不死身のボッカ

暁丸

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とある爺さんの異世界転生

大空間の小さな家 2

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 シャツの裾を引っ張られた長谷川さん(故人)が振り向くと、娘はパンツを穿いて土間に裸足で立っていた。
 娘は横を向いたまま相変わらず一言も喋ってくれないが、どうにかこうにか長谷川さん(故人)が怖い存在ではないと妥協してくれたらしい。

「よしよし、服は怪我をどうにかしてからだな。それよりまずはこれだ 、そこに座んな」

 長谷川さん(故人)は娘を椅子に座らせると、目の前に作り上げた飲み物をずらりと並べていく。困惑したような娘だが、長谷川さん(故人)に促されて恐る恐る端から口を付けると、その度に眉が上がったり下がったりしていた。その様子を長谷川さん(故人)は楽しそうに見ている。娘のお気に入りは強い子のミ〇で、酸っぱい系は苦手のようだった。
 人の形をしているが、二人とも魂にすぎないから食事の必要など無いはずだ。それでも、胃袋を掴むのは好意を得る一番の方法だと長谷川さん(故人)思っている。犬だって、猫だって、鳥だって、魚だって、ご飯を貰えるなら寄ってくるのだ(……「それは好意とは違うだろ」とか言ってはいけない)。

 「嬢ちゃん、傷を見ていいかな」

 落ち着いた頃を見計らって長谷川さん(故人)がそう聞くと、ややあってから娘は黙って頷いた。
 間近で見れば、傷は人間のものとは違っていた。ぱっくり切れてはいるが、それだけだ。出血する訳でもないし、組織も見えない。どうやったら治るか判らないが、傷を治すと念じて生み出した薬を信じるしか無いだろう。

 「シミたら手を挙げな」

 そう言って長谷川さん(故人)はオ〇ナインを塗って包帯を巻いてやる。娘はじっと動かずにされるがままだった。

 「無表情系包帯ヒロインかぁ…年齢は俺の好みからは外れるなぁ……」

 治療しながら呟いたダメな発言を聞いた娘は、何の事だかわからず顔を上げた。

 「なんでも無いよ。えーと…この娘の着られる服……」

 包帯を巻き終わった長谷川さん(故人)は、また汁を絞り出して服を作る。咄嗟に女児のおしゃれな服なんか出てこないから、とりあえず幼稚園の制服みたいな青いスモックだ。何しろ全裸よりはマシだから、頭からかぶせて出来上がり。娘はゴムの入った首元や袖口を不思議そうに引っ張っていた。

 「ところで、嬢ちゃんの名前はなんてんだ?」

 長谷川(故人)さんが聞いてみたが、娘は目を伏せて何も答えない。が、別に困る事もないだろう、ここには二人しかいないのだから。

 「そか、言いたくなきゃいいよ。おれは『嬢ちゃん』って呼ぶから、我慢してくれな。俺の事は『じぃちゃん』って覚えててくれたらいいよ」

 俯いたままだが、嫌がるふうも無いからまぁ了承はしてくれたんだろ…と前向きに解釈する事にした。ジジイと幼児の二人きり、自分が引っ張ってお世話しなきゃならない。一々気にしていたらやってられない。

 「後は住む所をなんとかするか。どうやらこの家はどうにでもリフォームできるらしいしな…。そんな訳で、しばらくじぃちゃんが一緒だ。その怪我が治るまでよろしくな」

 そう言うと、長谷川さん(故人)は小屋のリフォームに取り掛かった。



 この世界は真っ白な空間で、満遍なく明るい。だから、どれくらい時間が経ったかよく判らない。
 リフォームした家には、柱時計がかかっている。だが、この時間が正確かどうかなんて怪しいものだ。日めくりカレンダーもかけてあるが、もちろんなんの意味も無い。
 それでも、時計の短針が何周もするくらい二人で暮らしてみて判った事がある。
 娘はほとんど感情を表さないが、常に何かに怯えていた。
 一間の小屋は、長谷川さん(故人)の謎パワーのリフォームで、小さな瓦葺の平屋の日本家屋になっている。茶の間と座敷の二間に、台所と風呂とトイレが付くだけの小さな家だ。
 改装した時も娘はしばらく固まって、座敷の隅から動かなかった。驚いたというより『変わる』事が嫌なのだろう…と長谷川さんは考えた。
 ずっとずっとあの小さな小屋に隠れていたかった……。ここから出たくない。……怖い目に遭いたくない……

