不死身のボッカ

暁丸

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逓信ギルドの特急運搬人

運搬人と迷宮と探索者 2

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 迷宮に入った6人は

 斥候:ノノ
 剣士:トリス
 剣士:ボーモン
 魔法使い:サイデル
 回復術士:ムーリヤ
 歩荷:ボッカ

 の順で迷宮を進む。
 現時点で行方不明の要救助者は、剣士アニと歩荷フランの二人。この迷宮の突入上限は8人だから、増援は期待する事ができない。
 アニの小隊には他に戦士カノンが居たが、大型の魔物に襲われて死亡した。カノンの幼馴染だった魔法使いユーリは、ショックで戦う事ができない状態である。
 トリスの小隊にも何人か居残りが居るが、歩荷は常勤させず必要に応じてギルドの歩荷を雇っていた。
 ボッカは、小隊歩荷に「役立たずのお前は追放だ」などと宣言しているトリスの姿を想像していたのだが、どうも補助職を蔑ろにしすぎたせいで逃げられたらしい。


 不思議な事に、迷宮の中は明るくも暗くも無かった。光源はどこの何だか判らない。目標を見失うほど暗くは無いのだが、影は濃く時折潜むものを見逃しかねない死角を作り出す。
 だが、アニ達により上層は概ね徘徊者が駆除済みとなっている。地図を持ち、索敵しながら進むノノが道案内を務めれば、それなりに安心して下層に進めるはず…なのに、迷宮に踏み込んだ救援小隊は、のっけから揉める事になった。
 とにかく急いで下層に向かいたい二人と、できる限り財宝を回収したい三人で、全く折り合いが付かないのだ。

 「一層目はだいたい探索が済んでる、もう財宝は無いはずだ」

 ノノにそう言われても、トリス達は未発見の財宝を見つけようと、しらみつぶしにしようとする。そして余計な事をして罠を引く。探索は遅々として進まなかった



 「時間です。今日の探索は終わりにしましょう」

 腰に付けていた携帯香時計を確認したボッカが言った。焦るのは判るが、きちんと休まなければ迷宮では生きて行けない。なのに、迷宮に入ったら誰も時間管理をしようとしなかった。昼夜の区別のつかない迷宮では、きちんと管理しないといつの間にかに体力を失って死ぬことになる。ボッカは事前に『荷運びだけの契約です』と言っておいたのだが、誰もやらないから仕方ない。仕事の成否に係る事だから、仕方なくボッカがサービスする事にしたのだ。

 「全然進んでいないじゃない」
 「下層に取り残されてそんなに長く持つわけないわ」
 「こっちは命がけで手伝ってるんだから、旨味が無きゃ誰もやらねぇっての」

 徘徊者駆除済みの広場で野営の準備を始めようとすると、女性二人とトリスが言い争いを始めた。ボーモンとサイデルは我関せずとばかりに、壁を背に座り込んでニヤニヤしている。面倒なやり取りはトリスに任せているらしい。
 (ダメだこりゃ)とボッカは溜息をつきそうになる(二燭時ぶり三回目)。
 態度を見て判ったが、男三人は真面目に救出する気はたぶんない。まだ下見段階の迷宮に、先行して入りたかっただけなのだ。

 「そんな事より飯作ってくれよ?」
 「なんであんた達に」

 座り込んだボーモンが茶化すように口を挟んで来ると、ノノが即座に拒否した。とてもコイツ等を小隊の仲間などと思う事はできそうもない。

 「確か『食料の供給はアニの小隊』って約束だったよな?」

 トリスが嫌味ったらしくボッカを見た。

 「そうですね。『食料』に『料理する事』までが含まれるかは議論の余地があるかと思いますが」

 ボッカがそう言うと、それまで無口だったサイデルが口を挟んで来た

 「食料ってのは飯の事だろ?。あんたが背負ってるのは『食材』であって『飯』ではないと思うが?」
 「なるほど」

 ボッカが感心したようにうなずく。魔法使いだけあって、トリスよりは知恵が回るらしい。

 「こういうのは補助職の仕事だろ?、ボッカが料理してくれてもいいぜ」
 「それは契約外ですね」
 「……判ったわ、私が作るからもうそこまでにしておいて。どうせ二人分でも六人分でも大差ない」

