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オマケ 2
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「じゃあ僕は部屋に戻っています。先に寝ていてもいいですか?」
「いいよ、おやすみ。すまないな」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」
森人はそう言って部屋に戻って行った。鬼人の深酒に付き合うつもりは無いらしい。
剣士は怪訝な顔で森人を見送った。
「男と二人で残して行っちまうのかよ」
「なんだいあんた、こんなババアに手ぇ出す気あるのかい?」
「いや、そうじゃなくてさ…」
「あたしもあの人も、思うまま好きに生きるって決めてるのさ。そして相手のやる事を邪魔しない。あんたとあたしが、まだ話足りなさそうだったから、それを察して先に帰ったんだと思うよ」
「……なんだかうらやましいな、そういう関係は…」
「で、何が聞きたいんだい?」
「あんた…なんであそこで100年も闘い続けていられたんだよ?」
「そんな事かい?。爵位貰っちゃったからね。領地を安堵してもらったら軍役で応えるのが貴族ってもんだろ」
「冗談言うなよ、自分が望んだ土地でも無いだろに。あんな山奥の領地にどれだけの価値があるって言うんだよ…」
君主が家臣の領地の支配権を保証し、家臣は賦役や兵役の提供で応じる。それが王国の根幹である。だが、それは領地が財を生むから成り立つ話だ。貴族が負担する兵力は、領地の生産量に見合ったものであるのがその証拠だ。あの地は魔族の門がある以外は荒れ地でしかない。財産的価値は0だ。鬼人は脳筋に振る舞っているが、お飾りの爵位に騙されるような愚か者ではない、鬼人が戦い続けた理由があるはずだ。
「本当だよ。ただ、あたしが忠誠を捧げたのは賢王陛下であって王国じゃない。惚れた弱みだね。陛下に…当時は王子だったけどね。一目惚れしちまったんだよ」
「一目惚れって、あんた鬼人だろ…」
鬼人と只人は生きる時間が違い過ぎる。それに鬼人はとにかく武を貴ぶから、体力に劣る只人を見下していたし、只人は鬼人を蛮族と蔑んでいた。鬼人が王子の隣に立つ可能性など皆無と言っていい。
「惚れちまったもんは仕方ないよ。言われるまでもなく叶わないって事は最初から判っていたさ。それでも…って思っちまうんだよ」
「……抱かれでもしたのか?」
一夜の夢の代償に辺境伯を引き受けたのかと思ったが、鬼人は無言で剣士の頭を殴る振りをした。「うひ」と言いながら剣士は首をすくめる。
「バカ言うない。…王子の小隊には王妃もいたんだよ、そん時はまだ司祭だったけど。王子と将来を誓い合った仲だって、最初はあたしを目の敵にしてた。それが、皆で魔族を追って旅するうちに『国難の打破に自分では力が足りない。望むなら身を引くから、王子と王国を助けて欲しい』ってあたしにそう懇願したのさ。国教の司祭で王子の許嫁が、鬼人の傭兵のあたしにだよ。あたしがどんだけ頑張ろうがこの娘には絶対勝てないってその時判ったよ。だから……だから、魔族の湧く穴を見つけた時、王子に『あたしがここに残ってあんたの国を守る』…って言ったのさ。なんの事はない、王子の心にあたしを刻み付けたかったんだ」
「生々しいなぁ」
「あんた、真剣になった相手はいないのかい?愛も忠誠も恨みも、方向は違ってもそんなもんだよ」
そう言われれば剣士に返す言葉はない。下級とはいえ貴族に自由恋愛など無縁だし、忠誠など出世のための道具でしかない。末端貴族の処世術として、剣士は敢えて激しい感情を持たずに生きて来たのだから。
「……ん?じゃやっぱり爵位は関係ねぇじゃねぇか?」
「王子はね、あたしに『家臣になってくれ』そう言って出せる限りの爵位をくれたよ。もちろん、形だけの爵位だってわかっていた。そんな物無くてもあんたの為に戦うよ…そう言って断ろうと思ったけど、苦しそうな顔を見たら理由が判っちまった。王子はあたしを家臣にして、あたしに戦えと命じる事で、あたしの戦いを一緒に背負うつもりなんだ…ってね。それが嬉しくて爵位を受け取ったんだよ。しかも『お前は王国ではなくて私の辺境伯だ、私が死んだら王国を見捨てて良い』とまで言ってくれたよ。だからあたしが戦う理由はそれで十分だった」
