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勇者の孫にTS転生した。今更やり直しを要求してももう遅い
冒険の終わり
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『ドサドサドサ』
「痛ぇっ」
突然人間が空中に現れ、地面に落ちた。
三人はきょろきょろあたりを見回す。周りが明るい……空が見える。どうやら迷宮の外だという事は判った。
……三人?
トールが大声を上げて立ち上がる。
「ウルスラが居ねぇ、どこ行った?!」
ハッとして、トリスキスとシリオンも立ち上がった。周りは畑と灌木の丘陵地帯。向こうに、街はずれの探索者組合の建物が見える。どうやら迷宮の近くの地上に放り出されたらしい。そして何故か、近くにウルスラの姿は見えない。
「なんでだ?どこだっ!どこに行った!?」
孫の姿が見えないだけでトールは既に半狂乱になりかけている。殺気混じりの魔力が溢れかけていた。
「まずい。トリスキス、周囲を探知しろ。俺は地下を探す」
「承知!」
鬱状態だったトリスキスも、今やそれどころではないと理解していた。即座に魔力の網を周囲に展開していく。
「とっとと探さねぇと、近隣全部更地になるぞ。何としても見つけ出せ」
ウルスラの予想通り、三人は無事に迷宮の外に退避させられていた。そしてウルスラの予想通り、マントル層に達する大穴が開くカウントダウンが始まろうとしていた。
「トール落ち着け!、今のウルスラは生半可な事じゃ死なない。お前がそう望んだから俺がそう作ったんだ。それを信じろ!。お前は組合に行ってウルスラが戻って無いか聞いて来い!俺達はこの近辺を魔法で探査する」
「お、おう!」
少しだけ正気に戻ったトールが頷くと、組合に駆けて行った。
必死の時間稼ぎだ。
ウルスラは生きている可能性が高い、それは間違いない。そう作ったのだから。だが、トールの正気は細いロープの上でバランスを取っているに等しい。ほんの僅かの切っ掛けで、あっさりひっくり返る。そこに道理は関係無い。鎮めるには、とにかくウルスラの居場所を見つけるしかない。
トールは、ほんの微かに残った理性で、庶民相手に無体は働かない…はずだ。それで少しでも時間を稼ぐ。
シリオンは腕を短剣で切った。魔法を使おうにも、もうろくに魔力が残っていない。出血量も限界だが、トールがキレればどの道皆死ぬのだ……アイマスナーと同じように。
(いや、それどころじゃねぇ…)
シリオンが焦るのは、あの夜『起こった事』を聞いたからだ。ウルスラは言っていた『巻き添えでわたしが死んで、爺ちゃんが全てを無に帰すまでが1セット』と。トールがキレれば、この大陸かこの世界か、とにかく大破局で終わってしまう可能性が高い。
血を魔力変換したシリオンは、失せ物探しの魔法で地中を探査する。地中に大きな探査不可能領域があった。これはおそらく迷宮だ。迷宮の周囲を、可能な限り精度を上げて走査する。
「地上には居ないよ!」
念を凝らしていたトリスキスが叫んだ。
「確か?」
「1リー(4km)四方を3回走査した」
「なら、地中を手伝ってくれ。そっち側頼む」
「判った」
シリオンはジリジリと地中を探知するが、それらしいものを見つける事ができない。
そうこうしているうちに、組合の建物の扉を蹴破って、トールが走って来た。
「迷宮からは出てねぇ。念のため迷宮の地下2階まで行って来たが、何も残って無かった」
探査を続けながら、シリオンは黙ってうなずく。
迷宮は異物を排除するために転移させた。なら、自分達同様に地下2階より上に移動させられた可能性が高いはずだ。なんらかの原因で、ウルスラだけが違う場所へ転移した。原因は……ウルスラが人間の身体ではなく、機械の身体だからか?