 諦めたようにムーリヤが言った。ノノの気持ちも判るが、この程度でギスギスして救助が間に合わなかったら、後悔してもしきれない。

 「あぁ、俺の分は結構ですよ。只人と同じものは食べられませんから」
 「え?」

 それだけ言うと、ボッカは荷物を降ろして五人の一食分の食糧と水を取り出してムーリヤに渡した。
 そして香時計の中身を入れ替えて、火種から着火する。

 「香が燃え尽きると三燭時(6時間)です、それまで休憩です。きちんと寝てください」

 そう言って荷物の前に座り込むと、途端に気配が薄くなった。起きているのか寝ているのかさえ判らなくなる。
 (食べなくて大丈夫なの?)と疑問に思いつつ、ムーリヤは食事を作り始めた。そのまま五人が食事を始めてもボッカは相変わらず微動だにしない。

 ムーリヤが作った簡単な食事を腹に収めると、女性二人はボッカの影に隠れるようにうずくまる。男三人がニヤニヤした目で二人を見ているからだ。相変わらずボッカはピクリとも動かないが、それでも二人がかろうじて頼れそうな存在はボッカしか居なかった。

 「そんなに露骨に避けるこたあねぇだろうよ」

 ボーモンがそう言うと、二人とも身体を固くする。(やっぱり)という想いが強い。始めから判っていた事だ。こんな男達を頼らなければならない自分が悔しかった。それでも…例えこいつ等に抱かれてでも、アニとフランを救出したいという想いに変りはない。

 「身体の提供は約束に含まれてないはずですが」

 突然、身動きもしなかったボッカが声を発した。

 「合意の上ならともかく、強要は記録に残さないとならないですよ」
 「お前…起きてるんならそう言えよ」
 「失礼、聞かれませんでしたから」
 「そういう意味じゃねぇっての!」
 「未遂まであげつらう気はありませんから、未遂のままにしておくことをお勧めします」
 「…あぁ、判ったよ」

 暗に『無かった事にしておくから自重しろ』と仄めかすと、トリスも理解はしたらしい。

 「見張ってますから休んでください、持ちませんよ」

 小声でそう告げると、頷いた二人は手を握り合ったままぎゅっと目を閉じる。

 (やれやれ……)

 ボッカは不寝番を務めるが、トリスの小隊も諦めたらしく早々に寝入った。ボッカが寝ているか起きているか判らないから、迂闊に手を出せないのだ。
 しんと静まった広間で、ボッカはじっと目の前の壁を見つめている。

 (あーー……帰りたい……)

 それがボッカの本音だった。




 (このままでは期日に間に合わない)。
 そう判断したボッカは、翌日の探索は早々に口を出す事にした。

 「地図を見せてもらってもよろしいでしょうか?」

 そう言うと、昨夜の一件で信用されたのか、ノノは地図を見せてくれた。ざっと目を通すと、上層は主要な箇所を踏破しているが、下層に向かうにつれ、到達限界点を確認するためか先に進む事を優先しているようだった。

 「彼女たちは、上層はほぼ踏破しています。下層に進む事を優先した方が、未発見の財宝に出会う確率が上がると思いますよ」

 そう言われてトリス達が顔を見合わせる。一応第三者と言えるボッカだが、最初から女達の肩を持っている。信用すべきか迷っていた。

 「あと、今まで歩いた分は俺が地図を描いています。期日内に無事救助に成功したら、提供してもいいですよ」

 そう言って帳面をひらひら見せると、ロクに地図を描いていなかったらしいトリス達三人もようやく納得した。

 (契約外だが仕方ない。しかし、こいつら今までよく生きて戻れたな…)
 おそらく普段から支援職に任せきりなのだろうが、円満と言えない関係の小隊で自分で地図を持たないのは危険この上ない。ただくっついて歩くだけのトリス達に呆れつつも、どうにか二日目の終わりには四層目に到達する事ができた。



