戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ

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第三章 ルートⅡ

第2話 失ったもの

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「我がイットリウム王家に伝わる宝剣じゃ。是非役立ててくれ。」

「「ありがとうございます!」」


 エイミーが突然ハッとした顔になり、周囲を見回している。


「あ、ありがとうございます。」


 まるで今意識を取り戻したかのような態度だ。

 疲れているのか?


「どうかしたのかエイ?」

「なんかボーっとしてない?」

「大丈夫。ちょっと宝剣が格好良すぎて驚いただけ。」


 すぐに反応を返し何でもないと言ってみせるエイミー。

 本当に大丈夫なのか?

 確かに今は普段通りのようだが……。


「現在レイベルト隊が交戦しております! 急いで下さい!」


 俺達が負けるとは思えない。

 しかし怪物の強さが不明である以上、本来であれば慎重にいきたいところ。ただ、それが許される状況ではないだけだ。

 あまり悠長にしていると部下達に被害が出てしまうかもしれん。


「宝剣は碧が使って。」


 エイミーがそう言うとアオイは頷き、宝剣を手に取った。


「オッケー! 僕はレイベルトと前衛を頑張るよ。」


 アオイは俺に比べると剣技は弱いが、それでもかなりの使い手ではある。宝剣でそこを補うのは良い判断だ。

 エイミーは伝説の勇者の先祖返りなだけあって、魔法戦闘に関しては全く心配ない。

 剣技に関しては何とも言えない為、後方からの魔法支援に徹してもらおう。

 俺達三人は風魔法を発動し、部下を……そして両軍を助ける為に疾走した。






 両軍兵士は戦いに参加せず、遠巻きに『アレ』とレイベルト隊の戦いを伺うような形で待機している。

 部下たちは『アレ』をぐるりと取り囲んで上手く連携を取り、隊の半数が剣をもって触手一本に二人がかりで対応し、もう半分は魔法で触手攻撃を逸らせて対応していた。

 特訓してやった甲斐があったな。

 近くで見れば本当に禍々しいその姿に、怖気ず良く戦っていると褒めてやりたいくらいだ。


「こうも人数が固まっていては攻撃する隙がない。半分下げるぞ。」

「レイベルト。私達の魔法に巻き込まれないよう両軍をもっと下げよう。レイベルト隊の人数程度なら防御魔法をかけられるけど、待機してる両軍までは無理だよ。」


 確かに、無駄な犠牲を払う必要もないか。


「今から俺達も加勢する! 剣を持っている組は俺とアオイが入れ替わりで入る! 俺達が入った後に半分下がれ! 魔法攻撃を行っている奴はエイが入り次第半分下がれ!」


 訓練の成果が良く出ており、隊の半分が流れるように俺達と入れ替わりで後ろに下がった。

 そして俺とアオイが触手攻撃を半分受け持ち、再び命令を下した。


「良し! 下がった半分は巻き込まれないよう両軍にもっと下がれと通達しろ! 通達を終えたら戻って来て待機だ! 戦闘が長期化した場合に備えての交代要員のつもりでいろ!」


 命令が上手く届いたようで、両軍の兵がどんどん下がっていく。

 しかしこいつは強いな。

 俺達に敵うものなどいないと思っていたが、あくまでそれは人間同士で戦った場合の話。

 この怪物と一対一という条件なら、明らかに俺より強い。こんな奴と戦う事になるとは思いもしなかった。


「ふむ。」


 本気を出せば触手を叩き斬ってやれそうだが、後の攻撃には繋がらない。

 アオイと連携して少しずつ削るしかないな。

 そのアオイはと言えば、宝剣で触手を斬り落としながら攻撃を上手く防いでいる。触手は再生されるが攻撃が鈍るので決して無駄ではない。

 エイミーは魔法で敵の触手を逸らしながら少しずつ怪物を削っていく。この調子なら時間はかかるが倒す事も可能だろう。


「良し! このまま攻撃を継続する!」


 順調に戦いが進んでいると思っていたのも束の間、怪物は大きな雄たけびをあげて魔法攻撃まで使い出した。


『げぎゃひひひひげぎゃひひひひひひぃぃぃぃ!!!!』


 エイミーは怪物の魔法攻撃を相殺する為、攻撃に割いていた分の魔法まで使用せざるを得ず、一気に防戦に追い込まれてしまった。

 そして怪物は不気味な声で言葉を吐き出し始める。


『ナんでぼクをこうゲきスるnですkA。ボくHaジンるィとナカヨクなりtいでス。』


 人類と仲良くだと?

 ふざけているのか?


