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四 冒険者ギルドへ
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喜んだ顔、笑った顔。決意をした顔や落ち込んだ顔。十歳という多感な年頃の男女が様々な表情をさせながら大聖堂からの帰り道に溢れていた。その手には、さっき神託の儀で授かったばかりの宝石が握られている。
「ねね。その旅にお供は居るでしょ?」
未だ目をランランと輝かせながら、ケイトが私の顔を覗き込む。
「そうですわね。ルナみたいな世間知らずには一人旅なんて出来る筈はありませんわ」
おい、ちょっとマテ。それは聞き捨てならないな。私よりもあんたの方がよっぽど世間知らずのお嬢様じゃないか。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ケイトだけじゃなくてヴィエラまで着いてくるつもりなの?!」
「そう言ってますわ」
言ってないじゃないか。
「そうだよぅ。一人よりは二人。二人よりは三人ってね」
それ何の例え?!
「だ、第一。ヴィエラは長女だよね!? 家督はどうするの?! 一生掛かるかも知れないのに!」
「そこは心配には及びませんわ。我が家には家督を継ぐものは旅をさせよ。というご先祖様がお決めになった掟がありますのよ?」
ウソくせぇ!
「別に旅に出たところで戻る事はいつでも出来ますし、わたくしの持つ結界魔法は火だけのあなたよりはよっぽどお役に立てますもの」
サラリと傷付く事を言うねあんたは。
「わっ、私も! 水魔法があるから、水筒要らずだよ!?」
「ヴィエラ、ケイト。あのね。一緒に行きたいって気持ちは非常に有り難いけど、きっと命がけの旅になる。あなた達にそんな危ない目に遭って欲しくないの」
貴族という立場から安寧な日々を約束されているのに、わざわざ危険極まりない旅に同行をしなくてもいいのだ。……そう思っていた。けど、ヴィエラは大きくため息を吐いた。
「何を仰るのかと思えばそんな事ですの? そもそも、その危険極まりない旅にお一人で出るつもりなのですか?」
「い、いやぁ、流石にそこは誰かのグループに入れてもらって……」
「そう簡単に入れるとお思いですの? よしんば入れたとして、その人達が善人であるとは限りませんわ。それに、あなたの目的に興味を示して下さるとも限りません。でしたら、最初からあなたの目的を知っているわたくし達が同行すればグループ間を渡り歩くリスクを減らす事が出来、それだけ時間が短縮できます。それに先程ケイトが言った様に、一人よりは二人。二人よりは三人で旅をすれば、負担はより軽くなりますわ」
ヴィエラの言う事は最もだ。冒険者とて善人ばかりとは限らない。そして行く先々で同方向へ行こうとするグループを見つけるのも至難だろう。けれど、これは私が交わした約束なのだ。ヴィエラ達を巻き込む訳にはいかない。
「だけど私は――」
ヴィエラの人差し指が私の唇に触れて続く言葉を遮る。
「ルナ。あなたは前を向いて歩きなさい。右後ろはわたくしが目を光らせておきますわ」
「あっ、じゃあ。私は左後ろっ!」
手を上げてうさぎの様にぴょんぴょん飛び跳ねるケイト。嬉しかった。今この場で号泣したいくらいに。前世で得られなかった親友という存在がこの世界で得られた事に。
私は大きくため息を吐いた。
「そういえば、言い出したら聞かないお転婆娘だったわね」
「あら、それはお互い様ではなくて?」
言ってヴィエラがクスリと笑い、私も同じくクスリと笑う。
「……分かったわ。けど、危ないと感じたら何時でも戻っていいからね。私の我儘にあなた達まで付き合う必要はないんだから」
「何を仰いますの。最後まで付き合うに決まっているではありませんか」
「ねね。そうと決まれば、授業が終わったら冒険者登録をしに行かない?」
「冒険者登録を? 出来るもんなの?」
