しゃんけ荘の人々

乙原ゆう

文字の大きさ
43 / 44
4 102号室 住人 光井慎

43.

しおりを挟む
 あれから自分は何故か鈴ちゃんに懐かれ、出会う度に子犬のように近寄ってきてくれる。まるで妹がもう一人増えたみたいだ。ただしっかり者の自分の妹とは違い、ちょっと危なっかしいところがあるのでついつい何かと構ってしまう。いつきさんが鈴ちゃんに対して過保護過ぎるのもわからなくはない。

 鈴ちゃんはチーズケーキが好きらしい。レアでもスフレでも何でも好きらしいがベイクドタイプが一番好きなようだった。なので今日はベイクドチーズケーキを焼き、食堂が閉まる少し前に持ってきたのだが。

 久しぶりに小早川さんと遭遇した。彼は今どきのオトコマエな人だ。そして何故か鈴ちゃんが怖がって避けている。その原因を聞いたが……小早川さんは不器用な人だと思う。自分が小早川さんのような容姿だったらもっと色々と楽だったと思う。まぁ無い物ねだりをしても仕方がないし、人間、自分のできることをやっていくしかないのだ。

 小早川さんにかりんとうを勧められた。見た目は地味だが素朴な味が気に入っている。小早川さんも本来はいい人なんだけど色々とタイミングが悪かったんだろう。本当に気の毒な人だ。

「なぁ……さっき女子供に怖がられるって言ってたけど。どうやって対応してんの?」

 直球で質問が飛んできた。相当切羽詰まっているのだと思う。
 対応は……普段より声はワントーン高め、ゆっくり話すことだけど、この人にはそんなものは必要ないと思う。ちゃんと人好きのする笑顔だってできるし声質も話すスピードも人を怖がらせるものではない。普通の状態であれば、の話だが。

 鈴ちゃんは言葉の裏に隠れてるその人の本音をキャッチするのだと思う。言ってみれば感受性が強いのか。だから逆にこちらが心から好意的な気持ちを向ければすんなんり受け入れて貰えるだろうと思う。
 自分が鈴ちゃんと最初に出会った時も、驚きの連続で、こちらが身構える間がなかったのも良かったのかもしれない。ウメさんに言われた言葉の意味がなんとなくわかったような気がする。 
 
 ビジネスマンが常備している建前愛想笑いでは攻略不可ですよと、具体的に伝えてみたが伝わっているのだろか。
 こじれた場合は?と訪ねられたから菓子のことを伝えれば……小早川さん、今「餌付け?」と思いましたよね?ああ、かりんとうなんて……美味しいけどダメですよ。この間まで女子高生だった子なんだから。好きなお菓子の上位がかりんとうなんて子はそうそういませんから。この人大丈夫なんだろうか……。

 お茶のおかわりをいれてとりとめのない話をする。最近、小料理屋「ほぼ満」の常連客の茂じいさんに孫娘が生まれたらしく、デレッデレの顔をしているらしい。女の子の孫さんは初めてらしく本人は隠しているつもりらしいが、すこしも隠せておらず、その様子が面白いそうだ。

「橘さん、茂じいにもすっかり気に入られててさぁ。なんだかなぁ」

 小早川さんの切ない呟きが……なんだか痛々しい。そして慰めの言葉も思いつかない。
 そろそろ食堂が閉まる時間なので洗いものをする。と言っても小早川さんがやっってくれた。お茶を入れてもらったので洗いものは自分がすると。ちゃんと気もつくいい人なのだ。
 その間、窓の戸締まりやらノラの飲み水やらエサのチェックを行う。ノラはタワーの上で寝たふりだ。実は小早川さんとノラは相性が悪い。ノラは絶対小早川さんに近づかない。

 玄関が開き、いつきさんが入ってきた。施錠の時間になったようだ。

「こんばんは。小早川さん珍しいですね?」
「同僚にかりんとうもらったんで持ってきたんですよ」

 そう言ってキッチンの隅のカゴを指さす。先ほどいただいた開封済みのかりんとうと未開封のかりんとうが入れてある。他にもちょっとしたチョコレートなどの小菓子など。住人がそれぞれ善意で持ち寄るお菓子箱だ。

「ありがとうございます。ここのかりんんとうおいしいですよね。光井さんもありがとうございます。チーズケーキですか?」

 冷蔵庫のメモ書きを見ていつきさんが問いかける。

「はい。そうです」
「鈴音さんがお好きでしたね」

 いつの間にそんな情報をこの人は得ていたのだろうか。情報収集能力もすごい人だ。

「ええ、鈴ちゃんがレモン風味のベイクドタイプが好きとのことだったので」
「………………」

 何故かいつきさんが笑顔のまま何も反応しなくなった。

「いえ、そうですね。鈴音さんと仲良くなられたようで良かったです。ところで……小早川さん、その後いかがですか?」

 鈴ちゃんとのことを問いただされて小早川さんの顔が少し引きつった。

「いや、……近いうちに必ず」
「鈴音さんの歓迎会したいんですけど。お二人がギクシャクしたままではできないんですよ。開いても鈴音さんが怖がるだろうし」
「いや……はい、スミマセン。早急に解決します」

 小早川さん、頑張ってくださいと、心の中でエールを送っておく。自分は間に入って仲を取り持つなんて器用なことはできないので「餌付け作戦」でうまくいくよう願っておこう。

  だがしかし。小早川さんの作戦は難航した。1ヶ月後、しびれを切らせたいつきさんが、絶対に小早川さんが参加できない日を選んで鈴ちゃんの歓迎会を開いてしまった。小早川さんが気の毒でなんと声をかければいいのかわからない。まぁ顔を合わせることはないのだが。
 それにしても……いつきさんなら二人の誤解を解いてうまく場を収めそうなものなんだが……まぁ万能な人間なんていないよな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...