焦れるトールが剣の鯉口を切って戻す。『キン』という音が、破滅へのカウントダウンに聞こえて来た。
「居た、あそこの丘の中!」
トリスキスが叫んで、少し離れた丘陵を指差す。すかさずシリオンが探知を飛ばした。地下…自分の足元から下を探査していたが、それが見当はずれだった。地上より上の地中に居たのだ。
「引っかかった、あの真ん中の楢の木の真下20リク(約6m)」
シリオンが指差すと同時にトールは駆けだしていた。ほとんど瞬時に丘に到達すると剣を一閃する。一撃で目印の木ごとお椀状にごっそりと丘がえぐれた。後を追うトリスキスとシリオンには、遅れて衝撃と音が伝わって来た。
『ドッ』
音が到達すると同時に、走るシリオンとトリスキスに文字通りの土砂降りで土や岩屑が降って来る。
「痛たた…ぺっぺっ。口に入ったー」
「バカ野郎、少しは加減しろ!」
文句を言いながら二人は丘を登り爆心地にたどり着く。シリオンは、探査魔法でウルスラの居場所を精査すると、そこに達するまでの発掘手順をシミュレート、一連の作業を魔法の術式に落とし込むと<創造の理>を発動させた。
魔力により早送りのように土砂や岩石が除去されて周囲に積み上がっていく、更には底に降りるためのスロープまで設置されていた。
「そっから1リクも…掘りゃ出て来る。後は頼まぁ…俺は……限界…」
シリオンはそこまで言って気絶…
「寝てんじゃねーーっ!」
…する前に、トールが背中を平手でひっ叩いた。『バチーン』と、首をすくめたくなる音と共にシリオンの腕の傷が塞がって、ついでに魔力が無理矢理押し込まれる。
「ギャーッ!、何しやが……うぷ……」
背中の猛烈な痛みと急に押し込まれた魔力のせいで、シリオンは口を押えて駆けだすと、少し離れた場所で盛大に嘔吐する。
一通り吐き出すと、口を拭いながらもの凄い形相で戻ってきた。
「無茶すんじゃねーよ!死ぬだろが」
「煩せぇっ!この程度で死ぬタマか。お前ぇが寝てたら、誰がウルスラの面倒見るんだよ!」
「こんな無理矢理急速注入し…うぉぷ……」
反論もそこそこに、シリオンはお代わりゲロをする羽目になった。
「くそ……徹夜の頭を薬で無理矢理覚醒させるよりひでぇ…」
「居たよ!出て来た」
「本当か?!」
ドツキ漫才を無視して真面目に発掘作業していたトリスキスの声で、我に返った二人がおっとり刀で駆けつけると、斜めに傾いだ状態のウルスラの半身が掘り出される所だった。
「おぉウルスラ、無事か?生きてるか?起きてくれ!」
トールが声をかけると、土にまみれたウルスラがゆっくりと目を開けた。そして、かろうじて掘り出された右手をぎくしゃくを上げると、指を鳴らすしぐさをした。
(………???)意味不明な行動に三人は困惑している。
「…だ、大丈夫か?」
「よし…やり切って元気出た」
トールが恐る恐る声をかけると、ウルスラが思っていたより元気な声を出した。
「……大丈夫、起きてるよ。というか、今のわたしは気絶する事すらできないから…」
地中で動けない間に少しでも正気を保とうと(掘り出されたらやってみよう)と、ネタをいろいろ考えていた。やり切ったウルスラが満足の笑みを見せると、トールが穴に飛び込んでまだ半分埋まったままのウルスラを土ごと抱きしめる。
「すまねぇ、俺が引っ張り出したせいで…俺の目の届かない所に置けないなんぞ大口叩いておいてこのザマだ。本当にすまねぇ」
トールは、ボロボロと後悔の涙を流していた。自分ならどんな障害でも斬り抜けられると思っていた。
20年前にもそう思っていながら孫を失ったというのに、また同じ過ちを繰り返す所だった。
トールの周りに魔力が渦巻き始めた。
安堵、歓喜、後悔、慚愧、怒り、渦巻く感情と共に魔力が嵐となる。
トリスキスとシリオンは血の気が引く想いだった。ウルスラを無事発見したのに、これでは結局大参事になりかねない。
