魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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昔々あるところに…

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 「んじゃまぁ、商人殿を信用して他愛のない昔話をしようかな」

 なんとも言い難い微妙な表情で困惑するドルトンを他所に、<夜明けの雲>はそう言って話し始めた


 昔々、200年前ばかり前のこと、その頃の俺はとても退屈していた。
 前に闘って、どれくらい経ったかも忘れるくらい長い間誰も来なかった。魔人を倒す名誉も、積み上がった魔金属の剣も、剣士を引き付ける餌としては使えなくなってきている。まぁ来る剣士来る剣士、皆その場で死んじまってるんだから、仕方ないのかもしれない。広場に入らず生きて帰った従者から、俺がどれくらい強いかは伝わっているんだろう。
 死んだ剣士には、磨けばもっともっと強くなりそうなヤツも大勢居た。どうして鍛え直して俺と闘ってくれないのか。そんなことばかり考えていた。と、そうこうしたら、久しぶりに広場に剣士が現れた。

 ウキウキ迎え撃った俺は、ちょっとガッカリした。いい年したオッサンのくせに、上から下までド派手な武装に身を固めて、大口は叩くけど腕はからっきしと一目で判るヤツだった。実際戦ったら案の定で、適当に相手してボロボロにしてやったけど、今まで来た剣士と同じように『俺が負けるのは命が尽きるときだけだ』とか一丁前のことヌかすから、いつもの通りに致命傷ブチ込んで死ぬ寸前に蘇生してやった。そうしたら、ようやく負けを認めて『次は必ず勝つ』とか捨て台詞残して帰って行った。
 そんなこというヤツ初めてだったから、ポカンと見送って、ついつい笑っちまった。(まぁあの腕じゃ周りも止めるだろ…)とアテにしないでいたら、しばらくしたら本当にまた来た。格段に腕を上げて来たよ。それから何度負けても、蘇生してやると捨て台詞残して帰り、腕を上げて出直して来た。まぁ、俺には全然届かなかったけどね。

 そのうち、恰好がだんだんと貧相になって、とうとう鋼の剣を一振り下げただけの乞食同然の姿になってた。以前は付いてきた従者も居なくなっていた。家を追い出されたんで、鎧やら一切売り払らったとか言ってた。『この身と剣さえあれば問題無い』そう言って、勝負を挑んで、負けて蘇生されて、帰ってを繰り返した。
 そんなこんなで付き合いが続いて、3年もするとヤツの剣は俺に届くようになってきたよ。ボロボロだった服も多少はマシになってて、どうにか食うには困らなくなったようだった。
 5年が経つ頃には、互いに寸止めで勝負を決められるようになって、蘇生する必要すらなくなった。時々、勝敗を分けた点について、俺に聞いて帰るようになっていた。

 そうして勝負しては別れるのを繰り返して10数年、だんだん勝負する間隔は開いて行ったけど、勝負に来るときは必ず腕を上げて来た。俺は楽しくて仕方なかった。楽しめる腕にするまでに苦労したけど、こういう勝負をしたかったんだ。(弟子を育てるっていうのはこういうことなのかもしれない)そう考えるようになっていた。ヤツは相当に強くなっている。(そろそろ、俺が捨て台詞を残して出直すことになるかもな…)そう思う頃、めっきり白髪が目立つようになったヤツが久しぶりに表れて、真剣勝負をしたいと言ってきた。
 素晴らしいまでに研ぎ澄まされた気迫と殺気。ところがいざ剣を抜くと、一転して水面の如く静で僅かの乱れもない。俺は鳥肌が立ったね。真剣勝負と言われるまでもなく、全力でやらなきゃ死ぬ、そう思った。

 勝負は、相討ちだった。ヤツは最初から受けなんか一切考えて無かった。二人とも死んでおかしく無かったけど、俺がどうにか致命の一撃を避けたせいで拳が逸れて、ヤツもどうにか即死は免れた。
 死ぬほど痛かったけど、死ぬほど嬉しかったよ。只人の剣士が全力の魔人と相討ちになるまでに強くなったんだから。この男はあと一歩で俺を超える。もちろん俺も動きを磨き直す、やすやすとは超えさせんぞ、、、そう思いながら治療しようとしたら、あいつは初めて断った。

