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商人がやってきた(魔人も)2
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「妙な性癖着いたらどーしてくれるんだよ」
「そもそも、女性の前で半裸で平気な顔してるアンタが悪い。肉親だってそうそうやらないわよ」
「えー、俺と君の仲じゃない?」
「はい、勝手に俺の女扱い。減点5でーす」
「ギャーーー」
相変わらず続く漫才を、ドルトンは困り顔で見ていた。
商人という仕事柄、ドルトンは人を見る目にはそれなりの自信があった。だが、この魔人は読めない。正直言って、訳が判らない。
作っているのか地なのか。底抜けの明るさと親しみやすさを持っている。ステレがツッコミを入れなかったら、うっかりドルトンが入れてしまうかもしれない。本当にこの男が戦闘狂の魔人だというのか?。
確かに魔人は「末永いお付き合い(殺し合い)」を求めているという。だが、彼は戦いを強要する気は無いらしい。勝負を求めるだけだ。
男女の関係を求めているのか?とも思ったが、そのような雰囲気はどちらからも感じられない。
そもそも、ステレが魔人に警戒感も危機感も持っていない。………というか、ステレとの勝負を望む魔人が山小屋に押しかけ、そこで始まるのが鬼人と魔人のド突き漫才ってのはどういうことだ?
…いずれにしろ、ステレがこれだけ多彩な表情を見せるようになったのは、彼と立合って以降のことだ。思えば、ドルトンが自分の任務を明かした上で、なお力になりたいと言った言葉を受け入れてくれたのも、魔人と会って以降だからではないか。
(この男ならば、あるいは、、、)
ドルトンは、王妃により魔の森のステレへの接触を命じられた時のことを思い出していた。
内戦終結後、ドルトンは国内の販売網作りに大わらわだった。グリフに協力した見返りとしてドルトンは只人以外の人種の王国内の商業許可を求め、正式に認可されたのだ。そんなドルトンに王妃からの内密の呼び出しがあった。本来なら、王族から商人への命令など、使者を通じて命ずれば済む話である。平民の獣人であるドルトンは、取次も無しに直に会える身分では無い。だが、王妃は内密にドルトン一人を呼び寄せ、臣下でも無いドルトンに直に命を下した。異例のことである。
<鬼人卿>が王都から姿を消した。北にある魔の森に入ったことまでは確認したが、魔の森を只人が捜索することは難しい、居場所を見つけ、できれば接触し鬼人の動向を報告せよ。
命を受けたドルトンは、跪いたまま(嫌な仕事だ)と思った。
鬼人が叙勲を蹴って山に籠ったとして、それがなんだというのだ。鬼人は一身に働き、グリフを王位に就けた。褒美を受け取らぬことを称賛せず、逆にを警戒し監視を付けようというのか。宮仕えを嫌って何が悪いのか。食人鬼というバカげた噂を信じている訳でも無いだろうに。懸念に先回りして手を打とうというのは、<影の宰相>らしいといえばらしいが。
だが、王妃はそんなドルトンの心中を見通したごとく言った。
「自由を奪いたいのではないのです。彼の者は、おそらく魔の森でそのまま朽ちようとしています。ですが、陛下も私も彼の者に生を全うして欲しいと願っています。あなたにはその手助けをして欲しいのです」
ドルトンは二重に驚いた。頭は下げたままだし、感情を表に出さないのは商人の初歩だ。そんな自分の内心をあっさりと見透かされた。
そして鬼人が出奔したのはそのまま死ぬためであり、王と王妃はそれを止めようとしていると言うのだ。
「面を上げなさいドルトン。これから話すこと聞いてもらうため、あなたに来てもらったのです」
長い話のあと、「ステレを生かしたい。諦めなくて良いのだ。もっと求めて良いのだ。そう伝えて欲しい」そう言う王妃の命をドルトンは受けた。いや、命令ではない、これは王妃の願いだ。
