28 / 125
二つの商会
しおりを挟む
ステレの腕にしがみついて「お楽しみ」をおねだりしながら引きずられて商会に戻ったウタは、ステレが自室に逃げ込むと、瞬時に表情を改めた。その足で、大至急で支配人室のモンドに面会を求める。
「早速ちょっかいかけられたか」
「はい」
ウタが入室するなりモンドが言った。
モンドは急な面会の理由を察していたようだった。ウタは商会を出でからの出来事を一通り報告した。
「どっちだと思う?」
「タイミングが良すぎです。恐らくはステレ様目当てかと」
ドルトンはエイレンに進出するにあたり、相当の配慮をした。只人の老舗のトレハン商会が旧市街の一等地にあったからだ。ドルトンは城壁と城壁の間の新市街に目立たぬ店舗を探し、支店を開く前には自らがトレハンの許に出向いて挨拶もしている。トレハンは鷹揚さを見せ、表向き両者は友好的に付き合うこととなった。にもかかわらず、トレハンはわざわざドルトン商会の間近に事務所を間借りし、人員を配置していた。警戒しているのは明らかだった。
商会員にはそれとなく引き抜きの誘いがあったが、商会員は獣人も只人も全てドルトンの身内である。報酬で店員を取り込むのが不可能と知ると、今度は店員がチンピラやら取引やらを装った連中に度々接触されるようになっていた。
今回も、声をかけられたのはウタだ。だが、ここ最近の情勢の変化から、今回はステレが目的だった可能性が高いと判断している。
それはある意味因果とも言える。ステレが手に入れた魔金属の武具を、ドルトンが王都に持ち込んだことが発端だったのだ。表沙汰にせず持主への返還を進めているものの、やはり人の口に戸は立てられない。商人の間で、ドルトン商会が魔金属の武具を大量に入手したと情報が流れ始めている。その希少品の出所を推測するうちに「魔金属の武器は魔の森で発掘された。ドルトン商会は魔の森に狩人を送っている」という噂が出始めているのだ。ドルトンが以前から魔の森の特産品を扱っていることが信憑性を増している。
噂が出て以降は、商会を監視する目が増え始めている。その『狩人』の正体を探ろうとしているのは明らかだった。つまりは、トレハンの狙いは見事に当たっていた訳である。
「できれば、関わらずに逃げて欲しかったが…」
「私もお願いしてみましたが、ダメでした。それはもう楽しそうに路地に誘い込んで、ボコボコにしてましたよ」
ウタの脳裏に、人間を振り回す姿と楽し気な「ヒャッハー」という叫び声が甦る。
「まぁ、やむを得ないか。そういう方だしな」
「連中は、ステレ様が魔の森の住人と確信したと思います。何しろ武器を持った相手を一人で一方的に蹂躙してました。……僭越ですが、ステレ様が目を着けられていると、事前にお伝えしておいた方が良かったのでは?」
「そう聞いて、おとなしくしてくれる方だったらねぇ…」
「……おっしゃる通りでした」
二人は同時に溜息をついた。
「…とはいえ、森から人が来たと、どこで漏れたかな?」
「砦の兵はこちら側です。街の守衛かもしくは…」
「森からの道中も監視されていたか」
「恐らくは」
「マメだねぇ」
感心したように言いながらモンドは笑った。人件費もバカにならないだろうに。それだけこの国で魔金属の武具に魅力があるということでもあるのだが。
「こちらの結束は盤石ですから、外からの監視に力を入れているのでしょう」
「まぁ、ここにお迎えすると決めた時に、いずれは隠し切れなくなるのは判っていたが。街に出かけた初日とはねえ」
「ステレ様が機転を利かせてくれたので、魔法を見せて脅しました。少しは控えてくれるかとは思いますが」
「まぁ、相手は只人の商会だから、こちらから事を構えるのは得策ではないね。出方待ちをするしか無いか」
魔金属の武具はステレから引き渡しを依頼されただけだし、元々は魔人に挑んだ剣士が残して行ったものだ。いくら魔の森を探しても、これ以上は出てこないだろう。だが、いくらドルトンがそう説明しても、納得する者はいないだろう。欲というのはそういうものだ。だからこそ、ドルトンたちにはどうしようも無いのだ。
動かない事態を強引に動かそうと、トレハンが『裏の連中』を使って潰しに来ても、獣人達が遅れを取ることは無いとモンドも信じている。だが、この国では只人に対して獣人はどうしてもハンデがある。こちらから仕掛けるのはできる限り避けたい。権力に脅威と見なされたら、獣人の生活は簡単に潰されてしまうからだ。確かにドルトンは王家へのツテがあるが、王とて貴族全てを意のままに押さえつけられる訳では無い、この国で生きるには、侮られず脅威と見なされずという、微妙な力加減が必要なのだ。