「ええ。十歳以上なら何方でも出来ますわよ」
へぇ、そんな低年齢層から登録が可能なのか。
「ですが、出来ればすぐに依頼を受けたいのですけど……」
人差し指の腹を下唇に付けて考え込むヴィエラ。
「別に登録したからって依頼を受ける必要は無いんじゃない?」
「越境するならばそうもいきませんのよ。少なくとも二つはランクを上げなくてはなりませんもの」
「え? ランクを上げないと行けないの!?」
ラノベとかアニメならもっと簡単に越境出来たような……
「ええ。ギルドカードというのはそれを持つ者の身分を冒険者ギルドが保証する代物ですの。関所や街に入る時にもその掲示を求め、特に何も無ければ街や村に入る事が出来ますわ」
そうだね。身分がしっかりしているのなら入っても問題ないと思うよね。
「しかしそれが問題ですの」
「え? 問題って……?」
「カードにはその者が善人か悪人かが明確に記されている訳ではありません」
「ああ、そうか。そういう事か。つまりは盗賊やらを越境させない為にランク上げが必要なんだ」
「そうですわ。登録をした者が善か悪か冒険者ギルドが見定める意味を含めてのお試し期間。それが低ランクなのですわ。どの国も盗賊に入り込まれたくはありませんもの」
ヴィエラの言う事は最もだ。しかし――
「でも、それって意味無いんじゃない? 国境に沿って壁があるならともかくさ」
罪を犯した者が律儀に関所を通る訳が無い。野山を突っ切って越境するに決まっている。
「その場合、様々な脅威にその身を晒す事になりますわね。獣に影法師や仲間を犠牲に自分だけ。と、考える者も居るでしょう。少人数で越境すれば大挙として押し寄せた時に数で圧されてしまい、大人数で移動をすると警備隊に気付かれる。よく出来ていますわ」
「なるほどねぇ……」
運要素が強過ぎる上に勝手に減ってくれるのだから国としても要らぬ手間が省ける。それでも通り抜ける者は居るだろうが……
「それじゃ帰りにギルドで登録をして、良さげな依頼を見てこよう。実際熟すのは今度の休みの日で良いよね?」
「さんせーいっ」
「それが良いですわね」
ケイトは元気よく返事をし、ヴィエラは頷く。こうして少しづつだけど、私達が旅立つ為の準備を整える為に行動を起こし始めた。
☆ ☆ ☆
終業の鐘が鳴り響き、赤い煉瓦で組まれた校舎から大量の子供が流れていく。その多くはそのまま家に帰り着き、それぞれ与えられた課題などをするのだろう。
今日は少数派になった私達は、夕食の買い出しで賑わう街の中で冒険者ギルドを目指して歩いていた。
「丁度買い出しの時間とかち合っちゃったね」
流石は王都の繁華街。今が人の流れのピークかと思える程に人で溢れかえっている。その中を私達はかき分けるように進んでいた。
と、ケイトから小さな悲鳴が聞こえる。
「どうかしたの?」
「お尻触られた……あれ? 財布がないっ!?」
スリかと瞬時に判断した私は、口の中で小さく術の名を唱える。
「ヒアーボイス」
この術は指定した相手の声を盗み聞く為の術。声とは空気を震わせて伝播する代物。頭の中で思っている状態では聞く事も出来ないが、ほんの少しでも口に出せばその声を拾う事が出来る。それを使い、道行く人達から声を拾う。
「居た」
前方約十五メートルの所に居る白いバンダナを巻いた男から、『チョロい嬢ちゃんだゼ』と声が届き、その手には女物の袋を持っているのが見える。それは、ケイトが持っていた物と同じであった。
奴がスったのだと確信をした私は、空気の壁がトランポリンの様に跳ねるイメージを付与して術を男の前に展開させる。
「エアロクッション」
別に名など言わなくても術の発動は出来るが、より分かりやすくイメージを具現化させる為に唱えている。
「ぬおっ?!」
設置した場所に触れた男が、ボヨヨンと音が聞こえてきそうなくらいに弾かれて地面に転がると、男を中心に通行人が避けた。
大勢が迷惑そうに男を見ている中で、何が起こったのかと頭に疑問符を浮かべている男に皆に聞こえる音量で言う。