だが、数年に渡りステレと交流を続けても、ステレは変わらなかった。
そして今、初めてステレに変化が訪れている。この男なら、ステレに生きる欲を持たせることができるだろうか。 おそらく、今の彼女に必要なのは彼女と共に歩める者だ。それは彼女を超える強さを持つ者でなければならないのでは?。
「助けて、商人殿。危険物で叩かないように言ってよ」
ドルトンの思考は<夜明けの雲>の泣き言で破られた。二人ともドルトンが思案していることには気づかず、漫才を続けていたようだった。また何かでステレを怒らせたらしく、ステレにパンパン叩かれた<夜明けの雲>はドルトンに泣きついてきたのだ。
(これがどうして戦闘狂の魔人なのだろう)苦笑いしたドルトンは、とりあえずは魔人に対しての判断を保留することにした。
「ステレ様、その木剣を拝見してもよろしいでしょうか?」
ドルトンの意図に気づいたステレは、肩をすくめると木剣を返し柄を差し出す。受け取ったドルトンは、恐る恐る刀身を握り、やはり刃らしい刃もない普通の木剣だと確認すると、力を入れ撓りや堅さを確認してみた。木剣の刀身はそれなりに薄く削り出してあるにも拘わらず、おそろしく堅く、満身の力を込めてもびくともしない。
「これは例の樫から?」
「そう、これのおかげでなんとかアイツに一矢報いたってとこ」
さきほど魔人が「自分に一撃入れた」と言っていたのはコレか。確かに信じられないくらい軽く強靭だ。
「左様ですか、、、お約束通り剣をお持ちしましたが、無駄になりましたかな」
「そんなこと無いわ。結局これでは魔人は斬れなかったしね。それに速さ優先で作ったからかなり軽くて、人や獣はともかく甲羅を持った相手にはあまり効果が無いと思う」
ちょっと拗ねたように見えるドルトンに、慌ててフォローを入れるが、ドルトンは『わかっていますよ』と言わんばかりにくすくす笑いながら、一振りの剣の包をステレの前に取り出した。
「いろいろとツテを当りましたが、残念ながら魔金属の剣は手に入りませんでした」
「なんてものを探してるのよ」
呆れたように言う。王都に送った剣も、商人ですら滅多に目にしない代物だったのだ。そんな貴重な剣が売りに出たら、行先は王家か大貴族だ。やすやすと手に入る訳がない。
もっとも、ドルトンもそんなことは重々承知している。だから言葉と裏腹にさして残念なそぶりも見せず、包を解くと剣をステレに差し出した。
「なので鋼の剣です。どうぞ、ご検分ください」
剣を受け取って、じっくりと見る。両手持ちの柄も含めるとかなり長い。拵は地味で飾り気はまったく無い。軽く反っているから、おそらくは片刃の刀か。ステレは鯉口を切るとゆっくりと刀身を抜き出す。予想通り、反りのある片刃の刀身が現れた。切先部分だけが冠落としで両刃になっている。鞘から完全に抜き、日の光を当てて刀身を見ると、鋼の緻密な肌が美しく輝く。重ねも厚く、大型の甲殻類相手にも十分使えそうだ。
この刀は大陸西部の遊牧民による諸侯国の様式だった。王国では槍騎兵が主力だが、諸侯国では弓騎兵が主力となっている。そのために接近戦で使用するための馬上刀が発達している。騎乗したままでも抜きやすく、早駆けの馬から斬りつけた衝撃を緩和するために反りを付け、冑を付けた歩兵を馬上から攻撃するために寸法が長めで刀身は切先が頑丈に作られている。元々は片手持ちだったが、ステレの希望に合わせ、柄を両手持ちに仕立て直した。
「元は馬上用で、皇国の西にある諸侯国で主流の形式だそうです」
「へぇ」
「形はこだわらないとのことでしたので、ご希望の長さと鍛の良さで選びました。いつでもお使いになれるよう、化粧研ぎは省いております」
「うん、これで十分」