話は終わり…と思ったが、ウタはまだ報告することがあるのか動かない。モンドは訝し気に目で続きを促す。
「……私には抑えきれませんでした。次は別の者にしてください」
「………ご苦労だったね」
モンドにはそれしか言えなかった。
同じ頃、トレハンの商会でも、今日の顛末が報告がされていた。
「森番らしい人物を見つけたって?」
主人のトレハンは、やや小太りの中年男性だった。若い頃は頻繁に外国にも出たが、今はもう自分では行商に出なくなって久しい。体力もだいぶ落ちてしまっていた。だが、それは人を使う地位を手に入れたからだ。と割り切っている。トレハンは主に、白骨山脈からの木材、石材を流通する商人として、確固たる地位を築いていた。
トレハンに報告をしているのは、ステレの言った『最後まで顔も見せずに隠れていた気配』の元だった。トレハンはこの街の顔役に協力を求めたが、獣人とのいざこざを嫌ってあまり協力的な返事を引き出せなかった。やむなく、裏のツテでエイレンに呼び寄せた男で<鴉>と呼ばれている。その名に反して、地味ではあるが明るい色の組み合わせの衣服を纏い、帽子をかぶった商人風の風体だった。もちろん、街に溶け込むために作った姿だ。
「獣人の客だと名乗っていた。デカイ眼鏡で顔を隠してやがったから、人相はよく判らん。だが、ちらりと見えた顔は獣人ではない、恐らくは只人か森人の若い男だ。商会の女は「ストール」と呼んでいたから、偽名じゃなければ只人の可能性が高いが、どちらとも言えん。素手でこちらの8人を軽くあしらうくらいに腕が立つ」
「そいつが獣人の森番だという根拠は?」
(あの非常識な暴れっぷりを直に見たら、疑う気もなくなるだろうに)とは思ったが、実際に目にしていないトレハンにそう言っても信じまい。それに、商人には理詰めで説明する方が良いと承知している。
「依頼を受けてから商会の出入りは監視していた。人数は把握している。その後、商会長が魔の森に行って帰って来たら、人数が一人増えていた。商会から出た形跡は無いから、砦の兵や便乗者ではない。腕の立つ、員数外の商会関係者。しかも護衛に魔法使いを付けるほどの重要人物。そいつが、連中が森に会いに行ってる相手だと考えて良いと思うがね」
「ふむ」
<鴉>の分析を吟味したトレハンは「いいだろう」と呟いた。
「押さえるかい?」
「いや、引き続き正体を探ってくれるだけでいい」
「えらく慎重だな。力づくをしないなら、俺たちを雇う必要など無かったろうに」
「実際、力づくになりそうだったのだよ。獣人共がどうやって魔の森の産物を手に入れているのか、何人かに報酬を約束して釣ってみたがダメだった。だから『聞き上手』の君達においでを願ったのだ。だが、森番が見つかったというのなら話は別だ」
口外できないが、魔金属の武具については、得意先の貴族から「他にもあるかも知れない、あるなら是非入手したい」と強く望まれているのだ。商売の大きなコネである貴族の寵を蔑ろにもできない。本当に魔の森から入手したのか、確証が欲しかった。
「信じがたいが、魔の森で暮らしている獣人の森番が実在するという噂は、本当のようだ」
「なら、尚更森を出ている今が絶好の機会ではないのか?」
「そいつは獣人の客と名乗ったのだろう?店員同様、取引を持ち掛けても引き抜ける可能性は低いだろう。そうなると手荒な方法になるが……、森は王の直轄地だ、森番が何者か判らないうちは、迂闊に手を出せんよ」
今の所、王家は魔の森について何の発表もしていない。だが、ドルトンたちが砦を経由して活動している以上は、なんらかの許可の上で森に出入りしている可能性が高い。そこから利益をもぎ取ろうというのだ、事は慎重に運ぶ必要がある。
「そもそも、8人がかりで軽くあしらわれてる有様で、森番を確実に押さえられるのかね?」
「街の中だから、なるべくおとなしい連中を使ったんだよ。ウチの中でも気の荒いのは、人相だけで入城を断れるような奴らが揃っているんでね」
<鴉>はトレハンの皮肉を、穏やかな声で返す。言葉は穏やかで、どこか言い訳じみた言い方だ。だが、トレハンの背中にぞくりと悪寒が走る。<鴉>の目は、取り繕ったり媚びたりはしていなかった。汗ばむ手を握り、声が震えぬようにするために、それなりの努力が必要だった。
「そいつらなら、万が一獣人達と正面からやり合うことになっても問題ないと?」
「そのつもりで呼んだんだろう?」
(今の所はこの男が手札では最強だが……獣人の手札に勝てると信用して良いものだろうか?)
