しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

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2.202号室 住人 宮間礼子

20.

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 金曜夜の9時過ぎ、お茶を飲まないかと美沙恵に言われて集まったのはここの住人、昨年入居した専門学校生で完全夜型のヒョロ男、相良と、入居4年目でアタシと同い年の会社員でカフェインに耐性のあるイケメン小早川。
 なんでもいつきが美沙恵から紅茶の入れ方を習うらしく、入れた紅茶の消費役として招集されたらしい。引きこもりの相良を連れ出してくるあたりは流石美沙恵だと思う。ちなみにみっちゃんは仕事で伊織は友達の所に外泊中とのことだった。

 美沙恵がのんびりと茶葉の缶を3缶戸棚から出す。
 いつきはノートにメモをとったりスマホで茶葉やら缶を撮影したり大忙しだ。
 缶の前に並べられた小皿に美沙恵が茶葉を少しずつ出していく。出てきた茶葉の違いにちょっと驚く。
 細長くてよりがある大きなものと、それが細かくなったようなもの、コロコロ丸っぽいもの。
 普段、自分で紅茶を飲むときはもっぱらティーパックしか使ったことがないから中身がどうなってるかなんで気にしたことがなかったけど。なんだこりゃ?っていうくらい形状が違っていた。

「葉っぱの形が全然違うのね?」
「そうなんだよねぇ。まぁその関係で蒸らし時間が変わってくるんだけど。基本は、大きい茶葉は3分から5分、小さいのは2分半から3分かな」

 新鮮な水を沸騰させて、ポットを温め、カップを温め……茶葉はこのくらい。

 と、美沙恵が見本を見せればいつきがすかさず写真を撮ってから計量器で重さを測っていた。確かに数値にすればわかりやすいけど……なんとも面倒な作業だ。見てるだけでストレスが溜まりそうになる。

 すいっと視線を逸らした先に、テーブルに座る小早川がモバイルパソコンで何やらやっているのが目に入った。ゲームオタクの相良ならわかるけど、奴が食堂でパソコン触ってる姿なんて珍しい。仕事か?

「何やってんの?仕事?」
「違う」

 むすっとした表情と口調で小早川は否定した。
ちょっとしたイケメン故に所構わず声をかけられる小早川は女嫌いではあるが、入居当初にキッチリと締め……指導を行い、礼儀正しい大人の対応を美沙恵が教え込んだはずだった。
 プライベートでいわれなく負の感情を向けられるのは腹が立つ。
 少しイラっとした感情を持った瞬間に、小早川の隣に座っていた相良が「ひぃっ」と声を上げて席を立って部屋の隅に逃げていった。
 ……失礼な奴だなぁ。

「小早川さんには茶葉の量と蒸らし時間なんかのデータ入力をお願いしてるんですよ」

 いつきがニッコリいい笑顔だ。

「美沙恵さんの紅茶コレクション、橘さんもお好きだそうで。できるだけ彼女が快適に過ごしていただけるように一緒にお手伝いしてもらってます」

 ……意味わからん。

「秀章くんねぇ、道ですれ違いざまに鈴ちゃんにらみつけたんだって。あの人と一緒のアパートに住むのは怖いって言ってるの宥めるの苦労したんだよぉ」

「あんな小動物みたいな子を威嚇したの?信じられない」
「ウルサい」
「わー、最低」
「……」

 そりゃいつきと美沙恵に精神的にボコられるわ。同情の余地なしだ。そして脅されてここにいると?ご愁傷様、である。

 キッチンタイマーの音が響いた。茶葉の蒸らし時間が済んだらしい。
いつきが準備していたカップに紅茶を注いでいく。
相良がいつきに呼ばれて恐る恐るテーブルへと戻ってきた。いや、本当に失礼な奴だな。

 目の前に並べられた美沙恵の入れてくれたキレイなオレンジ色の紅茶。
 いつきのいれるコーヒーも美味しいけど美沙恵の紅茶も美味しい。昔はふたりで店の近くで喫茶店でもしてくれないかなぁと真剣に思っていた。

「はい、じゃ今度はいつきくんいれてみて」

 というわけで先ほどと同じ缶の茶葉を使っていつきが入れていく。いつきはもともと何でも器用にこなすから、……なんというか、入れ方も様になってるような気がする。

 ほどなくして丁寧に入れられた紅茶が再び目の前に出された。
 キレイなオレンジ色、いい香り。うん、美味しい紅茶だ。
 美味しいと、言おうとして顔をあげるといつきがなんだか難しい顔をしていた。

 え?なに?何か問題でも??

