魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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商人がやってきた(魔人も)1

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 「ステレ様、これは一体どういう状況なのでしょうか?」

 剣を抜いたドルトンが固まっている。彼の後ろには、手に手に得物を持った獣人達が、同じように固まっていた。

 「え、いや、、、、」
 「ん?誰?」

 ステレと<夜明けの雲>の勝負から数日が過ぎた頃。
 息せききって山道を登ってステレの山小屋がある広場に飛び込んだドルトンは、そこで見た光景をどう理解すべきか考えていた。

 ステレの山小屋の前、地面に転がる下着一枚のステレに、異国風の黒衣を纏った男がしがみついている。しばらく転がり回ったのか、二人とも砂まみれになっていた。
 (例の魔人の襲撃を受けて戦闘中、、、には見えない、、)
 (命の危機というよりは貞操の危機、、、、違うよな、これ、、、)
 (むしろこれは、、、まとわりつく子供に往生する母親?)
 (ちょっと違うか。似たような情景になんとなく覚えはあるのだが、、、、)
 (女達が男衆の目隠しを始めたが、今更と言うかなんというか)
 (そいういえばだいぶ涼しくなってきたし、ステレ様その恰好で寒くありませんかね。いやそうじゃなくてだな、思考から逃避してどうする、、、)

 「えーと」

 一方、固まっているのはステレも同じだった。何から説明すべきか、頭の中で整理が追い付かない。
ステレが言いよどんでいると、ステレにしがみついていた<夜明けの雲>が、キラキラした笑顔で言った。

 「浮気相手とよろしくやっている真っ最中の現場に旦那が踏み込んだ瞬間!」

 「、、、、、」

 場が凍り付いた。
 商会員は全員(アンタ当事者なのに何言ってるの?)と思ったが、呆れ果てて誰も口を開けなかった。
 まるで他人事の<夜明けの雲>は形態模写当てで自信満々の解答をしたかのごとく、ドヤ顔している。
 ステレは無言で下から<夜明けの雲>の鳩尾を蹴り飛ばした。笑顔のまま綺麗な放物線を描いて、<夜明けの雲>は泉の池に背中から落ちて盛大な水しぶきを上げる。
 起き上がったステレは、泉は一瞥もせず全身に着いた土を払い落とすと、真面目な顔でドルトンに言った。

 「もちろん違うからね?」
 「、、、あ、はい」

 ドルトンはかろうじてそれだけを言った。


 「その方が件の魔人殿ですか」
 「件かどうか知らないけど、魔人の<夜明けの雲>だ。よろしくね」

 下穿きの下着一枚で椅子に腰かけた<夜明けの雲>は、気楽に自己紹介をしながら脱いだ衣服を搾っている。
 山小屋の庭先に出したテーブルセットで、ステレがお茶を出したら、何故か<夜明けの雲>まで当然の顔で席に着いている。商会員は野営の準備もそこそこに、興味深かげに珍客を眺めていた。

 「おっと、失礼いたしました。私は遍歴商人のドルトンと申します。お見知りおきを」

 あまりに予想外の事態に、初対面の人物が居るにも拘わらず、挨拶を忘れていたことに気づいた。印象と信用が第一の商人にあるまじき失態と心のメモに反省を記載して、丁寧に挨拶するが、<夜明けの雲>は特に意に介した風もない。

 「ところで、あなたも中々使いそうだね?どう俺と一勝ぶっ」

 いきなりドルトンにまで勝負を吹っ掛ける<夜明けの雲>にステレは即座に木剣でツッコミを入れた。ゴッという鈍い音と共に、魔法の干渉波紋が空間を揺らす。

 「頭はやめようよ。それマジ痛いよ?俺じゃなきゃ死ぬよ?」
 「これはあなた用って言ったでしょ?あなた以外には使わないから大丈夫」

 毛織の上下に着替えたステレは、テーブルセットを持ち出したついでに木剣も持ってきた。黙ってると何をしでかすか予想もつかない。

 「さすがに商人には魔人殿のお相手は務まりませんよ」

 言いながら、「そういう問題じゃないのに」と涙目で頭を抑える魔人をドルトンはじっと見つめていた。ステレに聞いた話では、『戦闘狂の魔人にいきなり勝負を吹っ掛けられたが、緒戦で失望させたらしく自分を放置して帰った』という話だったが、どうも聞いていたのと様子が違うように見える。

 「あの、話を戻しますが、いったいどういう状況かご説明いただけませんか?随分お親しいように見えますが、、、」

 言って、ちらりとステレを見ると(あ、しまった)という表情が顔に出ている。やはり自分達には知らせていないことがあるらしいと判った。

 「私共は、いつものようにミュンを先触れに出したところ、大慌てで戻ってきて「ステレ様が見知らぬ男と争っている」というので、例の魔人の襲撃なら加勢せねばと、大急ぎで上がって来て先ほどの場面に遭遇した訳ですが、、、」