「……じゃあ、なんで王の崩御の後もあそこに残っていたんだよ」
鬼人は、少し考えると、言葉を選ぶかのうようにゆっくりと言った。
「たぶん怖かったんだよ…。大勢の人間がひしめいているのに、あたしは誰一人知らない、誰もあたしを知らない。そんな世界がね。それなら、自分以外に誰も居ない世界の方がマシだったし、辺境伯をやっている限りは、王家と…陛下と繋がっている。そう縋ることができたからね…」
剣士は長い事黙ったままだった。
理由を聞いて言葉として理解できても、心情は理解できない。それはおそらく生きる時間が違いすぎるからだ。
鬼人の献身は愛と呼んで良いのだろうか…。それとも忠誠だろうか。いずれにしろ、賢王への個人的な想いだけで、鬼人は100年戦い続けていた。王家はそれを王国への忠誠と勘違いしたうえ、終いには鬼人がなんのために戦っているかすら忘れてしまったのだ。賢王が鬼人の想いに気付いていなかったとは思えない。鬼人が個人的心情で戦っている事を、賢王は後嗣にきちんと伝える事が出来なかったのだろうか……。それとも……伝えなかったのだろうか。
「今は平気なのか?」
「あぁ、私の事を覚えている人が一人だけ居た。あの人だけは覚えていてくれた。あの人はいつまでだって私を忘れないでいてくれる。あの人と二人ならどこだって怖くないさ」
理解できない事も多いが、剣士は一つだけは確実に判った。
やはり、鬼人があんな笑顔で笑うようになったのは、あの森人のおかげなのだと。
「こんな話、あの人には聞かせられないけどね」
「俺にはいいのかよ」
「言うなよ?。怪しいそぶりを見せたら、即座に口利けなくするからな」
「聞かせといてひでぇな…最初に会った時は、こんなおしゃべりだと思わなかったのに…」
「あん時はまだ貴族だったからね、嗜みってもんさ。まぁ確かに、若い頃に比べたらずいぶんおしゃべりになったけど、100年も話し相手が居なかったんだよ、仕方ないだろ」
「違いない」
鬼人につられて剣士も笑った。祖国を捨てての逃避行で、一時自分も孤独を味わう羽目になった。そして今の自分は自分でも意外なくらい饒舌だったからだ。
鬼人がどういうつもりで100年戦っていたのか?…それがどうしてこうも気になるのか、自分でも上手く説明できない。だが、鬼人は人身御供になったつもりは無かった。100年戦い続けた事を後悔もしていない。なら、これ以上自分がどうこう思っても仕方ない。そう踏ん切りをつける事ができた。
「あんたたち、これからどうするんだ?」
「同族を探して、傭兵隊みたいなのを作ろうかと思ってね」
「鬼人と森人の傭兵隊かよ、国盗りでもする気か?」
恐ろしい陰謀を聞いた…と言わんばかりの顔で剣士は首を振る。
「傭兵隊ってのは方便かな。あたしが育ったのが一家みたいな傭兵隊だったからね。路頭に迷ってる同族の子が、独り立ちして生きられるだけの手助けをしようと思ってね」
「変わった事考えてるなぁ」
「あたしが、親を亡くして野垂れ死にしかけた時に、仕事を世話してくれた人が居てね。それであたしはこうして生きてるけど、調べてみたらなんの手助けも無くひっそりと死んでる鬼人の子供が結構居るみたいなんだ」
「普通、戦う時は後顧の憂い無く…ってもんだろ。鬼人はそういう準備も無いのかよ?」
「鬼人は個人主義が強すぎる……っていうと聞こえが良いが、自分が戦って居られたら他はどうでもいいんだよ、男も女も戦いに夢中で子育ては他人に丸投げだし、親が戦死しちまったりすると行き先の無くなる子供が多いらしいんだよ。そりゃそんな環境を生き残った鬼人は一騎当千だろうけどさ、鬼人が数を減らしてるのは、弱肉強食に凝り固まって親無しの子供の面倒みない鬼人が多過ぎるせいじゃないかと思ったのさ」
「……鬼人ってのはあれか、野生の王国なのか?」
「あたしの両親だって、隊長は夫婦で殴り合いで決めてたくらいだからねぇ。そんでも馬鹿みたい強かったのは確かだし、酷い負け戦だってのに高笑いしながら殿軍努めて夫婦揃って死んじまったよ。で、あたしは死にかけた」
「あぁ…うん」
冗談で言ったつもりが、それより酷い実態だったので、剣士は頷く事しかできなかった。
