不死身のボッカ

暁丸

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勇者の孫にTS転生した。今更やり直しを要求してももう遅い

勇者よ

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 「ええっと……」

 ウルスラは既視感に捕われていた。
 作業台で『知らない天井』を見上げる自分。椅子にかけるトール、その隣に立つトリスキス、反対側で機械に囲まれて座るシリオン。
 転生初日に目を覚ました時と同じ構図だった。

 ウルスラとしては、今までどうにか上手くやってきたと思っているが、何か気づかないミスがあったのだろうか?まさか迷宮での一件でフォローしきれないしくじりがあってリセット?
 ……そうではない。

 屋敷に戻った翌日。さすがにシリオンは寝込んでいた。トールは監視所に差し入れを持って出かけて午前様。まだ起きてこない。屋敷内の事はトリスキスが一手にやっているので、ウルスラはやることがない。そんなわけで、マトの人形を作って歯車メイスを振り回す練習を始めた。本当に当てるとすぐ壊れてしまうので、まずは素振り。『九〇竜閃!』と脳内で叫んだりしながら、縦横斜め、ちゃんと振れるように身体に覚えさせていく。

 そんな事をしてたら、トールとトリスキスに二人がかりで拉致られたのだ。



 「ちょっと爺ちゃん、なにこれ?!」

 初回同様接続を切られたらしくて、首から上しか動かせない。幸い声は出せるのでトールを問い詰めると、トールは黒い笑みを浮かべた。

 「なに、狩りで随分頑張ってくれたから、お前ぇに褒美をやろうと思ってな」

 その顔にウルスラはとてつもなく嫌な予感がしてきた。

 「……別な意味の『ご褒美』に聞こえるんだけど?」
 「そんなこたぁねぇぞ」
 「嘘だ!なんでそんなに棒読みなんだよ!トリスキス、これどういう事?」

 叫んでもトリスキスはいつものアルカイックスマイルを崩さない。

 (あ、こいつは何にも考えて無い…)
 聞いた自分がアホだったと後悔した。たぶん、トールに言われた事をやっただけだ。

 「シリオン!」

 シリオンは、寝込んでいたところをトールに無理やり叩き起こされて顔色が無茶苦茶になっている。味方になってくれるだろうと期待したウルスラだが、フルフルと首を振るだけだった。

 「シリオン、やれ」
 「へいへい……」

 シリオンが何やら操作すると、視覚、聴覚、発声もカットされた。

 「ちょ、ま……アッーーーーーーー!」

 ウルスラの叫びは、ウルスラの心の中にしか響かなかった。



 翌日、皆が起きる頃を見計らい、ウルスラは動き出した。

 「くっそー、なんだったんだ、昨日のアレは…」

 解放された時には、トールはもういなかった。シリオンを問い詰めようと思ったが、「もうこれ以上働かされたら死ぬから明日にしてくれ」と逃げられてしまった。トリスキスに聞いてもにっこり微笑んで「さぁ?」と暖簾に腕押し状態。自分が何をされたのかさっぱり判らない。

 今日はどうやってトールを問い詰めようかと思っていたら、トリスキスがバタバタと駆けて来た。何につけのんびりゆったりな彼にしては珍しい。ウルスラに気づくと泣きそうな顔で叫ぶ。

 「た、大変!トールがトールが死にそう!」

 ウルスラは意味を理解するのにしばらく時間がかかった。

 「…はいぃい???」

 言葉の意味は判ったが、今度は状況が全然判らない。何をどうしたらあの出鱈目な勇者が死にそうになるのだ?トリスキスと一緒にトールの部屋に駆け込むと、トールは床に伏して寝台から起き上がれなくなっていた。昨日までの覇気に満ち溢れた初老の紳士の面影はなく、よぼよぼの老人のようになっている。トリスキスが起きてこないトールの様子を見に来たらこの有様だったという。

 「シリオン呼んで来る!」

 ウルスラは大慌てで部屋を飛び出した。



 「なんだこれ…」

 ウルスラに急かされ、いつもの倍のクスリを飲んでどうにか床上げしたシリオンが診察したが、トールの生命力は、もう残り火のような状態になっていた。

 「一体どうしたってんだ?」
 「どうしたもこうしたも、寿命だよ」
 「はぁ!?」

 シリオンが問いただすと、トールはそう言った。
 昨日はあれだけ元気にしていたのに?。シリオンが場違いとも言えるような声を上げたのも無理からぬ所だった。

 「はぁって、俺がいくつだと思ってるんだよ、もう130超えてんだぞ」
 「130ってところで既に非常識だろが。お前只人なんだろ?」
 「<勇者>は見た目は只人だけど中身は別物。200歳くらいが寿命だって聞いたけど…」

 トリスキスが首を捻る。まだ死ぬには早いはずだ、現にトールの見た目はまだ老境にさしかかった程度でしかない。

 「だったらなんで……」
 「……俺はとうに死人だったんだよ」
 「なんだそれ?」
 「……20年前のあの日に俺ぁ死んでたんだよ。死んだも同然だったんだ、ただ心残りがあったんで動き回ってただけだ」

 そう言うと、トールは自分の生涯を語り始めた……。
 この世界に<勇者>として転生したこと、人類の生存圏を脅かす敵と戦い続けたこと、戦い飽きて引退して結婚、娘が生まれ、嫁ぎ、孫が生まれ…

 それは大筋ではウルスラの中の人が事前説明で管理神に聞いた話の通りだ。だが、本人の話を聞いているうちに、だんだんとウルスラの心は暗澹としていた。
 語られたのは、『人類の敵』を倒し続けなければならない宿命への忌避感、飛びぬけた能力を持つ故の孤独。人として当たり前の生活ができない苦悩。そんな中で愛を得て失う繰り返し…。

 (あのポンコツから聞いたのと、随分ニュアンスが違うじゃないか!)

 勇者が子供を作れないと言うのも、トールの妻がその為に亡くなったというのも初耳だった。原因は間違いなく管理神の不手際に違いない。今からとっ捕まえて、お前らのせいじゃないか!と、抗議してやりたい。一人の人間に背負わせるには、あまりに理不尽な境遇だった。これでおかしくなったトールを『壊れた』という一言で済ましていい話じゃない。これだけの負担を強いる勇者召喚が停止されたのも当然だ。

 <勇者>として転生する人材は厳選されている。管理神が直接介入する代わりに世界のバランスを取るのが役目なのだから、チート能力を振り回してヒャッハーするような性格の人間を送り込んだら元の木阿弥だ。その点ではトールは確かに理想的な勇者だった。
 だが、<勇者>の宿命に耐えられるかどうかはまた別だ。そういう意味では、<勇者>らしくあろうとする者ほど病みやすい。
 <勇者>の周囲には利用しようとする者、恐れる者ばかり。人と違う寿命、人と違う身体…。トールは異邦で孤独に苛まれ、それでもギリギリで踏みとどまり、最後まで<勇者>であろうとしていたのだ。よほど楽天的な性格か、周囲を味方にするコミュ力お化けであれば結果は違ったかもしれない。だが、トールは生真面目一本気で内向的な性格だった。
 管理神の説明でその気になってミッションを引き受けたウルスラも人の事は言えない。なんかキャッチセールスに騙された気分になってくる。

 (そういや前任の管理神はトールを止めようととして勇者召喚して、手順すっ飛ばして大失敗したって言ってたな…そっちもボカンな羽目になってなきゃいいけど…)

 物騒な事を思い出してウルスラは首を振る。そんなの守備範囲外だ。自分の手に余る。


 <勇者>としての顛末を話し終えたトールは、最後にこう付け足した。

 「俺は、このまんまじゃ多分、死んだら不死者になって理性無くして大暴れって結果が見えたんだ。いつ死んでもいいように、そうならないように…俺は心残り無くして死ぬために、お前を蘇生させたのさ。すまねえな、爺ィの身勝手で……」

 そう言ってウルスラに目をやった。

 (壊れた老人の妄執だけじゃなかったのか…)
 ウルスラは、改めてトールを<勇者>だと思い直した。壊れかけていても、性根は間違いなく<勇者>のままだった。

 「ううん、死なない身体のおかげで助かったよ」

 あえて明るく言ったウルスラだが、トールは苦笑のような表情で首を振る。

 「……俺はたぶん、何遍も失敗してんだよ」

 予想外のトールの言葉に、三人は愕然とした。
 なんでそれを知っているのだ?それは管理神の領域でしか認識できな事のはずなのに。

 「し、失敗…って?」
 「信じられねぇバカバカしい話に聞こえるかもしれねぇが…、やり直したはずなんか無いのに、なんでだか俺には何べんもやり直した記憶があるんだよ…。お前を蘇生しちゃあ失敗してやり直して、終いにゃお前と殺し合いになって…俺の手でウルスラを殺したのは、どうか夢であってくれと今でも思っている。……だからな、万が一そうなってもいいように…俺がこの手でウルスラを殺さなくて済むように、そう思ってお前の身体を魔銀で作らせたんだ」

 ……ようやく判った。なんでその可能性に思い至らなかったのだ。
 トールがなぜ、竜でも殺せる武器を作らせたのか。
 なぜウルスラに自分を撃たせようとしたのか。
 トールもウルスラ同様に繰り返しを覚えていたからだ。ウルスラが覚えていたなら、元祖チートのトールが覚えていてもおかしくない。
 自分の手で孫を殺すくらいなら、孫に殺される方がマシだったのだ。

 「今回は、失敗しなかった。お前と諍いを起こす事もなく、ようやく約束を果たす事ができる。だからな、半分しか思い出せない孫だろうが、俺は嬉しかったよ。お前のために狩りをして、探索をして、部品を探して…目的を持って、上手く行って、上手く行かなくて……ただこの世界から『敵』を追い出すためだけに、ブン殴って呪文ブチ込んで魔人だの竜だのを、人を殺す作業に比べたら、随分マシだ。そしてな、お前との約束を果たせば、俺はもう心残りは何にも無い……そう思ったら気力がすっかり抜けちまった」

 旅に出る前からトールはもう自分の死期を悟っていた、出発を急かし続けたのはそのせいだ。そして今、その通り死のうとしている。だからこそ旅の間中、自分の死後の事を気にかけ続けていたのだ。

 (これでいいのか?本当に)
 ウルスラは自問自答する。
 トールは心残りが無くなり、死のうとしている。それは確かだ。トールが本懐を遂げたと聞いて、トリスキスは手巾で目頭を押さえていた。
 だが、目的達成が目の前だというのに、ウルスラは全く心が晴れなかった。本当に?……自分が演じた孫のおかげで?。
 だけどいいのか?本当にこれで。

 「爺ちゃん、わたしは…」
 「お前はウルスラじゃ無いんだろ?」

 優しい声でそう言われ、予想外の事に三人とも次の言葉が咄嗟に出なかった。
 バレていた?トールはいつから気が付いたいたのだ?。どうして今まで何も言わなかったのだ?。

 「……どうして、そう思うの?」

 意識して動揺を隠したつもりのウルスラだが、否定せず質問を返してしまった時点で認めたも同然だった事には気が付いていない。

 「判るだろよ、最初は随分役を作ってたようだし、記憶が無いって聞いていたから気づかなかったがな。途中でおかしいなと思い始めた。最後の方は地がだいぶ出てたぞ?役者としちゃ大根もいい所だな」

 内心の(ぐぬぬ)を隠してウルスラが目を伏せると、トールはくすりと笑う。

 「『大根役者』が通じるんなら、同郷か?」

 簡単な誘導尋問に引っかかってしまったようだ。(しまった)と思ったのが判ったのだろう、トールが「やっぱりな」と頷く。今のウルスラは表情を動かさないようにしている、無表情のままのはずだ。何故簡単に内心を読まれてしまうのだ。

 「大方、憑依するタイプの転生ってとこだろ?。心配すんな、お前がどこの誰かは聞かねぇよ。ま、ちょっと腹は立っていたが、昨日のお前の情け無い顔でチャラにしてやる」
 「………あーーーーーっ!、あれはそういう…?」
 「何をプレゼントしたかは後の御愉しみ、俺が死んだらシリオンに聞けや」