「わたしは生きてるよ」
「俺は、お前をもう一遍殺しちまう所だったんだ。もうあんな目に合わせたく無かったのに。俺が意地張ったせいで…」
「死なないよ。爺ちゃんが死なない身体にしてくれたんだから」
ウルスラの声は、いつになく優しく穏やかだ。
トールは、言うなれば認知症で家族や介護士に暴力を振るう老人のようなものだ。ウルスラの中の人は、老人がそうなってしまう事があると知っている。……自分の両親がそうなった時に備えていたから。トールはその暴力がちょっと強力(直径10kmの小惑星を落っことす)なだけなのだ。
そしてそんな老人たちと違ってトールの暴力は絶対にウルスラには向かない。ウルスラは我が身、トールがウルスラに与えるのは、全身全霊の無限の愛情のみである。それに応えなければいけない。暴走寸前でも、ウルスラはトールの味方でなければばならない。我が身が自分を裏切ったら、取り返しがつかなくなる。
それに、この旅にウルスラを連れ出したのは、決して『意固地な老人の意地』などでは無いのだ。
トールは、この旅はウルスラに自分の死後に生活の糧を確保する方法を教えるためのものと言った。だが、決してそれだけではない。トールは世界樹の枝のように、長年貯め込んだレアアイテムを多数保有している。それらを売却するだけでも生活には困らない。この旅には別の目的がある。その目的をウルスラは知っている、『ウルスラの記憶』を整理した結果、どうしてトールが自分を連れ出して旅に出たのかを思い出していた。
「爺ちゃん…この旅はなんなのさ?冒険だよね。冒険ならこんな事だってあるよ。そんで、冒険に行こうって言ったのわたしだよね?」
「お前ぇ…」
「うん、思い出したよ。生きていた頃にわたしが爺ちゃんを冒険に行こうって誘ったんだって。その約束を覚えていてくれたんでしょ?」
「……あぁ」
それは照れ隠しのような、いたずらを見つけられて気まずいような、そんな顔だった。
「だからわたしは後悔してないよ、これは冒険なんだから自己責任。爺ちゃんも後悔なんかしない!次にうまくやる方法を考えよ」
「………そうか…うん。お前ぇがそう言うなら…」
トリスキスとシリオンは胸をなでおろした。トールの魔力は、先ほどまで荒れ狂っていたのが嘘のように凪いでいる。
「さっさと掘り出すよ、トールどいて」
「おう」
トリスキスが促すと、トールはすんなり場所を譲って穴の上に出た。
「組合には、片っ端から徘徊者を倒しまくったら追い出されたって事にしとこうぜ、嘘じゃねぇからな。それで鋳塊5個も渡したら何も言わんだろ」
「おう」
穴の縁に座り込んだシリオンが言うと。トリスキスの作業から目を離さなす事無くトールが頷く。
「あと、俺はもう無理。ホント無理、魔力入れられても無理。一旦帰ろう。歩くのもしんどいから、馬車かなんか手配してくれ」
「ウルスラがどこもおかしく無いか見てからだ」
トールが気味悪いほど素直なので、すんなり通るかと思ったらダメだった。シリオンはがっくり肩を落とす。
「判ったから、見るから。ホント頼むよ。これで屋敷まで歩かされたら冗談抜きに死ぬ」
シリオンは、フラフラになりながらも救出されたウルスラの身体をチェックしたが、幸い大した損傷は無かった。顔の皮膚の細かな傷は偽装魔法で目立たないが、自然治癒はしないので、おいおい交換せざるを得ないだろう。
その後組合に事情を話し、町の代表にも詫びを入れた。抉った丘や吹っ飛ばした木も町の共有財産だからだ。代償として馬車は町のつてで手配し、料金は割増で支払うことにした。それでも、迷宮の鋳塊の売却益がそれなりだったので十分黒字だ。
「あ”ーくそ、歩かなくて良くても、この振動は体ににわるいわ」
ゴトゴトと揺れる幌をかけた荷台に寝転がったシリオンが愚痴をこぼす。