「しかも、それで皆助かったのに、残ったあたしを誰も面倒見ずに逃げちまった。そりゃまぁ、鬼人は只人に比べたら成長が遅いから面倒なんだろうけどさ。只人も何気に酷いよね」
「ちょっと気を抜くとすぐ死ぬ世の中だからな。我が身が一番なのは仕方ねぇや。俺も人のことは言えねぇし」
「まぁ、おかげであたしは、戦ってれば幸せなアホな鬼人にならずに済んだ訳だけどね。で、彼に聞いたら、森人は森人で伝統と慣習に凝り固まってて、ちょっとでも外れると即追放されて一人で生きるしか無くなるんだそうだ。だから、そういう行き場の無い同族を助けられる傭兵隊を作ろうかと思ってるのさ。あとはまぁ……」
そこまで言って鬼人はしばらく口を閉じた。
「あたしはもう…子供は無理だからね……」
「あぁ……そうか……」
鬼人と森人は、親子に見えるほどの歳の差のカップルだが、深く愛し合っているのは傍目に見ても判る。だが、種族の違いという大きな壁の以前に、鬼人の年齢ではもう妊娠自体を諦めるしか無かった。それもあって、残りの生涯を同族の子供の救済に費やそうとしているのだろう。
「……なぁ、俺を雇う気は無いか?」
「あんたを?」
「定職が無くて困っててな。あんたと同じくらい…と言う気は無いが、そこそこの剣を教えるくらいならできるし、傭兵隊って言ってるのは、戦えるヤツで金を稼いで子供を養う資金にするって事だろ?」
「まぁね」
「なら、即戦力はあった方がいいだろ?」
「うーん…」
「そもそも、あんたら、鬼人と森人なんだ、只人が混じったって今更じゃないか」
「っても、只人には教会や孤児院があるし、よほど切羽詰まってなきゃ只人の子供を拾う気は無いよ。それでも良いってなら明日、あの人に言ってみなよ。あの人が良しってならあたしは言う事はないわ」
「あぁ、そうさせて貰う。じゃあな」
剣士はそう言って、テーブルに銀貨を置くと酒場を後にした。
あぁ言ってみたが、森人は鬼人のやる事に異は挟まない。恐らく剣士を雇う事になるだろう。森人の資金を元手に、3人で傭兵稼業に精を出す事になりそうだ。
「なんとも…奇妙な縁だねぇ……」
鬼人は面白そうに呟くと、最後の酒を喉に流し込んだ。
「いいよ、おやすみ。すまないな」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」
森人はそう言って部屋に戻って行った。鬼人の深酒に付き合うつもりは無いらしい。
剣士は怪訝な顔で森人を見送った。
「男と二人で残して行っちまうのかよ」
「なんだいあんた、こんなババアに手ぇ出す気あるのかい?」
「いや、そうじゃなくてさ…」
「あたしもあの人も、思うまま好きに生きるって決めてるのさ。そして相手のやる事を邪魔しない。あんたとあたしが、まだ話足りなさそうだったから、それを察して先に帰ったんだと思うよ」
「……なんだかうらやましいな、そういう関係は…」
「で、何が聞きたいんだい?」
「あんた…なんであそこで100年も闘い続けていられたんだよ?」
「そんな事かい?。爵位貰っちゃったからね。領地を安堵してもらったら軍役で応えるのが貴族ってもんだろ」
「冗談言うなよ、自分が望んだ土地でも無いだろに。あんな山奥の領地にどれだけの価値があるって言うんだよ…」
君主が家臣の領地の支配権を保証し、家臣は賦役や兵役の提供で応じる。それが王国の根幹である。だが、それは領地が財を生むから成り立つ話だ。貴族が負担する兵力は、領地の生産量に見合ったものであるのがその証拠だ。あの地は魔族の門がある以外は荒れ地でしかない。財産的価値は0だ。鬼人は脳筋に振る舞っているが、お飾りの爵位に騙されるような愚か者ではない、鬼人が戦い続けた理由があるはずだ。
「本当だよ。ただ、あたしが忠誠を捧げたのは賢王陛下であって王国じゃない。惚れた弱みだね。陛下に…当時は王子だったけどね。一目惚れしちまったんだよ」
「一目惚れって、あんた鬼人だろ…」
鬼人と只人は生きる時間が違い過ぎる。それに鬼人はとにかく武を貴ぶから、体力に劣る只人を見下していたし、只人は鬼人を蛮族と蔑んでいた。鬼人が王子の隣に立つ可能性など皆無と言っていい。
