不死身のボッカ

暁丸

文字の大きさ
65 / 76
遺されたもの

遺産2

しおりを挟む
 屋敷での今までの役割というのは、シリオンが屋敷の整備や保守、トリスキスが家事と家計、そしてトールが買い出し担当だった。
 そのトールの代わりに、ウルスラが頻繁に勇者領の外に出るようになったのが、前と変わった事での一つだった。
 買い出しに出るのに、なんでも収納に放り込めるトールはうってつけだった。それに運搬力の問題だけではなく、森人や岩人では目立つ事この上ない。そもそも二人は罪人で、本当はほいほい他領に出てはダメなのだ。外に出る用事の場合はトールがメインで出ていた。トール亡き現在は、やむなく(見かけは只人の)ウルスラが買い物をするしか無い訳である。
 収納無しなので、一人減って二人分(ウルスラは食べないので)になったとはいえ、食材の仕入れはとても背負ったりマイバッグでは足りない。シリオンに作ってもらったリヤカー…というか大八車を引いて、岩石砂漠の荒地を超えて最寄りの街……と言っても無茶苦茶遠い…への買い出しである。この世界にマジックバッグなどという「ひみつ道具」は存在しないのだ。しかも、時間停止の収納が使えなくなったせいで、生鮮食料品を買う事は難しくなってしまった。

 いかに遠距離だろうと途中が砂漠だろうと、体力的にはほぼ無限と言っていいので、買い出しをするウルスラの懸念は、相場も知らず値切り交渉の苦手な(何しろ中の人はコミュ障気味のヲタだった)自分では、言い値で買うしか無いな…という事だった。
 だが、メモに書かれた街の市に着いてみたら、買い出しは以外な結果になった。


 「嬢ちゃん、見かけない顔だね。越して来たのかい?」
 「……いえ、街の外からですよ」
 「わざわざ他所から?旅する人間にも見えないが……市が立たないような事でも起きたかい?」

 トールの遺した買い物メモを見ながら街にたどり着き品定めをしていたら、露店の親父が声を掛けてきた。小さな街だから常連は顔見知りなのだろう。そもそも、一般人はそうそう街の外へ出かけない世界だ。普通は定期的に立つ集落の市で経済が成り立っている。街道を行くのは、ほとんどが戦う職業か商う職業の者だけだ。
 今のウルスラは例の歯車鎚矛をぶら下げてはいるものの、服装は普通の庶民のもので防具などは一切着けていないから、とても探索者や魔猟師には見えないし、商人にも見えない。親父が、よほど切羽詰まって命がけの買い出しに来たように考えたのも無理は無かった。

 (うーん、これって素直に言った方がいいのかねぇ…まぁ信用されるかどうかは別だけど…)
 ウルスラは対応をどうしたものかと考えた。
 実はウルスラは見た目で結構得をしている。これが見知らぬ厳つい男だったら、まず見た目で胡散臭い敵としてマークされる可能性がかなり高かったはずだ。それくらい安心・安全から程遠い世の中ということだ。信用を得る事は難しくても、見た目で警戒を1ランク下げてもらえるのはかなりの特権と言っていい。そして、信用という点においては、勇者ブランドは恐らくはこの国では上位に入る信頼の証であろう。まぁ信じてもらえればの話であるが。
 身バレリスクも考えたが、多少の荒事でどうにかなる身体でも無し、自分の身元は明かして置いた方が良いとウルスラは考えた。

 「あー……信じて貰えないかもしれませんが…勇者屋敷から買い出しに来たんですよ。この街が一番近いって聞きましたし、買うときはここにしろって書きつけが残ってましたので」

 証明するものがあるでもなし、まぁ言ってみるだけ…程度で話したのに、親父の反応は劇的と言っていいものだった。

 「えぇ!?あんな遠くから?……って、そうじゃねぇや!。嬢ちゃんは勇者様んとこの娘なのかい?。つい先日に突然亡くなったって聞いて、もう俺たちは驚くやら悲しいやらでなぁ…いったい何があったんだい?」

 親父の声に、近くの露天商や客達もウルスラの方に注意を向けて来た。騒めきが次第に静まり、それまで賑やかだった市場が一転してしーんと静まり返えった。
 その反応に少し引き気味のウルスラだが、(これは下手な事言えないな…)と思い直した。

 「えぇと…なんというか…役目を終わらせて、やりたい事も全部やり終えて、それで人生に満足しちゃったようなんですよ…皆で出かけて、組合でもなかなか狩れなかったでっかい魔獣を退治して、迷宮に潜って、元気に戦ってたんですが、それで家に戻ったらしばらくして…」
 「苦しんだりはしなかったのかい?」
 「えぇ、最後は随分穏やかでしたよ。お葬式をした司祭様も、顔を見て穏やかな最期で良かったとおっしゃってました」

 そう聞いた親父は、思わず袖で目元を拭った。

 「そうかぁ…そんな歳に見えなかったけど、もう俺の曽爺さんの代から100年以上も勇者やってたんだもんなぁ。家族にも先立たれてるって聞いたし、仕方ないか…」
 「残念だけど、誰にも迷惑かけずにポックリ死ねるならそれが一番だよ。俺も家族に迷惑かけないように死にたいなあ」

 話を聞いていた別の露店の親父も、そう言って目を押さえている。
 人の命の軽い世界だが、意外に人間とは頑丈なものだ。おまけに回復魔法のある世界なので、中世然としていながら大きな怪我や病気でも命を長らえる事もある。だが、それで家族が幸福かと言えば、そうとも限らないのは前世と変わらない。特に経済的に余裕が無い場合は。
 同じくポックリ死んだウルスラの中の人も、それに関しては親父に完全に同意したい気持ちであった。そして、周囲の年配の人々も、『勇者様らしい、良い死に方かもなあ』としんみりと囁きあっていた。

 まぁ、他人に迷惑どころか星そのものをボカンしそうになる勇者を、必死で軌道修正したんだけどね…。

 「そんで、嬢ちゃんは勇者様のなんなんだ?というか、あそこからどうやって来たんだよ?」

 ちょっとチベスナになりかかった表情を制御していたら、露天の親父は今度はウルスラの方に興味を向けて来た。確かに勇者屋敷は女一人で通えるような距離では無いし、屋敷の周りは荒涼とした荒地だし、途中には野盗の出没する森林もある。いったい何者だ?という話にもなるだろう。

 「わたしは、まぁ最近雇われたといいますか…あの屋敷にまだ住んでる人のお世話係といいますか。なので、ひょっとすると、今後も買い出しに来るようになるかもしれません。あと、あそこからは普通に走ってきましたよ?」

 さすがに、いきなり孫だの後継者だの言う訳にも行かないので、そこいらは適当に言葉を濁したのだが、親父は『走って来た』の方に驚いたらしい。

 「えぇ!?。まさか嬢ちゃんみたいな細っこいのが、勇者様と同じ事言うとはなぁ…さすがにあそこに雇われるだけあって、タダもんじゃ無いって事か」
 「体力だけですね。腕っぷしはからっきしです」
 「…よく野盗に襲われなかったな」
 「途中で盗賊っぽい連中と出くわしましたけど、相手をしないで走って振り切りましたので。あ、帰りに出くわしてくないので役所に届け出ておくつもりですけど、場所教えてもらえます?」

 ウルスラがなんでも無い事のように言うと、親父はしばらくぽかんとしていたが、ウルスラの言った事を理解すると、今度は声を上げて笑った。

 「わははははは。嬢ちゃん本当にすごいな。あそこから走って来るだけで相当なモンだってのに。それなら道中は心配無いか。今後もこの街に来るってなら、引き続きご贔屓いただきたいね」

 そう言うと、ウルスラの籠に干し肉の包みを積んだ。

 「思わず勇者様の事も知れたしな。これはオマケに付けとくよ、勇者様の墓に捧げてくれや」
 「えぇ…いえ、こんなしてもらう訳にいきませんよ…」
 「そう言わずに俺んとこのも持っていけ。世話になった勇者様に不義理はできねぇよ。俺らの気持ちってやつだ」

 市場の露天商たちは口々にそう言って、売り物の一部をどんどん積んで行く。

 「あ、ありがとうございます。……じゃあ、皆さん名前教えてください。全部記帳して勇者さまのお部屋にずっと保管しておきますので」

 帳面を出して前世のノリでそう言ったら、「そりゃいいや」と妙にツボに嵌ったらしい。
 商売やってるだけに、皆読み書き計算できるらしい(何しろ、只人の国の都市部では一部で義務教育すら始まってる)露天商達は、わいわいと帳面に名前と勇者への感謝の言葉を書いていく。

 露店の店主たちを見ながら、ウルスラは『壊れた勇者』に思いをはせた。
 心を病み、引き籠って20年にもなる勇者なのに、トールは買い出しに来た街で勇者らしい確たる縁を繋いでいたのだ。

 (爺さんさぁ…あんたは確かにトンでもな勇者様だったけどさ…。あんたの遺してくれたものの中で、これが一番素晴らしいものだよ…)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。 で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか? 異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕! 異世界帰りのハーレム王 朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!

鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる

書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。 鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。 だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。 その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。 俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。 ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。 なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

処理中です...