魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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街の鬼人1

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 ステレは、商会の通用口で『彼女役』と顔を合わせた。
 『彼女役』は、茶の髪を肩で切り揃えた、地味な女性だった。実際の所、商会の女性はチェシャを除けば飛びぬけた美人はいない。皆どこにでも居るような女性ばかりだ。それどころか、衣服や化粧にも気を使って、敢えて地味に抑えているようにも見える。

 「ウタです。あの、よろしくお願いします」
 「あー……うん、今日はー、よーろーしーくねー」

 すごい勢いで頭を下げる女の子に、適当に挨拶しながら声を調整する。
 余程作らないと、前回の低音のイケボにはならない。それだと、ウッカリ会話したときにボロが出かねない。あまり無理をせず、男に聞こえる声になるようにしてみた。

 「あー……、あー……、うん、これくらいでいいか?。私……俺は…そうだな…俺の名はストール。そう呼んでくれ」
 「はい、ストール様」
 「この街の事は知らないから、プランは任せていいかな?」
 「は、はい、お任せください」

 またすごい勢いで頭を下げるウタを促して、通用口からそっと出る。
 ゴーグルだけでも目立つので、衣服は異国風の意匠にしつつ、なるべく地味なものにした。ウタにも同じ意匠の外套を着せて、同じように顔を隠させる。異国のカップルに見えるような装いにした。寒い時期なのが幸いして、厚着で顔を隠してもそれほどおかしく見られないのはありがたい。
 剣も自前のは戦場で使うような代物なので、小剣を用意してもらった。
 ただし抜けない。
 木剣に塗装と装飾をしただけの飾り物だ。正直、鬼人のステレは街中では素手でも過剰戦力なのだ。

 ウタに連れられて、城門を潜って旧市街に入る。ここは古くからの街並みで、裕福な層が多く住んでいるという。街の説明を聞きながらしばらく歩いて中心部の広場に向かうと、市が立てられていた。様々な品が地面や簡易テーブルに並べられている。ステレの表情がぱあっと明るくなる。

 「いいね、いいね、こういう雰囲気」

 嬉しそうにステレは露店の物色を始めた。ウタは、ステレの腕に掴まって、ちょこちょこ後を着いて行く。
 正体が露見しないように目立たなく歩くのかと思ったら、ステレはごく自然に露店の店主を冷やかしていた。そのうち、焼いた肉を薄焼きのパンに挟んで売っている屋台を見つけたステレは、親父と値引き交渉を始めた。
 激しい攻防(?)の末、親父は炭火にかけた鉄鍋に薄パンを貼り付けてて焼きはじめた。

 「兄さん、それ変わった眼鏡だね」

 焼き上がり待ちの間に、屋台の親父が話を振って来る。

 「ん?これかい?、この街に来る前に、皇国の西の砂漠を渡る護衛をしてたんだよ。砂も日差しも凄いから、こういうのが要るんだ」

 外国から来た客という設定に沿った身の上話をする。

 「へぇ、着けたままで見づらくないのかい?もう、さほど日差しも強く無いだろに」
 「……親父さん鋭いね…。これには、人前で外すことのできない深い理由があるんだ」
 「ほう」

 あたりを憚るように声を落としたステレに、ウタはちょっとドキりとする。まさか正体をバラすようなことは無いと思うが…

 「実はだな……」
 「……うん」
 「目の周りだけ日焼けしてなくてさ。人前じゃ取れないんだよ」
 「うわはははは」

  屋台の親父は、「兄さん気に入った」と言いながら、肉をオマケしていた。今日のステレは、貴公子ではなく気のいい兄ちゃんを演じている。奇抜に見える衣装も陽気さと軽妙さで包んで、逆に似合って見える。(本当にこんな人とお付き合いできたら……)とウタが自然に思うほどだった。
 所によっては、只人以外の人種にまだ偏見の残るこの国で、獣人の身内の只人にいい顔をしない者も居る。ましてや、商会の店員は女性でも只人以上の教養を身に着けている。複雑な感情から忌避する男も居て、相手を見つけるのには苦労するのが現状なのだ。

 広場の端で、二人で肉サンドを分けて食べた。簡単な料理だが、香辛料の利かせ方が上手い。食べながらあたりをきょろきょろ見ていたステレは、遠くに見える塔を指さす。

 「あれ何かな?」
 「えと、聖堂の塔ですね」
 「見に行かない?」
 「でも、でも、結構遠いですよ?」
 「たぶん大丈夫」

 (?)と訝し気に思いながら、先に歩き出したステレに着いて歩き出す。「そこの通りです」と指し示して広場を抜け、通りを少し進むと、ウタは後ろから肩を掴まれた。「ひゃっ」という小さな悲鳴に気づいたステレが足を止めると、周りをわらわらと男が取り囲む。

