者の暗号文書がある。そこにあの怪物への対抗策が無いか確認してみてくれ。此度の勇者殿も日本から来たなら読めるのではないか?」

「あるなら先に言え!」

「も、申し訳ない。」


 ベグレート王は急いで宝物庫に全員を案内し、勇者の暗号文書をアオイに手渡した。


「イットリウム王国の王宮にあった物と似てるね。まぁ、同一人物が書いたんだから当たり前か。」

「150年前にイットリウム王国から金で買い取ったと聞いている。当時の王が勇者に大層憧れを抱いていたそうだ。」

「勇者ファンって事ね。」

「ファンとは聞き慣れない言葉だ。勇者の言葉か……。」

「今から読み上げるよ。」
































10,858年

 繰り返される悠久の時に精神が擦り減っていく。

 私はどこで失敗したんだろう。

 思えば最初に『アレ』を召喚してしまった時点で失敗だったのかもしれない。そもそもこの世界に私が召喚されてしまった事が間違いだったのかもしれない。

 失敗を挙げればキリがない。

 私の繰り返した人生は百や二百ではないのだから。

 もう正確には覚えていないけど、一万年は生きたような気がする。

 あぁ……日記には自動で体感年数が記されるようにしたから、今は10,858年か。

 まさか、死に戻りが寿命での死にも適用されるだなんて…………。

 もう死にたい。

 私は能力が進化する過程で、いくらかの所有物も持ち越せる事に気が付いた。

 ただ、この世界には碌な道具が無い。持ち越せると言っても、大した物は持って行く事が出来ない。

 だから……日記を持って行く事にした。

 繰り返される時をまだ苦にも思っていなかった頃の日記。

 所有物を持ち越せる事に気付いたのは100か200年くらいの頃だから多少記憶の抜けはあるけど、ある程度書き直した日記を持ち越す事が出来た。

 時々あれを読み返して、初めてイットリウム公国の君主に会った事、その人と恋をした事、そして子供達が生まれた事、それらの出来事を思って少しでも自分を慰める。

 あの頃に戻れたら、悠久の時から逃れる方法を見つけられるかもしれない。

 でも、あの頃に戻ったら……子供達が生まれないかもしれない。あの恋が無くなってしまうかもしれない。

 私にはそんな事、耐えられない。

 何より、そんな気持ちすらもどうでも良くなりかけている事実が私を苦しめる。









12,013年

 久しぶりに日記を書いた。いつの間にかこんなに時間が経っていたなんて…………

 そんな事より、やっとこの繰り返しから逃れる魔法を開発した。

 私自身の魂にプロテクトを掛け、能力を封印してしまえば良い。

 そうすれば私は繰り返す事もなく、この世界にある輪廻の環に自身の魂を乗せる事が出来る。

 生まれ変わって今の記憶を失う事で、辛く苦しい時の牢獄から脱出する事が出来る。

 ただ気掛かりなのは『アレ』を召喚してしまった影響。

 いつからか『アレ』を召喚する手順を踏まなくても、死に戻る度勝手に現れるようになってしまった事。

 恐らく、私の魂が『さぐぬtヴぃらヴんみr』と繋がり『アレ』の因子を取り込んでしまったからだと思う。

 何度も繰り返した影響もあって、私は唯一無二の強さを手に入れていた。魔法技術だって、魂に手を加えるという神の領域にまで手が届きかけている。

 だから『アレ』を倒す事は苦でもない。

 でも……私の魂が能力を取り戻してしまえば、恐らく『アレ』も現れるに違いない。

 魂を封印する魔法は完璧じゃない。輪廻の流れで封印が徐々に解けていき、いつかは生まれ変わった私に再び能力が発現する時が来る。

 生まれ変わった私が……輪廻を繰り返し弱体化した私が『アレ』を倒せるだろうか?

 多分無理だ。

 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。

 後世の人には迷惑を掛けてしまう。

 だって『アレ』を倒す事など弱体化して魔法の知識さえも失った私では恐らく不可能。

 万が一生まれ変わった私と『アレ』が戦う事になれば、私は魂を吸収されてやり直しが発動せず、世界は滅びる。

 ごめんなさい。

 無責任でごめんなさい。

 私は……後の世の滅びよりも、私自身を優先してしまいました。

 私が弱いから……終わりの見えない時間に心が耐えられないから……この世界を見捨てる事にします。

 もう少し魔法の研究をすれば、もしかしたら完璧に能力を封じる事だって出来たかもしれない。

 『アレ』の因子を取り除く事も出来たのかもしれない。

 でも、その魔法を完成させるまで、今度は1,000年? それとも10,000年? 或いは100年?

