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逓信ギルドの特急運搬人
運搬人と迷宮と探索者 1
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迷宮は、謎と脅威に満ち溢れたこの世界でも、とりわけ不可思議な存在である。
それは地下に広がる洞窟であったり、巨大な塔であったり、形は様々であるが、要するに小部屋と通路で形成された幾層にも渡る広大な閉鎖空間だった。それは人工物なのか?と問われて答えられる者は誰もいない。だが、魔法が絡んでいる事だけは間違いない。迷宮はなんの前触れもなく唐突に出現するからだ。
その内部には様々な怪物が徘徊しており、時としてそれが地上に出て来る事もある迷惑な存在である。しかも、外部から封じたり壊したり崩したりすることができない。中に一度に入れる人数にも上限があり、それを超えるともれなく吐き出されるから、大部隊で一気の制圧もできない。
時間経過なのか、倒された怪物の数なのか、それとも中で死んだ犠牲者の数なのか。何が原因か判らないが、とにかく迷宮の寿命が尽きるまでの間、迷宮はそこにあり続け、倒しても倒しても怪物は湧き続ける。しかも、迷宮は何故か必ずと言っていいほど人里近くに出現するのである。迷宮が出現したとなれば、領主は迷宮が枯れるまで防備のための兵を割かなければならなくなる。
その一方で、迷宮には地上で得る事の出来ない、貴重な資源や宝物が眠っている。それは希少な金属だったり、宝石の原石だったり、魔法の付与された武具だったり様々だ。それが怪物同様に採っても採っても湧き続けるのだ。怪物を退け、これらの財宝を持ち帰ることを専門に行う者が<探索者>と呼ばれる者たちであった。
迷宮と湧き続ける財宝は人を呼び集める大きな契機となり得る。警備のために常駐する兵とその兵站。迷宮の出土品を求めて集まる探索者や商人。彼らの消費する食事や宿。迷宮の周囲の人口は増え経済が活性化する。この町が上流の村と強気で水争いをするのも、領主がそれを依怙贔屓的に後押しするのも、領都でもないこの町(今更だが「ヨウイ」という名の町である)に逓信ギルド支部があるのも、近場に迷宮あればこそ…なのだ。そして、ヨウイの街の近くに二つ目の迷宮が発生したのである。
契約書が取り交わされると、ボッカはカイタル支部長に引きずられる勢いで探索者ギルドに連れていかれた。
調印と言っても、結局契約書は探索者ギルドと逓信ギルドのすり合わせになって、サインしたのはボッカじゃなくてハマン支部長だ。支部が請けた仕事を歩荷が下請けした形になっている。まぁそれ自体は通常の営業形態の一つなので、ボッカは最初に上げた『上限四日』と『荷物の運搬のみ請け負う』という2条項が入っていれば、他はどうでもよかった。
迷宮はハイリスクハイリターンの極みであり、そこに潜る探索者は危険度で言ったら魔猟師以上の危険な仕事である。もちろんそれは随行する歩荷も同様だ。今回の臨時仕事だって随行の歩荷が遭難したから回ってきたのだから。
だが、荒事の腕前はからきしだが、頑丈さと体力と腕力にはそこそこ自信のあるボッカである。『さほど大きくない』という希望的観測を信じて、さっさと仕事を終わらせよう……と思ったのだが、探索者ギルドに着いて早々ボッカは思った。
(あ、これダメなやつだ)と
どうやら、取り残されたという探索者と歩荷は女性らしい。というか、女性のみで編成された小隊が半壊したようだ。犠牲を出しながらもどうにか脱出したメンバーが、取り残されたリーダーと歩荷の救出を組合に依頼した…というのがさっきまでの話。
で、それに応じて手を挙げて来たのが男ばかりの小隊で、救助を嵩にマウントを取ろうとしている…というのがイマココ。