 そういってトールは、今度はゲラゲラと声を上げて笑ったが、その後は疲れ切ったように「ふぅっ」と息を吐いた。

 「シリオンはヘマはやらねぇから、少なくともお前の中にはウルスラの魂と記憶がある、それは紛れもなく本物だって判っている。そして、お前がいろいろ頑張ってくれたおかげで俺たちは旅に出られた。ウルスラじゃねぇのかもしれないが、ウルスラが子供作ったらこうなんじゃないか?と思えるくらいにウルスラだったよ。だから俺はもうそれで良かったんだ。その上、最後の最後でお前は約束を思い出してくれた。これ以上何を望むんだよ。おれはもう満足だ。ありがとうよ。………ふーー……これで言いたい事は全部言った。じゃあ元気でな……」
 「ちょっと待ったぁーッ!」

 いきなりウルスラが大声を出した。

 「爺ちゃん、死ぬのはちょっと待った!」
 「いやお前、何言って…」

 ウルスラは、人差し指を唇の前に立てた。トールは怪訝な顔をしつつも口を噤む。

 「間違いなく爺ちゃんの孫のウルスラだよ」

 ウルスラの声を聴いて、トールは『まさか』という思いで目を見開く。
 ウルスラの顔も声も全く変わっていない。だが、そこに居るのは確かに別人だった……

 「爺ちゃん、冒険に行く約束をかなえてくれて、ありがと」
 「おま…えは…」

 驚愕しているトールに、(どうにか本物間に合った)と、ウルスラの中の人は脳内ガッツポーズをとっていた。オリジナルのウルスラが押し入れから出て交代してくれたおかげで、トールにサプライズを提供できた。この時のために今まで苦労してきたのだ、自分もトールもウルスラも。
 異世界転生したヒーローが最後に報われない物語なんて、あって良いはずが無い。

 「ゴメンね。何遍やっても上手く行かなくて、ボロボロになっちゃって、何もかもが怖くなって逃げようとしてたんだ。でも、この人が助けてくれた。わたしの代わりにこの身体を動かしてくれるって、だからしばらく隠れていろって言ってくれたんだ。でも、中で一緒にずっと見てたよ」

 「本当に…お前なのか…」
 「うん」
 「そうか、そうか……」

 トールの顔がくしゃくしゃになった。何度も何度もうなずく。

 「俺はもう直ぐに死ぬつもりだったが、お前が居るなら話は別だ。あと二日くらいは頑張るよ、お前の話を聞かせてくれよ」
 「うん、いいよ」


 その言葉通り、トールはそれから二日生きた。
 三日目の朝は、もう目覚める事は無かった。



 勇者屋敷では、残された三人が黙々と葬儀の準備を進めていた。トリスキスは随分泣いて、泣きはらした目をしている。シリオンですら表情は沈痛なものだった。トールを看取ったオリジナルウルスラは、押し入れに戻って悲しみを堪えている。現在身体を動かしているのは、今のウルスラだ。この身体には涙を流す機能も無い。だからウルスラは無表情のまま働いていた。

 トリスキスが遺体を清め、シリオンが作った棺に納めると、ウルスラが庭から摘んできた花で飾った。これで準備はできた。ここまで来る参列者など居ないから、三人だけの葬儀だ。屋敷の裏にはトールの家族の墓が既にある、トールはその隣に葬られる事になっている。

 二人(三人)と違って、ウルスラはようやく肩の荷が下りた気持ちだった。ミッションのうち一つをクリア。何かあればボカンの可能性があったトールと違って、王様の方のミッションはまだ安全だ。トールが生きているうちに自分を巡って戦争が始まるのが最大の懸念だったが、トールの死によってそれも回避できた。後は王様の執着を断ち切れば自分の役目も終わりだ。

 準備を終えて一息ついたところで、ウルスラがぽつりと呟いた。

 「おお ゆうしゃよ!しんでしまうとは なさけない… 」
 「お前なぁ、その言い方は無……」

 現世ネタの通じないシリオンは、咎めようとして言いかけた言葉を飲み込んだ。
 無表情なはずのウルスラの横顔が、泣いているようにしか見えなかったからだ。
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