「惚れちまったもんは仕方ないよ。言われるまでもなく叶わないって事は最初から判っていたさ。それでも…って思っちまうんだよ」
「……抱かれでもしたのか?」
一夜の夢の代償に辺境伯を引き受けたのかと思ったが、鬼人は無言で剣士の頭を殴る振りをした。「うひ」と言いながら剣士は首をすくめる。
「バカ言うない。…王子の小隊には王妃もいたんだよ、そん時はまだ司祭だったけど。王子と将来を誓い合った仲だって、最初はあたしを目の敵にしてた。それが、皆で魔族を追って旅するうちに『国難の打破に自分では力が足りない。望むなら身を引くから、王子と王国を助けて欲しい』ってあたしにそう懇願したのさ。国教の司祭で王子の許嫁が、鬼人の傭兵のあたしにだよ。あたしがどんだけ頑張ろうがこの娘には絶対勝てないってその時判ったよ。だから……だから、魔族の湧く穴を見つけた時、王子に『あたしがここに残ってあんたの国を守る』…って言ったのさ。なんの事はない、王子の心にあたしを刻み付けたかったんだ」
「生々しいなぁ」
「あんた、真剣になった相手はいないのかい?愛も忠誠も恨みも、方向は違ってもそんなもんだよ」
そう言われれば剣士に返す言葉はない。下級とはいえ貴族に自由恋愛など無縁だし、忠誠など出世のための道具でしかない。末端貴族の処世術として、剣士は敢えて激しい感情を持たずに生きて来たのだから。
「……ん?じゃやっぱり爵位は関係ねぇじゃねぇか?」
「王子はね、あたしに『家臣になってくれ』そう言って出せる限りの爵位をくれたよ。もちろん、形だけの爵位だってわかっていた。そんな物無くてもあんたの為に戦うよ…そう言って断ろうと思ったけど、苦しそうな顔を見たら理由が判っちまった。王子はあたしを家臣にして、あたしに戦えと命じる事で、あたしの戦いを一緒に背負うつもりなんだ…ってね。それが嬉しくて爵位を受け取ったんだよ。しかも『お前は王国ではなくて私の辺境伯だ、私が死んだら王国を見捨てて良い』とまで言ってくれたよ。だからあたしが戦う理由はそれで十分だった」
「……じゃあ、なんで王の崩御の後もあそこに残っていたんだよ」
鬼人は、少し考えると、言葉を選ぶかのうようにゆっくりと言った。
「たぶん怖かったんだよ…。大勢の人間がひしめいているのに、あたしは誰一人知らない、誰もあたしを知らない。そんな世界がね。それなら、自分以外に誰も居ない世界の方がマシだったし、辺境伯をやっている限りは、王家と…陛下と繋がっている。そう縋ることができたからね…」
剣士は長い事黙ったままだった。
理由を聞いて言葉として理解できても、心情は理解できない。それはおそらく生きる時間が違いすぎるからだ。
鬼人の献身は愛と呼んで良いのだろうか…。それとも忠誠だろうか。いずれにしろ、賢王への個人的な想いだけで、鬼人は100年戦い続けていた。王家はそれを王国への忠誠と勘違いしたうえ、終いには鬼人がなんのために戦っているかすら忘れてしまったのだ。賢王が鬼人の想いに気付いていなかったとは思えない。鬼人が個人的心情で戦っている事を、賢王は後嗣にきちんと伝える事が出来なかったのだろうか……。それとも……伝えなかったのだろうか。
「今は平気なのか?」
「あぁ、私の事を覚えている人が一人だけ居た。あの人だけは覚えていてくれた。あの人はいつまでだって私を忘れないでいてくれる。あの人と二人ならどこだって怖くないさ」
理解できない事も多いが、剣士は一つだけは確実に判った。
やはり、鬼人があんな笑顔で笑うようになったのは、あの森人のおかげなのだと。
「こんな話、あの人には聞かせられないけどね」
「俺にはいいのかよ」
「言うなよ?。怪しいそぶりを見せたら、即座に口利けなくするからな」
「聞かせといてひでぇな…最初に会った時は、こんなおしゃべりだと思わなかったのに…」
「あん時はまだ貴族だったからね、嗜みってもんさ。まぁ確かに、若い頃に比べたらずいぶんおしゃべりになったけど、100年も話し相手が居なかったんだよ、仕方ないだろ」
「違いない」
鬼人につられて剣士も笑った。祖国を捨てての逃避行で、一時自分も孤独を味わう羽目になった。そして今の自分は自分でも意外なくらい饒舌だったからだ。