道中の糧食やら武具の損料、これまでの探索の地図からなにから全部寄越せと要求して、いっそ小隊を合併(というか吸収合併だわな)しろと要求している。もう見事な程に下心丸出しだ。
カイタル支部長は、「小隊同士で話し合え」とブン投げて歩荷探しに逓信ギルドに行ったらしい。歩荷を確保して戻ってもまだ揉めている小隊を見て「まだ折り合いつかんのか」と怒っている。
(ダメだこりゃ)
大事な事なのでボッカはもう一度呆れた。そういうのを調整するのが支部長の仕事だろうが。こんなんだから、救援依頼する小隊が減るんだろう。
「なんで、組合の救助ルールに従わせないんです」
ボッカはできる限り冷徹に聞こえるようにカイタル支部長を問いただした。途端にきまり悪そうに視線を彷徨わせる。
「いやまぁ、アレを厳格に守ると、救助に行ってくれる小隊が激減するんだよ…」
「小隊間の交渉に任せて、揉め事起こしまくったからできたルールでしょう。支部長が守らせないんでどーするんですか!」
何しろ自分の命が物種の職業である。限られた人数で、迷宮に取り残された小隊を救援するには、当然利害の調整が必要だった。ちょうど今目の前で起きてるように『救出には行ってやるが命以外全部差し出せ』ぐらい吹っ掛けるのが横行し、トラブルやら恨みやらで迷宮外での人死にまで出まくったから、ギルドが基本ルールを定めたのだ。なのに、支部長が堂々とルール破りをやらせてどうするのだ。ルールは一つ破ると連鎖的に無意味になりかねない。この人も義侠心はあるかもしれないが、管理職としてはダメなタイプの人だと言わざるを得ない。
「いや、逓信ギルドなのに、なんでそんなに詳しいんだよ?」
「小隊歩荷の資格取るときに、探索者ギルドの歴史からルールから一通り履修しましたから。俺、部外者ですんで、支部の事情に忖度なんかしませんからね?」
「判った判った…」
(固いなあ。探索者ギルド員だって、管理職以外は覚えてる奴少ないってのに…)
内心そう思いながらも、カイタル支部長は渋々ルール厳守で取りまとめる事にした。
「トリス、歩荷が見つかったが、逓信ギルドの歩荷だから今回は俺ルールは無しだ」
「えぇ~!?」
トリスと呼ばれた救援小隊のリーダー(茶髪のチャラい剣士)は、あからさまに不満の声を上げた。
「そりゃないっスよ。こっちも命がかかってるんですから」
「いやまぁ、お前の言い分も判るがな…」
そう言ってボッカをちらりと見た。
ボッカは(やれやれ)とばかりに肩をすくめる。
「俺は逓信ギルドのルールで業務日誌を提出しなきゃなりませんので、ここで見聞きしたこと全部上に報告します。信用第一ですので嘘は書けません。ルール無視が横行している情報が広まると、あなた方もギルドもあまり愉快な結果にはならないと思いますよ」
「って事だ。条件が折り合わないってなら降りてもいいがどうする?」
「……わーったよ」
渋々同意したものの、どうにも腹の虫が収まらないらしく、トリスはボッカをにらみつけるとわざわざ耳元まで来て小声で囁いた。
「あんたも長いものに巻かれた方が得だと思うけどね」
そう凄まれても、ボッカは(うわー、絵にかいたようなチンピラだ…)としか思わない。ボッカにとっては、<物理>よりも<法と正論>をタテに責められる方が、よほど怖いのだ。
「全く同感ですが、あなた方が俺の上司を言い負かせる自信があるのなら、あなたに巻かれますよ。カイタル支部長は諦めたようですよ?」
「くっ」
トリスは言葉に詰まって、恨めしそうにボッカをにらみつけた。腕っ節には自信があるが脳筋な探索者だ。まがりなりにも支部長のカイタルにツテと口舌で勝てるとは思えない。その支部長が諦めたのなら、自分にどうこうできる訳もない。
「…覚えてろよ」