ステレはドルトンの説明もどこか上の空で刀身に魅入られていた。地金は均質で、傷や鍛のムラは一切ない。刃や峰に僅かな捻じれも曲がりも無い。反りのある刀に歪みなく焼を入れるには高度な技術が必要だ。鍛の良さで選んだというドルトンの言葉に嘘は無かった。かなりの業物と言っていい。立ち上がって構えてみると、イメージした通りにぴたりと収まる。興奮を抑えながら、ステレは剣を鞘に収めた。
「本当に貰っていいの?」
「是非お役立てください」
「うん、ありがとう」
胸に抱いた剣を見るステレの視線にも言葉にも熱が感じられる。ドルトンは(良い変化だ)と思うのだ。例えそれが魔人との勝負に必要だからという理由だとしても。今までのステレはほとんど物に執着しなかったのだから。
「だけど、、、これかなりの物よね、、、」
遠慮がちに値段を気にするらところがステレらしい。
(こういう所は変わらないものか)
「お気になさらず。私とステレ様の仲ですので。、、、あぁ、減点はご容赦下さい」
ドルトンはウィンクして見せた。
ステレは思わず吹き出してしまった。さっきの<夜明けの雲>とのやり取りを見ていたのか。
「えぇ、もちろん。これだけの物貰ったら減点なんかできないわ」
「ちょっと、俺との対応の差が酷くない?」
「俺、もっと良い剣たくさん上げたよね」とかブツブツぼやきながら<夜明けの雲>が口を挟んでくる。
「あら、ドルトンはずっと私を『お嬢様』扱いよ。勝手に彼女扱いしたことなんか一度も無いもの」
「いやぁどう見ても『若様』だろに、この見事な肩幅とか肩幅とか肩、、、」
「減点っ!」
木剣の横薙ぎの一閃を、「うひっ」と言いながら躱す<夜明けの雲>。
ステレはゆらりと立ち上がると、木剣をスッと両手で構える。
「あなた、『一言多い』ってよく言われない?」
「いやぁ、お互い様じゃないかな?。というか、本気の構えなら、そっちの新しい剣でやろうよ。俺で試し斬りどう?」
懲りない<夜明けの雲>が物騒な提案をしてきた。
「さあ」と言いながら両手を広げてジリジリ近付いてくる。本人は物語の悪の魔王よろしく『オマエの力を見せてみろ』的なノリなのかもしれないが、相変わらず下着一枚なので、残念ながら変質者にしか見えない。
剣を下ろし、眉間を抑えつつ溜息をついたステレは、無言で手首を返した。クルリと回転した木剣が、下から<夜明けの雲>の股間にコツンと当たる。魔人は「んほぉぉぉぉおお」と謎の声上げると内股で悶絶した。ドルトン始め商会の男衆も、一斉に首をすくめる。彼らの脳内には「チーン」とういう金属音が鳴り響いていた。
「あの…さ、殴っちゃ…イケナイ場所ってのは…あると思うぞ?」
「あー、、、ゴメン、私には痛さが判らないんで」
股間を押さえて内股でグルグル回る<夜明けの雲>に、投やりかつ棒読みで答える。
どうもこの男に付き合うと話がグダグダになる、ちょっと軌道修正した方が良い。立合いに応じられない理由があるのだ、動きを止めているうちにはっきり言っておくことにした。
「今貰ったばかりの剣で闘ったって、ブザマを見せるだけよ。情けないことに、コレの軽さに慣れ過ぎてるしね。それに前も言ったけど、腕を上げようにも私一人ではもう限界。今までは力任せに振り回す戦い方しかしてなかったんだから。そうすると山を降りて誰か師を探さなきゃならないけど、そろそろデカブツが現れてもおかしく無い時期なのよ」
一度暴走が起きてしまうと、森の魔獣は激減ししばらく巨大魔獣は現れなくなる。逆に定期的に現れる巨大魔獣のなりかかりを討伐すると、1年もしないうちに次のなりかかりが現れる。時期的にはそろそろのはずだ。
「あー、それは当面心配しなくて良いと思うよ」
ぐるぐる回るのをやめた<夜明けの雲>は今度は踵と膝を上げ下げしてスクワットのような動きをしている。
「なんで?、、、ってそういや、あなたこの森の管理人だって言ってたわね」
