しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

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1.203号室 住人 橘鈴音

10.

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 ほどなくして伊織くんが戻ってきた。手にはしっかり教科書らしきものを数冊抱えてる。
 テーブルに広げてまずは数学。
 ん、なんとなく記憶にあるよ、やった記憶はあるけど、覚えてないよ。なんたって数学のテストをまさかの丸暗記で乗り切ってきたからね。ごめんね、やっぱりお役には立てないよ。

 ふと、ノラはどこだろうと部屋を見渡すと、残念、キャットタワーの上部にあるハウスで寝てた。いつの間にあんな所に移動してたんだろう。

「橘さん、花子が戻ってきているんですけど」

 管理人さんに小声で話しかけられた。ハナコ?何だ?それは。

「野花の花に子供の子で『花子』っていうんですけど。お話ししてたウチで飼ってる犬です」

 ニコニコ笑顔の管理人さんだけど。犬って……ジャーマンシェパードだったよね?花子なの??何というか、独特のネーミングだなぁ。

「会われますか?」

 あ。それはもちろん会いたいです!

 伊織くんに「絶対戻ってきてよね!」と念をおされながら部屋を後にして、管理人さんの住まいへと向かう。
 アパートの入り口や階段付近は明かりがついているので足下も危うくはなかった。
 住まい勝手口の横には裏庭にかけて柵がしてあり、昼間、気候のいい時はここで遊んでいるらしい。

 管理人さんが勝手口を開けると、そこには大人2人が余裕では入れる土間があった。中に入ると外の寒さが幾分かマシになる。
 彼が「花子」と声をかけると軽やかな足音と共に中から花子ちゃんが顔をだした。多分、坂で出会った子だ。嬉しそうに目をキラキラさせながらやってきた。大きい!そして可愛い!

「花子、こちらは橘鈴音さん。ちゃんと覚えるんだよ」

 花子ちゃんは嬉しそうにふさふさとしっぽを振っている。優しそうな子だなぁ。

「触っても大丈夫ですか?」

「どうぞ」

 ものすごく真面目に紹介されたので私も挨拶することにした。しゃがみ込んでわんちゃんにゆっくりと手をグーで差し出す。

「花子ちゃん初めまして。鈴音です。よろしくね」

 花子ちゃんはクンクンと手の臭いをかいでくる。嬉しそうにゆさゆさとしっぽを振ってくれた。お友達になれるかなぁ。
 胸を触り、アゴを触り。嫌がらないみたいなので頭を撫で撫で。あ-、本当に可愛いなっ。     

「犬を飼われていたことがあるのですか?」

「いいえ。友達が犬を飼ってて。時々触らせてもらってました」

 理奈ちゃんに犬の触り方教えてもらったんだよね。

「ああ、そうなんですね。この子はきちんと訓練されてるんですけど、体が大きいから怖がられる方もいらしゃるんですよ。大丈夫なら良かったです」

「大きな犬は近所に飼っている人がいなかったので。お友達になれて嬉しいです」

 結構なお散歩量が必要だったり食費もかかるし、お世話が大変だってきいたことがあるんだよね。

「そうですね。基本散歩は僕がしてますけど、たまに気分転換だと言って住人の方も行かれます。あと門を閉鎖して走らせることもありますし」

 ああ、これだけ広い敷地があるならこの子も気持ち良く走れるだろうな。ああ、でもお散歩!いいなぁ。

「花子との対面も済みましたのでね。こちらからお伝えしたいことは以上です。ゆっくりご検討くださいね」

 管理人さんが目を少し細めてふんわり笑った。あ、なんか今初めて管理人さんの顔を認識したかも。美沙恵ちゃんの言ってた「イケメン」発言にも納得だよ。それに見てるとなんか癒やされる?のかなぁ。ほんわか気分になる。この人、眼差しがあったかい。でも……そんなに見つめられたら緊張する。
 思わず視線を外して花子に逃げる。つぶらな瞳がとってもカワイイ。

「花子も橘さんと散歩に行けたら喜びます」

 この子と一緒に散歩!私もお散歩行ってもいいの?!
  
「桜並木のいいコースがあるんですよ。……桜の季節になったらご案内しますね」

 なんて素敵な提案!

「秋は紅葉の綺麗な所もありますので。楽しみにしていてくださいね」

「はい!楽しみにしています!」

 ものすごく元気よく返事をしてしまった。だってこんなチャンスめったにないもんね。
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