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商人がやってきた(魔人も)3
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「いやー、服着る前で良かったよねー」
全く堪えたふうもなく、ざばざば水を流しながら席に戻った<夜明けの雲>は、「あははははー」と能天気に笑いながら、商会員に借りた手ぬぐいで身体を拭いている。
ドルトンが警戒を解いたのが伝わったのだろうか、商会員も過度に警戒せず普通に客人として接している。実際に<夜明けの雲>からは殺気や闘気のような剣呑な気配は全く感じない。見ている分には気のいい(というかちょっと緩い)兄ちゃんでしかないのだ。
一方でステレは、殴られても、蹴られても、投げられても一向に堪えない<夜明けの雲>を見て(タフだなぁ)と呆れ気味だ。やはり普通の人間とは違うのだろうか。ちらりと(シめるのとキめるのはどうかしら?)と思ったが、たぶん喜ばせるだけだからやめておこう。と諦めた。
「異変があればちゃんと起きるはずだったんだけどね。ちょっと事情があってさ。予想外に休眠が深くなったみたいで。いやホントごめん」
言い訳じみたことを言う魔人だが、ステレにはよく意味がわからない。冬籠りする獣のように、定期的に長い眠りにつくのだろうか?一応はしおらしく反省しているようなので、ステレもそれ以上は責めはせず、カップにお茶を注ぐ。
よくよく考えたら、ステレがこの森に来てまだ数年しか経っていない。数百年に渡り迷惑を被ったのは自分ではないのだから、謝られても仕方ない。
そのうち魔人は後ろを向いて下着まで脱いで絞り出した。ステレはもうツッコむ気力もなく肩を落とす。たぶん、後ろを向いたのはこの男なりの気遣いなのだろう。
「あなたの事情はよく判らないけど、交代とかいないの?」
「だよねー、一人でココの面倒全部見ろとか、労働者の環境としちゃ酷過ぎるよねー」
彼以外に人気を感じたことがないので聞いてみたが、どうやら一人で仕事をしているらしい。
「まぁ、起きて早々面白い子に会えて、目も覚めたよ。そんな訳で、今後はちゃんとお仕事するので、大丈夫」
言いながら絞った下着を穿き直すと、干していた黒衣をバサバサと振ってから羽織った。どういう布なのか、ずいぶん乾きが早い。
「という訳で、修業に行っても大丈夫だよ。まぁできれば、俺の労働意欲を向上させるためにも、ここで勝負を受けて欲しいけど」
「あなた、前は100日空けてくれたじゃない」
「実際に100日待ってみたらさ、ちょっと長すぎかなーと後悔してさ」
「そう言われても、そう簡単に剣の腕が上がったら苦労しないって」
「そこはそれ、実戦に勝る稽古は無いってことでさ。何だったらそれで相手するよ」
小屋の軒下にある、稽古用の木剣を指さして言う。
ステレはちらりと「それ」を見て、<夜明けの雲>の言わんとすることを察した。確かに、数百年に渡って剣士との勝負をしてきた拳闘士なら、逆に剣士の真似事もできるのかもしれない。
うーん、、、と一応真剣に考えてみる。
「やっぱやだ、なんかムカツク」
「え~~!?」
<夜明けの雲>の顔に『手加減するよ』と書いてあるような気がしたのだ。
そもそも、剣士が対戦相手の拳闘士に剣の稽古を付けてもらうとか、なんの冗談だ。単純に悔しい。
「じゃあ、また数百日を待たなきゃならないかー」
「山を降りて師を探すにしたって、鬼人に指南してくれる剣士っているのかしらね?。そもそも、私お金全然持ってないから、まずは謝礼を稼ぐとこからよね。そんな訳で、当てにせず気長に待っててよ」
「そんなぁ」
気の毒になるほどしょんぼりと肩を落とす。とはいえ、ステレも自分の生活が第一だ。
「私はこれから冬越しの準備をしなきゃならないの。木剣作るのにかかりきりで、だいぶ蓄えを食い潰しちゃってね。勝負どころか、稽古も当面無理よ」
「冬越しって何するの?」
