共に

田中神代

文字の大きさ
31 / 49

31 語らない手紙

しおりを挟む
 ──拝啓、アンダス先生。

 少し汚れた封筒が私の元に届いた時、声が震えそうになるほど後悔した。
やはり、行かせるべきではなかったと、強く悔やんだ。
 私のテイム、オゥルを失ったような,あの喪失感。
 年甲斐もなく、背筋に冷たいものが走った。

 ──研究内容を薬水に絞ってみようと思います。
 
 何故,どうして。
研究については語りたがるあの子にしては、そこが書かれていないことが不自然だった。
大量に持っていった紙で足りなければ、葉に書いてでも送ってくるような子なのに。

 ──ディエントさんの件は、一段落しました。
 
 仇討ちに,一段落なんてあるのだろうか。
そう言いたくなるくらい、あの子は嘘はつけないと実感する。

 ──アンダス先生に紹介してもらった女史に合いにいこうと思います。
  旅の途中、耳にしたクロニという女史だと思うのですが、合っているでしょうか?

 クロニ。
聞き覚えのない名前だ。
しかし、あの人らしい名前とも言える。
多分,間違いはないだろう。
 本棚に視線を向け、ため息をつく。

 ──時に、もしかするとサディシャという名の男性が訪ねてくるかもしれません。
   
 ぴく、と。
眉を顰めて、手紙を手に取る。
その短い手紙の中で、もっとも内容が多い部分。

 ──あまり自信はないのですが、私の所見では良い研究者ではないと思います。
  ディエントさんの件にも関わっているようなのですが、詳しいことは聞けず
  終いでした。
  
 聞けず終い。
ディエントさんの件。
良い研究者ではない。
(これは…、思っていた以上に)
 ひどい状況になっています。
あの子の事でしょうから、分かった上で踏み込んでいるのでしょうけど。
 ただ、それよりも…
 
 ──特に,学生と接触するのは、望ましくないと思います。
 
 学生と接触。
本当に,嫌な予感しかしませんね。
(………すいません,クァイリ)
 慌てて椅子から立ち上がるが、思ったように体は動かない。
こういう所で年齢を感じてしまう。
 よろめきながらも、部屋を出る。
(……もう一晩、早ければ、)
 中庭へ向かう。
まだ休憩時間中のはずなので、学生たちがたくさんいるはずです。
あの口ぶりならば、おそらくそこにいるでしょう。

 ──では、また進展がありましたら、連絡します。

 中庭に着く。
息を整えながら,見回す。
「どうかしたんですか、アンダス先生」
 学生がこちらにやってくる。
少し,不安そうな表情になっていた。
一息で息を吐ききり、表情を和らげる。
「いいえ  それより、今朝方こられた旅人さんは、いまどちらに?」
「少し前に広間にいきましたよ」
 ありがとうございます、と。
いつも通りの顔で言えただろうか。
私は走りそうになる自分の足を押さえながら、踵を返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...