 もう無理です。

 私は私として生きる事にもう耐えられません。


 本当にごめんなさい。

 死ぬのは辛いの。死んだ時の記憶を持って生き返るのはもっと辛いの。それを繰り返すのは更に辛いの。何よりも…………同じ時を何度も過ごす事が本当に辛いの。

 助けて欲しかったのに…………。














 死ね。皆死ね。世界なんて滅びろ。『アレ』も人も動物も、皆死ね。

 どうせなら、いっそ私の手で…………




 ごめんなさい。ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。

 願わくば、私の魂が覚醒しない事を。






 手慰みで造った聖剣モドキをイットリウム王家に残します。多少は『アレ』にもダメージが通るでしょう。

 この日記を読んでいるという事は、恐らく私以外の勇者が出現したはずです。

 勇者が聖剣モドキを使えば……万に一つの勝ち目はあるかもしれません。

 生まれ変わった私の能力が発現するタイミングと勇者が再び現れるタイミングが運良く重なる事を祈っています。


 ごめんなさい。

 無理を承知でお願いします。






 あぁ……やっと死ねる。

 『私』を終われる。


















「これが……こんな物が……勇者の日記?」


 一万年だと?

 明らかに勇者サクラは摩耗していた。

 人間の精神に変調をきたすには十分な時だった、という事だ。


「つまり、碌な対策が無いという事じゃな。」

「対策は聖剣モドキのみ、か。多少傷つけられる程度の。絶望的だ……。」

「この日記の通りだとするなら、英雄も勇者もあの怪物を倒すには単に強さが足りていないという事なのだろうな。」

「そ、それでは! ストレッチ王国どころか、全人類が滅びるという事ではないか!!」

「うるさいぞヴァイセン侯爵。今は対策を考えろ。」

「はいはい。ヴァイセン侯爵はうるさいから少し黙って。イットリウム王家に残した聖剣モドキって、多分その宝剣の事だよね?」


 アオイが俺の持つ宝剣を抜き、まじまじと眺める。


「あ、柄に『♰桜♰ソード』って書いて……って中二病かよ。」


 中二病?


「まぁ、それは良いか。今の所一番可能性が高いのはエイミーが宝剣で戦う事だね。私の攻撃は全く通用しなかったし。」

「アオイ、エイミーは剣術をそれ程習得してないんじゃないか?」

「ううん。私程じゃないけど、それなりには使えるよう訓練しておいた…………ってどうしたのエイミー?」


 エイミーの顔は青く、体が震えている。


「だって……つまり、私は勇者サクラの生まれ変わりで、前世の私のせいで訳の分からない怪物が現れて…………。」


 怪物が現れたのも自分のせいだと気にしているのか。

 エイミーのせいではないというのに。


「それは違うぞ。そもそも勇者を呼んだこの世界の人間が悪い。エイミーが悪いなんて事はないはずだ。」

「おうとも。英雄の言う通り、儂の御先祖様が勇者を呼んだから悪いんじゃ。死んだら文句を言っておくわい。」

「そうそう。むしろいきなりあの怪物を呼び出してしまったわけじゃない事に感謝した方が良いくらいじゃない?」

「そうだな。400年前のストレッチ王国を救ってくれたのは伝説の勇者だ。特に気に病む必要などないだろう。」

「し、しかし王よ。元を正せば勇者が怪物を呼んだから…………」
「うるさいわ! ヴァイセン侯爵。貴様は貝のように黙っておけ!」


 ヴァイセン侯爵は無視しよう。


「どうだエイミー? いけそうか? 勿論俺やアオイも援護はするぞ。」

「……うん。私、やってみるよ。」


 覚悟の決まった顔でアオイから宝剣を受け取るエイミー。


「君に大変な役目を押し付けてしまってすまない。」


 最悪の場合、俺が盾になってでも必ず守ってみせる。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。 応援本当に有難うございました。 イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。 書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」 から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。 書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。 WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。 この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。 本当にありがとうございました。 【以下あらすじ】 パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった... ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから... 第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。 何と!『現在3巻まで書籍化されています』 そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。 応援、本当にありがとうございました!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

俺の好きな人は勇者の母で俺の姉さん! パーティ追放から始まる新しい生活

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが別に気にも留めていなかった。 ハーレムパーティ状態だったので元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、三人の幼馴染は確かに可愛いが、リヒトにとって恋愛対象にどうしても見られなかったからだ。 だから、ただ見せつけられても困るだけだった。 何故ならリヒトの好きなタイプの女性は…大人の女性だったから。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公にはなれない、背景に居るような主人公やヒロインが、楽しく暮すような話です。 1~2話は何時もの使いまわし。 亀更新になるかも知れません。 他の作品を書く段階で、考えてついたヒロインをメインに純愛で書いていこうと思います。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

処理中です...