未舗装の道路を、ゴムタイヤもサスペンションも無い車で走るのだから、大きな振動も細かい振動もてんこ盛りで伝わってくる。
荷台に乗っているのはシリオンとウルスラだけで、トールとトリスキスは馬車に並んで歩いている。ウルスラも歩こうとしたのだが、「荷台が軽いと揺れが更に酷いから乗ってろ」とシリオンに言われたのだ。
シリオンがごろりとウルスラの方を向いて肘枕をついた。
「で?本当に思い出したのか?」
「うん……虫食いみたいに、ところどこ欠落してるけどね」
正確に言えば、「記憶を整理した」であるが、馬車の外でトールが聞いているとも限らないので、ウルスラも言葉を選んで返す。
シリオンももちろん、承知の上での質問だが、その顔は(まだいろいろあんだろ?)と言っている。
「もっといろいろ思い出せたらいいんだけどね」
ウルスラがあたりさわりの無い答えを返すと、シリオンはつまらなそうにごろりと仰向けになる。
「……ま、いいか。トールを鎮める事ができたなら、俺の理論は完璧だったってこった」
「そうだね。これで今後はもう少し穏やかに生活できればいいけどね」
「どうだかな。あの調子じゃ、休養が終わり次第またどっか行きそうだな。…あの野郎、俺たちが勇者領に流罪になってるって忘れてねぇか」
「引きこもりは飽きたって、喜んで出かけたって聞いたけど」
そう言うと、シリオンはごろりと反対側に寝返りを打った。
ウルスラの口が、少し弧を描いた。この偏屈技術者も、なんとなく丸くなったように思える。気のせいかもしれないが、それが一蓮托生の旅のおかげなら、危ない目にあった価値はあったという事だろう。
「私も、帰ったら次はもう少し役に立てるように訓練するよ」
そう言ってウルスラは荷台のへりに背中を預けた。
「痛ぇっ」
突然人間が空中に現れ、地面に落ちた。
三人はきょろきょろあたりを見回す。周りが明るい……空が見える。どうやら迷宮の外だという事は判った。
……三人?
トールが大声を上げて立ち上がる。
「ウルスラが居ねぇ、どこ行った?!」
ハッとして、トリスキスとシリオンも立ち上がった。周りは畑と灌木の丘陵地帯。向こうに、街はずれの探索者組合の建物が見える。どうやら迷宮の近くの地上に放り出されたらしい。そして何故か、近くにウルスラの姿は見えない。
「なんでだ?どこだっ!どこに行った!?」
孫の姿が見えないだけでトールは既に半狂乱になりかけている。殺気混じりの魔力が溢れかけていた。
「まずい。トリスキス、周囲を探知しろ。俺は地下を探す」
「承知!」
鬱状態だったトリスキスも、今やそれどころではないと理解していた。即座に魔力の網を周囲に展開していく。
「とっとと探さねぇと、近隣全部更地になるぞ。何としても見つけ出せ」
ウルスラの予想通り、三人は無事に迷宮の外に退避させられていた。そしてウルスラの予想通り、マントル層に達する大穴が開くカウントダウンが始まろうとしていた。
「トール落ち着け!、今のウルスラは生半可な事じゃ死なない。お前がそう望んだから俺がそう作ったんだ。それを信じろ!。お前は組合に行ってウルスラが戻って無いか聞いて来い!俺達はこの近辺を魔法で探査する」
「お、おう!」
少しだけ正気に戻ったトールが頷くと、組合に駆けて行った。
必死の時間稼ぎだ。
ウルスラは生きている可能性が高い、それは間違いない。そう作ったのだから。だが、トールの正気は細いロープの上でバランスを取っているに等しい。ほんの僅かの切っ掛けで、あっさりひっくり返る。そこに道理は関係無い。鎮めるには、とにかくウルスラの居場所を見つけるしかない。
トールは、ほんの微かに残った理性で、庶民相手に無体は働かない…はずだ。それで少しでも時間を稼ぐ。
シリオンは腕を短剣で切った。魔法を使おうにも、もうろくに魔力が残っていない。出血量も限界だが、トールがキレればどの道皆死ぬのだ……アイマスナーと同じように。
