魔の森の鬼人の非日常

暁丸

文字の大きさ
20 / 125

商人と魔人

しおりを挟む
 ドルトンが警戒を解くと、<夜明けの雲>も僅かに力を抜いたのが判った。

 「保護者殿にも少しは安心してもらえたかな?」
 「全面的に、、、とは申せませんが」
 「そりゃまぁ、どちらの技も、もまともに当たれば相手は即死だからねぇ。残念だけどこれは譲れないんだ」

 それでも、だいぶマシと言える。山小屋にいきなり現れた魔人の拳で、胸に風穴を開けられるステレを心配する必要は当面無いと言ってよいだろう。確かに<夜明けの雲>は戦闘狂だ。だがその感情は十分にコントロールされている。
 そして魔人はステレに、確かに好意を抱いている。それは常人からするとだいぶ明後日方向の好意であるのだが。それをなんとか軌道修正できないものだろうか?とドルトンは考えた。

 「念のためお聞きしますが、魔人殿はステレ様を妻にとお考えになったことは?」
 「えーっ!?。ないない」

 思い切って聞いてみたのに、<夜明けの雲>は笑いながらすごい勢いで否定した。なんとなく年頃の娘の縁談が流れた父親の気分になったドルトンは、表情には出さないよう苦労しつつ、内心で眉を顰めた。

 「年頃というには少しトウが立ってるかな?」

 僅かの変化を魔人は見逃さなかった。内心を読んだように言う<夜明けの雲>は、すごいニヤニヤ笑いをしている。

 「…やはり魔人殿は一言多い性格のようですな」

 言いながらもドルトンは表情を修正した。

 「とっても判り易かったから、ついね。行き遅れの娘持った男親は、皆同じ顔するんじゃないかな?」
 「そう言っていただけるのは光栄ですが、さすがに親代わりを務めるのは荷が重いですね…」
 「資格が要るのかな。娘のために命を捨てる覚悟を持てるなら十分でしょ」
 「……」

 「ところで、脈があるように見えたかな?俺、そっち方面ではあんまりガツガツしてるつもり無かったんだけど」

 つもりも何も、戦いを求める=口説くのが<夜明けの雲>であり、そんな彼が熱心に戦いを求めるのだから、傍から見たら熱心に口説いているようにしか見えない。本人はまったく自覚していないのだが。

 「先ほどの質問をお返しするようで恐縮ですが、ならばなぜそこまでステレ様に気を使われます?あなたは常在戦場、どこでも闘いを仕掛けるような方かと思っておりました。それがそのような気配は一切お見せにならないので、ステレ様に何か特別な思い入れがあるのかと思いまして」

 「俺はむしろ鬼人がそういう種族だって聞いていたんだけどね」

 初対面時にステレ突っ込まれたのを思い出して、苦笑しながら言う。いちいちツッコミを入れないと気が済まない性格らしい。

 「まあ大した理由じゃないよ。俺はこの森から出られない。この森に住もうなんて剣士は居ない。だから俺は自分の住処で相手が来るのを待つだけだった。で、俺を倒そうって勇者が広場にたどり着いたら『フハハハ、人の身でよくぞここまでたどり着いた』と言いながら現れるって訳さ。何百年もそうしてたら、あそこ以外で闘う気がしなくなった」

 ドルトンは真贋を見定めようと魔人を見ていた。冗談めかしてはいるが、本心ではあるようだ。

 「それにほら、俺って圧倒的に強いじゃない?俺が所かまわず仕掛けたら、大概のヤツは対応しきれないと思うよ」

 加えて、身もふたもないことを言う。どちらかというと、こっちの方がより本音に近いように思えた。

 「でまぁ、気を悪くした保護者殿への言い訳って訳でも無いけど、彼女に魅力を感じない訳じゃ無いんだよ。ただ俺にとって彼女は、『魅力的な女性』である以上に、『とっても魅力的な剣士』なんだよ」
 「とっても魅力的な女剣士は妻にできませんか?」
 「仲人したがるおじさんは嫌われるよ?」