トレハンは心の中で算盤を弾く。
(王の直轄地に出入りの商人から、利権を奪い取る……。当たれば利は巨大だが、博打としてはどうにも不利な要素が多すぎる。だが、あの方のご要望では勝負を下りる訳にもいかん。どうにか勝ち筋を増やしたいところだが…さて)
「まずは森番の素性を確かめるのを第一にしよう。なに、森番が魔の森に戻るならかえって好都合だよ。……街中はいざ知らす、魔の森の中なら何が起きても不思議では無いだろうしね」
「おいおい、まさか…」
「森番にできることが<鴉>の群には不可能かな?」
危険だが、勝率を上げるためには<鴉>を焚き付けておいた方が良い……と、トレハンは判断した。ただし、加減が大事だ。雇い主の立場を主張しつつ、ヘソを曲げない程度にしないと矛先がこちらに向きかねない。
さっきより威圧の増した<鴉>の剣呑な視線を素知らぬ振りで受け流しながら、トレハンは全身に鳥肌が立っていることを悟られないよう、更に努力をしなければならなかった。
「早速ちょっかいかけられたか」
「はい」
ウタが入室するなりモンドが言った。
モンドは急な面会の理由を察していたようだった。ウタは商会を出でからの出来事を一通り報告した。
「どっちだと思う?」
「タイミングが良すぎです。恐らくはステレ様目当てかと」
ドルトンはエイレンに進出するにあたり、相当の配慮をした。只人の老舗のトレハン商会が旧市街の一等地にあったからだ。ドルトンは城壁と城壁の間の新市街に目立たぬ店舗を探し、支店を開く前には自らがトレハンの許に出向いて挨拶もしている。トレハンは鷹揚さを見せ、表向き両者は友好的に付き合うこととなった。にもかかわらず、トレハンはわざわざドルトン商会の間近に事務所を間借りし、人員を配置していた。警戒しているのは明らかだった。
商会員にはそれとなく引き抜きの誘いがあったが、商会員は獣人も只人も全てドルトンの身内である。報酬で店員を取り込むのが不可能と知ると、今度は店員がチンピラやら取引やらを装った連中に度々接触されるようになっていた。
今回も、声をかけられたのはウタだ。だが、ここ最近の情勢の変化から、今回はステレが目的だった可能性が高いと判断している。
それはある意味因果とも言える。ステレが手に入れた魔金属の武具を、ドルトンが王都に持ち込んだことが発端だったのだ。表沙汰にせず持主への返還を進めているものの、やはり人の口に戸は立てられない。商人の間で、ドルトン商会が魔金属の武具を大量に入手したと情報が流れ始めている。その希少品の出所を推測するうちに「魔金属の武器は魔の森で発掘された。ドルトン商会は魔の森に狩人を送っている」という噂が出始めているのだ。ドルトンが以前から魔の森の特産品を扱っていることが信憑性を増している。
噂が出て以降は、商会を監視する目が増え始めている。その『狩人』の正体を探ろうとしているのは明らかだった。つまりは、トレハンの狙いは見事に当たっていた訳である。
「できれば、関わらずに逃げて欲しかったが…」
「私もお願いしてみましたが、ダメでした。それはもう楽しそうに路地に誘い込んで、ボコボコにしてましたよ」
ウタの脳裏に、人間を振り回す姿と楽し気な「ヒャッハー」という叫び声が甦る。
「まぁ、やむを得ないか。そういう方だしな」
「連中は、ステレ様が魔の森の住人と確信したと思います。何しろ武器を持った相手を一人で一方的に蹂躙してました。……僭越ですが、ステレ様が目を着けられていると、事前にお伝えしておいた方が良かったのでは?」
「そう聞いて、おとなしくしてくれる方だったらねぇ…」
「……おっしゃる通りでした」
二人は同時に溜息をついた。
「…とはいえ、森から人が来たと、どこで漏れたかな?」
「砦の兵はこちら側です。街の守衛かもしくは…」
「森からの道中も監視されていたか」
「恐らくは」
「マメだねぇ」
感心したように言いながらモンドは笑った。人件費もバカにならないだろうに。それだけこの国で魔金属の武具に魅力があるということでもあるのだが。