(いや、それどころじゃねぇ…)
シリオンが焦るのは、あの夜『起こった事』を聞いたからだ。ウルスラは言っていた『巻き添えでわたしが死んで、爺ちゃんが全てを無に帰すまでが1セット』と。トールがキレれば、この大陸かこの世界か、とにかく大破局で終わってしまう可能性が高い。
血を魔力変換したシリオンは、失せ物探しの魔法で地中を探査する。地中に大きな探査不可能領域があった。これはおそらく迷宮だ。迷宮の周囲を、可能な限り精度を上げて走査する。
「地上には居ないよ!」
念を凝らしていたトリスキスが叫んだ。
「確か?」
「1リー(4km)四方を3回走査した」
「なら、地中を手伝ってくれ。そっち側頼む」
「判った」
シリオンはジリジリと地中を探知するが、それらしいものを見つける事ができない。
そうこうしているうちに、組合の建物の扉を蹴破って、トールが走って来た。
「迷宮からは出てねぇ。念のため迷宮の地下2階まで行って来たが、何も残って無かった」
探査を続けながら、シリオンは黙ってうなずく。
迷宮は異物を排除するために転移させた。なら、自分達同様に地下2階より上に移動させられた可能性が高いはずだ。なんらかの原因で、ウルスラだけが違う場所へ転移した。原因は……ウルスラが人間の身体ではなく、機械の身体だからか?
焦れるトールが剣の鯉口を切って戻す。『キン』という音が、破滅へのカウントダウンに聞こえて来た。
「居た、あそこの丘の中!」
トリスキスが叫んで、少し離れた丘陵を指差す。すかさずシリオンが探知を飛ばした。地下…自分の足元から下を探査していたが、それが見当はずれだった。地上より上の地中に居たのだ。
「引っかかった、あの真ん中の楢の木の真下20リク(約6m)」
シリオンが指差すと同時にトールは駆けだしていた。ほとんど瞬時に丘に到達すると剣を一閃する。一撃で目印の木ごとお椀状にごっそりと丘がえぐれた。後を追うトリスキスとシリオンには、遅れて衝撃と音が伝わって来た。
『ドッ』
音が到達すると同時に、走るシリオンとトリスキスに文字通りの土砂降りで土や岩屑が降って来る。
「痛たた…ぺっぺっ。口に入ったー」
「バカ野郎、少しは加減しろ!」
文句を言いながら二人は丘を登り爆心地にたどり着く。シリオンは、探査魔法でウルスラの居場所を精査すると、そこに達するまでの発掘手順をシミュレート、一連の作業を魔法の術式に落とし込むと<創造の理>を発動させた。
魔力により早送りのように土砂や岩石が除去されて周囲に積み上がっていく、更には底に降りるためのスロープまで設置されていた。
「そっから1リクも…掘りゃ出て来る。後は頼まぁ…俺は……限界…」
シリオンはそこまで言って気絶…
「寝てんじゃねーーっ!」
…する前に、トールが背中を平手でひっ叩いた。『バチーン』と、首をすくめたくなる音と共にシリオンの腕の傷が塞がって、ついでに魔力が無理矢理押し込まれる。
「ギャーッ!、何しやが……うぷ……」
背中の猛烈な痛みと急に押し込まれた魔力のせいで、シリオンは口を押えて駆けだすと、少し離れた場所で盛大に嘔吐する。
一通り吐き出すと、口を拭いながらもの凄い形相で戻ってきた。
「無茶すんじゃねーよ!死ぬだろが」
「煩せぇっ!この程度で死ぬタマか。お前ぇが寝てたら、誰がウルスラの面倒見るんだよ!」
「こんな無理矢理急速注入し…うぉぷ……」
反論もそこそこに、シリオンはお代わりゲロをする羽目になった。
「くそ……徹夜の頭を薬で無理矢理覚醒させるよりひでぇ…」
「居たよ!出て来た」
「本当か?!」
ドツキ漫才を無視して真面目に発掘作業していたトリスキスの声で、我に返った二人がおっとり刀で駆けつけると、斜めに傾いだ状態のウルスラの半身が掘り出される所だった。