「狩して、保存食作りね。十分な蓄えがなきゃ、春になる前に私は餓死してるわよ」
山脈の南向き斜面のこの地は、冬は主に山越えの乾燥した北風が吹き降ろすことが多い。それでも王国の北に位置し、標高もそれなりであるから、湿った風が吹き込むと結構な雪が降る。雪になれば森人のような生粋の狩人からは程遠いステレの狩の効率は大幅に落ちる。元々穀物の備蓄など望むべく無い山奥だし、家畜も居ない。事前に数か月分の肉を確保しておかなければ、何かの拍子に簡単に餓死しかねない。
「それは俺がなんとかするよ。鬼人の一人くらい養うのは訳ないし」
<夜明けの雲>はまったく悪気無く言ったのだろう。だが、何気ない一言がステレの癇に障ってしまった。
「それはあなたの家臣になれってこと?それとも傭兵……いや奴隷かしら?」
「え、そんなことは、、、、」
思わぬステレの強い口調に<夜明けの雲>がたじろぐ。
「私には既に仕えるべき主がいるから家臣は無理よ」
「え、主持ちだったの?騎士じゃないって言ったじゃない」
「禄も貰っていないし、賦役も税も収めて無いけど、私は陛下に誓ったのよ。『どこにあろうとあなたの臣です』って。その誓いがある限り、私は陛下以外の誰の臣下にもならないわ」
ステレが成人して側に仕えるようになってから、放浪を経て王都で即位するまで、グリフ王とは長く苦楽を共にしてきた。だが、即位した王の傍らに鬼人が立つことはできない。忠誠と、おそらくはそれ以上の感情を持ちながら、それ故にステレは王の許を去った。もはや王に鬼は必要ない。後は自分の身を始末するだけだ。
だがそれまでは、生きている限りは王の臣だ。王国の法は認めていない、国民も認めないだろう、だが自分は騎士なのだ。王国の騎士ではなく、王の騎士だ。世を捨てたステレのただ一つの矜持。これを譲ることはできない。
「家臣でも無いのにあなたに養ってもらって、あなたが満足するまで闘い続けるのが仕事なら、体よく言って剣闘士。言葉を選ばないなら奴隷としか言いようが無いでしょ?」
「ステレ様、、、」
普段見せない剣幕でまくしたてるステレに、ドルトンが取りなすように声をかける。
我に返ったステレは、ややあって、小さく「ごめん、言い過ぎた」と呟くように謝罪した。
(例えば『家族』もそうですよ)と思いながら、ドルトンは口にはしなかった。
殺し合う戦士同士が家族というのも変な話ではあるが。それにしたって、傭う者と雇われる者しかないステレの思考は極端に過ぎる。恐らくは、価値観の相違。生きて来た環境の違いなのだろう。ステレはそういう世界に生きてきて、今もそういう世界に身を置いている。そして、家族を持つという当たり前の事をステレはとうに切り捨ててしまった。
少数種族のドルトンら獣人は、一族を大切にする。一度身内と認めれば、家族のように助け合う。ドルトンがステレに親身に尽くすのも、彼にとってステレは既に一族同然だからだ。だがそれを言っても今のステレには恐らくは通じまい。
ステレの言った事はかなりの暴論だ。言いがかりと言っても良い。だがそんな理不尽な言いがかりにも拘わらず、<夜明けの雲>声はいつもの快活さが鳴りを潜め、まるで別人のようにひどく沈んでいる。
「あ、うん、、そうか、、、そうだね」
呆然としていた<夜明けの雲>からようやく、声が出る
誰にでも譲れない矜持がある。そんな単純なことに今更ながら気が付いた。自分と正面から闘ってくれたステレに『闘いを欲する鬼人』というイメージを持ち過ぎていたのかもしれない。彼女は彼女の理で動き、その中で自分に付き合っていただけだったのに。
「ごめん、今日は帰るよ。……また来ても良いかな?」
「…えぇ、あなたがまだ私に愛想を尽かしてないなら」
ステレも気まずそうに答える。
「君は俺が200年待った剣士だよ、それは変わらない。嫌われないように、ちょっと頭を冷やして出直してくるよ」
最後に僅かに微笑んで<夜明けの雲>は小屋の広場を去っていった。破天荒なほどに陽気な男が、疲れた体を引きずるように山を登っていく。ステレもドルトンも商会員も、かける言葉もなくただ見送ることしかできなかった。