「ねえオジサン。さっきスった私の財布返してくれない?」
「え? な、何を言っているんだいお嬢ちゃん。オレはお嬢ちゃんの財布なんかスッて無いけど……」
当然シラを切る男。けれど、男が尻餅をついた時既に仕込みは終わっている。
「ポケットから出ている女物の袋、それ私のだよ?」
小銭が入った袋を飛ばし、尻餅をついた男のポケットに忍ばせるくらい楽な事。同時に、男が背負っているバッグから幾つかの財布を飛び出させる事も。
「あれ? これ、オレの財布だ……」
飛んだ財布を一人の男性が見つけた事から事態が動く。オレのだ私のだと被害にあった人達が騒ぎ始め、逃げようとした男を捕まえてフルボッコにする。
騒ぎを聞きつけてやって来た警備隊に引き渡された時、男の顔は見るに耐えない外見になっていた。
☆ ☆ ☆
リエストラ王国の中心地。王都リエストラは人口五万人を越える大都市だ。千三百万人という大都市で暮らした事のある私から見れば些細な数だが、この世界では大都市といえる数だ。
村は数十人から百人程度だし、町は数千人程度である事が多く、我がアストルム男爵家に与えられた領地の人口は六千人と聞いている。
その大都市の中心部よりもやや南に、私達の目的地である冒険者ギルドは在った。
周辺の建物と同じ北欧風の建物には扉は無く、常に開け放たれた出入り口からは時折冒険者らしき人達が出入りしていた。
「財布が戻ってきてホントに良かったよぉ」
受付へと続く列に並びながらケイトが安堵の表情を見せている。祈る様に胸元で合わせられた両手の中には、先程取り返した財布が握られている。
「それにしても、不可解な出来事でしたわね」
「不可解って?」
首を僅かに傾げてケイトがヴィエラに聞き返す。
「あの男性、突然何かにぶつかった様に見えましたの。それに、背負った鞄が閉じられていたのにもかかわらず、財布だけが表に飛び出ていましたわ」
あーしまった。そこまでは気が回らなかったなぁ。
「まるで誰かが仕組んだ様に事態が動いていましたわ」
ヴィエラが私の事をジッと見つめている。
「へ、へえ。そうなんだ。一体誰なんだろうね?」
「きっと、正義感に溢れてて悪事を見逃さない様な素敵な男性なんだよ」
あらぬ方向を見るケイト。その脳内ではその正義感溢れる男性との妄想が捗っている様子だった。
「お次の方」
そうこうしている内に私達の番が回って来る。受付へと進み出た私達をセミロングのお姉さんは驚きの表情をしてから柔らかな顔へと変わった。
「あら、随分と可愛らしいお嬢様方ね。今日はどの様なご用件かしら?」
「冒険者登録をお願いしますわ」
「はい。それじゃ年齢確認をしたいんだけど、宝石は持っているかしら?」
ポケットに入れた手をカウンターに乗せたヴィエラ。手を退けるとそこには三つの宝石が乗っていた。
「あら、三属性持ちなのね。そちらの二人はあるのかしら?」
私とケイトもカウンターに宝石を乗せると、受付嬢は頷いて三枚のカードを差し出した。
「これは?」
「冒険者カードよ」
「これが?」
渡されたのはスマホサイズのカード。手触りからして素材は紙ではない様だけど、紙の様に……いや、それ以上に軽い。そして何も書かれてはおらずに真っ白だ。
「その上に宝石を置いてね」
受付のお姉さんの言う通りに宝石を置くと、カードが淡い光を放って文字が浮かび上がる。その様子に、前世の小学生でやった炙り出しを思い出した。
「ほぇぇっ。どういう仕組みになってんのぉ?」
全く触れることもなく、自身の名前や年齢などが記されていくサマを目の当たりにしたケイトは驚いていた。
「宝石にはね、持ち主の情報が刻まれているの。通常それは見る事が出来ないのだけど、可視化して見える様にしたのがこの冒険者カードなのよ」
お姉さんからの説明にケイトは『なるほどぉ』と関心を示していたが、私の中では滝の様に冷や汗が流れ出ていた。
(まさか、神の祝福まで表示されるんじゃ……?)