「そうそう。アレ出ると迷惑なんでちゃんと片付けるから」
森の管理人というのがどういう仕事か良く判らないが、今の口ぶりだと巨大魔獣は管理人が駆除すべきイレギュラーな存在であるらしい。
と、ステレはおかしなことに気づいた。
「ん?、、、、そうすると、なんでこの200年ばかり、ちょくちょく暴走がおきてたの?、、、、あなた、ちゃんと仕事してたんでしょうね?」
「…………」
気まずそうに視線を逸らす<夜明けの雲>
「……目ぇ逸らすな、こっち見ろ」
ステレの声は、恐ろしく低くく冷たくなっている。
ギギギギ、、、と軋み音が出そうなくらいぎこちなくステレの方を見た<夜明けの雲>は、心底申し訳なさそうな顔で言った。
「ゴメン、ちょっと百何十年ばかり寝てて………」
<夜明けの雲>は、もう一度放物線を描いて池に飛び込む羽目になった。
「そもそも、女性の前で半裸で平気な顔してるアンタが悪い。肉親だってそうそうやらないわよ」
「えー、俺と君の仲じゃない?」
「はい、勝手に俺の女扱い。減点5でーす」
「ギャーーー」
相変わらず続く漫才を、ドルトンは困り顔で見ていた。
商人という仕事柄、ドルトンは人を見る目にはそれなりの自信があった。だが、この魔人は読めない。正直言って、訳が判らない。
作っているのか地なのか。底抜けの明るさと親しみやすさを持っている。ステレがツッコミを入れなかったら、うっかりドルトンが入れてしまうかもしれない。本当にこの男が戦闘狂の魔人だというのか?。
確かに魔人は「末永いお付き合い(殺し合い)」を求めているという。だが、彼は戦いを強要する気は無いらしい。勝負を求めるだけだ。
男女の関係を求めているのか?とも思ったが、そのような雰囲気はどちらからも感じられない。
そもそも、ステレが魔人に警戒感も危機感も持っていない。………というか、ステレとの勝負を望む魔人が山小屋に押しかけ、そこで始まるのが鬼人と魔人のド突き漫才ってのはどういうことだ?
…いずれにしろ、ステレがこれだけ多彩な表情を見せるようになったのは、彼と立合って以降のことだ。思えば、ドルトンが自分の任務を明かした上で、なお力になりたいと言った言葉を受け入れてくれたのも、魔人と会って以降だからではないか。
(この男ならば、あるいは、、、)
ドルトンは、王妃により魔の森のステレへの接触を命じられた時のことを思い出していた。
内戦終結後、ドルトンは国内の販売網作りに大わらわだった。グリフに協力した見返りとしてドルトンは只人以外の人種の王国内の商業許可を求め、正式に認可されたのだ。そんなドルトンに王妃からの内密の呼び出しがあった。本来なら、王族から商人への命令など、使者を通じて命ずれば済む話である。平民の獣人であるドルトンは、取次も無しに直に会える身分では無い。だが、王妃は内密にドルトン一人を呼び寄せ、臣下でも無いドルトンに直に命を下した。異例のことである。
<鬼人卿>が王都から姿を消した。北にある魔の森に入ったことまでは確認したが、魔の森を只人が捜索することは難しい、居場所を見つけ、できれば接触し鬼人の動向を報告せよ。
命を受けたドルトンは、跪いたまま(嫌な仕事だ)と思った。
鬼人が叙勲を蹴って山に籠ったとして、それがなんだというのだ。鬼人は一身に働き、グリフを王位に就けた。褒美を受け取らぬことを称賛せず、逆にを警戒し監視を付けようというのか。宮仕えを嫌って何が悪いのか。食人鬼というバカげた噂を信じている訳でも無いだろうに。懸念に先回りして手を打とうというのは、<影の宰相>らしいといえばらしいが。
だが、王妃はそんなドルトンの心中を見通したごとく言った。
「自由を奪いたいのではないのです。彼の者は、おそらく魔の森でそのまま朽ちようとしています。ですが、陛下も私も彼の者に生を全うして欲しいと願っています。あなたにはその手助けをして欲しいのです」