 まずはドルトンが自分達の事情を説明した。ステレが、どう取り繕うかと思案していると、<夜明けの雲>はそんなステレの思惑をブチ壊す一撃を投下した。

 「五日ほど前に彼女が立合に来てくれてねー。そんときに、、、」
 「ちょ、待って」
 「ステレ様、聞いておりませんぞ。立合いとはどういうことでしょうか?」

 慌てて口を挟もうとしたがもう遅い。ドルトンは厳しい目でステレを見ている。

 「ん?前に闘ったときに、腕を磨いてもう一回って約束したんだよ。その約束の日だった訳」

 状況を知らない<夜明けの雲>の追い打ちの一撃。どんどん険しい表情になっていくドルトンに対して、ステレはどんどんバツの悪い顔になっていく。

 「で、そん時に俺に一撃入れたのよ、今みたいにさ。なもんで嬉しくなって、今後とも末永いお付き合い(殺し合い)をお願いしたら断られた。酷いよねー、俺を『門』に投げ飛ばしてそのまま逃げるんだもんよ。で、なんとかお付き合いいただこうと、住んでる所を突き止めて、戸口で俺の気持ちを語っていたら、いきなり蹴りを入れられたんで、反撃したのがイマココの状態だった訳」

 止める間もなく、全部、綺麗さっぱり暴露されてしまった。
 ドルトンはこれ以上ないほど険しいしい表情で、ステレが何かを言うのをじっと待っている。

 「あの、あの、、、、、、ごめんなさい、、、、、。心配かけると思って、、、、」

 険しい視線に耐えきれなくなったステレは平謝りになった。
 ドルトンは険しい表情のまま(おや?)という表情が出そうになるのを押し殺した。
 今のステレは、奔放な鬼の顔でも、取り繕った貴族の顔でもなく、大人にいたずらを見つけられた子供の顔をしている。いたずらが無断で行った命がけの勝負というのは考え物だが、この魔人との出会いがステレに何か変化をもたらしたのだろうか、、、。
 ドルトンの険しい顔が僅かに緩んだ。

 「この小屋にやってきて、居るはずのステレ様のお姿が無かった時、我々がどれほど落胆することか、、、それに、立合いをお止めできぬのなら、せめて予定を早めて剣をお持ちしたものを、、、、」
 「そんな無理をさせたく、、、、うん、、、ゴメン、二度としないわ。約束する」

 悲しげに眉を下げるドルトンを見たステレは、それ以上何も言えなくなって小さくなった。
 そんなステレと魔人を見ながら、ドルトンは今の状況を思案し続けていた。
 戦闘狂の魔人という話と、印象が全く異なる。しかも、立合いでほんの数回会っただけのはずなのに、ステレと驚くほど親密になっているようだ、いったい何があったのだ。

 「知り合い居るのに、何も言わずに出て来たの?ダメだよそういうの」

 ドルトンが思案してる間に、今度は<夜明けの雲>がステレに説教を始めていた。

 「ねぇねぇ、ステレってば、自分はいつ死んでも良いとか言い出すんだぜ。あなたからも、命大事にって言ってやってよ」
 「元凶のあなたが言うなっての。二度としないって、立合のことよ?言われた通り命を大事にするわよ」
 「えー、それは無し無し。俺との立会は、即死しない限りはケアする、安心安全な殺し合いだから心配ないって」
 「そんな訳あるかっ」

 抜く手も見せぬ木剣のツッコミで、<夜明けの雲>をパンパンと叩く。きっちり刃筋を立てて叩いているあたり、容赦がない。

 「ちょ、まって、いたい、、、、なろっ」

 <夜明けの雲>は頭へのツッコミを見事な白刃取りで受け止めた。

 「にゃは、そう何度も食らうと思う、、、ギャーーーーッ」

 叫び声と共に<夜明けの雲>は椅子から転げ落ち、しゃがみ込んで胸を抑えている。白刃取りされた瞬間、即座に剣を手放したステレは、<夜明けの雲>の両乳首を指で力いっぱい捻っていたのだ。

 「うぅ、鍛えようの無い敏感な場所を、、、鬼かあんたは」
 「鬼よ」
 「そうだったー」

 魔人は自分で『ずがーん』とか言いながら頭を抱えて天を仰いでいる。
 呆然としたまま、なんとも形容しがたい表情で伝説の魔人と鬼人の漫才を見つめるドルトンと商会員一同は、そのとき全員同じことを考えていた。
 (、、、、これはアレだ、、、、『姉ちゃんと弟』だ)
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