「ステレ様」
「何も言わないで。今のは私が悪いわ。確かに彼の言う通り、一言多いのはお互い様だったわね」
情けなくて変な笑いしか出ない。
見苦しい八つ当たりをしてしまった。もっといくらでも他に言葉はあったはずだ。なんでも許容しそうな魔人の陽気さに甘えていたのかもしれない。
互いに相手を傷つけたと思ったことで、二人はほぼ同時に相手を思いやることを……いや、まだ知らなかった。単に(自分が悪かった)そう考えただけだった。
二人は相手の考えていることがそれなりに判る。だから相手のことが理解できると錯覚してしまう。だが、それは『自分と同じだから判る』だけにすぎない。だから自分と違う所は単純な理屈でも察することができない。二人ともマイペースと言えば聞こえがいいが、徹底した自分本位。とんでもなく察しが悪く、そういう意味ではコミュ障なのだ。
今更ながら、ステレの前途を思ってドルトンは内心で盛大な溜息を付くのだった。
<夜明けの雲>が遺跡の広場にたどり着くと、既に夕刻にさしかかろうとしていた。傾いた太陽は、岩場に囲まれた広場に長い影を伸ばしている。魔人の足なら、そう苦労しない道のりだったはずだ。だが、山を登る魔人の足取りは、傍目に見ても『とぼとぼ』としか言いようのない歩き方だった。
広場を真っ直ぐ横切り遺跡の入り口前に来ると、<夜明けの雲>はゆっくりと腰掛けた。そのまましばらくの間、何を見るとなくただぼんやりと広場を見ている。
いや、魔人は過去を見ていた。この広場で何度も繰り返した勝負を。
200年前、最後に闘った男との勝負を。
「あ~あ」
がっくりと俯くとガリガリと頭をかく
「ダメだなぁ。あんまり話が合うから、ちょっと調子に乗りすぎた」
<夜明けの雲>は自嘲気味に呟くと立ち上がり、暗い遺跡の入り口に姿を消した。
全く堪えたふうもなく、ざばざば水を流しながら席に戻った<夜明けの雲>は、「あははははー」と能天気に笑いながら、商会員に借りた手ぬぐいで身体を拭いている。
ドルトンが警戒を解いたのが伝わったのだろうか、商会員も過度に警戒せず普通に客人として接している。実際に<夜明けの雲>からは殺気や闘気のような剣呑な気配は全く感じない。見ている分には気のいい(というかちょっと緩い)兄ちゃんでしかないのだ。
一方でステレは、殴られても、蹴られても、投げられても一向に堪えない<夜明けの雲>を見て(タフだなぁ)と呆れ気味だ。やはり普通の人間とは違うのだろうか。ちらりと(シめるのとキめるのはどうかしら?)と思ったが、たぶん喜ばせるだけだからやめておこう。と諦めた。
「異変があればちゃんと起きるはずだったんだけどね。ちょっと事情があってさ。予想外に休眠が深くなったみたいで。いやホントごめん」
言い訳じみたことを言う魔人だが、ステレにはよく意味がわからない。冬籠りする獣のように、定期的に長い眠りにつくのだろうか?一応はしおらしく反省しているようなので、ステレもそれ以上は責めはせず、カップにお茶を注ぐ。
よくよく考えたら、ステレがこの森に来てまだ数年しか経っていない。数百年に渡り迷惑を被ったのは自分ではないのだから、謝られても仕方ない。
そのうち魔人は後ろを向いて下着まで脱いで絞り出した。ステレはもうツッコむ気力もなく肩を落とす。たぶん、後ろを向いたのはこの男なりの気遣いなのだろう。
「あなたの事情はよく判らないけど、交代とかいないの?」
「だよねー、一人でココの面倒全部見ろとか、労働者の環境としちゃ酷過ぎるよねー」
彼以外に人気を感じたことがないので聞いてみたが、どうやら一人で仕事をしているらしい。
「まぁ、起きて早々面白い子に会えて、目も覚めたよ。そんな訳で、今後はちゃんとお仕事するので、大丈夫」
言いながら絞った下着を穿き直すと、干していた黒衣をバサバサと振ってから羽織った。どういう布なのか、ずいぶん乾きが早い。
