魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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街の鬼人2

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 「うーん、これはいったいどういう状況?」

 困惑するウタは、ステレと手を恋人繋ぎして街を歩いている。用心のため路地を出る前に、着ていた外套を裏返しにした。外套は全然色合いの違うリバーシブルになっていて、最初の色の先入観で探すとちょっと見では気が付かないはずだ。だが、二人の歩みは散策と言って良い歩き方で、また絡まれるかもしれないと思うとウタは気が気ではない。ステレはそんな心配どこ吹く風で、妙に楽し気に時折甘々の声で顔を寄せてくる。というか、(近い近い近い)とウタがドギマギするくらい身体を寄せてくる。
 (うーん、そっちの気は無いって言ってたけど……なんでその気になったのかしら?)ちらりと横顔を見る、顔はほとんど隠しているので、楽し気な雰囲気以外は判らない。

 ステレの希望通りの場所を求め、城門を抜け新市街に入ると、城壁沿いの路地をどんどん入って行く。一重目の城壁は後から築かれた二重目の城壁より高く、その北側に当たる新市街のこの近辺は一日中日当たりが悪いせいで、人もまばらだった。

 「あの、ストール様?」
 「いいのいいの、二人きりになれるとこ行こう」

 クスクス笑うステレは、ウタからもとてもいい男に見える。あるいは詐欺常習犯の笑顔だった。

 路地の突き当りらしき場所に着いた。以前ボヤが出た家を解体したので、ちょっとした空き地になっている。辺りには石材や壊れかけた木箱や樽などが散乱している。
 ステレは「うーんっ」と両手を上げて伸びをすると、左右にぐいぐいと伸ばして運動を始めた。あちこち、筋を伸ばすと、ウタの腰を抱いて、顔を近づける。

 「じゃ、楽しもうか」
 
 ウタの頬に唇が触れる。(え、え~~~っ、こんな路地で?)とウタが引き気味になった瞬間、ステレはそのまま振り向くと、人気の無い路地に向かって声をかけた。

 「にーちゃん方、覗き見の見物料は高いぞ。参加希望者なら無料にするがどうだい?」

 しばらくはなんの反応も無かったが、やがて路地からゆらりと、7~8人の男が出てくる。やはり見つかっていたか。……いや、ステレが誘ったのか。「お楽しみ」ってこれか、とウタは気が付いた。

 「……頭オカシイのか?」
 「え、なんで?」

 男の一人の、あまりに直球の質問に、思わず地で返してしまった。だが、考えてみたら、路地裏で立ったまま致すとか、良識疑われても仕方ないと思い至る。

 「この人数に絡まれて、わざわざ人気の無い路地に来るたあ、何考えてるんだよ」

 男達にも、途中から明らかに誘われていると判る歩き方だった。だから伏兵を警戒したのだが、周囲には全く気配が無い。おまけにいきなり女とイチャつき始めるし、何を考えているのかさっぱり判らない相手だったのだ。

 「あぁ、そのことね。いや、最初河原に降りようかと思ったんだけどね、あそこ遮蔽物が無いから以外に人目につくんだよね~」
 「あ?」
 「通報されたり、途中で止められたりしたらイヤだろ?」

 一瞬、地が出てしまって焦ったが、気を取り直して、ケレン味たっぷり込めた台詞で挑発をする。見え見えの挑発だったが、男達は一斉に腰の剣を抜いて応えた。

 「おいおい、素手の一人相手に、全員で抜刀かよ」

 それを見たステレは、見え見えの挑発その二で更に煽る。嘲笑まじりの、どう見ても悪役が似合いそうないい笑顔だった。

 「お前も遠慮しないで抜きゃいいじゃねぇか。腕に自信あるんだろ?」
 「あー?これか?抜けないんだ、飾りなんでな」

 男達は、一瞬ポカンとした。素手でこの人数を相手にして、何故この男はこんなに平然と笑っているのだ?

 「気にしなくていいぞ、剣だと手加減できなくなるんだ」

 見え見えの挑発その三が引き金になったか、男達は無言で襲い掛かって来た。



 戦闘は一方的だった。
 素手だと思っていた相手が、武器を使ったのだ。武器は……人間だった。
 襲い掛かろうとした先頭の男が、不意に転倒した。「っしゃー」と叫びながら飛び込んだステレは、男を無造作に掴むと、凄い勢いで振り回したのだ。さすがに仲間に剣を当てる訳にもいかず、チンピラ達は及び腰なる。そのうち服がボロボロになってつかみどころが無くなると、適当に投げつけて次の犠牲者を捕まえてまた振り回す。時折「ヒャッハー」と奇声を上げながら人間を振り回す姿は悪夢のようだったが、マトモに拳で殴ると只人の頭など一発で粉砕しかねないので、ステレとしてはこれでも手加減しているつもりなのだ。
 背後で見ているウタは、目の前の無茶な光景に思考が停止しかかって、(…すごく…楽しそうです)という感想しか思い浮かばなかった。屋台で楽しそうにしていたのは、どこか演技が入っていたと判ったのだ。こっちは間違いなく素で楽しんでいる。

