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4 102号室 住人 光井慎
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あれから自分は何故か鈴ちゃんに懐かれ、出会う度に子犬のように近寄ってきてくれる。まるで妹がもう一人増えたみたいだ。ただしっかり者の自分の妹とは違い、ちょっと危なっかしいところがあるのでついつい何かと構ってしまう。いつきさんが鈴ちゃんに対して過保護過ぎるのもわからなくはない。
鈴ちゃんはチーズケーキが好きらしい。レアでもスフレでも何でも好きらしいがベイクドタイプが一番好きなようだった。なので今日はベイクドチーズケーキを焼き、食堂が閉まる少し前に持ってきたのだが。
久しぶりに小早川さんと遭遇した。彼は今どきのオトコマエな人だ。そして何故か鈴ちゃんが怖がって避けている。その原因を聞いたが……小早川さんは不器用な人だと思う。自分が小早川さんのような容姿だったらもっと色々と楽だったと思う。まぁ無い物ねだりをしても仕方がないし、人間、自分のできることをやっていくしかないのだ。
小早川さんにかりんとうを勧められた。見た目は地味だが素朴な味が気に入っている。小早川さんも本来はいい人なんだけど色々とタイミングが悪かったんだろう。本当に気の毒な人だ。
「なぁ……さっき女子供に怖がられるって言ってたけど。どうやって対応してんの?」
直球で質問が飛んできた。相当切羽詰まっているのだと思う。
対応は……普段より声はワントーン高め、ゆっくり話すことだけど、この人にはそんなものは必要ないと思う。ちゃんと人好きのする笑顔だってできるし声質も話すスピードも人を怖がらせるものではない。普通の状態であれば、の話だが。
鈴ちゃんは言葉の裏に隠れてるその人の本音をキャッチするのだと思う。言ってみれば感受性が強いのか。だから逆にこちらが心から好意的な気持ちを向ければすんなんり受け入れて貰えるだろうと思う。
自分が鈴ちゃんと最初に出会った時も、驚きの連続で、こちらが身構える間がなかったのも良かったのかもしれない。ウメさんに言われた言葉の意味がなんとなくわかったような気がする。
ビジネスマンが常備している建前愛想笑いでは攻略不可ですよと、具体的に伝えてみたが伝わっているのだろか。
こじれた場合は?と訪ねられたから菓子のことを伝えれば……小早川さん、今「餌付け?」と思いましたよね?ああ、かりんとうなんて……美味しいけどダメですよ。この間まで女子高生だった子なんだから。好きなお菓子の上位がかりんとうなんて子はそうそういませんから。この人大丈夫なんだろうか……。
お茶のおかわりをいれてとりとめのない話をする。最近、小料理屋「ほぼ満」の常連客の茂じいさんに孫娘が生まれたらしく、デレッデレの顔をしているらしい。女の子の孫さんは初めてらしく本人は隠しているつもりらしいが、すこしも隠せておらず、その様子が面白いそうだ。
「橘さん、茂じいにもすっかり気に入られててさぁ。なんだかなぁ」
小早川さんの切ない呟きが……なんだか痛々しい。そして慰めの言葉も思いつかない。
そろそろ食堂が閉まる時間なので洗いものをする。と言っても小早川さんがやっってくれた。お茶を入れてもらったので洗いものは自分がすると。ちゃんと気もつくいい人なのだ。
その間、窓の戸締まりやらノラの飲み水やらエサのチェックを行う。ノラはタワーの上で寝たふりだ。実は小早川さんとノラは相性が悪い。ノラは絶対小早川さんに近づかない。
玄関が開き、いつきさんが入ってきた。施錠の時間になったようだ。
「こんばんは。小早川さん珍しいですね?」
「同僚にかりんとうもらったんで持ってきたんですよ」
そう言ってキッチンの隅のカゴを指さす。先ほどいただいた開封済みのかりんとうと未開封のかりんとうが入れてある。他にもちょっとしたチョコレートなどの小菓子など。住人がそれぞれ善意で持ち寄るお菓子箱だ。
「ありがとうございます。ここのかりんんとうおいしいですよね。光井さんもありがとうございます。チーズケーキですか?」
冷蔵庫のメモ書きを見ていつきさんが問いかける。
「はい。そうです」
「鈴音さんがお好きでしたね」
いつの間にそんな情報をこの人は得ていたのだろうか。情報収集能力もすごい人だ。
「ええ、鈴ちゃんがレモン風味のベイクドタイプが好きとのことだったので」
「………………」
何故かいつきさんが笑顔のまま何も反応しなくなった。
「いえ、そうですね。鈴音さんと仲良くなられたようで良かったです。ところで……小早川さん、その後いかがですか?」
鈴ちゃんとのことを問いただされて小早川さんの顔が少し引きつった。
「いや、……近いうちに必ず」
「鈴音さんの歓迎会したいんですけど。お二人がギクシャクしたままではできないんですよ。開いても鈴音さんが怖がるだろうし」
「いや……はい、スミマセン。早急に解決します」
小早川さん、頑張ってくださいと、心の中でエールを送っておく。自分は間に入って仲を取り持つなんて器用なことはできないので「餌付け作戦」でうまくいくよう願っておこう。
