しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

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4 102号室 住人 光井慎

42.

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「スミマセン、一応気をつけているんですけど。自分、どうも人に威圧与えやすいらしくて。顔も話し方も怖いみたいで。初対面の人にはいつも怯えられるんです……怒ってるとか、そんなんじゃないんです。でも橘さんのお気に障るようなことをしたのであれば、申し訳なかったです」

 なんだか言い訳がましいけれど、一緒のアパートに住んでいるのだから顔を合わせる機会が全くないわけではない。できれば円満な住人付き合いをしていきたいと思っている。

「あっ、ごめんなさいっ。違うんです!」
 
 橘さんは弾かれたように顔を上げ自分をとしっかり目を合わせた。

「みっちゃんが怖いとか、そんなことじゃないんです!みっちゃんは優しいし、ぜんぜん怖くないです!」

 橘さんはものすごい勢いで聞き慣れない言葉を並べた。またしても空耳だろうか。しかも自然にみっちゃん呼びだ。

「うぅ、ごめんなさい。私が勝手に……ケーキ屋さんに行ったら……買えるかもって思ってただけなんです!みっちゃんは悪くないんです!なのに……」

 また泣き出しそうな勢いで橘さんが混乱状態に陥っている。ちょっと待て。少し情報整理が必要だ。

「……ええと。橘さんは自分の事が怖くないんですか?」
「鈴です。伊織くんも礼子さんも鈴って呼んでくれます」

 感情が高ぶりなんだか色々吹っ切れたような様子の彼女。ジト目で見られて思わず怯んでしまった。

「……鈴ちゃんは、自分の事が怖くない?」
「みっちゃんは優しいです。怖くないです」

 あまりにもキッパリと言い切られて戸惑った。でもどう反応していいのかわからないからとりあえず次の質問に移る。

「ケーキ屋さんっていうのは?」
「パティシエさんだって聞いたからケーキ屋さんにお勤めなんだと思って。みっちゃんのお店に行ったらガトーショコラが買えるって思いました。でもイタリア料理のお店ってことはケーキ屋さんのように買えないんですよね?それで勝手にがっかりしたんです。みっちゃんは何も悪くないのに。……嫌な思いさせてごめんなさい」

 先ほどに続き、またしても驚くほど純粋な答えが返ってきて戸惑う。
 要するに鈴ちゃんが勝手に誤解して落胆してそのことによって自分を傷つけたかもしれないことを謝罪している?イヤイヤ、そんなこと気にすることではないだろうに。
 それにケーキが美味しかったというのも社交辞令ではなく、買いにいってもいいと思うくらいだったということだろうか?
 ……鈴ちゃんがしょんぼりしてるのに、不謹慎にも嬉しいと思ってしまった自分は人としてどうかと思うけれど。

「ガトーショコラ、気に入ってくれたんですね?」
「はい、チョコ好きなんでもう1回食べたいと思いました。でも桜のシフォンも大好きです」

   嬉しそうに鈴ちゃんは笑う。
 そこまで自分のお菓子を気に入って貰えたなら……際限なく貢いでしまいそうだ。

「イチゴタルトも気に入って貰えるといいんですけど」

 そう告げると、彼女はイチゴタルトの存在を思い出したようで先ほどまで見え隠れしていたマイナス思考がすっぱり消えた。うん、鈴ちゃんはやはりとても素直な子だと思う。

 キッチンタイマーが鳴ったので慌てて紅茶を入れる。カップに注ぐとフワリと香る紅茶。
 テーブルでは鈴ちゃんがイチゴタルトを前に目をキラキラと輝かせていた。
  タルト生地にはアーモンドプードルを入れているのでさくさくで香ばしい。濃厚なカスタードクリームの上に真っ赤な小ぶりのイチゴをびっしり敷き詰めたタルトは女の子にはウケがいいと思う。

 いただきますと、口にしてフォークをタルトに入れる鈴ちゃんの表情が微笑ましい。タルトを口に入れて何とも表現しがたい感情を巻き散らかす様は、見ていてこちらまで嬉しくなる。人が喜んでいる姿を見るのが一番いい。
 自分はいろいろ問題を抱えてはいるけれど、その手伝いをできている点については誇らしく思っている。
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