 「ネェちゃん、ちょっと俺たちに付き合ってくれないかな?」
 「あの、あの、、、困ります」

 首をすくめて逃げたウタがステレにしがみつく。

 「ネェちゃん、顔隠してるが獣人とこのだろ?獣臭いからすぐ判るぜ」
 
 ニヤニヤ笑いながら言う男を、キッとにらみつける。両親を知らないウタにとって、商会の皆は家族なのだから。だが、今はどうにかこの包囲から逃げるのが第一だ。しかし、どうした訳かステレは黙ったまま動かない。ウタはそっとフードの中のステレの顔を覗き込んだ。
 笑っていた。
 『キター』と言わんばかりの、会心の笑顔だった。
 商会を出てすぐ、監視しているらしい視線に気がついていた。なので食事するフリしながら辺りを見ていたら、こちらを遠巻きに探っていたそれっぽい連中が、通りに下がったのが見えたので、わざわざ同じ方向に来たのだから。
 ステレは無言のまま外套の口許を引き上げてボタンを留めた。間違っても正体を見せる訳にはいかない。外れないのを確認すると、ウタをかばうように前に立つ。

 「あん?ビビってるのかと思ったら、なんだ今頃。お前も獣人の身内か?」
 「客だよ。一宿一飯の恩ってやつがあってね、黙ってる訳にも行かないんだ」
 「兄ちゃん、格好付けてると長生きできねぇぞ」

 (嗚呼…)
 ステレは感動に打ち震えていた。こんなテンプレ台詞を吐くチンピラが未だ生息していたとは…。

 「なんだぁ?、カッコつけて出てきた割には震えてるじゃねぇか」
 「…嬉しくてさ。俺ならいくらでも付き合うから、場所を変えてゆっくりじっくり(拳で)語り合わない?」

 はぁ?といった男達の頭に疑問符が浮かびあがる。

 「あ、探してたヤツらが見つかったから、君は先に帰ってていいよ」
 「……そういう訳にはいきませんよ」

 ウタにはさっきまでのオドオドした雰囲気はなく、妙に冷静な声だった。ウタにもようやくステレの意図する所が判った。遠慮なく暴れられる相手を探していたのだ。あまりの無謀に、思わず地の喋り方が出てしまった。

 だが、ポカンとしていた男達は、はっと我に返った。今のやり取りで、男が口先で自分達を引き付けて女を逃がそうとしているように見えたのだ。

 「何をフザけたこと……うっ」

 ウタに手を伸ばそうとした男の手をステレは掴んだ。ぐいと男を引き寄せると、にへらと笑う。「何しやがる」…と男は最後まで言えなかった。ステレが足払いで両方の足をまとめて刈ったのだ。いや、これを足払いと言っていいのだろうか。男は地面に立てた棒の端を蹴り飛ばしたように、空中で一回転した。ステレが掴んでいた手を放すと、そのまま悲鳴を上げながら吹っ飛んて行って動かなくなる。

 男達が唖然とするする隙に、ウタはステレの手を引っ張って走り出した。

 「逃げますよ」
 「ちょ、なんで」

 せっかくのお楽しみを中断されたが、さすがに彼女一人にする訳にもいかず、しぶしぶ並んで走り出す。慌てて後を追う男たちだが、市の人混みに阻まれてしまった。ウタは、連中を引き離したと見ると、するりと路地に入った。
 あまり走るのが得意でないのか、はぁはぁと息を切らしている。

 「あの程度の相手ならどうってことないのに」
 「あいつら、たぶんトレハン…この街の只人の商会の手先ですよ。うちの情報を得ようと、時々商会員に手を出してくるんです」

 息を整えたウタが、不満そうに漏らすステレにそう説明した。

 「あぁ、なるほど」
 「なので、あんまり騒ぎにならないうちに逃げるのが得策です。下手に手を出しても口実にされかねません。まだ陽はありますが、商会に戻りましょう」

 話を聞いて、うーんと何事か考えていたステレは、にこやかに言った。

 「いやぁ、せっかくのデートだし。もっと楽しまなきゃ」
 「はい?」
 「という訳でさ、ここよりもう少し広くて、人気の無い路地とか知らない?」
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