ドルトンは二重に驚いた。頭は下げたままだし、感情を表に出さないのは商人の初歩だ。そんな自分の内心をあっさりと見透かされた。
そして鬼人が出奔したのはそのまま死ぬためであり、王と王妃はそれを止めようとしていると言うのだ。
「面を上げなさいドルトン。これから話すこと聞いてもらうため、あなたに来てもらったのです」
長い話のあと、「ステレを生かしたい。諦めなくて良いのだ。もっと求めて良いのだ。そう伝えて欲しい」そう言う王妃の命をドルトンは受けた。いや、命令ではない、これは王妃の願いだ。
だが、数年に渡りステレと交流を続けても、ステレは変わらなかった。
そして今、初めてステレに変化が訪れている。この男なら、ステレに生きる欲を持たせることができるだろうか。 おそらく、今の彼女に必要なのは彼女と共に歩める者だ。それは彼女を超える強さを持つ者でなければならないのでは?。
「助けて、商人殿。危険物で叩かないように言ってよ」
ドルトンの思考は<夜明けの雲>の泣き言で破られた。二人ともドルトンが思案していることには気づかず、漫才を続けていたようだった。また何かでステレを怒らせたらしく、ステレにパンパン叩かれた<夜明けの雲>はドルトンに泣きついてきたのだ。
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「ステレ様、その木剣を拝見してもよろしいでしょうか?」
ドルトンの意図に気づいたステレは、肩をすくめると木剣を返し柄を差し出す。受け取ったドルトンは、恐る恐る刀身を握り、やはり刃らしい刃もない普通の木剣だと確認すると、力を入れ撓りや堅さを確認してみた。木剣の刀身はそれなりに薄く削り出してあるにも拘わらず、おそろしく堅く、満身の力を込めてもびくともしない。
「これは例の樫から?」
「そう、これのおかげでなんとかアイツに一矢報いたってとこ」
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「左様ですか、、、お約束通り剣をお持ちしましたが、無駄になりましたかな」
「そんなこと無いわ。結局これでは魔人は斬れなかったしね。それに速さ優先で作ったからかなり軽くて、人や獣はともかく甲羅を持った相手にはあまり効果が無いと思う」
ちょっと拗ねたように見えるドルトンに、慌ててフォローを入れるが、ドルトンは『わかっていますよ』と言わんばかりにくすくす笑いながら、一振りの剣の包をステレの前に取り出した。
「いろいろとツテを当りましたが、残念ながら魔金属の剣は手に入りませんでした」
「なんてものを探してるのよ」
呆れたように言う。王都に送った剣も、商人ですら滅多に目にしない代物だったのだ。そんな貴重な剣が売りに出たら、行先は王家か大貴族だ。やすやすと手に入る訳がない。
もっとも、ドルトンもそんなことは重々承知している。だから言葉と裏腹にさして残念なそぶりも見せず、包を解くと剣をステレに差し出した。
「なので鋼の剣です。どうぞ、ご検分ください」
剣を受け取って、じっくりと見る。両手持ちの柄も含めるとかなり長い。拵は地味で飾り気はまったく無い。軽く反っているから、おそらくは片刃の刀か。ステレは鯉口を切るとゆっくりと刀身を抜き出す。予想通り、反りのある片刃の刀身が現れた。切先部分だけが冠落としで両刃になっている。鞘から完全に抜き、日の光を当てて刀身を見ると、鋼の緻密な肌が美しく輝く。重ねも厚く、大型の甲殻類相手にも十分使えそうだ。
この刀は大陸西部の遊牧民による諸侯国の様式だった。王国では槍騎兵が主力だが、諸侯国では弓騎兵が主力となっている。そのために接近戦で使用するための馬上刀が発達している。騎乗したままでも抜きやすく、早駆けの馬から斬りつけた衝撃を緩和するために反りを付け、冑を付けた歩兵を馬上から攻撃するために寸法が長めで刀身は切先が頑丈に作られている。元々は片手持ちだったが、ステレの希望に合わせ、柄を両手持ちに仕立て直した。
