不死身のボッカ

暁丸

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勇者の孫にTS転生した。今更やり直しを要求してももう遅い

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 トリスキスが看破した通り、アダミスはトリスキスを見逃すつもりは全く無かった。
 アダミスはトリスキスを一方的に憎んでいる。それは憎悪と言っていい。

 森人が誇る最強の魔法剣士の一人、ナッシュミの森のトリカムナの養子にして弟子。
 そしてトリカムナの殺害犯にして、トリカムナが所持していたナッシュミの魔剣『氷室』を奪って逃げた強奪犯。それがトリスキスだった。
 これだけでも大罪であるのに、あろうことかナッシュミの郷の裁きを逃れ只人の国に逃げ込んだトリスキスは、只人に自分の罪状を暴露した。それまで、「森人には凶悪犯罪者は居ない」と繰り返していたその主張を、<親殺し>のトリスキスが覆してしまった。
 森人も只人と変わらぬ『人間』である。重犯罪を犯す森人も存在するし、そんな重犯罪者でさえも紋章を失って森人の郷から追放するだけで済ましていると、満天下に示してしまった。罪状の照会をされた森人はなんの対応も取れず、黙殺するしかできなかった。森人の尊厳は大いに傷つけられる事になったのである。
 トリスキスはアダミスにとっては憎んで飽き足らぬ存在だった。命令など関係無い、トリスキスを殺すのはアダミスの至上命題である。そのための場所として迷宮を選んだ。ここなら人の目は無いから命令の無い<執行>をした事も誤魔化すのも容易いし、トリスキスが逃げる事も難しい。そのためならいけ好かない岩人とだって手を組む。

 懸念はあった。トリカムナは女性、魔法使い寄りの魔法剣士だった。もし剣で倒したならトリスキスは男だ、紋章無しの男に負ける要素はない。だが魔法で倒したなら、トリスキスはトリカムナを上回る魔女ということになる。魔女なら、紋章を失ったとはいえ素の能力が相当に高いのは間違いない。確実に仕留めるには、トリスキスの性別を調べておきたかった。
 だが、いくら調べても男か女か確定する事がとうとうできなかったのだ。集めた情報からはトリスキスが男女二人いるようにしか思えない。
 だから万全を期して縛鎖の魔法を使った。
 アダミスは、自分の魔法強度には自信がある。自惚れでもなんでもなく、森人の男としては最高レベルの魔法使いだと自他共に認められている。そして、トリスキスが看破した通り、時間をかけて魔法を練っていた。縛鎖の魔法は時間をかけて重ねるほど強度が増す。いかな達人でも、同じ森人の男…ましてや<堕ちた森人>にはこの魔法を瞬時に無効化することはできない、その隙に斬り殺す。
 もしトリスキスが女で、紋章を失ってなおアダミスの魔法を上回る魔女なら…次の魔法を使わせずそのまま剣で押し切る。
 <勇者>トールががトリスキス側だったのは計算外だったが、一旦引いた以上は咄嗟の介入はできないはずだ。それでも意趣返しをしようとするなら………『氷室』を手に入れればどうにでもなる。



 果たして、トリスキスは全身を絡め取る魔力の鎖を自身の魔力で相殺した。魔力の縛鎖が砕け散る。

 「ならばっ!」

 トリスキスは<魔女>だ。身体強化を使う暇を与えず倒す。アダミスは片手剣を風車のように振り回す。

 だが。
 『ガッギッギッギッギッ』
 無数の銀の光跡をトリスキスの剣はすべて弾き飛ばした。

 「なっ!」

 咄嗟に間合いを取ったアダミスは追撃を予想して防御の構えを取ったが、トリスキスはその場から動かなかった。

 「貴様…いったい…」

 身体強化を使った気配は感じなかった。いや、使っても同じく身体強化を使った男の剣を力づくで弾き飛ばすことなどできるはずがない。

 「今殺す事はできたんだけどね。君が…ボクの半身を無意味だなんて言うものだから……すこし意地悪をしたくなった」
 「何?」
 「絶望させてあげるって言ってるんだよ」 

