しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

文字の大きさ
22 / 44
2.202号室 住人 宮間礼子

22.

しおりを挟む
 「お疲れ」

 夜の9時過ぎ。帰宅して食堂に向かうと小早川がいた。蕎麦を茹でようとしていたので自分の分もすかさず頼む。ここのアパート、新入居者があった日は住人全員に蕎麦が振る舞われる。夕食の時間に間に合わない者も、この日ばかりは食堂に蕎麦が置いてあるので食べにやってくる。

「普通、『私がやりますぅ』って言うんじゃないんですか?」

 あきれた口調の小早川は、それでも鍋に水を増やしコンロに火をつける。

「あ!エビの天ぷらある!温めよう」

 まるっと無視して天ぷら数種をトースターに入れようとすると小早川に止められる。

「ああっ。待ってください!アルミホイルに包んで。焦げますよ」
「面倒だからいいじゃない。焦げる前に引き上げるし」
「…………」

 意外と几帳面な小早川に無言でにらまれそろりと手をひく。奴は丁寧にアルミホイルに包み直して天ぷらをトースターへ入れた。

「……あんまり細かいと彼女に嫌がられるわよ」
「女なんて不要ですからご心配なく。それより宮間さんこそあんまりがさつだと男にあきれられますよ」
「そんな器の小さい男はこっちから願い下げだわよ」

 などと言い合いしてると玄関からいつきが入ってきた。

「ああ、小早川さん、礼子さんも。おかえりなさい」

 一緒に入ってきたのはシェパードの花子。小早川をめがけて飛んできた。

「いやぁ、花子がですね。小早川さんの帰宅を察知してこっちに連れて行けとうるさくて。いつもはそんなことないんですけどねぇ。食堂にいらっしゃるのがわかったみたいで」

 さすが犬だ!賢い。けれどそのデレデレとにやけ顔?でお腹を向けて転ぶのはどうかと思うわよ。仮にも見た目凜々しいシェパードなのに。
 花子の小早川好きは相当なもので。休みの日には散歩によく連れて行ってもらえることもあり歓迎ぶりは相当だ。そして小早川も人間のメスには素っ気ないけれど犬のメスには優しい。つまり相思相愛である。
「よしよし」と言いながら花子のお腹を撫でて同じくデレデレとだらしない笑顔を見せる小早川は……別人だ。誰しも心許す者には自然と笑顔になるらしい。
 
 戯れる小早川と花子を放置して蕎麦の準備をと……思っていたらいつきがしてくれている。いつきは気が利くナイスガイだ。
 ホクホクしながら丼をだす。暖かい天ぷら蕎麦だ。

 蕎麦ができあがり、小早川とふたりでいただきますをする。出汁がきいたお蕎麦、最高だ。

「光井さんの桜餡のシフォンケーキあるんですけど。いかがですか?」

 ズルズル蕎麦をすする横でいつきが聞いてくる。もちろんいただきますとも。
いつきは皿にシフォンケーキを切り分け、可愛らしくイチゴと生クリームを添えて盛り付けていく。本当にマメだな。

「鈴ちゃんが喜びそうなケーキねぇ?」
「鈴音さんの引っ越し祝いでしょうね。光井さんマメですから」

 いや、アンタも十分マメだよ。

「そういえば……鈴音さん、随分と変わられましたね。」

 いつきはにっこりにっこり微笑みながらケーキを盛り付ける。

「……言っとくけど。アタシは一言も勧誘してないからね!?本人が希望したんだからね!依頼されたらプロですから。そこんとこ忘れないでよね!」

 怖いわ、怖い。アタシは何も悪いことはしてないわよっ。

「まぁ、やってしまったものは仕方ありません」

 やってしまったって……人聞きの悪い。

「というわけで小早川さん。鈴音さんをみかけても睨まないでくださいね?でも愛想笑いや営業スマイルは一切不要ですからね。あたりさわりなく住人として節度あるお付き合いをお願いしますね」

 急に話をふられた小早川がビックリしている。そらそうだ。そんな注意受けるなんて思っても見なかったって顔してるよ。しかも営愛想笑い不要でどうやって怖がらせないように接しろと?

「……善処します」

 何だか最近、小早川が不憫だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...