「元は馬上用で、皇国の西にある諸侯国で主流の形式だそうです」
「へぇ」
「形はこだわらないとのことでしたので、ご希望の長さと鍛の良さで選びました。いつでもお使いになれるよう、化粧研ぎは省いております」
「うん、これで十分」
ステレはドルトンの説明もどこか上の空で刀身に魅入られていた。地金は均質で、傷や鍛のムラは一切ない。刃や峰に僅かな捻じれも曲がりも無い。反りのある刀に歪みなく焼を入れるには高度な技術が必要だ。鍛の良さで選んだというドルトンの言葉に嘘は無かった。かなりの業物と言っていい。立ち上がって構えてみると、イメージした通りにぴたりと収まる。興奮を抑えながら、ステレは剣を鞘に収めた。
「本当に貰っていいの?」
「是非お役立てください」
「うん、ありがとう」
胸に抱いた剣を見るステレの視線にも言葉にも熱が感じられる。ドルトンは(良い変化だ)と思うのだ。例えそれが魔人との勝負に必要だからという理由だとしても。今までのステレはほとんど物に執着しなかったのだから。
「だけど、、、これかなりの物よね、、、」
遠慮がちに値段を気にするらところがステレらしい。
(こういう所は変わらないものか)
「お気になさらず。私とステレ様の仲ですので。、、、あぁ、減点はご容赦下さい」
ドルトンはウィンクして見せた。
ステレは思わず吹き出してしまった。さっきの<夜明けの雲>とのやり取りを見ていたのか。
「えぇ、もちろん。これだけの物貰ったら減点なんかできないわ」
「ちょっと、俺との対応の差が酷くない?」
「俺、もっと良い剣たくさん上げたよね」とかブツブツぼやきながら<夜明けの雲>が口を挟んでくる。
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「減点っ!」
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剣を下ろし、眉間を抑えつつ溜息をついたステレは、無言で手首を返した。クルリと回転した木剣が、下から<夜明けの雲>の股間にコツンと当たる。魔人は「んほぉぉぉぉおお」と謎の声上げると内股で悶絶した。ドルトン始め商会の男衆も、一斉に首をすくめる。彼らの脳内には「チーン」とういう金属音が鳴り響いていた。
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どうもこの男に付き合うと話がグダグダになる、ちょっと軌道修正した方が良い。立合いに応じられない理由があるのだ、動きを止めているうちにはっきり言っておくことにした。
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「ん?、、、、そうすると、なんでこの200年ばかり、ちょくちょく暴走がおきてたの?、、、、あなた、ちゃんと仕事してたんでしょうね?」
「…………」
気まずそうに視線を逸らす<夜明けの雲>
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ステレの声は、恐ろしく低くく冷たくなっている。
ギギギギ、、、と軋み音が出そうなくらいぎこちなくステレの方を見た<夜明けの雲>は、心底申し訳なさそうな顔で言った。
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彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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