「という訳で、修業に行っても大丈夫だよ。まぁできれば、俺の労働意欲を向上させるためにも、ここで勝負を受けて欲しいけど」
「あなた、前は100日空けてくれたじゃない」
「実際に100日待ってみたらさ、ちょっと長すぎかなーと後悔してさ」
「そう言われても、そう簡単に剣の腕が上がったら苦労しないって」
「そこはそれ、実戦に勝る稽古は無いってことでさ。何だったらそれで相手するよ」
小屋の軒下にある、稽古用の木剣を指さして言う。
ステレはちらりと「それ」を見て、<夜明けの雲>の言わんとすることを察した。確かに、数百年に渡って剣士との勝負をしてきた拳闘士なら、逆に剣士の真似事もできるのかもしれない。
うーん、、、と一応真剣に考えてみる。
「やっぱやだ、なんかムカツク」
「え~~!?」
<夜明けの雲>の顔に『手加減するよ』と書いてあるような気がしたのだ。
そもそも、剣士が対戦相手の拳闘士に剣の稽古を付けてもらうとか、なんの冗談だ。単純に悔しい。
「じゃあ、また数百日を待たなきゃならないかー」
「山を降りて師を探すにしたって、鬼人に指南してくれる剣士っているのかしらね?。そもそも、私お金全然持ってないから、まずは謝礼を稼ぐとこからよね。そんな訳で、当てにせず気長に待っててよ」
「そんなぁ」
気の毒になるほどしょんぼりと肩を落とす。とはいえ、ステレも自分の生活が第一だ。
「私はこれから冬越しの準備をしなきゃならないの。木剣作るのにかかりきりで、だいぶ蓄えを食い潰しちゃってね。勝負どころか、稽古も当面無理よ」
「冬越しって何するの?」
「狩して、保存食作りね。十分な蓄えがなきゃ、春になる前に私は餓死してるわよ」
山脈の南向き斜面のこの地は、冬は主に山越えの乾燥した北風が吹き降ろすことが多い。それでも王国の北に位置し、標高もそれなりであるから、湿った風が吹き込むと結構な雪が降る。雪になれば森人のような生粋の狩人からは程遠いステレの狩の効率は大幅に落ちる。元々穀物の備蓄など望むべく無い山奥だし、家畜も居ない。事前に数か月分の肉を確保しておかなければ、何かの拍子に簡単に餓死しかねない。
「それは俺がなんとかするよ。鬼人の一人くらい養うのは訳ないし」
<夜明けの雲>はまったく悪気無く言ったのだろう。だが、何気ない一言がステレの癇に障ってしまった。
「それはあなたの家臣になれってこと?それとも傭兵……いや奴隷かしら?」
「え、そんなことは、、、、」
思わぬステレの強い口調に<夜明けの雲>がたじろぐ。
「私には既に仕えるべき主がいるから家臣は無理よ」
「え、主持ちだったの?騎士じゃないって言ったじゃない」
「禄も貰っていないし、賦役も税も収めて無いけど、私は陛下に誓ったのよ。『どこにあろうとあなたの臣です』って。その誓いがある限り、私は陛下以外の誰の臣下にもならないわ」
ステレが成人して側に仕えるようになってから、放浪を経て王都で即位するまで、グリフ王とは長く苦楽を共にしてきた。だが、即位した王の傍らに鬼人が立つことはできない。忠誠と、おそらくはそれ以上の感情を持ちながら、それ故にステレは王の許を去った。もはや王に鬼は必要ない。後は自分の身を始末するだけだ。
だがそれまでは、生きている限りは王の臣だ。王国の法は認めていない、国民も認めないだろう、だが自分は騎士なのだ。王国の騎士ではなく、王の騎士だ。世を捨てたステレのただ一つの矜持。これを譲ることはできない。
「家臣でも無いのにあなたに養ってもらって、あなたが満足するまで闘い続けるのが仕事なら、体よく言って剣闘士。言葉を選ばないなら奴隷としか言いようが無いでしょ?」
「ステレ様、、、」
普段見せない剣幕でまくしたてるステレに、ドルトンが取りなすように声をかける。
我に返ったステレは、ややあって、小さく「ごめん、言い過ぎた」と呟くように謝罪した。
(例えば『家族』もそうですよ)と思いながら、ドルトンは口にはしなかった。
