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ウルスからの使者3
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「肝が冷えましたぞ、頭領」
「いったい何があったのですか」
戻ってきたテンゲンに、郎党が口々に言う。
彼らには、広場の中心で話す3人の声は届いていなかった。ただ固唾を呑んで見つめるしかなかった主が、自らの名誉の剣…それは本人の命を意味する…を差し出したとき、彼らは絶望感に押しつぶされそうになっていた。主を知る彼らは、例え目当ての刀を入手したとしても、一度差し出した短剣を戻すことは無いと考えていたのだ。だが、何事があったのか、テンゲンは短剣を腰に戻し、刀を手にして彼らの元に戻って来た。
「鬼人殿には借りを作ってしまったわ」
テンゲンが苦笑しながら言った。それは苦笑というよりは、自嘲の表情だったのかもしれない。
「借りとは?」
「鬼人殿はこの刀で強敵との決闘に挑むつもりでおったそうだ。不当に入手した訳でもないのに理由も聞かず手放せぬと、正面から言われては何も言えなんだ。是非もなく儂の剣との交換を申し入れたが、鬼人殿は名誉の剣を知っていたようだ。儂が剣を差し出した意味を口にする前に、『高く買うというなら売る』と一方的に言って剣を押し付けてきた。自ら只人の礼儀を知らぬ蛮族だと言っていたが、どうして中々の御仁と見える」
「なんと」
郎党達は思わず広場の反対側にいる鬼人を見た。外套をかぶり直し、顔はもう見えない。地味な衣服の上から小札の胴鎧だけを着け、上等そうなブーツを履いているがそれだけだ。見た目はよく見る隊商の護衛でしかない。それなのに、遠く離れたウルスの武士の習慣を知っていたというのだ。それ程の見識を持つ剣士が、なぜ獣人の商人と共に居るのか。商人は鬼人に全幅の信頼を置いているようだった。他国へ出るときも同行するほど信頼されている護衛なのかもしれない。
「僅かに形を変えられいるが、聞いた限りでは刀は穢れには触れておらぬようだ。国許の呪い師に見てもらうまでは安心はできぬが、嘘を付く理由もあるまい。どうにかお役目は果たせるようだ、皆ご苦労であったな」
「っ!…祝着にございます」
郎党一同が安堵したように息を吐いた。祖国を遠く離れ、僅かの手掛かりを頼りに商人の足取りを追い続ける旅だった。特にドルトンは巧妙に行方をくらましており、おそらくテンゲンでなければ追いつくことはできなかっただろう。
「刀は譲っては貰えたが、これから商人殿と値段の交渉をせねばならぬな……。さて、何を吹っ掛けてくるか…」
テンゲンは誰言うとなく呟く。
何としても刀を持ち帰るつもりだったが、対価を踏み倒そうなどは一切考えていない。そういう男だからこそ、この剣を捜索する役目を任されたのだ。鬼人に借を作ったのは事実だが、鬼人は金の話はドルトンとしろと言った。まずはドルトンと交渉するつもりだ。それに鬼人への借りは金銭で返せるものではない。…返しきれぬかもしれない。
「あまり時間をかけると、日のあるうちに街までたどり着けぬな。すぐに刀を封じて昼餉の用意をせよ。刀には常に二人以上付けて目を離すな。昼を終えたら交渉には儂が行く、その間に出立の準備をしておけ。誰ぞ、商人殿に昼食後に儂が赴くと伝えてきてくれ」
「はっ」
テンゲンが指示を飛ばすと、郎党達が一斉に動き出す。昼食を挟み、交渉は第二ラウンドに入ろうとしていた。
昼過ぎになり、ドルトン達が湯を沸かしていると、旅の荷馬車が一台広場に入ってきた。御者台に男が二人、荷台にも護衛らしい男が一人乗っている。手綱を取る男が片手で帽子を上げ「御免下さい」といいながら、ドルトンとテンゲン双方の間に馬車を停めた。ここで休憩して、日暮れまでにロイツェルに入るのだろう。