この世界に非る力。神の祝福。それが白日の元に晒されるのでは? と、焦りまくっていた。
「ねね。その旅にお供は居るでしょ?」
未だ目をランランと輝かせながら、ケイトが私の顔を覗き込む。
「そうですわね。ルナみたいな世間知らずには一人旅なんて出来る筈はありませんわ」
おい、ちょっとマテ。それは聞き捨てならないな。私よりもあんたの方がよっぽど世間知らずのお嬢様じゃないか。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ケイトだけじゃなくてヴィエラまで着いてくるつもりなの?!」
「そう言ってますわ」
言ってないじゃないか。
「そうだよぅ。一人よりは二人。二人よりは三人ってね」
それ何の例え?!
「だ、第一。ヴィエラは長女だよね!? 家督はどうするの?! 一生掛かるかも知れないのに!」
「そこは心配には及びませんわ。我が家には家督を継ぐものは旅をさせよ。というご先祖様がお決めになった掟がありますのよ?」
ウソくせぇ!
「別に旅に出たところで戻る事はいつでも出来ますし、わたくしの持つ結界魔法は火だけのあなたよりはよっぽどお役に立てますもの」
サラリと傷付く事を言うねあんたは。
「わっ、私も! 水魔法があるから、水筒要らずだよ!?」
「ヴィエラ、ケイト。あのね。一緒に行きたいって気持ちは非常に有り難いけど、きっと命がけの旅になる。あなた達にそんな危ない目に遭って欲しくないの」
貴族という立場から安寧な日々を約束されているのに、わざわざ危険極まりない旅に同行をしなくてもいいのだ。……そう思っていた。けど、ヴィエラは大きくため息を吐いた。
「何を仰るのかと思えばそんな事ですの? そもそも、その危険極まりない旅にお一人で出るつもりなのですか?」
「い、いやぁ、流石にそこは誰かのグループに入れてもらって……」
「そう簡単に入れるとお思いですの? よしんば入れたとして、その人達が善人であるとは限りませんわ。それに、あなたの目的に興味を示して下さるとも限りません。でしたら、最初からあなたの目的を知っているわたくし達が同行すればグループ間を渡り歩くリスクを減らす事が出来、それだけ時間が短縮できます。それに先程ケイトが言った様に、一人よりは二人。二人よりは三人で旅をすれば、負担はより軽くなりますわ」
ヴィエラの言う事は最もだ。冒険者とて善人ばかりとは限らない。そして行く先々で同方向へ行こうとするグループを見つけるのも至難だろう。けれど、これは私が交わした約束なのだ。ヴィエラ達を巻き込む訳にはいかない。
「だけど私は――」
ヴィエラの人差し指が私の唇に触れて続く言葉を遮る。
「ルナ。あなたは前を向いて歩きなさい。右後ろはわたくしが目を光らせておきますわ」
「あっ、じゃあ。私は左後ろっ!」
手を上げてうさぎの様にぴょんぴょん飛び跳ねるケイト。嬉しかった。今この場で号泣したいくらいに。前世で得られなかった親友という存在がこの世界で得られた事に。
私は大きくため息を吐いた。
「そういえば、言い出したら聞かないお転婆娘だったわね」
「あら、それはお互い様ではなくて?」
言ってヴィエラがクスリと笑い、私も同じくクスリと笑う。
「……分かったわ。けど、危ないと感じたら何時でも戻っていいからね。私の我儘にあなた達まで付き合う必要はないんだから」
「何を仰いますの。最後まで付き合うに決まっているではありませんか」
「ねね。そうと決まれば、授業が終わったら冒険者登録をしに行かない?」
「冒険者登録を? 出来るもんなの?」
「ええ。十歳以上なら何方でも出来ますわよ」
へぇ、そんな低年齢層から登録が可能なのか。
「ですが、出来ればすぐに依頼を受けたいのですけど……」
人差し指の腹を下唇に付けて考え込むヴィエラ。
「別に登録したからって依頼を受ける必要は無いんじゃない?」