 四層目からは、約束通り財宝を探しながらの探索になる。やきもきする二人だが、三人の協力を得なければ下層に行く事は無理だから仕方ない。ただし、『小隊が安全な場合に限り…』という約束をタテに、ノノの偵察した結果から徘徊者の手薄な箇所のみを探索する事で合意した。さすがにここまで来ると、トリス達も三人だけでは戦いが苦しくなる。ノノとムーリヤの協力を得るために、無茶な戦闘を回避する事は彼らも納得せざるを得なかった。
 徘徊者駆除済みの通路を基幹に、敵の手薄な所を枝のように探索しては戻るを繰り返す。いくつかの財宝も発見して、トリス達もようやくテンションが上がって来た。ほとんど手ぶら探索のくせに、お宝だけはしっかりと自分達のカバンに詰め込んでいるのが、まぁなんとも判りやすかった。
 探索を終えると、相変わらずムーリヤが全員の食事を作り、食べ終えるとノノとムーリヤはボッカの隣で横になる。忌々しい目でボッカを見ながら、それでも三人が手を出してくる事は無かった。



 そうして到達した五層目。遭難地点であり、ボッカのタイムリミットである四日目である。
 ノノの持つ地図でも、通路1本の途中までしか描かれていない。ノノが周囲の偵察に出たが、ほとんど徘徊者の姿を見かけないまま戻って来た。

 「徘徊者がいない?財宝取り放題の層か?」
 「そんな訳でないでしょ、奇襲されてカノンが食われたんだよ。どこからかきっと狙ってる」

 カノンという戦士は、女性ばかりのアニの小隊の要のような存在だった。彼女が鉄壁の防御で攻撃を引き受けるから、物理攻撃力で不利な女性小隊でもやってこれたのだ。奇襲とはいえ、そんな歴戦の戦士を殺すだけの魔物が潜んでいるはずなのだ。

 確かにあちこちに姿を隠す深い影がある。だが、人一人を食う魔獣が潜むような場所があるだろうか…。
 注意深く地図の通路を進むと、袋小路の通路に歩荷が運ぶ背負子の荷物が積まれていた。その陰に動く人影が見えた。

 「アニッ、フランッ、助けに来たよ」

 ノノが叫んで駆け出そうとした。だが、それに気づいたうずくまる人影が叫んだ。

 「来るなっ!上だっ」

 ノノが慌てて後方に飛びのき上を見ると、天井の暗がりから何かが飛び出して来た。

 「なんだっ?」
 「猫??」

 天井から降り立ったのは……巨大なネコ科の動物。それは……黒猫、としか形容しようが無かった。ただし、漆黒の毛皮に包まれたそれは、馬車よりも巨大な獣だった。ヤマネコをそのまま巨大にしたような怪物が、音も無く迷宮に降り立った。

 「なるほど、上に天井裏のような通路があって、そこを移動してるんですね。こりゃ奇襲やり放題だわ」

 天井を見上げていたボッカが呟く

 「アイツだ、カノンを食ったヤツ」

 ノノの声が震えている。
 トリスとボーモンは血の気の失せた顔で剣を抜くと、巨大猫と対峙するが、完全に腰が引けていた。皮算用に忙しくて話を適当にしか聞いておらず、『猫型の大型獣』としか認識していなかった。こんな…こんな巨大なバケモノだなんて、聞いていない。

 「サイデル!」

 トリスが叫ぶと、魔法使いは印を組み、真言と同時に魔法の矢が飛ぶ。だが、確かに命中したはずなのに、僅かに怯ませる程度の効果しか無かった。猫は、妙に人間臭い顔で笑った。……笑ったと判るのだ、獣なのに。サイデルは真っ青な顔で首を振る。