人が増えたので、双方の中間で話し合いという訳には行かなくなった。だが、目的の品を入手したというのに、テンゲンは変わらず配慮を見せた。ドルトンが出向く前に、郎党の一人がテンゲンが一人で交渉に来たいと告げてきたのだ。ドルトンは丁寧に礼を言って受け入れた。
簡単な昼食を済ませた頃、先触れの通りテンゲンは一人でやってきた。
「ご足労にございます」
そう言ってドルトンは馬車の車内に誘った。
店員の淹れた熱い茶を喫すると、ドルトンは前置きも抜きに切り出した。
「さて、私がデミトリから剣を買った事をご承知でしたら、価格も聞いておられるのでしょうね」
「この国の銀貨で3万と聞いておりますな」
「左様です」
王国近辺では金の産出は少なく、主要貨幣としては銀貨が使われている。
ドルトンが支払ったのは、常用されている王国銀貨で3万枚。上等な長剣の5倍以上の値だった。
「私が申し上げるのも妙な話ですが、その二倍とはかなり法外な額ではございませんか?」
ドルトンが苦笑しながら言う。
「物の価値は、欲する人によって変わるものでござろう。ドルトン殿は鬼人殿への贈り物にその高額な刀を欲したのではござらんか。……あの鬼人殿は、商会の護衛と思うたが、そうではないようですな」
「そうですな、どちらかと言えば、……お得意様ですな」
言葉を濁したが、テンゲンもそれ以上は聞かない。銀貨3万枚の太刀を贈り物にする相手…というだけで十分だ。
「金額ですが、先ほども申しましたが、さすがに銀貨6万は法外です。買った額そのままで結構にございます。それに、条件によっては、割り引くつもりもございますが……」
「ほう、それは?」
「……私めは、主にお国の特産を買い付ける商いをしておりますが、お国の方々に王国にも多くの良品があることを知っていただければ…と、考えておりますので…」
それはテンゲンも予想していた、『まっとう』な商人の希望だった。
遊牧民が国家を立ち上げるにあたり、諸侯国は商人を優遇し、貿易の中継を経済の根幹とした。長らく定住しての産業が定着しなかったため、農作物については輸入に頼る面が大きかったからだ。多数の商人が行き交い、競争の激しい諸侯国で、エン家へのツテは大きな力となるだろう。
「……口添えのは約束は致しかねるゆえ、元の値で結構。ただ、銀貨で3万ともなると、今は手許にござらん。某の名と印で手形を切る故、まずは取り逸れは無いものと信用していただきたい」
「左様ですか…」
残念そうに首を降る。ある程度は信頼を得たつもりだったが、なにか理由があるのか?とドルトンは思案した。もしくは、テンゲンが類稀なる潔癖症で、そういった横車を押すような真似を嫌う質であるか…。だが、そんな融通の利かない人間が、刀の探索と交渉を命じられるとも思えない。そう考えると、ドルトン自身がこの男にもう一歩踏み込んで見たくなった。
「では…、あの剣を求める理由をお聞かせいただけるなら、それを対価としていただいてもよろしゅうございますが」
テンゲンの表情が僅かに厳しいものとなった。
「それは我ら一族の内の話なれば、聞いて何とされるつもりか?」
「知りたいだけ…と申し上げるしかありませんな。テンゲン様は、我らを皆殺しにして剣を奪うこともできたはず。ですが、最初から腰を低くして交渉に望まれ、最後は名誉の剣まで差し出そうとされた。私は多くの国の貴族と商いをし、もちろんお国の諸侯ともお付き合いがございますが、テンゲン様のような方を見たことがございませんので。それに、鬼人殿は、理由が納得できるものであったら、何も言わずに剣をお譲りしたと思うのですよ」
遠回しに、『力づくで奪おうとしないところが貴族らしくない』というドルトンの言い分は、テンゲンの表情を僅かに緩ませたようだった。だが、鬼人は刀を手放すのを惜しんでいたように見える、それほど簡単に渡すのであろうか?