 (リー〇ィング・シュ〇イナーみたいなもんか…)
 娘は、やり直した記憶が僅かに残っているのだ。死と再生を何度も繰り返し、時に狂った祖父が世界が滅ぼす様を見せられた末に、娘は傷だらけになった。そして繰り返す恐怖から逃れるために娘は自分の殻に閉じこもった。それがあの小屋だったのだ。小屋は娘の魂の一部だったから、似た魂の長谷川さんにも操作出来たのだ。

 (ひでぇなぁ)
 益々神様を敬う気持ちが無くなって来た。天命を果たした死んだ娘を何度も何度も死なせるとか、なんの罰ゲームだ。それが世界の破滅を防ぐためとはいえ、是非と好き嫌いは別だ。
 長谷川さん(故人)の使命は、あの娘の傷を治して、小屋から外に出す事だ。そうしなければずっとこの空間から出られない。だが、言ってみればそれは、この娘をこの小屋から引きずり出せという事なのだろう。

 「なんか、やな仕事だ……」

 だから長谷川さん(故人)は、娘をせかしたりはしない。それどころか、余計な事は何も言わない。当たり前のようにご飯を作り、風呂を沸かし、洗濯をする。それだけだった。娘はまだ一言も口を利かない。長谷川さんが謎パワーで作ったご飯を食べて、部屋の隅でレ〇を組んだり、クー◯ーで絵を描いたり、油粘土をこねて一人で遊んでいる。それはまるで、地球上ならどこにでもある爺さんと孫の日常だった。

 縁側に掛けた長谷川さん(故人)が見上げると、庭の木の輝く葉は梢の先まで広がっている。真っ白だった空間は青空になっていた。
 この空間は外も家の中も、どこも均等に明るい。一日中明るいので寝るのに苦労する。いやまぁ、魂だけなのでたぶん寝る必要は無いのだが、食事と一緒で『人間らしい』暮らしには睡眠も必要だ。という訳でアイマスクをして寝ている。不便なので長谷川さん(故人)は試しに家を覆うドームを作ってみた。3Dでいうスカイドームだ。そんなにデカイものが作れるか半信半疑だったが、やってみたらできた。内側には青空を描いている。これを夜空にしてみたが、やっぱり明るいままだ。なんでアイマスクだと眩しくないのに、ドームだとダメなんだかよく判らんが、そういうルールなのだろう。

 「眩しくてかなわんよな」

 家の脇の木を見上げた長谷川さん(故人)は、(ぬぬぬぬぬ、、、)と唸って木に影を作る。庭に木の根元から影が伸びた。

 「……実体の無いものまで作れるとは思わなかった」

 自分のやった事に半ば呆れながら、木の陰が家にかかるようにした。太陽なんて無いから、どっち向きに影ができるかなぞは気にしない。長谷川さん(故人)の作った影は、ちゃんと影だった。大きな木の木陰に入った家は、少しだけ眩しさが減った。



 時計の短針がぐるぐると回った。
 相変わらず正確な時間の経過は判らないが、娘の全身の傷はとりあえずは塞がった。もう包帯グルグル巻きからは卒業だ。傷は癒えてそれと同時に身体も成長している。今の娘は5~6歳の身体になっていた。そして、娘はずいぶん元気になってきた。庭に出る事も多くなってきた。なので、長谷川さん(故人)は家を増築した。実家のせせこましい六畳や八畳ではなく、旅館をイメージしてドドーンと大きな畳の大広間も作ってみた。襖の仕切りには欄間まで入れてある。小さな小屋は、今では立派な二階屋になっていた。

 障子を触って破った娘の頭を、長谷川さん(故人)はくしゃくしゃにした。

 「これは、紙を貼った戸だから、つつくとすぐ穴が開いちゃうぞ。気を付けろ~、破いたらデコピンするからな。でも壊さないなら、走ったって何したっていいぞ」

 長谷川さんは障子をぽんぽん叩いてそう言った。広い座敷、長い廊下に最初は戸惑っていた娘も、恐る恐るてとてと歩きだし…すぐに走り出した。一度走り出すと、後は疲れるまでノンストップなのが子供である。階段を登って降り、娘は飽きることなく家中を走り回っていた。裸足で畳や板の廊下を走るのが楽しいらしい。時々姿が見えないが、押し入れの中に隠れて探してもらうのを待っていた。
 相変わらず喋ってはくれないが、すっかり笑顔を取り戻した娘は、時々いたずらをしたりするようになった。その度に長谷川さん(故人)と追いかけっこをする。庭には砂場も作った。長谷川さん(故人)が巨大な前方後円墳を作ると、すぐに飛び乗って壊してしまうのだが。