「越境するならばそうもいきませんのよ。少なくとも二つはランクを上げなくてはなりませんもの」
「え? ランクを上げないと行けないの!?」
ラノベとかアニメならもっと簡単に越境出来たような……
「ええ。ギルドカードというのはそれを持つ者の身分を冒険者ギルドが保証する代物ですの。関所や街に入る時にもその掲示を求め、特に何も無ければ街や村に入る事が出来ますわ」
そうだね。身分がしっかりしているのなら入っても問題ないと思うよね。
「しかしそれが問題ですの」
「え? 問題って……?」
「カードにはその者が善人か悪人かが明確に記されている訳ではありません」
「ああ、そうか。そういう事か。つまりは盗賊やらを越境させない為にランク上げが必要なんだ」
「そうですわ。登録をした者が善か悪か冒険者ギルドが見定める意味を含めてのお試し期間。それが低ランクなのですわ。どの国も盗賊に入り込まれたくはありませんもの」
ヴィエラの言う事は最もだ。しかし――
「でも、それって意味無いんじゃない? 国境に沿って壁があるならともかくさ」
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「その場合、様々な脅威にその身を晒す事になりますわね。獣に影法師や仲間を犠牲に自分だけ。と、考える者も居るでしょう。少人数で越境すれば大挙として押し寄せた時に数で圧されてしまい、大人数で移動をすると警備隊に気付かれる。よく出来ていますわ」
「なるほどねぇ……」
運要素が強過ぎる上に勝手に減ってくれるのだから国としても要らぬ手間が省ける。それでも通り抜ける者は居るだろうが……
「それじゃ帰りにギルドで登録をして、良さげな依頼を見てこよう。実際熟すのは今度の休みの日で良いよね?」
「さんせーいっ」
「それが良いですわね」
ケイトは元気よく返事をし、ヴィエラは頷く。こうして少しづつだけど、私達が旅立つ為の準備を整える為に行動を起こし始めた。
☆ ☆ ☆
終業の鐘が鳴り響き、赤い煉瓦で組まれた校舎から大量の子供が流れていく。その多くはそのまま家に帰り着き、それぞれ与えられた課題などをするのだろう。
今日は少数派になった私達は、夕食の買い出しで賑わう街の中で冒険者ギルドを目指して歩いていた。
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流石は王都の繁華街。今が人の流れのピークかと思える程に人で溢れかえっている。その中を私達はかき分けるように進んでいた。
と、ケイトから小さな悲鳴が聞こえる。
「どうかしたの?」
「お尻触られた……あれ? 財布がないっ!?」
スリかと瞬時に判断した私は、口の中で小さく術の名を唱える。
「ヒアーボイス」
この術は指定した相手の声を盗み聞く為の術。声とは空気を震わせて伝播する代物。頭の中で思っている状態では聞く事も出来ないが、ほんの少しでも口に出せばその声を拾う事が出来る。それを使い、道行く人達から声を拾う。
「居た」
前方約十五メートルの所に居る白いバンダナを巻いた男から、『チョロい嬢ちゃんだゼ』と声が届き、その手には女物の袋を持っているのが見える。それは、ケイトが持っていた物と同じであった。
奴がスったのだと確信をした私は、空気の壁がトランポリンの様に跳ねるイメージを付与して術を男の前に展開させる。
「エアロクッション」
別に名など言わなくても術の発動は出来るが、より分かりやすくイメージを具現化させる為に唱えている。
「ぬおっ?!」
設置した場所に触れた男が、ボヨヨンと音が聞こえてきそうなくらいに弾かれて地面に転がると、男を中心に通行人が避けた。
大勢が迷惑そうに男を見ている中で、何が起こったのかと頭に疑問符を浮かべている男に皆に聞こえる音量で言う。
「ねえオジサン。さっきスった私の財布返してくれない?」