「おぉウルスラ、無事か?生きてるか?起きてくれ!」
トールが声をかけると、土にまみれたウルスラがゆっくりと目を開けた。そして、かろうじて掘り出された右手をぎくしゃくを上げると、指を鳴らすしぐさをした。
(………???)意味不明な行動に三人は困惑している。
「…だ、大丈夫か?」
「よし…やり切って元気出た」
トールが恐る恐る声をかけると、ウルスラが思っていたより元気な声を出した。
「……大丈夫、起きてるよ。というか、今のわたしは気絶する事すらできないから…」
地中で動けない間に少しでも正気を保とうと(掘り出されたらやってみよう)と、ネタをいろいろ考えていた。やり切ったウルスラが満足の笑みを見せると、トールが穴に飛び込んでまだ半分埋まったままのウルスラを土ごと抱きしめる。
「すまねぇ、俺が引っ張り出したせいで…俺の目の届かない所に置けないなんぞ大口叩いておいてこのザマだ。本当にすまねぇ」
トールは、ボロボロと後悔の涙を流していた。自分ならどんな障害でも斬り抜けられると思っていた。
20年前にもそう思っていながら孫を失ったというのに、また同じ過ちを繰り返す所だった。
トールの周りに魔力が渦巻き始めた。
安堵、歓喜、後悔、慚愧、怒り、渦巻く感情と共に魔力が嵐となる。
トリスキスとシリオンは血の気が引く想いだった。ウルスラを無事発見したのに、これでは結局大参事になりかねない。
「わたしは生きてるよ」
「俺は、お前をもう一遍殺しちまう所だったんだ。もうあんな目に合わせたく無かったのに。俺が意地張ったせいで…」
「死なないよ。爺ちゃんが死なない身体にしてくれたんだから」
ウルスラの声は、いつになく優しく穏やかだ。
トールは、言うなれば認知症で家族や介護士に暴力を振るう老人のようなものだ。ウルスラの中の人は、老人がそうなってしまう事があると知っている。……自分の両親がそうなった時に備えていたから。トールはその暴力がちょっと強力(直径10kmの小惑星を落っことす)なだけなのだ。
そしてそんな老人たちと違ってトールの暴力は絶対にウルスラには向かない。ウルスラは我が身、トールがウルスラに与えるのは、全身全霊の無限の愛情のみである。それに応えなければいけない。暴走寸前でも、ウルスラはトールの味方でなければばならない。我が身が自分を裏切ったら、取り返しがつかなくなる。
それに、この旅にウルスラを連れ出したのは、決して『意固地な老人の意地』などでは無いのだ。
トールは、この旅はウルスラに自分の死後に生活の糧を確保する方法を教えるためのものと言った。だが、決してそれだけではない。トールは世界樹の枝のように、長年貯め込んだレアアイテムを多数保有している。それらを売却するだけでも生活には困らない。この旅には別の目的がある。その目的をウルスラは知っている、『ウルスラの記憶』を整理した結果、どうしてトールが自分を連れ出して旅に出たのかを思い出していた。
「爺ちゃん…この旅はなんなのさ?冒険だよね。冒険ならこんな事だってあるよ。そんで、冒険に行こうって言ったのわたしだよね?」
「お前ぇ…」
「うん、思い出したよ。生きていた頃にわたしが爺ちゃんを冒険に行こうって誘ったんだって。その約束を覚えていてくれたんでしょ?」
「……あぁ」
それは照れ隠しのような、いたずらを見つけられて気まずいような、そんな顔だった。
「だからわたしは後悔してないよ、これは冒険なんだから自己責任。爺ちゃんも後悔なんかしない!次にうまくやる方法を考えよ」
「………そうか…うん。お前ぇがそう言うなら…」
トリスキスとシリオンは胸をなでおろした。トールの魔力は、先ほどまで荒れ狂っていたのが嘘のように凪いでいる。
「さっさと掘り出すよ、トールどいて」
「おう」