 ボッカも含めて誰も知らないが、この猫は北方で恐れられるコウテイヤマネコと呼ばれる魔獣である。雪の多い北方で、黒い姿をしながら捕食者の頂点に立っている時点で、この猫がどれだか恐ろしい存在かが判る。

 「アニっ無事?。フランは?」

 小隊の後ろから、ムーリヤが獣の向こうのアニに呼びかける。

 「あたしは大丈夫。フランは…フランはあたしを庇って怪我して…生きてたんだ。…でも消えちゃったよ、迷宮に飲まれちまった」
 「くそつ、あんたらがグズグズしてるからっ」

 ノノがトリスを罵るが、トリスはそれどころではなかった。

 巨大猫は、ちっぽけな獲物たちを品定めするように見ている。その姿は迷宮の圧倒的強者。アニが生きていられたのは、生餌にされていたに過ぎない。逃げる事だけを阻止し、腹が減るまで取っておいたのだ。誰か助けに来たらそいつらを狩る。誰も来なければアニを食う。それだけだ。巨大猫の目は予想通りに獲物が来た事を喜んでいる。この獣は本能ではなく、考えてそれを成している。それだけの知恵があるのだ。
 こいつには勝てない。だが、このままでは逃げる事もできない。

 「ひ、引くぞ…。ダメだアレは…」

 トリスが震える声で言った。

 「引くって…無理だよ。今更、殿も無しに逃げ切れる訳が無い」
 「来いっ」
 「あっ」

 トリスはノノの腕を掴んで引き寄せた。彼女を助けたい訳ではない。彼らは地図を持っていない、地図無しでは地上に戻れない。
 猫に剣を向けたまま後ろに後ずさると、巨大猫は音もなく距離を詰めてくる。探索者たちをなぶるつもりなのは明らかだ。恐怖に駈られたトリスは、下がろうとするボッカを前に押しやって後ろから蹴り飛ばした。
 丸太を蹴ったような重い感触だったが、ボッカはよろけて膝をつく。その動きに反応したのか、今までゆっくりとしか動かなかった巨大猫が目にも止まらぬ速さで前足を振った。その一振りで吹き飛ばされたボッカは、物凄い速度で壁に衝突する。迷宮に『ゴッ』という岩同士が衝突するような音が響いて、ボッカはそのまま倒れた。

 「い…嫌あああっ」
 
 ムーリヤの悲鳴が上がる。カノンもあの一撃で倒された。この巨大猫は人間を壁に叩きつけて、動けなくしてから食うのだ。
 叫ぶムーリヤはボーモンは引きずるように引っ張って行く。仏心が湧いた訳ではない。万が一もう一匹現れた時、差し出す餌だ。

 「ノノッ、ムーリヤッ。クソッ、何てことしやがるんだトリスめ」

 アニが通路の奥から飛び出す。今出ても死ぬだけだろうが、閉じこもっていても結果は同じだ。今まで救助を待って耐えていたが、この状況ではもう助かる目は無い。それなら、仇に一太刀でも浴びせて死にたかった。
 だが、アニは信じられないものを見た。囮にされ壁に叩きつけられた歩荷がむくりと起き上がったのだ。
 
 「ダンジョンの下層で荷物持ちを切り捨てて逃走って…なんというテンプレ…」

 呑気に言いながら起き上がったボッカは、半壊した背負子を降ろすと首をコキコキと回した。

 「あ、あんた…なんで生きて…」
 「危ないんで下がっててください」

 言われて思わずアニが立ち止まると同時に、怒った猫の前足の一振りでボッカは再び壁に叩きつけられた。
 それでもぎくしゃくと起き上がるボッカを咥えて床に叩きつけると、もう一度前足で跳ね飛ばす。今度こそボッカが完全に動かくなった事を確認すると、巨大猫はボッカを頭から咥えて丸呑みにした。
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