 「なんだこいつ」
 「バケモノかっ」

 悲鳴と怒号が飛び交うなか、分が悪いと見た誰かが声を上げた。

 「女を押さえろ」

 一人が、路地の壁沿いを回り込んでウタに近づこうとした。ステレは目の前の男に掴んでいた『武器』を投げつけると、舗装の敷石を片手で引っぺがして投げつけた。風切り音を上げて飛んできた石が、目の前を通過するのに驚き男の足が止まると、その隙に一気に間合いを詰める。
 だがそれよりも早く、ウタは両手の指を使って胸の前で複雑な印を組む。素早く三度組み替えると、現れた魔力の矢が音もなく飛び、男の剣を叩き落とした。

 「くそっ、あの女魔法使いか」

 「次は当てるわよ」

 再び胸の前で印を組むと、威嚇するように言う。

 「お、魔法使えるの?じゃ『眠りの雲』使える?今日は楽しませて貰ったから、アイツらにはゆっくり休んでもらってさ、雇い主の所にお礼に行こう」

 ステレが、周りに聞こえるようにわざとらしく指示すると、ウタはさっきより複雑な印を数度組み替える。接触せず、複数人を眠らせる『眠りの雲』は、かなりの高等魔法だ。それを見た男達は、顔を見合わせるとさっと潮が引くように引き上げた。尾行といい逃げ足といい、それなりに訓練されているようだ。ウタの言う通りただのチンピラではない。

 「…せっかく巻いたのに、なんでわざわざ」
 「一人、顔も見せない気配がずっとついてきてた。最後まで隠れたままだったから、そいつが頭目だろうね」

 ウタははっとしてステレを見る。それに気づいていながらおくびにも出さずにあの大暴れなのか。

 「で、雇い主に足が付きかねないと知ったら、少しは自重してくれるかなと思ってね」
 「だといいですね」

 ウタがため息交じりに言う。ステレの思惑も判らないではないが、できればこちらの手の内はあまり見せたくなかったという想いがあった。

 「それでさ……本当に『眠りの雲』とか使えるの?」
 「秘密です」

 ステレの今更の質問をはぐらかす。ちょっと怒っていたのだ。
 「ありゃ」とか言いながらステレは肩をすくめた。大して気にしている様子も無い。
 ウタは、ステレが闘争に関しては、別人のように頭の回転する人間なのだと理解した。本人が常々「剣以外はポンコツよ」と言っていた意味が、実感として理解できたのだ。

 「さて、うるさいのも片付けたし、市に戻ろうか」

 たった今、刃物を振り回す連中と大立ち回りしたというのに、もうすっかり忘れたように言う。ウタはがっくりと肩を落とした。絶対、トラブルが起きるのを期待して外出したに違いない。今のウタにはステレを抑える自信が無くなっているし、襲撃を支配人に報告しなければならないだろう。なんとかしなければ……

 (うーん…仕方ない)決心したウタは、ステレの腕に絡みついて、ちょっと声音を変える。

 「そ・の・ま・え・に。ストール様、お約束通り「お楽しみ」をいたしましょうよ」
 「え、それは今終わった……」

 ステレの腕に胸が押し付けられる。ぽよんとした感触が伝わってきた。

 「えー、私に「楽しもう」って言ったじゃないですかぁ」

 更に、足をからめて下から目線で攻めてみる。
 頬をヒクつかせたステレは、視線を泳がせた。
 (そんな気配を見せなかったから安心してカップルを演じて見たけど、この子も『そっち』なの?)。
 一応経験はあるステレだが、さすが女性とした事は無い。何より、鬼人になってからの経験は無いので、加減を間違えてうっかり怪我でもさせたら目も当てられない。というか、今はまったくその気が無いので、仮に男相手でも無理だ。こういうのは気分が一番大事なのだ。道中の甘々カップルぶりは、口から蜂蜜を垂れ流している気分になりながらの渾身の演技だった。

 (どうしたもんかなぁ……)
 ウタを見ると、目が合った途端に瞼を閉じてつま先立ちして顔を寄せてくる。

 (退散するに限るか…)

 「さ、さー、商会に帰ろうかなー」

 棒読みで言いながらギクシャクと歩き出したステレを、(ちょろい)と思ったことはナイショにしておこう。とウタは思った。
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