「無理無理。あなたって人類と致命的に合わないよ。」

「この顔で一人称が『僕』はあり得なくない? てか喋ってるね。」

「いや、そういう問題じゃないだろ! 早く倒すぞ!」


 こういう緊急時でも緊張感が薄いのは二人の悪い癖だ。


「レイベルト! もう少し前に出るから待機組にも魔法を使わせて! 私は攻撃に専念する!」

「おう! 待機組は怪物の魔法を相殺しろ!」


 待機していた部下達が命令に従い、連携して魔法を相殺し始めた。

 エイミーには余裕が生まれ、結果として怪物の体は徐々に削り取られる。


「勝てる! このまま押し切るぞ!」


 全員を鼓舞し、攻撃の継続を宣言した瞬間…………

 千切れた触手が俺の方に向かって来ているのが視界の端から見えた。

 1秒後、俺に直撃するだろうその攻撃を防ぐ手立てはない。何故なら、もう一つ俺に迫っている別の触手を防ぐ段取りでいたからだ。

 避けるにしても、逃げ道に触手が殺到してしまえば潰されてしまう。

 俺はここで脱落、か……。

 薄く引き伸ばされた思考の中でエイミーへの後ろめたさを感じながら目を閉じる。

 直後にドンッと体に衝撃が走り、俺はその場に倒された。

 エイミー。結婚出来なくて済まない…………。

 不思議と痛みはない。死んだ経験などないので分からなかったが、死とは案外穏やかなものなのかもしれない。


「何ボケっとしてんだ。」

「は?」


 今の攻撃で死んだかと思った。だが俺は生きていた。

 ふと声のした方を見上げれば、そこにはエイミーが立っている。

 何故だ? 何故お前がここにいる?

 お前は魔法攻撃に専念すると言っていたじゃないか。


「何故だっっ!!」


 何故、お前の腹から触手が生えているんだ!

 しかもそんな状態で剣を振り回すなんて……


「ごめんね? 攻撃ミスったよ。魔法で触手を千切ったらレイベルトに向かっちゃったわ。」


 エイミーは額に汗を滲ませながら、今もなお苦しそうな表情で攻撃を剣で弾いていた。


「だからってお前が受ける必要はないだろ!」

「問答してる暇はないよレイベルト。私はもう持たないから碧を呼んで。」


 クソッ!


「アオイ! 来てくれ!」


 アオイは俺の声でエイミーの状態に気付き、触手を斬り飛ばしながらすぐに駆けつけて来た。


「エイ! 下がらないとダメだよ!」

「聞いて二人とも。実はお願いがあるの。」

「何でも言え!」
「何でも言って!」

「ありがとう。」


 そう言ってエイミーは空いた手で自らの兜を脱ぎ捨てた。


「私の名前はエイミー。実はレイベルトの婚約者。男のフリをしていた碧ちゃんにお願いがあるの。」

「……バレてたのね。」


 アオイまでもが兜を脱ぎ、自身が女であると白状した。


「えぇ。貴女がレイベルトを好きな事は知ってる。私はもう死ぬから、碧ちゃんがレイベルトと結婚してあげて欲しいの。」

「何言ってんの! アンタが生きて結婚しろ!」

「レイベルト。私、もう死ぬから。碧ちゃんと一緒に生きて。」

「ふざけるのも大概にしろ! お前は生き残る事だけ考えろ!」


 突然何を言い出すのかと思えば、脈絡がないにも程がある。


「何でか分からない? 私達は三人で英勇トリオ。私はもう死ぬけど、二人が一緒になって時々私を思い出してくれたら嬉しいの。」


 そんな……そんな話があるかよ!?


「ねぇ。私、もう持たないよ? 最後のお願いなんだよ? 二人は私の最後のお願い、聞いてくれないの?」


 エイミーは今にも消えてしまいそうな雰囲気で滅茶苦茶な事を言い放つ。


「レイベルトは碧ちゃんと結婚して。碧ちゃんもレイベルトと結婚して。そして二人で時々私を思い出して。」

「……そんな提案ダメだよ。私がエイミーを、思い出さない……可能性だってあるでしょ?」

「碧ちゃんの嘘吐き。そんな涙ボロボロで言っても嘘だって分かるよ。」


 エイミー……


「レイベルトも泣かないで。二人が私を思い出してくれれば、きっとまた会えるから。」

「分かった。俺は……お前を忘れるなんて絶対にしない。」


 俺の言葉を聞いて安心したのか、穏やかな笑顔を浮かべるエイミー。


「それじゃあ先ず、私が自爆特攻を仕掛けるから、レイベルトは碧ちゃんの分まで防御。碧ちゃんは私が作った隙をついて『アレ』を滅多斬りにして。」


 エイミーはアオイが振り回している宝剣に手をかざし、膨大な魔力を溢れんばかりに込めていく。


「これで『アレ』を倒せるはずだから。」


 自爆だと?


「俺は絶対に許可しない!!」


 自爆なんてさせてたまるか!!


「もう時間がない……じゃあね? もしかすると私が二人の子供に生まれ変わるかもしれないから、その時はよろしくね?」

「待てエイミー!」

「待ってよ!」


 エイミーは剣を振り回す事をやめ、魔法攻撃さえも行わなくなった結果、俺とアオイは彼女を追いかける事が出来なくなってしまった。

 すぐに怪物の懐へと飛び込んだエイミーが一瞬チラリとこちらを振り返ったかと思えば、轟音とともに大爆発を起こす。


「「エイミーーーーっ!!」」


 畜生……何が英雄だ。

 婚約者の一人も守れない俺が名乗って良い称号じゃないだろ……。


「レイベルド。絶対に、仇をどるよ……。」


 涙を流しながら宣言したアオイに俺は力なく頷く。

 爆発によって立ち込めていた土煙が晴れると、そこにはズタボロになってよろめく怪物がいた。


「エイミーの恨みっ!」


 俺は怪物の攻撃からアオイを守り、道を開いた。

 そしてアオイは鬼の形相で怪物に飛び掛かり、ザクザクと容赦なく滅多斬りにしていく。

 十も斬った頃には明らかに死んでいるのだと確信出来たが、アオイは怒りに任せて『アレ』を更に追撃する。

 その様はまるで本物の鬼のようだった。


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