 『もう後は年老いて衰えるだけだから、これ以上は強くなれない。ここで死なせてくれ』

 そう言ったよ。
 魔法で歳を取るのを遅くできると言ったけど、それは自分の強さじゃないと断られた。なら弟子を育ててくれと頼んだら、こんなバカげた勝負で人生捨てさせる訳にはいかないとさ。
 俺は悲しかったよ。ただただ悲しかった。
 で、まぁ落ち込んだせいだか、休眠中に異常種の出現にも起きなかったらしい。そのせいで、何遍か暴走を引き起こし、とうとう森は閉鎖されて俺んとこに来る剣士も本当に絶えちまった訳だが。



 「だから俺は自分の意思で剣を取り、戦いに来る者以外とは闘わない。…そのつもりだったんだけどね。俺が行ける範囲に住んでる剣士なんて初めてだから、嬉しくてちょっと調子に乗りすぎた。だからこないだのは俺が全面的に悪い。そういうこと。…こんなんで納得してくれる?」

 魔人はそう話を締めくくった。

 「……その剣士の名は?」

 話を妨げず、じっと話を聞くだけだったドルトンが、しばらくしてようやく口を開いた。
 魔人は、記憶を掘り返すようにじっと考えていたが、やがてぽつりと言った。
 
 「さて……グリーレ…と名乗ったかな、確か」

 それは商人であるドルトンでも聞き覚えのある名だった。

 「できれば、今の話はステレにはナイショにしてくれるとありがたいな」
 「…わが父、サルモンの名にかけて」
 「ん、ありがと」

 ドルトンは全神経を集中して表情が変化しないように努力している。
 ドルトンは魔人の昔話を疑わない。
 それは<夜明けの雲>も承知している。ドルトンが自分の話を疑わないことを疑わないからこそ、魔人は自分の過去を語ったのだから。
 ドルトンが必死で感情を制御しているのは、昔語りが真実だからこそなのだ。

 「じゃ、そろそろ帰るよ」
 「ステレ様をお待ちにならないので?」
 「今日は商人殿と親交を深められただけで十分に価値があった。俺にはあまるほど時間があるから、慌てないことにするよ」

 魔人にしては真剣な声音だった。昔語りを恥じている?訳では無いようだが、いろいろな感情が重なりあっているように見える。

 「そのうち脚の美についてじっくり語り合おう」
 最後の最後にいつもの表情に戻った魔人は、そんなことを言いながら来た時同様にふらりと去って行った。

 ドルトンは、どうにか表情を取り繕って魔人を見送ると、庭先の椅子に腰かけテーブルに肘をつきじっと考え込む。
 彼の昔話を聞いて判った。判ってしまった。

 『妻に夫を殺す重荷は背負わせられないしね』

 <夜明けの雲の>言った言葉が甦る。
 あの男が望んでいるのは、自分を終わらせてくれる者だ。最後の戦いの日まで、ステレの剣技が自分を凌駕するその時まで、ステレの命には細心の注意を払うだろう。魔人がステレを殺す心配はない。

 (クソッタレッ!)
 心の中で、人前では絶対見せない悪態をつく。
 だからこそ二人を引きはなさなければ、二人とも死ぬ。

 ステレも魔人と同じだ。望んだ全てを失い続け、ついに全てを諦めて魔の森の奥に引き籠った。
 そんなステレが、ようやく友人言える存在を得た。恐ろしく強靭で長命な友人は、失われる心配は無いはずだった。……だが、いつか、彼女の剣技が友人を上回ったとき、友人を自らの手で殺さなければならないとしたら。
 ステレはそれに耐えられるだろうか?。

 (魔人殿、ステレ様なら友人を殺す重荷を背負わせても良いというのですか……)

 ドルトンは再度、丸太でフルスイングしたい気分になっていた。
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