しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

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2.202号室 住人 宮間礼子

17.

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 食べて飲んで話して、お腹と好奇心が満たされたので後は質のいい睡眠があれば、明日から元気に仕事ができる。
 駅に着いて商店街を歩く。アーケード内の街灯の明かりはついてるが、夜なので多くの店は閉店だ。例外は坂道へと続く道沿いにある小料理屋「ほぼ満足」、通称「ほぼまん」。店主が「ほぼほぼ満足して貰える店」を目指しているらしいが、料理も酒も大満足する味で、近所のおっちゃん達の憩いの場らしい。
 この寒い中、テラス席で暖をとりながら飲んでるのは茂じいと昼間出会った電機屋の藤田のおっちゃんだ。茂じいは70オーバーには思えない元気さで、「ほぼまん」のテラス席にいることが多い。

「お、礼子ちゃん。お帰り。坂道こけずにおりられたか?」

 いい感じに藤田のおっちゃんはできあがっている。っていうか、なんで皆坂道にこだわるんだろうねぇ。そりゃ大変だけどさ。

「オマエみたいな年寄りと一緒にしたら礼子ちゃんが可哀想やろ」

 反して茂じいはいつも「この人飲んでんの?」ってくらい涼しい顔で、でも確かに飲んでるんだよなぁ。

「ただいま。こけるわけないわよ、あの坂道毎日のぼりおりしてるからね」

 5年もここに住んでいれば顔見知りもできる。見かけたら気さくに声をかけてくれる近所の人たちは皆個性的で案外気に入ってる。

「ま。気ぃつけて帰んなよ」

「ありがとう、じゃぁ」

 ニコニコ上機嫌のおっちゃんを後にして本日最後の一仕事、坂道のぼりだ。そりゃちょっとしんどいけど慣れれば平気だ。
 サクサクのぼって、はい到着。アパートが見えるとほっとする。

 階段を上ろうとしたら食堂のドアが開いた。あ、いつきだ。食堂の鍵を閉めにきたんだろう。

「お帰りなさい、礼子さん」

 いつきはいつだって礼儀正しい。

「ただいま」

「光井さんのガトーショコラあるんですけど。どうされます?ちなみに明日の夕方までですよ」

 おお!みっちゃんのケーキか!絶対食べる。でも今は無理だ。いくらみっちゃんのケーキでもこんな夜更けに体に入れるわけにはいかない。ただでさえ今日はカロリーオーバーだ。仕方ない、明日の朝、仕事行く前に食べよう。食堂行く時間はないから部屋で食べるか。

「もらってくわ。ちょっと閉めるの待って」

 慌てて食堂の方へと向かう。
 食堂に入るといつきが冷蔵庫からケーキを取り出してくれていた。礼を言ってラップで一切れ包む。明日の朝が実に楽しみだ。

「そういえば。今日お客さんが来てたみたいだけど。あの女の子誰?」

「美沙恵さんの従姉妹だそうですよ。入居を検討されてるみたいで」

 一瞬にして心臓を掴まれたような気がした。

「……。美沙恵さんが出て行かれるそうなんですよ。その後にどうかということで。今日は美沙恵さんのところにお泊まりされてますよ」

  美沙恵の部屋……っていうことはあの部屋はそのままなのか。美沙恵の部屋なら自分の隣だから。うん?美沙恵が出る?

「え?美沙恵出てっちゃうの?」

「ええ。来月末で」

 なんとも急な話だな。詳細は……いいや、本人に聞きゃいいか。それよりも。あの子だ。あの子の髪が触りたい。っていうかお願いだから触らせて欲しい。
 バックから店の名刺を取り出し裏に携帯の番号を書いた。ついでに絶対連絡よこせとデカデカと書いとこう。

「悪いけど、これその子に渡してもらっていい?」

 いつきに名刺を差し出す。今日は泊まるってことは明日帰るってことだから、会える時間がない。朝っぱらからたたき起こすわけにもいかないし、今から突撃するのも気がひけるし。

「僕は構いませんけど。入居されてからでもいいんじゃないんですか?直接お伝えした方がいいのでは?」

 と言いながらも何故か名刺を受け取ってくれない。  

「何言ってんのよ。検討中なんでしょ?入ってくれなかったらどうすんのよ。言っとくけどね、あの坂道相当キツいんだからね?今じゃ慣れ慣れだけどさ。普通の子だったらひるむわっ」

「あ、多分大丈夫ですよ。美沙恵さんが連れてくる気満々ですし。僕も頑張って勧誘しときましたから。万が一、他の所へ行こうとしても最終的に美沙恵さんが丸め込んでくれます」

  最強タッグだな、おい。

「……まぁいいわ。とりあえず渡しといて。1ヶ月も待ってたらいつ触れるかわかたもんじゃないし。予約だけでも先にしてもらいたいから」

「はぁ、そうですか」

 いつきがなんだか乗り気じゃない。珍しいな。

「何よ、何か文句あるの?そりゃあの子の髪触りたいけど無理強いはしないわよ」

 これでも最近は指名がバンバンかかってる。この先どうなるわからないけど今は無駄に新規顧客を開拓してる時間はない。

「いや、まぁなんていいますか。とても素直な方なんですよね。礼子さんの手にかかると……外見的にものすごく目立ってしまうんじゃないかと」

 悪い輩にだまされないか心配で、と言外ににおわされ思わず目を見張る。
外見を防波堤にしてあの子に近づく人間を不用意に増やさないようにするってこと?そのためにあの髪型をあのまま放置しておけと?冗談じゃない。

「アンタは親父かっ」

「親父で結構。未成年の娘さんを預かるんですからね。回避できるトラブルは回避します」

 開き直りやがったよ、この若年寄り。

「……あの子、学生?」

「N大学に春から通われるそうです」

男女共学校だな、うん。

「あのねぇ、外見がどうであれトラブルに巻き込まれるときは巻き込まれんのよ。そりゃ遭遇する確率に差はでるかもしれないけどいずれにしてもゼロじゃない。だったら回避するより予防と対処の方法を教えてあげればいいじゃないの」

「それができればこんなこと言いませんよ。それにそんなもの一朝一夕で身にはつきませんし。小型室内犬をジャングルに放り出すようなものです」

「何をおおげさな」

「事実です」 

 きっぱりすっぱり言い切ったよ。なんなんだまったく。

「そりゃ10歳も歳が違えば頼りなく見えるでしょうよ。アンタの高校卒業頃を思い出してみなさいよ」

「僕はその頃には既に危機管理能力はきちんと備わっていました」

……確かに。いつきならさもありなん。

「美沙恵が入居してきた頃を――」

「既に策士の片鱗をうかがわせてましたね。驚きました」

「伊織――」  

「伊織の方がよほどしっかりしてます」

 ひきやしないよ、どうしたんだこの男。もう疲れたよ。

「わかった。無理強いは絶対しないから名刺は渡して。あんた達が丸め込むんだからその子はきっとここに住むことになるんでしょう?なら唯一の女住人同士仲良くしたいしね。でもあの子が望んだ時は知らないからね」

 いつきはしぶしぶ名刺を受け取った。っもう!めんどくさい親父だ。
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