 トリスキスは剣を鞘に納めると、右腰の剣帯から鞘ごと剣を外してアダミスに放り投げた。アダミスは慌てて左手で受け取ると困惑した目で剣とトリスキスを交互に見た。

 「これは…『氷室』?」

 アダミスは、トリスキスが剣を抜くそぶりも見せないのを確認すると、自分の剣を収め受け取った剣を抜いた。金属とは思えない青白い刀身には、曇り一つ無い。まさしく話に聞いていた『氷室』だ。

 だが何故だ、何故今になって剣を渡して寄越すのだ。

 「使ってみなよ。それを手に入れて、ボクごとトールも始末して目撃者を消すつもりだったんだろ?そんな杜撰な計画が上手く行くか、やってみればいい」
 「貴様っ…<堕ちた森人>の分際で俺を侮るか!」

 激昂したアダミスは『氷室』に魔力を込める。『氷室』はその名の通り、対象を凍らせる氷の魔剣だ。伝説では燃え盛る炎をそのまま氷にしたと伝えられている。だが、剣に秘められた力を励起させるためには、膨大な魔力が必要とされていた。
 『氷室』が周囲の熱を奪い結露がつき始める。さらに魔力を込めると、周囲に結界が構築されたのか、刀身に薄く霜がついたところで止まった。剣の周りには冷気が漂い、触れれば肉が張り付いてえぐり取られるだろう。
 …だがそれだけだ。周囲の敵を瞬時に氷像にするような魔力は感じられない。

 「これが…こんなものが『氷室』なのか?」
 「準備はいいかい、じゃあ行くよ」

 トリスキスは左腰の剣を抜いて魔力を籠める。『ボウッ』と赤熱した剣は、魔力を更に籠めると白熱して、離れても感じるほどの熱を発した。

 「魔剣だと!?」

 トリスキスの上段からの打ち込みを、アダミスは『氷室』で打ち払った。触れてもいなのに、高熱がアダミスの顔を炙る。返しの右面への打ち込みを受けるとアダミスは下がって距離を取る。髪の焦げる匂いがあたりに漂った。

 「くそっ、相殺できないっ!」

 いくら魔力を籠めてもトリスキスの魔剣の熱を相殺することができなかった。トリスキスの魔剣は、刀身の霜が溶け瞬時に蒸気になるほどの高熱を発している。
 再び打ちかかってきたトリスキスの剣をアダミスは必死に打ち払う。だが受け損ねた剣が右腕の籠手を打ち、アダミスは剣を取り落とした。魔法強化した籠手を着けているのに、右腕が火傷を起こしていた。
 左手で患部を抑えたアダミスが真言を呟くと、かろうじて痛みが引いた。指は…まだ動く。だがその間にトリスキスは剣を構えたまま近づくと、落ちた『氷室』を拾った。

 「貴様っ…」
 「『氷室』と偽って偽物の剣を渡して油断させ、自分は魔剣を使って騙し討ちする……なんて事は考えて無いよ?」

 アダミスは言いたい事を先回りされ、小さく舌打ちする。頭に血が上っていた、そもそも自分は魔剣を持っていないのだから、態々『氷室』の偽物を渡す意味など無いのだから。

 「納得いかないという顔だね。ならこちらを使いなよ」

 トリスキスはそう言って右手の剣をくるりと回すと、柄をアダミスに向けて放り投げた。
 あっけに取られたアダミスだが、我に返ると慌てて剣を受け取った。あれだけの高熱を発した後なのに、剣はほんのりと熱を持っているだけだった。

 「それはお前でも使える。無銘だけど威力は今味わった通り」
 「……なんのつもりだ」
 「言ったでしょ、絶望させるって」

 そう言いながらトリスキスは間合いを詰めて来る。

 「くそっ」

 アダミスは魔剣を左手に持ち替えて、右手で腰の剣を抜いた。魔力を籠めると、トリスキスの言った通り左手の魔剣は瞬時に白熱した。この剣ならやれる。受けと同時に魔剣で攻撃する。躱されてもこの剣ならかすめただけでも大火傷を与えられる。
 トリスキスはだらりと垂らした剣を、無造作に逆袈裟に斬り上げた。アダミスはその剣を右で受け、同時に左の魔剣をトリスキスの無防備な右の肩口に振り下ろそうとした。
 …だが。