「もちろん、忘れませんとも」
ボッカは脳内の『緊急時の優先リスト』のトリスを、下位の方に書き直していた。
「食料・薬品はアニの小隊の提供、武具の棄損は双方自弁、謝礼は組合からの依頼料が該当。地図を含め、救援任務以前の成果については、アニの小隊に権利。救出任務中の拾得物は全てトリスの小隊に権利、ただし確保は小隊が安全な場合のみ。…これで良いか?」
「かまいません」
「いいよ、仕方ない」
支部長の調整で、ようやく条件の折り合いが付いた。
現在取り残されたているのは二人。救出に迷宮に入れるのは6人までということで、取り残された女性小隊(アニの小隊)から二人、増援(トリスの小隊)から男性が三人、それにボッカの6人で向かう事になった。
取り残された小隊は、剣士のアニが率いる女性6人の小隊だった。下層に降りた所で大型の魔獣の奇襲に遭い、重戦士が食われた。不利を悟ったアニが殿を務め四人を逃がそうとしたが、小隊歩荷のフランはそれまで書いた地図と緊急品袋を三人に押し付けるとアニを支援するために戻った。アニと『そういう仲』だったらしい。脱出した後で皆で話し合って二人の救援を依頼したが、三人のうち魔法使いは、今はショックで動けない状態だそうだ。
「斥候のノノ」
「回復術士ムーリヤです」
黒髪ショートカットで要所を刺し子で補強した黒服の斥候と、栗毛をくくりでローブを着た回復術士の女性が名乗った。ボッカは救援の男たちに視線を動かす。革鎧を着た茶髪と黒髪の男の剣士二人と、派手なローブを着て杖を携えたた陰気な男だ。
「剣士ボーモン」
「魔法使いのサイデル」
「トリスだ。そっちの連中とは顔見知りだよ。で、あんたは?」
茶髪の剣士トリスは(なんだコイツ)という態度を崩さない。
ボッカは、過去の経験から自分がどうしても只人の女性と馴染めないのは承知している。なので事前に注意喚起だけはしておく事にしている。それに、トリスと早々にトラブってしまった以上、ただの荷物持ちと侮られると迷宮の中で何をされるか判ったもんじゃない。帰還率を上げるためにも、手綱をある程度握っておく必要があると考えていた。
「臨時に荷運びの手伝いをします、逓信ギルドの歩荷です。ボッカと呼んでください」
「まんまだな」
「まんまです」
暗に『偽名じゃねぇか』というトリスのツッコミをボッカはサラリと受け流す。お前の名前だって本名か怪しいだろうに。
「予め申し上げておきますが、俺は甲殻人です」
そう言いながら袖をまくって甲殻を見せた。
「顔を隠しているのはそういう訳です。ですので……」
甲殻人と聞いた男女5人が茶褐色の甲殻を見て一様に息をのむのが判った。彼らはいずれも甲殻人を噂にしか聞いた事が無い。
「皆さんに欲情する事はありませんので、安心してください」
予想外の事を言われて、女性二人が思わず顔を見合わせると、ほんの僅かだが安堵の表情を見せた。救援の男三人の下心に気付いていたのだろう。横目で見れば、トリスは苦虫を噛み潰した顔をしている。
「あ、もちろん『皆さん』にはこちらのお三方も含まれますのでご心配なく」
「一々言わなくて良いっての!」
「え、欲情して欲しいので?」
「いや、違がっ!、そういう意味じゃねぇよ!」
女性陣が堪えきれずに吹き出していた。トリスは意外にもツッコミ気質の男のようだった。(ただのチンピラかと思ったが、中々見込みあるかもな…)ボッカの中で、トリスの評価がちょっとだけ上がった。…変な方向にだが。
「まぁ冗談はそれくらいにしておいて……。俺の素顔は、気味悪さに関しては逓信ギルドの受付嬢からお墨付きを貰っています。巨大御器齧りが平気な方以外は、覗き見とかはしないのをお勧めしておきます」
場がシーンとする。
ボッカが確認するように見渡すと、五人が五人ともコクコクと頷いた。『巨大御器齧りが平気な方』は居ないらしい。