「こちらの結束は盤石ですから、外からの監視に力を入れているのでしょう」
「まぁ、ここにお迎えすると決めた時に、いずれは隠し切れなくなるのは判っていたが。街に出かけた初日とはねえ」
「ステレ様が機転を利かせてくれたので、魔法を見せて脅しました。少しは控えてくれるかとは思いますが」
「まぁ、相手は只人の商会だから、こちらから事を構えるのは得策ではないね。出方待ちをするしか無いか」
魔金属の武具はステレから引き渡しを依頼されただけだし、元々は魔人に挑んだ剣士が残して行ったものだ。いくら魔の森を探しても、これ以上は出てこないだろう。だが、いくらドルトンがそう説明しても、納得する者はいないだろう。欲というのはそういうものだ。だからこそ、ドルトンたちにはどうしようも無いのだ。
動かない事態を強引に動かそうと、トレハンが『裏の連中』を使って潰しに来ても、獣人達が遅れを取ることは無いとモンドも信じている。だが、この国では只人に対して獣人はどうしてもハンデがある。こちらから仕掛けるのはできる限り避けたい。権力に脅威と見なされたら、獣人の生活は簡単に潰されてしまうからだ。確かにドルトンは王家へのツテがあるが、王とて貴族全てを意のままに押さえつけられる訳では無い、この国で生きるには、侮られず脅威と見なされずという、微妙な力加減が必要なのだ。
話は終わり…と思ったが、ウタはまだ報告することがあるのか動かない。モンドは訝し気に目で続きを促す。
「……私には抑えきれませんでした。次は別の者にしてください」
「………ご苦労だったね」
モンドにはそれしか言えなかった。
同じ頃、トレハンの商会でも、今日の顛末が報告がされていた。
「森番らしい人物を見つけたって?」
主人のトレハンは、やや小太りの中年男性だった。若い頃は頻繁に外国にも出たが、今はもう自分では行商に出なくなって久しい。体力もだいぶ落ちてしまっていた。だが、それは人を使う地位を手に入れたからだ。と割り切っている。トレハンは主に、白骨山脈からの木材、石材を流通する商人として、確固たる地位を築いていた。
トレハンに報告をしているのは、ステレの言った『最後まで顔も見せずに隠れていた気配』の元だった。トレハンはこの街の顔役に協力を求めたが、獣人とのいざこざを嫌ってあまり協力的な返事を引き出せなかった。やむなく、裏のツテでエイレンに呼び寄せた男で<鴉>と呼ばれている。その名に反して、地味ではあるが明るい色の組み合わせの衣服を纏い、帽子をかぶった商人風の風体だった。もちろん、街に溶け込むために作った姿だ。
「獣人の客だと名乗っていた。デカイ眼鏡で顔を隠してやがったから、人相はよく判らん。だが、ちらりと見えた顔は獣人ではない、恐らくは只人か森人の若い男だ。商会の女は「ストール」と呼んでいたから、偽名じゃなければ只人の可能性が高いが、どちらとも言えん。素手でこちらの8人を軽くあしらうくらいに腕が立つ」
「そいつが獣人の森番だという根拠は?」
(あの非常識な暴れっぷりを直に見たら、疑う気もなくなるだろうに)とは思ったが、実際に目にしていないトレハンにそう言っても信じまい。それに、商人には理詰めで説明する方が良いと承知している。
「依頼を受けてから商会の出入りは監視していた。人数は把握している。その後、商会長が魔の森に行って帰って来たら、人数が一人増えていた。商会から出た形跡は無いから、砦の兵や便乗者ではない。腕の立つ、員数外の商会関係者。しかも護衛に魔法使いを付けるほどの重要人物。そいつが、連中が森に会いに行ってる相手だと考えて良いと思うがね」
「ふむ」
<鴉>の分析を吟味したトレハンは「いいだろう」と呟いた。
「押さえるかい?」
「いや、引き続き正体を探ってくれるだけでいい」
「えらく慎重だな。力づくをしないなら、俺たちを雇う必要など無かったろうに」
「実際、力づくになりそうだったのだよ。獣人共がどうやって魔の森の産物を手に入れているのか、何人かに報酬を約束して釣ってみたがダメだった。だから『聞き上手』の君達においでを願ったのだ。だが、森番が見つかったというのなら話は別だ」