 『バコッ』
 右手の剣でトリスキスの打ち込みを受けた瞬間、アダミスの右手首から先が鈍い音と共に砕けた。

 「あっ……あぁあああっ」

 出血は無い。ただ一撃を剣で受けただけで、右手の肘から先が完全に凍り付いている。よろよろと後退したアダミスは、悲鳴を上げながらも上段からの『氷室』の打ち込みを魔剣で受け止める。
 高熱の魔剣の威力か、左手は一瞬で凍る事はなかった。だが、トリスキスの力は完全にアダミスを上回っていた。押し返す事ができない。トリスキスは左手一本でアダミスを壁際まで押し込んだ。

 「魔法だけじゃなく、剣もなっていないな。『氷室』の威力を知っていながら、ただの剣で受けるバカがいるか。なんのためにそれを渡したと思っているんだ」
 「ばっ馬鹿な…これが『氷室』…何故だ、俺に励起できない『氷室』が<堕ちた森人>ごときに…」
 「想像力が欠如しすぎだよ」
 「なにぃ…」

 トリスキスは左手一本でアダミスを抑え込んだまま、右手でマスクの付いた兜を脱ぎ去った。
 整っていながら無表情のトリスキスの顔は、まるで人形のようだった。その額には、<堕ちた森人>の証。二つに割れた丸い紋章がある。
 だが…何かおかしく無いだろうか…。
 必死に堪えながら凝視していたアダミスは、違和感の正体に気づいた。二つの紋章はそれぞれが。この紋章は……一つの紋章が二つに割れたのではない。もともと半円形の紋章が二つ並んでいるのだ。

 「貴様…まさか<堕ちて>いないのかっ!」
 「考えもしなかったのかな?ナッシュミの<執行人>が誰か。それは魔剣を持つ最強の剣士では無いのか?と。その<執行人>の死に伴って、弟子が<執行人>を引き継いだと……」
 「トリカムナが<執行人>だと?。あの可憐な彼女が…」

 <執行人>は心を病む仕事だ。森人という種族に狂信的に帰依しようとする者でなければ務まらないうえ、その存在は完全に秘匿されなければならない。そのうえ、どう言い繕っても同族殺しに他ならない。それはどうしても人格に影響を及ぼした。性格が陰鬱になったり、逆に異様に陽気になったり、人前に姿を現さなくなった者もいる、何かしらの影響は必ずある。アダミスが人一倍傲慢なのもその影響だ。
 だが、トリカムナにはそんな異常の陰は一切無かった。彼女は明るく社交的で美しく、死ぬまで…いや死後も『ナッシュミの華』と称えられている。そんな彼女が<執行人>であるなどと…。
 いや、そんな事より、森人の誇りを守るはずの<執行人>が何故…

 「貴様が!貴様が<執行人>なら、何故罪人を装う。何故森人の誇りを地に落とすような真似をするのだ!」
 「罪は本物だからだよ。……トリカムナを殺したのはボクだ」
 「お、おのれぇぇぇぇえ」

 アダミスは必死に魔力を振り絞った。炎の魔剣が発する熱は目を開けていられないほどだ。それでも、アダミスの身体からは感覚が失せ動かなくなって行った。

 「何故だ、何故相殺できない…何故、これだけの熱量なのに…」
 「『氷室』は氷の魔剣なんかじゃ無いからね。そう思って使う限り、文字通りただの氷室にしか使えないよ」
 「そん…な、馬鹿な……」
 「理解したかい?お前は、最初から最後まで全部間違っていたんだ。……絶望しただろ?自分の無能さに」

 確かに体温が奪われ身体が凍って行く。これが氷の魔剣の力でなければなんだと言うのだ…
 答えの出ないままアダミスの身体は完全に凍り付いた。トリスキスが剣を引くと結界が失せ、たちまちアダミスの表面には霜が付いて、そこには巨大な霜の柱があった。
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