「じゃ、行きますか」
挨拶一つで主導権を握るのに成功したボッカは、大荷物を担ぎ上げると迷宮入り口に向かって踏み出した。
それは地下に広がる洞窟であったり、巨大な塔であったり、形は様々であるが、要するに小部屋と通路で形成された幾層にも渡る広大な閉鎖空間だった。それは人工物なのか?と問われて答えられる者は誰もいない。だが、魔法が絡んでいる事だけは間違いない。迷宮はなんの前触れもなく唐突に出現するからだ。
その内部には様々な怪物が徘徊しており、時としてそれが地上に出て来る事もある迷惑な存在である。しかも、外部から封じたり壊したり崩したりすることができない。中に一度に入れる人数にも上限があり、それを超えるともれなく吐き出されるから、大部隊で一気の制圧もできない。
時間経過なのか、倒された怪物の数なのか、それとも中で死んだ犠牲者の数なのか。何が原因か判らないが、とにかく迷宮の寿命が尽きるまでの間、迷宮はそこにあり続け、倒しても倒しても怪物は湧き続ける。しかも、迷宮は何故か必ずと言っていいほど人里近くに出現するのである。迷宮が出現したとなれば、領主は迷宮が枯れるまで防備のための兵を割かなければならなくなる。
その一方で、迷宮には地上で得る事の出来ない、貴重な資源や宝物が眠っている。それは希少な金属だったり、宝石の原石だったり、魔法の付与された武具だったり様々だ。それが怪物同様に採っても採っても湧き続けるのだ。怪物を退け、これらの財宝を持ち帰ることを専門に行う者が<探索者>と呼ばれる者たちであった。
迷宮と湧き続ける財宝は人を呼び集める大きな契機となり得る。警備のために常駐する兵とその兵站。迷宮の出土品を求めて集まる探索者や商人。彼らの消費する食事や宿。迷宮の周囲の人口は増え経済が活性化する。この町が上流の村と強気で水争いをするのも、領主がそれを依怙贔屓的に後押しするのも、領都でもないこの町(今更だが「ヨウイ」という名の町である)に逓信ギルド支部があるのも、近場に迷宮あればこそ…なのだ。そして、ヨウイの街の近くに二つ目の迷宮が発生したのである。
契約書が取り交わされると、ボッカはカイタル支部長に引きずられる勢いで探索者ギルドに連れていかれた。
調印と言っても、結局契約書は探索者ギルドと逓信ギルドのすり合わせになって、サインしたのはボッカじゃなくてハマン支部長だ。支部が請けた仕事を歩荷が下請けした形になっている。まぁそれ自体は通常の営業形態の一つなので、ボッカは最初に上げた『上限四日』と『荷物の運搬のみ請け負う』という2条項が入っていれば、他はどうでもよかった。
迷宮はハイリスクハイリターンの極みであり、そこに潜る探索者は危険度で言ったら魔猟師以上の危険な仕事である。もちろんそれは随行する歩荷も同様だ。今回の臨時仕事だって随行の歩荷が遭難したから回ってきたのだから。
だが、荒事の腕前はからきしだが、頑丈さと体力と腕力にはそこそこ自信のあるボッカである。『さほど大きくない』という希望的観測を信じて、さっさと仕事を終わらせよう……と思ったのだが、探索者ギルドに着いて早々ボッカは思った。
(あ、これダメなやつだ)と
どうやら、取り残されたという探索者と歩荷は女性らしい。というか、女性のみで編成された小隊が半壊したようだ。犠牲を出しながらもどうにか脱出したメンバーが、取り残されたリーダーと歩荷の救出を組合に依頼した…というのがさっきまでの話。
で、それに応じて手を挙げて来たのが男ばかりの小隊で、救助を嵩にマウントを取ろうとしている…というのがイマココ。
道中の糧食やら武具の損料、これまでの探索の地図からなにから全部寄越せと要求して、いっそ小隊を合併(というか吸収合併だわな)しろと要求している。もう見事な程に下心丸出しだ。