だがしかし。小早川さんの作戦は難航した。1ヶ月後、しびれを切らせたいつきさんが、絶対に小早川さんが参加できない日を選んで鈴ちゃんの歓迎会を開いてしまった。小早川さんが気の毒でなんと声をかければいいのかわからない。まぁ顔を合わせることはないのだが。
それにしても……いつきさんなら二人の誤解を解いてうまく場を収めそうなものなんだが……まぁ万能な人間なんていないよな。
鈴ちゃんはチーズケーキが好きらしい。レアでもスフレでも何でも好きらしいがベイクドタイプが一番好きなようだった。なので今日はベイクドチーズケーキを焼き、食堂が閉まる少し前に持ってきたのだが。
久しぶりに小早川さんと遭遇した。彼は今どきのオトコマエな人だ。そして何故か鈴ちゃんが怖がって避けている。その原因を聞いたが……小早川さんは不器用な人だと思う。自分が小早川さんのような容姿だったらもっと色々と楽だったと思う。まぁ無い物ねだりをしても仕方がないし、人間、自分のできることをやっていくしかないのだ。
小早川さんにかりんとうを勧められた。見た目は地味だが素朴な味が気に入っている。小早川さんも本来はいい人なんだけど色々とタイミングが悪かったんだろう。本当に気の毒な人だ。
「なぁ……さっき女子供に怖がられるって言ってたけど。どうやって対応してんの?」
直球で質問が飛んできた。相当切羽詰まっているのだと思う。
対応は……普段より声はワントーン高め、ゆっくり話すことだけど、この人にはそんなものは必要ないと思う。ちゃんと人好きのする笑顔だってできるし声質も話すスピードも人を怖がらせるものではない。普通の状態であれば、の話だが。
鈴ちゃんは言葉の裏に隠れてるその人の本音をキャッチするのだと思う。言ってみれば感受性が強いのか。だから逆にこちらが心から好意的な気持ちを向ければすんなんり受け入れて貰えるだろうと思う。
自分が鈴ちゃんと最初に出会った時も、驚きの連続で、こちらが身構える間がなかったのも良かったのかもしれない。ウメさんに言われた言葉の意味がなんとなくわかったような気がする。
ビジネスマンが常備している建前愛想笑いでは攻略不可ですよと、具体的に伝えてみたが伝わっているのだろか。
こじれた場合は?と訪ねられたから菓子のことを伝えれば……小早川さん、今「餌付け?」と思いましたよね?ああ、かりんとうなんて……美味しいけどダメですよ。この間まで女子高生だった子なんだから。好きなお菓子の上位がかりんとうなんて子はそうそういませんから。この人大丈夫なんだろうか……。
お茶のおかわりをいれてとりとめのない話をする。最近、小料理屋「ほぼ満」の常連客の茂じいさんに孫娘が生まれたらしく、デレッデレの顔をしているらしい。女の子の孫さんは初めてらしく本人は隠しているつもりらしいが、すこしも隠せておらず、その様子が面白いそうだ。
「橘さん、茂じいにもすっかり気に入られててさぁ。なんだかなぁ」
小早川さんの切ない呟きが……なんだか痛々しい。そして慰めの言葉も思いつかない。
そろそろ食堂が閉まる時間なので洗いものをする。と言っても小早川さんがやっってくれた。お茶を入れてもらったので洗いものは自分がすると。ちゃんと気もつくいい人なのだ。
その間、窓の戸締まりやらノラの飲み水やらエサのチェックを行う。ノラはタワーの上で寝たふりだ。実は小早川さんとノラは相性が悪い。ノラは絶対小早川さんに近づかない。
玄関が開き、いつきさんが入ってきた。施錠の時間になったようだ。
「こんばんは。小早川さん珍しいですね?」
「同僚にかりんとうもらったんで持ってきたんですよ」
そう言ってキッチンの隅のカゴを指さす。先ほどいただいた開封済みのかりんとうと未開封のかりんとうが入れてある。他にもちょっとしたチョコレートなどの小菓子など。住人がそれぞれ善意で持ち寄るお菓子箱だ。
「ありがとうございます。ここのかりんんとうおいしいですよね。光井さんもありがとうございます。チーズケーキですか?」
冷蔵庫のメモ書きを見ていつきさんが問いかける。
「はい。そうです」
「鈴音さんがお好きでしたね」
いつの間にそんな情報をこの人は得ていたのだろうか。情報収集能力もすごい人だ。
「ええ、鈴ちゃんがレモン風味のベイクドタイプが好きとのことだったので」
「………………」
何故かいつきさんが笑顔のまま何も反応しなくなった。
「いえ、そうですね。鈴音さんと仲良くなられたようで良かったです。ところで……小早川さん、その後いかがですか?」
鈴ちゃんとのことを問いただされて小早川さんの顔が少し引きつった。
「いや、……近いうちに必ず」
「鈴音さんの歓迎会したいんですけど。お二人がギクシャクしたままではできないんですよ。開いても鈴音さんが怖がるだろうし」
「いや……はい、スミマセン。早急に解決します」
小早川さん、頑張ってくださいと、心の中でエールを送っておく。自分は間に入って仲を取り持つなんて器用なことはできないので「餌付け作戦」でうまくいくよう願っておこう。
だがしかし。小早川さんの作戦は難航した。1ヶ月後、しびれを切らせたいつきさんが、絶対に小早川さんが参加できない日を選んで鈴ちゃんの歓迎会を開いてしまった。小早川さんが気の毒でなんと声をかければいいのかわからない。まぁ顔を合わせることはないのだが。
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