「え? な、何を言っているんだいお嬢ちゃん。オレはお嬢ちゃんの財布なんかスッて無いけど……」
当然シラを切る男。けれど、男が尻餅をついた時既に仕込みは終わっている。
「ポケットから出ている女物の袋、それ私のだよ?」
小銭が入った袋を飛ばし、尻餅をついた男のポケットに忍ばせるくらい楽な事。同時に、男が背負っているバッグから幾つかの財布を飛び出させる事も。
「あれ? これ、オレの財布だ……」
飛んだ財布を一人の男性が見つけた事から事態が動く。オレのだ私のだと被害にあった人達が騒ぎ始め、逃げようとした男を捕まえてフルボッコにする。
騒ぎを聞きつけてやって来た警備隊に引き渡された時、男の顔は見るに耐えない外見になっていた。
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リエストラ王国の中心地。王都リエストラは人口五万人を越える大都市だ。千三百万人という大都市で暮らした事のある私から見れば些細な数だが、この世界では大都市といえる数だ。
村は数十人から百人程度だし、町は数千人程度である事が多く、我がアストルム男爵家に与えられた領地の人口は六千人と聞いている。
その大都市の中心部よりもやや南に、私達の目的地である冒険者ギルドは在った。
周辺の建物と同じ北欧風の建物には扉は無く、常に開け放たれた出入り口からは時折冒険者らしき人達が出入りしていた。
「財布が戻ってきてホントに良かったよぉ」
受付へと続く列に並びながらケイトが安堵の表情を見せている。祈る様に胸元で合わせられた両手の中には、先程取り返した財布が握られている。
「それにしても、不可解な出来事でしたわね」
「不可解って?」
首を僅かに傾げてケイトがヴィエラに聞き返す。
「あの男性、突然何かにぶつかった様に見えましたの。それに、背負った鞄が閉じられていたのにもかかわらず、財布だけが表に飛び出ていましたわ」
あーしまった。そこまでは気が回らなかったなぁ。
「まるで誰かが仕組んだ様に事態が動いていましたわ」
ヴィエラが私の事をジッと見つめている。
「へ、へえ。そうなんだ。一体誰なんだろうね?」
「きっと、正義感に溢れてて悪事を見逃さない様な素敵な男性なんだよ」
あらぬ方向を見るケイト。その脳内ではその正義感溢れる男性との妄想が捗っている様子だった。
「お次の方」
そうこうしている内に私達の番が回って来る。受付へと進み出た私達をセミロングのお姉さんは驚きの表情をしてから柔らかな顔へと変わった。
「あら、随分と可愛らしいお嬢様方ね。今日はどの様なご用件かしら?」
「冒険者登録をお願いしますわ」
「はい。それじゃ年齢確認をしたいんだけど、宝石は持っているかしら?」
ポケットに入れた手をカウンターに乗せたヴィエラ。手を退けるとそこには三つの宝石が乗っていた。
「あら、三属性持ちなのね。そちらの二人はあるのかしら?」
私とケイトもカウンターに宝石を乗せると、受付嬢は頷いて三枚のカードを差し出した。
「これは?」
「冒険者カードよ」
「これが?」
渡されたのはスマホサイズのカード。手触りからして素材は紙ではない様だけど、紙の様に……いや、それ以上に軽い。そして何も書かれてはおらずに真っ白だ。
「その上に宝石を置いてね」
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「ほぇぇっ。どういう仕組みになってんのぉ?」
全く触れることもなく、自身の名前や年齢などが記されていくサマを目の当たりにしたケイトは驚いていた。
「宝石にはね、持ち主の情報が刻まれているの。通常それは見る事が出来ないのだけど、可視化して見える様にしたのがこの冒険者カードなのよ」
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