 そうして夜がこないまま短針だけは回り、今では娘の身体は7~8歳くらいになっていた。以前とは別人のように活発になり、ほうきを振り回して長谷川さん(故人)とチャンバラしたりするが、その一方で時々縁側で空を見上げて考え事をする事も多くなってきた。



 長谷川さん(故人)が、ノリを塗って娘が破いた障子に紙をあてていると、娘が神妙な顔でとことこと近づいてきた。

 「どうした?」

 長谷川さん(故人)が膝立ちで目線を合わせると、娘は足りない手でぎゅっと抱き着いた。娘は何も言わないが、手から不安が伝わって来る。恐らくはその時が来たのだ。

 「怖いのか?…怖いよなぁ…」

 娘は黙ってうなずいた

 「そうか。じゃあ逃げちゃえ」

 長谷川さん(故人)が笑いながら言うと、え?という顔で娘は顔を上げた。

 「怖いなら逃げちゃっていいんだよ。後のことは心配しないで逃げちゃえ。後始末はじぃちゃんがなんとかするから」

 (なんでこんな無茶苦茶の責任をこの娘一人に押し付けるんだ…)と長谷川さん(故人)は思っていた。
 この娘はもう死んでいる。望むならそのまま永の眠りについていいのだ。その結果この星は滅ぶのだろうが、それがあるべき歴史だった。それだけの話だ。

 だが、ちょっと考えて娘は首を振った。

 「そうか…そうだな、もう一人の本当の爺ちゃんもなんとかしてやらんとな」

 この娘は祖父が…勇者が絶望する様を繰り返し見て来た。このまま世界を滅ぼすに任せたら、勇者の魂は永遠に救われない。だからこそ、死と復活を何度も繰り返してボロボロに傷ついてしまった魂でも、ここから出てまた繰り返そうとしているのだ。

 「じゃあ、怖い所はじぃちゃんがなんとかするから、それまでは押し入れでお布団かぶってな。嬢ちゃんが隠れてる間はじぃちゃんがどうにか誤魔化しておくよ。その時が来たら出てきて爺ちゃんを助けてあげな」

 娘の顔がぱあっっと明るくなった。

 「ウルスラ」

 娘が初めて声を出した。

 「そうか、ウルスラか。爺ちゃんがつけてくれた名前か?」

 元の世界の名前なので尋ねると、娘がうなずく。

 「よしよし、ウルスラの爺ちゃんは俺に任せておけよ」

 娘はうれしそうに頷くとぎゅっと抱き着いた。長谷川さん(故人)の中に所々が欠落した記憶が流れ込んで来る。そして、ジジイだった長谷川さん(故人)の姿は、若い女性の姿へと変化した。

 「なかなか美人さんじゃないか」

 座敷の姿見に映る黒髪をショートカットにした若い女の風貌には、確かに小さな娘の面影がある。娘の記憶のおかげで、これが死んだ時のウルスラの姿だと判った。
 面影はあるものの、自分の大半を長谷川さん(故人)に渡した娘は、髪も肌も真っ白になっていた。娘は押し入れの中の布団にもぐりこみ、襖を少しだけ開けて閉じこもった。

 二つの魂は一つになった。
 本来なら、ウルスラの意識が主導し、自分の意識は溶け込みやがて消えるはずだった。長谷川さん(故人)もそれを望んでいた。

 だが、僅かでも家族として暮らした娘がそう望むなら。

 「じぃちゃんとしちゃ、孫の望みは叶えてやんねぇ訳にはいかねぇよな。まぁ仕方無い、やることやってとっとと死ぬさ」

 姿と声と噛み合わない口調でそう呟く。
 全てはポンコツ女神の掌の上なのかもしれないと思いつつ、それでも長谷川さん(故人)は死んでから初めてやる気になったのだった。
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