カイタル支部長は、「小隊同士で話し合え」とブン投げて歩荷探しに逓信ギルドに行ったらしい。歩荷を確保して戻ってもまだ揉めている小隊を見て「まだ折り合いつかんのか」と怒っている。
(ダメだこりゃ)
大事な事なのでボッカはもう一度呆れた。そういうのを調整するのが支部長の仕事だろうが。こんなんだから、救援依頼する小隊が減るんだろう。
「なんで、組合の救助ルールに従わせないんです」
ボッカはできる限り冷徹に聞こえるようにカイタル支部長を問いただした。途端にきまり悪そうに視線を彷徨わせる。
「いやまぁ、アレを厳格に守ると、救助に行ってくれる小隊が激減するんだよ…」
「小隊間の交渉に任せて、揉め事起こしまくったからできたルールでしょう。支部長が守らせないんでどーするんですか!」
何しろ自分の命が物種の職業である。限られた人数で、迷宮に取り残された小隊を救援するには、当然利害の調整が必要だった。ちょうど今目の前で起きてるように『救出には行ってやるが命以外全部差し出せ』ぐらい吹っ掛けるのが横行し、トラブルやら恨みやらで迷宮外での人死にまで出まくったから、ギルドが基本ルールを定めたのだ。なのに、支部長が堂々とルール破りをやらせてどうするのだ。ルールは一つ破ると連鎖的に無意味になりかねない。この人も義侠心はあるかもしれないが、管理職としてはダメなタイプの人だと言わざるを得ない。
「いや、逓信ギルドなのに、なんでそんなに詳しいんだよ?」
「小隊歩荷の資格取るときに、探索者ギルドの歴史からルールから一通り履修しましたから。俺、部外者ですんで、支部の事情に忖度なんかしませんからね?」
「判った判った…」
(固いなあ。探索者ギルド員だって、管理職以外は覚えてる奴少ないってのに…)
内心そう思いながらも、カイタル支部長は渋々ルール厳守で取りまとめる事にした。
「トリス、歩荷が見つかったが、逓信ギルドの歩荷だから今回は俺ルールは無しだ」
「えぇ~!?」
トリスと呼ばれた救援小隊のリーダー(茶髪のチャラい剣士)は、あからさまに不満の声を上げた。
「そりゃないっスよ。こっちも命がかかってるんですから」
「いやまぁ、お前の言い分も判るがな…」
そう言ってボッカをちらりと見た。
ボッカは(やれやれ)とばかりに肩をすくめる。
「俺は逓信ギルドのルールで業務日誌を提出しなきゃなりませんので、ここで見聞きしたこと全部上に報告します。信用第一ですので嘘は書けません。ルール無視が横行している情報が広まると、あなた方もギルドもあまり愉快な結果にはならないと思いますよ」
「って事だ。条件が折り合わないってなら降りてもいいがどうする?」
「……わーったよ」
渋々同意したものの、どうにも腹の虫が収まらないらしく、トリスはボッカをにらみつけるとわざわざ耳元まで来て小声で囁いた。
「あんたも長いものに巻かれた方が得だと思うけどね」
そう凄まれても、ボッカは(うわー、絵にかいたようなチンピラだ…)としか思わない。ボッカにとっては、<物理>よりも<法と正論>をタテに責められる方が、よほど怖いのだ。
「全く同感ですが、あなた方が俺の上司を言い負かせる自信があるのなら、あなたに巻かれますよ。カイタル支部長は諦めたようですよ?」
「くっ」
トリスは言葉に詰まって、恨めしそうにボッカをにらみつけた。腕っ節には自信があるが脳筋な探索者だ。まがりなりにも支部長のカイタルにツテと口舌で勝てるとは思えない。その支部長が諦めたのなら、自分にどうこうできる訳もない。
「…覚えてろよ」
「もちろん、忘れませんとも」
ボッカは脳内の『緊急時の優先リスト』のトリスを、下位の方に書き直していた。