 相変わらず、一言挟まないと気が済まないらしい魔人が、楽しくて仕方ないようにクスクス笑いながら言う。
 一方のドルトンは、(魔人にも仲人という習慣があるのか)と妙なところに関心を引かれていたのだが。

 「愛し合う伴侶と、殺し合う剣士、どちらも選べる余地があったら良かったんだけどねぇ。どちらかを選ばなければならないなら、俺は殺し合う剣士を選ぶ。んで、奥さんと殺し合いは無理無理、妻に夫を殺す重荷は背負わせられないしね。妻の役目は夫の最後を看取ることだろ?」

 難儀な性格だ、、、とドルトンは思う。自分に匹敵する者でなければ興味を惹かれない。だが、自分に匹敵する相手とは闘わずにはいられない。魔人に匹敵する戦士がそうそういる訳もない。同じ魔人なら彼の伴侶になれるのだろうか?

 「では、先日ステレ様の剣幕に押されて引き下がったのは?一言で言えば、あなたらしくない。と思えましたが」
 「それに関してはなぁ、、、、うーーん」

 魔人は一転して気まずい表情になった。

 「保護者殿は俺を信用してくれてる訳だよね?」
 「…今の所は」
 「信頼とは一方が得るものじゃないよね?あなたが話すに足る相手か、今度は俺が商人殿を試してもいいかな?合格したら、ちょっとした昔話をしてあげるよ」
 「試す、とは?」
 「何、簡単な質問に答えるだけさ」

 ドルトンは魔人を見る。笑みを浮かべた表情から、その考えを読み取ることはできない。

 「はい、私で答えらることでしたらなんなりと」

 品定めされる身となったドルトンは、気を引き締める。魔人はいかなる試しをしようと言うのか。

 「あなたが、女性の色気を最も感じるのはどこ?」

 魔人の質問は、ドルトンの想像の斜め上を行っていた。

 「……………あの?」
 「是非答えていただきたい」

 異を唱えようとしたが、畳みかけるように遮られる。

 「………………………………………」

 黙ったままドルトンは考える。
 (正気か?)
 この質問になんの意味があるというのだ?
 いったい何を聞かれているのだ?いったい何を聞きたいのだ?いったいどう答えるのが正解なのだ?。
 魔人の顔を見る。
 (……本気だ)
 そてだけはわかった。ただ、残念ながら正気かどうかはわからなかった。

 「答えられない?」

 考えても判らない。だから取りあえず、自分の思うことをそのまま答えることにした。

 「……………………さよう………「脚」、ですかな」

 「脚……うなじでも、鎖骨でも、胸でも、背中でも、尻でもなく、脚?」
 「はい」

 「念のため聞くけど」
 「はい?」
 「足じゃなくて脚?」
 「………はい」

 「ふむ………………あなたは信頼できる人物のようだ」

 しばし考えていた魔人は、そういってニヤリと笑う。
 『おめでとう、あなたは魔人に認められた勇者です』
 …とでも言いたいのだろうか?。魔人は満面の笑みだ。
 一方で、魔人に認められた?はずのドルトンは、どうにも形容しがたいものすごい表情だった。はっきり言えば、『なんじゃそりゃー』と叫んで、丸太でフルスイングしたい衝動に駆られていた。商会員があらかた出払っていて良かったと心底思う。聞いていたらたぶん商会員も丸太でフルスイングしたくなるに違いない。『皆、丸太は持ったな』と商会員に発破をかける自分の姿が脳裏をよぎった。

 ドルトンは前回、ステレから魔人について『正直訳の判らないヤツ』と聞いていた。それは『得体の知れない怪物』という意味だとばかり思っていた。だが、文字通りの『訳の判らないヤツ』という意味だったのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

処理中です...