口外できないが、魔金属の武具については、得意先の貴族から「他にもあるかも知れない、あるなら是非入手したい」と強く望まれているのだ。商売の大きなコネである貴族の寵を蔑ろにもできない。本当に魔の森から入手したのか、確証が欲しかった。
「信じがたいが、魔の森で暮らしている獣人の森番が実在するという噂は、本当のようだ」
「なら、尚更森を出ている今が絶好の機会ではないのか?」
「そいつは獣人の客と名乗ったのだろう?店員同様、取引を持ち掛けても引き抜ける可能性は低いだろう。そうなると手荒な方法になるが……、森は王の直轄地だ、森番が何者か判らないうちは、迂闊に手を出せんよ」
今の所、王家は魔の森について何の発表もしていない。だが、ドルトンたちが砦を経由して活動している以上は、なんらかの許可の上で森に出入りしている可能性が高い。そこから利益をもぎ取ろうというのだ、事は慎重に運ぶ必要がある。
「そもそも、8人がかりで軽くあしらわれてる有様で、森番を確実に押さえられるのかね?」
「街の中だから、なるべくおとなしい連中を使ったんだよ。ウチの中でも気の荒いのは、人相だけで入城を断れるような奴らが揃っているんでね」
<鴉>はトレハンの皮肉を、穏やかな声で返す。言葉は穏やかで、どこか言い訳じみた言い方だ。だが、トレハンの背中にぞくりと悪寒が走る。<鴉>の目は、取り繕ったり媚びたりはしていなかった。汗ばむ手を握り、声が震えぬようにするために、それなりの努力が必要だった。
「そいつらなら、万が一獣人達と正面からやり合うことになっても問題ないと?」
「そのつもりで呼んだんだろう?」
(今の所はこの男が手札では最強だが……獣人の手札に勝てると信用して良いものだろうか?)
トレハンは心の中で算盤を弾く。
(王の直轄地に出入りの商人から、利権を奪い取る……。当たれば利は巨大だが、博打としてはどうにも不利な要素が多すぎる。だが、あの方のご要望では勝負を下りる訳にもいかん。どうにか勝ち筋を増やしたいところだが…さて)
「まずは森番の素性を確かめるのを第一にしよう。なに、森番が魔の森に戻るならかえって好都合だよ。……街中はいざ知らす、魔の森の中なら何が起きても不思議では無いだろうしね」
「おいおい、まさか…」
「森番にできることが<鴉>の群には不可能かな?」
危険だが、勝率を上げるためには<鴉>を焚き付けておいた方が良い……と、トレハンは判断した。ただし、加減が大事だ。雇い主の立場を主張しつつ、ヘソを曲げない程度にしないと矛先がこちらに向きかねない。
さっきより威圧の増した<鴉>の剣呑な視線を素知らぬ振りで受け流しながら、トレハンは全身に鳥肌が立っていることを悟られないよう、更に努力をしなければならなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界
小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。
あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。
過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。
――使えないスキルしか出ないガチャ。
誰も欲しがらない。
単体では意味不明。
説明文を読んだだけで溜め息が出る。
だが、條は集める。
強くなりたいからじゃない。
ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。
逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。
これは――
「役に立たなかった人生」を否定しない物語。
ゴミスキル万歳。
俺は今日も、何もしない。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる