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勇者の孫にTS転生した。今更やり直しを要求してももう遅い
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アダミスがトリスキスに斬りかかると同時に始まったもう一つの戦い、シリオンとアイマスナーの対決は、番狂わせなど無く推移していた。
すなわち、男の魔法使いが魔女に勝つのは困難…という、非情な現実である。
「ぎゃっ」
相殺し損ねた魔法を、最後の障壁一枚でかろうじて躱したシリオンが床に転がる。
その姿を見下ろすアイマスナーは、構えを解くと杖で自分の肩をトントンと叩いた。
「……こいつは驚いた。最初の一発で消炭にしてやるつもりだったんだが」
シリオンは、どうにかこうにか身体を起こすと、座り込んだまま「はぁ~っ」と息を吐いた。確かに称賛する口ぶりだが、それも圧倒的な余裕の上でのことと判っている。
「俺も死んだと思ったよ。アンタに、狭い迷宮ん中では加減する良識があって助かった」
「当たり前だろ。お前はあたしをなんだと思ってるんだ?」
「岩人の風上に置けない戦闘狂」
「戦いもしない頭でっかちがよく言うよ。無駄なことはやめておとなしくしなよ、そうすりゃ痛み無く楽にしてやるよ」
「バカ抜かせ。お前ら魔法兵団がデカい顔していられるのも、その頭でっかちが研究した魔法理論を使ってるからじゃねぇか」
「功績は否定しないがね。その理論が、男の魔法使いは女には勝てないと結論付てたんだろうが」
「それは過去の研究者の理論であって、俺の理論じゃねぇな」
「ほう!」
それまで淡々とシリオンを殺す作業を進めようとしていたアイマスナーが、片方の眉を上げた。何か奥の手があるという事だろうか?。実際、一撃で葬るつもりで放った魔法からシリオンは生き延びている。
「では、あたしのような無学の徒に<狂気>の理論をご開陳くださるかい?」
好奇心と侮蔑が半々に混ざった顔で、アイマスナーは道化師のような礼をして見せた。
シリオンはあからさまな嫌味を「フン」と受け流すと、立ち上がってローブの汚れを手ではたいた。眼鏡の位置をなおすと、講師のような口調で話始める。
「性差の克服という課題において、現状女の剣士は体を徹底的に鍛え上げ、そのうえ魔力の大半を身体強化につぎ込むことで、どうにか男の剣士と渡り合う…という方法が定着している。だから男の魔法使いは考える訳だ……その逆は無いんだろうか?…ってね」
「無いね」
アイマスナーが冷酷に切り捨てた。
「それは昔っから、男の魔法使いが研究し続けて失敗し続けている。身体を魔法に特化させるための手法を様々やりつくし、筋力が落ちて自力で歩けなくなるほど魔力に特化した身体になっても、結局魔力は性別を超えるほど上がらなかった」
女は体力腕力で男には勝てない…というのは、人間が文明を持つ以前から変わらない、一種の定めだ。人間以外ではその限りではないが、只人だろうと獣人だろうと『人間』はこの枠から逸脱しない。『主』の定めた真理と言い換えてもいい。その逆に、魔法で男が女に勝てないというのもまた『主』の定めた真理と認識されていた。
だが、そういった定めを打ち破ろうという者は、いつの時代もどこにでも居る。
「そう、まさしくその通り。そんな半端なやり方じゃなく、いっそ女の体に作り変えたらどうかと思って実験してみたがダメだった。……ようは、魂に結びついている特性なんだろな…」
「お前…」
アイマスナーは、あきれ果てた目でシリオンを見た。
「俺の身体で試したんじゃねぇよ。俺は男のままだ」
「なお悪いわ!一体誰で実験しやがった?……やっぱりお前を生かしとく訳にはいかないようだ…」
アイマスナーが杖を構えるが、シリオンは『やれやれ』とばかりに芝居がかった仕草で首を振る。
「ったく、年寄りは気が短いな……それで終わったら、わざわざこの話を始めた意味がねぇだろ。俺の研究発表はまだ終わってねぇぞ。質疑応答したいなら、全部聞き終わった後に挙手しろ!」
アイマスナーは半信半疑ながら、かろうじて杖を降ろした。
「聞き終わったら、殺意が倍になりそうな気がするがね…。お前は魔力を増強する手を見つけたって言うのかい?」
「あぁ。事はな、ものすごく単純だったんだよ……」
「単純?」
「あぁ」
突然シリオンは、ベルトから引き抜いた短剣を自分の左腕に突き刺した。その奇行にアイマスナーが目を見開く。
「つっ!……てぇ」
傷はそう浅いものでは無い。シリオンの腕からボタボタと血が流れ落ち、足元に血溜まりを作る。
「要するにだ、魔力を使って身体能力を強化する逆……生命力を使って魔法能力を強化する」
シリオンがそう言って真言を唱えると、流れる血と血溜まりが塵のように舞い上がって消えた。同時にシリオンの魔力が膨れ上がる。
「それは…お前、正気かいっ!」
「過去には、生贄を捧げて大規模魔法を行使するなんてやってたようだな、もう大昔に『主』に禁じられて、資料はおろか手法の口伝さえ残ってないから詳細は不明。しかも試そうとすりゃ『主』の『制約』がかかる。だが、ようは命を使って魔法を行使するってこった。それを自分の身体でやりゃあ、こうなる」
それはまさに<狂気>の産物。過去に『主』自らが人間に封印させた禁忌の魔法の小規模な再現。生贄ではなく自分の命をささげて魔力を増強させる、捨て身の魔法。
「……『制約』は、かからなかったぜ?」
「お前……どこからこの魔法を…」
「質疑応答は発表の後だって言ったろ。無駄話してる間に俺が死んだら意味無いから、とっとと続きやるぞ」
シリオンの腕から流れ出る血は、出血する端から魔力に変換されシリオンの魔力は膨れ上がる。
「この魔力は……」
アイマスナーの顔から余裕が消えた。
「食らいやがれっ」
「ちぃいいいいいっっ」
咄嗟にアイマスナーが無数の障壁を追加展開するが、シリオンが真言を唱えると空間が縦横に裂けた。不滅のはずの迷宮の壁にも裂け目が走る。アイマスナーが展開する障壁も次々に魔力の残光を残して消滅して行った。
…だが。
「……けっ、やっぱ届かねぇか……」
つまらなそうに呟くと、シリオンがその場にどさりとへたりこんだ。
魔法の矢がシリオンの太腿と腹に突き刺ささっていた。アイマスナーの障壁はまだ健在だ。
「いや、大したもんだよ……。今のお前に匹敵する魔力の魔法使いは、あたしの部下にも居なかったよ」
まだ輝きを放っていた障壁が消え、その影からアイマスナーが姿を現した。完全に無事と言う訳ではなく、ローブには大きな裂け目がいくつもでき、アイマスナー自身もどこからか出血している。ぽたりと赤い雫が落ちた。
「……だが、女剣士がどれだけ鍛え上げようと男の最強には届かないと同じように、男の魔法使いがいかに命を削ろうとも、あたしにゃ届かなかった」
そこまで言ったアイマスナーが気配に気づいて目を向けると、森人の女(?)が炎の魔剣を鞘に納めながら戻って来る所だった。森人の男アダミスは…壁際の氷の柱がその成れの果てなのだろう。
「ちっ、大口叩いておいてなんてザマだい……」
これでまた少し分が悪くなった。今トールと森人の剣士が介入してきたら、さすがに勝ち目は薄い。
「<勇者>トール、あんたは…」
トールの介入にくぎを刺そうとしたアイマスナーだが、その前にトールがシリオンを指さした。
「終わってねぇぞ」
「なんだって?」
「まだ終わってねぇ。俺に関わってる場合じゃねぇだろ」
アイマスナーが眉をしかめる。ここからシリオンが逆転する手がまだ残っているというのだろうか?アイマスナーは(いや、それはない)と結論付けた。シリオンの顔面は蒼白で、痛みに脂汗をにじませて荒く息を吐いている。腹の傷は致命傷だ。
ならば、これが<勇者>の流儀という事か?たとえ身内が不利であろうとも、どちらかが音を上げるまでは勝負は付いていない…と。
トールが介入する気は無いと判断したアイマスナーは、虫の息のシリオンの髪を掴むと頭を上げさせた。
「ようやく念願叶ったよ。面白いもの見せてくれた褒美に遺言ぐらいは聞いてやる、言い残す事はあるかい?」
震えながら、シリオンの唇が僅かに動いた。
「…………な」
「あぁ?」
かすれかすれのシリオンの声は聞き取れない。アイマスナーが耳を近づけると、シリオンははっきりとした声で言った。
「……やっと隙を見せたな」
「何っ!」
その刹那、まだ塞がっていない空間の切れ目から、黒い影のごとき巨大な腕が伸びてきて、アイマスナーを鷲掴みにした。周囲の障壁が軋み悲鳴のごとき音を上げる。
「ぐぉ…こ、これは……死にぞこないが、いつの間に魔法を…」
「いくらなんでも…舐め過ぎだ。トールが、終わってねぇって…言っただろ……痛ってぇ…」
シリオンは苦悶の表情で魔法の矢を素手で引き抜くと、真言を唱えた。見るまに傷がふさがっていく。
内臓に達する傷をその場で治すような回復術士は、魔法兵団にすらいない。
「な、なんだ…その回復力……」
「散々っぱら実験を繰り返したおかげでな、死なない加減ってのは心得てるんだ。ついでに治す技術もな。そうでなかったら一発目の撃ちあいで死んでたわ」
実は、初手の魔法の応酬からアイマスナーの力は圧倒的だった。あそこで弱みを見せて連打を受けていたら、シリオンは為すすべ無く死んでいた。必死の回復魔法でいかにも余裕があるように見せかけ、その後の話術でこちらのペースに引き込んだからこそ、召喚を行う猶予を持つことができた。
圧倒的に有利なアイマスナーの余裕にこそ付け込む余地があった。
「ぐっ……なんだい、こいつはっ!」
締めあげる力が上がり、障壁が軋む。このような異形を召喚する術など聞いたことが無い。
「婆さんは、俺がブチ込まれる事になった罪状知ってるんだろ?…智慧を得るために、悪魔に魂を売ったって…」
「まさか……」
「そ。そいつが俺の取引相手」
「こ…の…外道め……なんてものを呼び出しやがるっ」
「血を使って魔力を増強しようが、最強の<魔女>に届かないなんてのは最初から判ってるんだよ。…だがな、魔力で超えられなきゃそれで勝敗が決まるのか?そんな事は無いよな、俺たちがやってるのは魔力比べじゃなくて殺し合いだ。最終的に生き残った方が勝ちだ。俺で勝てなきゃ、俺より強いヤツを呼びだしゃ良い。血で魔力増強すりゃ、俺一人でもこいつらを呼ぶ窓を開けられるって訳だ」
「このバカが…自分より強い怪物をどうやって従わせる気だ…」
「そこは『契約』を信用するしか無いかなぁ」
シリオンがまるで人事のように言う。
それでもどうしよも無いときは、困ったときの<勇者>様頼りなのだが、それをわざわざ言う必要は無いだろう。
(迂闊…複雑な術式を行使する猶予を与えていたとは…)
アイマスナーは必死に逃れようとしたが、魔力を振り絞っても黒い腕から逃れる事はできそうになかった。今の自分の魔力でこの腕に打ち勝つ事はできない。
(……だが)
アイマスナーは決意する。やはりこいつを野放しにはできない。<狂気>のシリオンとその産物は…どんな手を使ってもここで消す…と。
「悔しいが、頭でっかちの…流儀に倣おうかね……」
そう呟くと、締め上げられながら魔法を構築した。アイマスナーの出血が塵のように昇華し始める。
「おい…まさか……」
アイマスナーは確かに当代最強の<魔女>だった。垣間見ただけのシリオンの血の魔力増幅を、大筋でなぞって見せたのだから。
増強された魔力で障壁が膨れ上がり、握りつぶそうとする巨大な指を押し返した。
アイマスナーは自由になった右手で杖をかざし、左手は複雑な印を切る。それを見たシリオンの顔色が蒼白なのは、出血のためだけではない。
それは転生者からの知識…ほとんど絵空事な理論を実現した魔法。
水素の同位体を作り出し、原子核を融合させ、熱を生み出す破壊の錬金術。岩人でも単体の魔法使いではとても行使する事ができない、集団励起により可能となる大規模破壊のための魔法。命を代償に、アイマスナーは迷宮の中でそれを単独で起動させた。
「おい…やめろ、死ぬぞ!」
「あはははは、あたしは最初からお前を殺せるなら相討ちだって構わないんだよっ。なるほど、こりゃ良いわ。命を注ぎ込むだけの価値がある!」
「何考えてるんだバカ!」
止めようとシリオンが空間切断を放つが、血のブーストをかけたアイマスナーの多重障壁は、それすら食い止めて見せた。構わず放たれ続ける魔法が障壁の隙からアイマスナーの左腕を切り裂いたが、強力な再生魔法で傷を塞ぎ印を切り続ける。それ以上の攻撃はできずにシリオンはがっくりと膝を着いた。傷は塞いだが、血を流しすぎて回復しきれない。
「もう止められやしないよ!。巻き添えの<勇者>には申し訳無いがね、禍根はあたしと共に全部消えて貰う!」
アイマスナーの視界がグラリと斜めに傾いた。
「巻き込むんじゃねぇよ」
トールが抜き打ちで一閃した剣が、多重障壁と核撃魔法ごとアイマスナーの胴を両断していた。黒い手が、握っていたアイマスナーの身体を放り投げて裂け目の向こうに退散していく。
『再生』の魔力でかろうじて息を繋いでいるアイマスナーの上半身が、転がる自分の下半身を茫然と見つめていた。
「ば…な…一太刀で……?」
「人の話を聞けよ阿呆。ウルスラに手を出したらトールはこうなるんだよ…。だからやめろって言ったんだ」
「…出…鱈目な…ヤツ…め……」
その言葉を最後にアイマスナーの魔力が途絶えた。
「あぁ……それには同意するよ」
シリオンは諦念の籠った溜息を吐くと、ほんの一時『天敵』の死を悼んだ。
すなわち、男の魔法使いが魔女に勝つのは困難…という、非情な現実である。
「ぎゃっ」
相殺し損ねた魔法を、最後の障壁一枚でかろうじて躱したシリオンが床に転がる。
その姿を見下ろすアイマスナーは、構えを解くと杖で自分の肩をトントンと叩いた。
「……こいつは驚いた。最初の一発で消炭にしてやるつもりだったんだが」
シリオンは、どうにかこうにか身体を起こすと、座り込んだまま「はぁ~っ」と息を吐いた。確かに称賛する口ぶりだが、それも圧倒的な余裕の上でのことと判っている。
「俺も死んだと思ったよ。アンタに、狭い迷宮ん中では加減する良識があって助かった」
「当たり前だろ。お前はあたしをなんだと思ってるんだ?」
「岩人の風上に置けない戦闘狂」
「戦いもしない頭でっかちがよく言うよ。無駄なことはやめておとなしくしなよ、そうすりゃ痛み無く楽にしてやるよ」
「バカ抜かせ。お前ら魔法兵団がデカい顔していられるのも、その頭でっかちが研究した魔法理論を使ってるからじゃねぇか」
「功績は否定しないがね。その理論が、男の魔法使いは女には勝てないと結論付てたんだろうが」
「それは過去の研究者の理論であって、俺の理論じゃねぇな」
「ほう!」
それまで淡々とシリオンを殺す作業を進めようとしていたアイマスナーが、片方の眉を上げた。何か奥の手があるという事だろうか?。実際、一撃で葬るつもりで放った魔法からシリオンは生き延びている。
「では、あたしのような無学の徒に<狂気>の理論をご開陳くださるかい?」
好奇心と侮蔑が半々に混ざった顔で、アイマスナーは道化師のような礼をして見せた。
シリオンはあからさまな嫌味を「フン」と受け流すと、立ち上がってローブの汚れを手ではたいた。眼鏡の位置をなおすと、講師のような口調で話始める。
「性差の克服という課題において、現状女の剣士は体を徹底的に鍛え上げ、そのうえ魔力の大半を身体強化につぎ込むことで、どうにか男の剣士と渡り合う…という方法が定着している。だから男の魔法使いは考える訳だ……その逆は無いんだろうか?…ってね」
「無いね」
アイマスナーが冷酷に切り捨てた。
「それは昔っから、男の魔法使いが研究し続けて失敗し続けている。身体を魔法に特化させるための手法を様々やりつくし、筋力が落ちて自力で歩けなくなるほど魔力に特化した身体になっても、結局魔力は性別を超えるほど上がらなかった」
女は体力腕力で男には勝てない…というのは、人間が文明を持つ以前から変わらない、一種の定めだ。人間以外ではその限りではないが、只人だろうと獣人だろうと『人間』はこの枠から逸脱しない。『主』の定めた真理と言い換えてもいい。その逆に、魔法で男が女に勝てないというのもまた『主』の定めた真理と認識されていた。
だが、そういった定めを打ち破ろうという者は、いつの時代もどこにでも居る。
「そう、まさしくその通り。そんな半端なやり方じゃなく、いっそ女の体に作り変えたらどうかと思って実験してみたがダメだった。……ようは、魂に結びついている特性なんだろな…」
「お前…」
アイマスナーは、あきれ果てた目でシリオンを見た。
「俺の身体で試したんじゃねぇよ。俺は男のままだ」
「なお悪いわ!一体誰で実験しやがった?……やっぱりお前を生かしとく訳にはいかないようだ…」
アイマスナーが杖を構えるが、シリオンは『やれやれ』とばかりに芝居がかった仕草で首を振る。
「ったく、年寄りは気が短いな……それで終わったら、わざわざこの話を始めた意味がねぇだろ。俺の研究発表はまだ終わってねぇぞ。質疑応答したいなら、全部聞き終わった後に挙手しろ!」
アイマスナーは半信半疑ながら、かろうじて杖を降ろした。
「聞き終わったら、殺意が倍になりそうな気がするがね…。お前は魔力を増強する手を見つけたって言うのかい?」
「あぁ。事はな、ものすごく単純だったんだよ……」
「単純?」
「あぁ」
突然シリオンは、ベルトから引き抜いた短剣を自分の左腕に突き刺した。その奇行にアイマスナーが目を見開く。
「つっ!……てぇ」
傷はそう浅いものでは無い。シリオンの腕からボタボタと血が流れ落ち、足元に血溜まりを作る。
「要するにだ、魔力を使って身体能力を強化する逆……生命力を使って魔法能力を強化する」
シリオンがそう言って真言を唱えると、流れる血と血溜まりが塵のように舞い上がって消えた。同時にシリオンの魔力が膨れ上がる。
「それは…お前、正気かいっ!」
「過去には、生贄を捧げて大規模魔法を行使するなんてやってたようだな、もう大昔に『主』に禁じられて、資料はおろか手法の口伝さえ残ってないから詳細は不明。しかも試そうとすりゃ『主』の『制約』がかかる。だが、ようは命を使って魔法を行使するってこった。それを自分の身体でやりゃあ、こうなる」
それはまさに<狂気>の産物。過去に『主』自らが人間に封印させた禁忌の魔法の小規模な再現。生贄ではなく自分の命をささげて魔力を増強させる、捨て身の魔法。
「……『制約』は、かからなかったぜ?」
「お前……どこからこの魔法を…」
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シリオンの腕から流れ出る血は、出血する端から魔力に変換されシリオンの魔力は膨れ上がる。
「この魔力は……」
アイマスナーの顔から余裕が消えた。
「食らいやがれっ」
「ちぃいいいいいっっ」
咄嗟にアイマスナーが無数の障壁を追加展開するが、シリオンが真言を唱えると空間が縦横に裂けた。不滅のはずの迷宮の壁にも裂け目が走る。アイマスナーが展開する障壁も次々に魔力の残光を残して消滅して行った。
…だが。
「……けっ、やっぱ届かねぇか……」
つまらなそうに呟くと、シリオンがその場にどさりとへたりこんだ。
魔法の矢がシリオンの太腿と腹に突き刺ささっていた。アイマスナーの障壁はまだ健在だ。
「いや、大したもんだよ……。今のお前に匹敵する魔力の魔法使いは、あたしの部下にも居なかったよ」
まだ輝きを放っていた障壁が消え、その影からアイマスナーが姿を現した。完全に無事と言う訳ではなく、ローブには大きな裂け目がいくつもでき、アイマスナー自身もどこからか出血している。ぽたりと赤い雫が落ちた。
「……だが、女剣士がどれだけ鍛え上げようと男の最強には届かないと同じように、男の魔法使いがいかに命を削ろうとも、あたしにゃ届かなかった」
そこまで言ったアイマスナーが気配に気づいて目を向けると、森人の女(?)が炎の魔剣を鞘に納めながら戻って来る所だった。森人の男アダミスは…壁際の氷の柱がその成れの果てなのだろう。
「ちっ、大口叩いておいてなんてザマだい……」
これでまた少し分が悪くなった。今トールと森人の剣士が介入してきたら、さすがに勝ち目は薄い。
「<勇者>トール、あんたは…」
トールの介入にくぎを刺そうとしたアイマスナーだが、その前にトールがシリオンを指さした。
「終わってねぇぞ」
「なんだって?」
「まだ終わってねぇ。俺に関わってる場合じゃねぇだろ」
アイマスナーが眉をしかめる。ここからシリオンが逆転する手がまだ残っているというのだろうか?アイマスナーは(いや、それはない)と結論付けた。シリオンの顔面は蒼白で、痛みに脂汗をにじませて荒く息を吐いている。腹の傷は致命傷だ。
ならば、これが<勇者>の流儀という事か?たとえ身内が不利であろうとも、どちらかが音を上げるまでは勝負は付いていない…と。
トールが介入する気は無いと判断したアイマスナーは、虫の息のシリオンの髪を掴むと頭を上げさせた。
「ようやく念願叶ったよ。面白いもの見せてくれた褒美に遺言ぐらいは聞いてやる、言い残す事はあるかい?」
震えながら、シリオンの唇が僅かに動いた。
「…………な」
「あぁ?」
かすれかすれのシリオンの声は聞き取れない。アイマスナーが耳を近づけると、シリオンははっきりとした声で言った。
「……やっと隙を見せたな」
「何っ!」
その刹那、まだ塞がっていない空間の切れ目から、黒い影のごとき巨大な腕が伸びてきて、アイマスナーを鷲掴みにした。周囲の障壁が軋み悲鳴のごとき音を上げる。
「ぐぉ…こ、これは……死にぞこないが、いつの間に魔法を…」
「いくらなんでも…舐め過ぎだ。トールが、終わってねぇって…言っただろ……痛ってぇ…」
シリオンは苦悶の表情で魔法の矢を素手で引き抜くと、真言を唱えた。見るまに傷がふさがっていく。
内臓に達する傷をその場で治すような回復術士は、魔法兵団にすらいない。
「な、なんだ…その回復力……」
「散々っぱら実験を繰り返したおかげでな、死なない加減ってのは心得てるんだ。ついでに治す技術もな。そうでなかったら一発目の撃ちあいで死んでたわ」
実は、初手の魔法の応酬からアイマスナーの力は圧倒的だった。あそこで弱みを見せて連打を受けていたら、シリオンは為すすべ無く死んでいた。必死の回復魔法でいかにも余裕があるように見せかけ、その後の話術でこちらのペースに引き込んだからこそ、召喚を行う猶予を持つことができた。
圧倒的に有利なアイマスナーの余裕にこそ付け込む余地があった。
「ぐっ……なんだい、こいつはっ!」
締めあげる力が上がり、障壁が軋む。このような異形を召喚する術など聞いたことが無い。
「婆さんは、俺がブチ込まれる事になった罪状知ってるんだろ?…智慧を得るために、悪魔に魂を売ったって…」