鬼人がどういうつもりで100年戦っていたのか?…それがどうしてこうも気になるのか、自分でも上手く説明できない。だが、鬼人は人身御供になったつもりは無かった。100年戦い続けた事を後悔もしていない。なら、これ以上自分がどうこう思っても仕方ない。そう踏ん切りをつける事ができた。
「あんたたち、これからどうするんだ?」
「同族を探して、傭兵隊みたいなのを作ろうかと思ってね」
「鬼人と森人の傭兵隊かよ、国盗りでもする気か?」
恐ろしい陰謀を聞いた…と言わんばかりの顔で剣士は首を振る。
「傭兵隊ってのは方便かな。あたしが育ったのが一家みたいな傭兵隊だったからね。路頭に迷ってる同族の子が、独り立ちして生きられるだけの手助けをしようと思ってね」
「変わった事考えてるなぁ」
「あたしが、親を亡くして野垂れ死にしかけた時に、仕事を世話してくれた人が居てね。それであたしはこうして生きてるけど、調べてみたらなんの手助けも無くひっそりと死んでる鬼人の子供が結構居るみたいなんだ」
「普通、戦う時は後顧の憂い無く…ってもんだろ。鬼人はそういう準備も無いのかよ?」
「鬼人は個人主義が強すぎる……っていうと聞こえが良いが、自分が戦って居られたら他はどうでもいいんだよ、男も女も戦いに夢中で子育ては他人に丸投げだし、親が戦死しちまったりすると行き先の無くなる子供が多いらしいんだよ。そりゃそんな環境を生き残った鬼人は一騎当千だろうけどさ、鬼人が数を減らしてるのは、弱肉強食に凝り固まって親無しの子供の面倒みない鬼人が多過ぎるせいじゃないかと思ったのさ」
「……鬼人ってのはあれか、野生の王国なのか?」
「あたしの両親だって、隊長は夫婦で殴り合いで決めてたくらいだからねぇ。そんでも馬鹿みたい強かったのは確かだし、酷い負け戦だってのに高笑いしながら殿軍努めて夫婦揃って死んじまったよ。で、あたしは死にかけた」
「あぁ…うん」
冗談で言ったつもりが、それより酷い実態だったので、剣士は頷く事しかできなかった。
「しかも、それで皆助かったのに、残ったあたしを誰も面倒見ずに逃げちまった。そりゃまぁ、鬼人は只人に比べたら成長が遅いから面倒なんだろうけどさ。只人も何気に酷いよね」
「ちょっと気を抜くとすぐ死ぬ世の中だからな。我が身が一番なのは仕方ねぇや。俺も人のことは言えねぇし」
「まぁ、おかげであたしは、戦ってれば幸せなアホな鬼人にならずに済んだ訳だけどね。で、彼に聞いたら、森人は森人で伝統と慣習に凝り固まってて、ちょっとでも外れると即追放されて一人で生きるしか無くなるんだそうだ。だから、そういう行き場の無い同族を助けられる傭兵隊を作ろうかと思ってるのさ。あとはまぁ……」
そこまで言って鬼人はしばらく口を閉じた。
「あたしはもう…子供は無理だからね……」
「あぁ……そうか……」
鬼人と森人は、親子に見えるほどの歳の差のカップルだが、深く愛し合っているのは傍目に見ても判る。だが、種族の違いという大きな壁の以前に、鬼人の年齢ではもう妊娠自体を諦めるしか無かった。それもあって、残りの生涯を同族の子供の救済に費やそうとしているのだろう。
「……なぁ、俺を雇う気は無いか?」
「あんたを?」
「定職が無くて困っててな。あんたと同じくらい…と言う気は無いが、そこそこの剣を教えるくらいならできるし、傭兵隊って言ってるのは、戦えるヤツで金を稼いで子供を養う資金にするって事だろ?」
「まぁね」
「なら、即戦力はあった方がいいだろ?」
「うーん…」
「そもそも、あんたら、鬼人と森人なんだ、只人が混じったって今更じゃないか」
「っても、只人には教会や孤児院があるし、よほど切羽詰まってなきゃ只人の子供を拾う気は無いよ。それでも良いってなら明日、あの人に言ってみなよ。あの人が良しってならあたしは言う事はないわ」
「あぁ、そうさせて貰う。じゃあな」
剣士はそう言って、テーブルに銀貨を置くと酒場を後にした。
あぁ言ってみたが、森人は鬼人のやる事に異は挟まない。恐らく剣士を雇う事になるだろう。森人の資金を元手に、3人で傭兵稼業に精を出す事になりそうだ。
「なんとも…奇妙な縁だねぇ……」
鬼人は面白そうに呟くと、最後の酒を喉に流し込んだ。
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