 美沙恵はニコニコしてるし、小早川は普通に飲んでるし、相良はじーっとカップを見つめていた。

「脩平くん、どうかな?」

 美沙恵がよりにもよって相良に声をかけた。
 案の定、相良はビクビクしながら美沙恵の方を見ている……のだと思う。

 前から気になってるんだけど奴は前髪をだらりと伸ばしてるので目元が隠れてて見えない。ボサボサヘアーをどうにかしたいけど、髪を切るのを嫌がる相手にどうすることもできないでいる。

「気がついたことある?いつきくんの助けになるからね?」

 美沙恵は気にすることなく相良に発言を促す。

「えっと……少し渋い気がします。あと香りが弱いような気も……」

 相良の言葉に驚いて再び紅茶を飲んでみたけど……わかんないわよ?
 ちらりと小早川をみると目が泳いでいる。奴も一緒だ、絶対わかっていない。

「うん、正解。さすが脩平くんだね~。ちょっとだけ蒸らし時間にロスがでてるの。タイマーかけるタイミングとお湯を入れる勢いとかでね。あとちょっとだけお湯の沸騰具合が足らなかったみたいだねぇ」
「うーん。難しいですねぇ」

 いつきが美沙恵の言葉をメモしながらぽつりと呟く。

「大丈夫だよ~。いつきくん上手。初めてでそれだけできれば十分だよ。ね?」
「うん、美味しかったわよ?アタシは」

 話を振られたから素直に肯定しておいた。いつき達がこだわる微妙な違いなんてわかんないわよ。 

「そんな訳だから私が居ないときは脩平くんに手伝ってもらってね~。脩平くんここにあるお茶はちゃんと覚えてるから」

 なんだ?それは??そんなコトができるの?この引きこもり相良??

「アンタ、すごいわね……」

 感心してまじまじと相良を見ると、彼はプルプル震えながらぼそぼそと話し始めた。

「……何故かよく美沙恵サンと出会うんです。それでよくお茶に誘われて」
「お茶はね~2杯分以上いれるのが美味しいんだよね~」

 ……。相良、それはきっと狙われてたんだよ。美沙恵の茶飲み友達に認定されてたんだよ。ほら、小早川も可哀想な子を見る目でアンタ見てる。

「じゃぁ勉強会の参加お願いしますね?お約束通り報酬は1ヶ月間夕食弁当無料配達で」

 いつきの言葉にビックリした。え?何?その美味しい話!そんなの私もお願いしたい!と目で訴えるといつきからダメだしされた。

「ダメですよ。礼子さん微妙な差がわからないでしょう?」

「脩平くんにいつきくんのご飯の良さを知ってもらえるし、いいかなぁって思ったんだけど。皆で食べるの嫌みたいだからお弁当ならどうかな?って思って。こっちからお願いするんだから多少の融通は利かせないとね~」

 なんと、美沙恵が噛んでたのか?しかも報酬で釣ったって??

 思わず脅されて強制参加の小早川を見てしまった。

「秀章くんはお仕事あるからねぇ。脩平くんほど時間の都合つかないけど空いてる時は絶対参加してくれるんだよね。ね?」

 「うっ」と言葉に詰まる小早川。いや、本当にご愁傷様だ。これを機に女性に対する態度を改めた方がいいと思う、いやマジで。

「それじゃぁ、もう一回入れてみようか?とりあえず感覚掴むまで入れればいいんだよ~」

 暢気な美沙恵の言葉が食堂に響く。
 いつの間にか美沙恵の膝の上にノラが乗っていた。背中を撫でてもらってすごく気持ちがよさそうだった。
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