「まさか……」
「そ。そいつが俺の取引相手」
「こ…の…外道め……なんてものを呼び出しやがるっ」
「血を使って魔力を増強しようが、最強の<魔女>に届かないなんてのは最初から判ってるんだよ。…だがな、魔力で超えられなきゃそれで勝敗が決まるのか?そんな事は無いよな、俺たちがやってるのは魔力比べじゃなくて殺し合いだ。最終的に生き残った方が勝ちだ。俺で勝てなきゃ、俺より強いヤツを呼びだしゃ良い。血で魔力増強すりゃ、俺一人でもこいつらを呼ぶ窓を開けられるって訳だ」
「このバカが…自分より強い怪物をどうやって従わせる気だ…」
「そこは『契約』を信用するしか無いかなぁ」
シリオンがまるで人事のように言う。
それでもどうしよも無いときは、困ったときの<勇者>様頼りなのだが、それをわざわざ言う必要は無いだろう。
(迂闊…複雑な術式を行使する猶予を与えていたとは…)
アイマスナーは必死に逃れようとしたが、魔力を振り絞っても黒い腕から逃れる事はできそうになかった。今の自分の魔力でこの腕に打ち勝つ事はできない。
(……だが)
アイマスナーは決意する。やはりこいつを野放しにはできない。<狂気>のシリオンとその産物は…どんな手を使ってもここで消す…と。
「悔しいが、頭でっかちの…流儀に倣おうかね……」
そう呟くと、締め上げられながら魔法を構築した。アイマスナーの出血が塵のように昇華し始める。
「おい…まさか……」
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増強された魔力で障壁が膨れ上がり、握りつぶそうとする巨大な指を押し返した。
アイマスナーは自由になった右手で杖をかざし、左手は複雑な印を切る。それを見たシリオンの顔色が蒼白なのは、出血のためだけではない。
それは転生者からの知識…ほとんど絵空事な理論を実現した魔法。
水素の同位体を作り出し、原子核を融合させ、熱を生み出す破壊の錬金術。岩人でも単体の魔法使いではとても行使する事ができない、集団励起により可能となる大規模破壊のための魔法。命を代償に、アイマスナーは迷宮の中でそれを単独で起動させた。
「おい…やめろ、死ぬぞ!」
「あはははは、あたしは最初からお前を殺せるなら相討ちだって構わないんだよっ。なるほど、こりゃ良いわ。命を注ぎ込むだけの価値がある!」
「何考えてるんだバカ!」
止めようとシリオンが空間切断を放つが、血のブーストをかけたアイマスナーの多重障壁は、それすら食い止めて見せた。構わず放たれ続ける魔法が障壁の隙からアイマスナーの左腕を切り裂いたが、強力な再生魔法で傷を塞ぎ印を切り続ける。それ以上の攻撃はできずにシリオンはがっくりと膝を着いた。傷は塞いだが、血を流しすぎて回復しきれない。
「もう止められやしないよ!。巻き添えの<勇者>には申し訳無いがね、禍根はあたしと共に全部消えて貰う!」
アイマスナーの視界がグラリと斜めに傾いた。
「巻き込むんじゃねぇよ」
トールが抜き打ちで一閃した剣が、多重障壁と核撃魔法ごとアイマスナーの胴を両断していた。黒い手が、握っていたアイマスナーの身体を放り投げて裂け目の向こうに退散していく。
『再生』の魔力でかろうじて息を繋いでいるアイマスナーの上半身が、転がる自分の下半身を茫然と見つめていた。
「ば…な…一太刀で……?」
「人の話を聞けよ阿呆。ウルスラに手を出したらトールはこうなるんだよ…。だからやめろって言ったんだ」
「…出…鱈目な…ヤツ…め……」
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「あぁ……それには同意するよ」
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