「食料・薬品はアニの小隊の提供、武具の棄損は双方自弁、謝礼は組合からの依頼料が該当。地図を含め、救援任務以前の成果については、アニの小隊に権利。救出任務中の拾得物は全てトリスの小隊に権利、ただし確保は小隊が安全な場合のみ。…これで良いか?」
「かまいません」
「いいよ、仕方ない」
支部長の調整で、ようやく条件の折り合いが付いた。
現在取り残されたているのは二人。救出に迷宮に入れるのは6人までということで、取り残された女性小隊(アニの小隊)から二人、増援(トリスの小隊)から男性が三人、それにボッカの6人で向かう事になった。
取り残された小隊は、剣士のアニが率いる女性6人の小隊だった。下層に降りた所で大型の魔獣の奇襲に遭い、重戦士が食われた。不利を悟ったアニが殿を務め四人を逃がそうとしたが、小隊歩荷のフランはそれまで書いた地図と緊急品袋を三人に押し付けるとアニを支援するために戻った。アニと『そういう仲』だったらしい。脱出した後で皆で話し合って二人の救援を依頼したが、三人のうち魔法使いは、今はショックで動けない状態だそうだ。
「斥候のノノ」
「回復術士ムーリヤです」
黒髪ショートカットで要所を刺し子で補強した黒服の斥候と、栗毛をくくりでローブを着た回復術士の女性が名乗った。ボッカは救援の男たちに視線を動かす。革鎧を着た茶髪と黒髪の男の剣士二人と、派手なローブを着て杖を携えたた陰気な男だ。
「剣士ボーモン」
「魔法使いのサイデル」
「トリスだ。そっちの連中とは顔見知りだよ。で、あんたは?」
茶髪の剣士トリスは(なんだコイツ)という態度を崩さない。
ボッカは、過去の経験から自分がどうしても只人の女性と馴染めないのは承知している。なので事前に注意喚起だけはしておく事にしている。それに、トリスと早々にトラブってしまった以上、ただの荷物持ちと侮られると迷宮の中で何をされるか判ったもんじゃない。帰還率を上げるためにも、手綱をある程度握っておく必要があると考えていた。
「臨時に荷運びの手伝いをします、逓信ギルドの歩荷です。ボッカと呼んでください」
「まんまだな」
「まんまです」
暗に『偽名じゃねぇか』というトリスのツッコミをボッカはサラリと受け流す。お前の名前だって本名か怪しいだろうに。
「予め申し上げておきますが、俺は甲殻人です」
そう言いながら袖をまくって甲殻を見せた。
「顔を隠しているのはそういう訳です。ですので……」
甲殻人と聞いた男女5人が茶褐色の甲殻を見て一様に息をのむのが判った。彼らはいずれも甲殻人を噂にしか聞いた事が無い。
「皆さんに欲情する事はありませんので、安心してください」
予想外の事を言われて、女性二人が思わず顔を見合わせると、ほんの僅かだが安堵の表情を見せた。救援の男三人の下心に気付いていたのだろう。横目で見れば、トリスは苦虫を噛み潰した顔をしている。
「あ、もちろん『皆さん』にはこちらのお三方も含まれますのでご心配なく」
「一々言わなくて良いっての!」
「え、欲情して欲しいので?」
「いや、違がっ!、そういう意味じゃねぇよ!」
女性陣が堪えきれずに吹き出していた。トリスは意外にもツッコミ気質の男のようだった。(ただのチンピラかと思ったが、中々見込みあるかもな…)ボッカの中で、トリスの評価がちょっとだけ上がった。…変な方向にだが。
「まぁ冗談はそれくらいにしておいて……。俺の素顔は、気味悪さに関しては逓信ギルドの受付嬢からお墨付きを貰っています。巨大御器齧りが平気な方以外は、覗き見とかはしないのをお勧めしておきます」
場がシーンとする。
ボッカが確認するように見渡すと、五人が五人ともコクコクと頷いた。『巨大御器齧りが平気な方』は居ないらしい。
「じゃ、行きますか」
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