トリスキスが促すと、トールはすんなり場所を譲って穴の上に出た。
「組合には、片っ端から徘徊者を倒しまくったら追い出されたって事にしとこうぜ、嘘じゃねぇからな。それで鋳塊5個も渡したら何も言わんだろ」
「おう」
穴の縁に座り込んだシリオンが言うと。トリスキスの作業から目を離さなす事無くトールが頷く。
「あと、俺はもう無理。ホント無理、魔力入れられても無理。一旦帰ろう。歩くのもしんどいから、馬車かなんか手配してくれ」
「ウルスラがどこもおかしく無いか見てからだ」
トールが気味悪いほど素直なので、すんなり通るかと思ったらダメだった。シリオンはがっくり肩を落とす。
「判ったから、見るから。ホント頼むよ。これで屋敷まで歩かされたら冗談抜きに死ぬ」
シリオンは、フラフラになりながらも救出されたウルスラの身体をチェックしたが、幸い大した損傷は無かった。顔の皮膚の細かな傷は偽装魔法で目立たないが、自然治癒はしないので、おいおい交換せざるを得ないだろう。
その後組合に事情を話し、町の代表にも詫びを入れた。抉った丘や吹っ飛ばした木も町の共有財産だからだ。代償として馬車は町のつてで手配し、料金は割増で支払うことにした。それでも、迷宮の鋳塊の売却益がそれなりだったので十分黒字だ。
「あ”ーくそ、歩かなくて良くても、この振動は体ににわるいわ」
ゴトゴトと揺れる幌をかけた荷台に寝転がったシリオンが愚痴をこぼす。
未舗装の道路を、ゴムタイヤもサスペンションも無い車で走るのだから、大きな振動も細かい振動もてんこ盛りで伝わってくる。
荷台に乗っているのはシリオンとウルスラだけで、トールとトリスキスは馬車に並んで歩いている。ウルスラも歩こうとしたのだが、「荷台が軽いと揺れが更に酷いから乗ってろ」とシリオンに言われたのだ。
シリオンがごろりとウルスラの方を向いて肘枕をついた。
「で?本当に思い出したのか?」
「うん……虫食いみたいに、ところどこ欠落してるけどね」
正確に言えば、「記憶を整理した」であるが、馬車の外でトールが聞いているとも限らないので、ウルスラも言葉を選んで返す。
シリオンももちろん、承知の上での質問だが、その顔は(まだいろいろあんだろ?)と言っている。
「もっといろいろ思い出せたらいいんだけどね」
ウルスラがあたりさわりの無い答えを返すと、シリオンはつまらなそうにごろりと仰向けになる。
「……ま、いいか。トールを鎮める事ができたなら、俺の理論は完璧だったってこった」
「そうだね。これで今後はもう少し穏やかに生活できればいいけどね」
「どうだかな。あの調子じゃ、休養が終わり次第またどっか行きそうだな。…あの野郎、俺たちが勇者領に流罪になってるって忘れてねぇか」
「引きこもりは飽きたって、喜んで出かけたって聞いたけど」
そう言うと、シリオンはごろりと反対側に寝返りを打った。
ウルスラの口が、少し弧を描いた。この偏屈技術者も、なんとなく丸くなったように思える。気のせいかもしれないが、それが一蓮托生の旅のおかげなら、危ない目にあった価値はあったという事だろう。
「私も、帰ったら次はもう少し役に立てるように訓練するよ」
そう言ってウルスラは荷台のへりに背中を預けた。
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坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
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仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
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