殺し合う戦士同士が家族というのも変な話ではあるが。それにしたって、傭う者と雇われる者しかないステレの思考は極端に過ぎる。恐らくは、価値観の相違。生きて来た環境の違いなのだろう。ステレはそういう世界に生きてきて、今もそういう世界に身を置いている。そして、家族を持つという当たり前の事をステレはとうに切り捨ててしまった。
少数種族のドルトンら獣人は、一族を大切にする。一度身内と認めれば、家族のように助け合う。ドルトンがステレに親身に尽くすのも、彼にとってステレは既に一族同然だからだ。だがそれを言っても今のステレには恐らくは通じまい。
ステレの言った事はかなりの暴論だ。言いがかりと言っても良い。だがそんな理不尽な言いがかりにも拘わらず、<夜明けの雲>声はいつもの快活さが鳴りを潜め、まるで別人のようにひどく沈んでいる。
「あ、うん、、そうか、、、そうだね」
呆然としていた<夜明けの雲>からようやく、声が出る
誰にでも譲れない矜持がある。そんな単純なことに今更ながら気が付いた。自分と正面から闘ってくれたステレに『闘いを欲する鬼人』というイメージを持ち過ぎていたのかもしれない。彼女は彼女の理で動き、その中で自分に付き合っていただけだったのに。
「ごめん、今日は帰るよ。……また来ても良いかな?」
「…えぇ、あなたがまだ私に愛想を尽かしてないなら」
ステレも気まずそうに答える。
「君は俺が200年待った剣士だよ、それは変わらない。嫌われないように、ちょっと頭を冷やして出直してくるよ」
最後に僅かに微笑んで<夜明けの雲>は小屋の広場を去っていった。破天荒なほどに陽気な男が、疲れた体を引きずるように山を登っていく。ステレもドルトンも商会員も、かける言葉もなくただ見送ることしかできなかった。
「ステレ様」
「何も言わないで。今のは私が悪いわ。確かに彼の言う通り、一言多いのはお互い様だったわね」
情けなくて変な笑いしか出ない。
見苦しい八つ当たりをしてしまった。もっといくらでも他に言葉はあったはずだ。なんでも許容しそうな魔人の陽気さに甘えていたのかもしれない。
互いに相手を傷つけたと思ったことで、二人はほぼ同時に相手を思いやることを……いや、まだ知らなかった。単に(自分が悪かった)そう考えただけだった。
二人は相手の考えていることがそれなりに判る。だから相手のことが理解できると錯覚してしまう。だが、それは『自分と同じだから判る』だけにすぎない。だから自分と違う所は単純な理屈でも察することができない。二人ともマイペースと言えば聞こえがいいが、徹底した自分本位。とんでもなく察しが悪く、そういう意味ではコミュ障なのだ。
今更ながら、ステレの前途を思ってドルトンは内心で盛大な溜息を付くのだった。
<夜明けの雲>が遺跡の広場にたどり着くと、既に夕刻にさしかかろうとしていた。傾いた太陽は、岩場に囲まれた広場に長い影を伸ばしている。魔人の足なら、そう苦労しない道のりだったはずだ。だが、山を登る魔人の足取りは、傍目に見ても『とぼとぼ』としか言いようのない歩き方だった。
広場を真っ直ぐ横切り遺跡の入り口前に来ると、<夜明けの雲>はゆっくりと腰掛けた。そのまましばらくの間、何を見るとなくただぼんやりと広場を見ている。
いや、魔人は過去を見ていた。この広場で何度も繰り返した勝負を。
200年前、最後に闘った男との勝負を。
「あ~あ」
がっくりと俯くとガリガリと頭をかく
「ダメだなぁ。あんまり話が合うから、ちょっと調子に乗りすぎた」
<夜明けの雲>は自嘲気味に呟くと立ち上がり、暗い遺跡の入り口に姿を消した。
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追記:2025/09/20
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コメント頂けるとするかもしれないです。
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