「さて、闘いに望まんとする剣士が、某の言ごときであれ程の刀を簡単に手放すとも思えませぬが」
「あの方は、今では値も付けられぬような魔金属の剣を何十振りと入手されたことがあるのですよ。ですが、それが皆、古の剣士が戦いに敗れて残していった物だと気付くと、元の持ち主を探して残された子孫の手に返すよう、私に託されましてな。自分の手元には一振りも残しませんでした。そういう方なのです。私があの剣を入手したのも、そんな鬼人殿に魔金属の剣に劣らぬ剣を贈りたかったからでございます」
テンゲンは、言葉も無くしばらく考え込むような表情をしていた。剣士垂涎の魔金属の剣ですら惜しげもなく返却しようとする人物であったとは。……しかもそれだけはない。
「…某はこの国の言葉には若干疎いのだが、鬼人殿の先程の言い回しは…」
テンゲンは『あぁ』という顔をした。最後にまくし立てたとき、ステレは地の言葉遣いになっていた。テンゲンはそこに気づいていたらしい。
「えぇ、鬼人殿は女ですよ。普段は余計な揉め事が起きぬよう、男で通しております」
話し方だけでなく、腰の据え方、歩き方で何となく察しは付いていたが。それでも驚かざるを得ない。あの鬼人は伝承に違わぬ剛の者だ。自分の手勢で鬼人と戦える者がどれ程居るか。
女でありながら隠しきれぬ実力、ウルスの風習を知り、とっさの機転でテンゲンの命を救おうとし、魔金属の剣ですらわざわざ持ち主を探して返そうとする義理堅さ。あの鬼人は、知れば知るほどに興味深い人物のように思えた。
「…鬼人殿に直接お聞かせできるなら良いが、いかに?」
「よろしゅうございますとも」
ドルトンが馬車から顔を出す。先程入ってきた馬車は既に出発した後だった。周りに彼ら以外の気配は無い。ドルトンはテンゲンの郎党にも聞こえるように、大声でステレを呼んだ。
「鬼人殿、テンゲン様のご所望です、こちらで話を聞いていただけないでしょうか」
何事かと思いつつ、馬車に入ったステレは、テンゲンの顔を見るなり渋い表情で盛大な溜息をついた
「私は無駄骨を折りましたか?」
「……顔に…出ておりましたかな?」
テンゲンは僅かに驚いたが、ステレの問には答えず、質問で返した。口調は、面白がっているようにも思えるものだった。
「いいえ、全く。……ただ、あなたと同じ目をした男たちを、幾人も見送ってきたので、なんとなく判るのです」
いきなり始まったステレとテンゲンの不可思議なやり取りに、ドルトンは困惑した顔でステレを見る。視線に気づいたステレは、恐ろしく不機嫌な声で言った。
「この人は死ぬつもりよ」
「いったい何があったのですか」
戻ってきたテンゲンに、郎党が口々に言う。
彼らには、広場の中心で話す3人の声は届いていなかった。ただ固唾を呑んで見つめるしかなかった主が、自らの名誉の剣…それは本人の命を意味する…を差し出したとき、彼らは絶望感に押しつぶされそうになっていた。主を知る彼らは、例え目当ての刀を入手したとしても、一度差し出した短剣を戻すことは無いと考えていたのだ。だが、何事があったのか、テンゲンは短剣を腰に戻し、刀を手にして彼らの元に戻って来た。
「鬼人殿には借りを作ってしまったわ」
テンゲンが苦笑しながら言った。それは苦笑というよりは、自嘲の表情だったのかもしれない。
「借りとは?」
「鬼人殿はこの刀で強敵との決闘に挑むつもりでおったそうだ。不当に入手した訳でもないのに理由も聞かず手放せぬと、正面から言われては何も言えなんだ。是非もなく儂の剣との交換を申し入れたが、鬼人殿は名誉の剣を知っていたようだ。儂が剣を差し出した意味を口にする前に、『高く買うというなら売る』と一方的に言って剣を押し付けてきた。自ら只人の礼儀を知らぬ蛮族だと言っていたが、どうして中々の御仁と見える」
「なんと」
郎党達は思わず広場の反対側にいる鬼人を見た。外套をかぶり直し、顔はもう見えない。地味な衣服の上から小札の胴鎧だけを着け、上等そうなブーツを履いているがそれだけだ。見た目はよく見る隊商の護衛でしかない。それなのに、遠く離れたウルスの武士の習慣を知っていたというのだ。それ程の見識を持つ剣士が、なぜ獣人の商人と共に居るのか。商人は鬼人に全幅の信頼を置いているようだった。他国へ出るときも同行するほど信頼されている護衛なのかもしれない。
「僅かに形を変えられいるが、聞いた限りでは刀は穢れには触れておらぬようだ。国許の呪い師に見てもらうまでは安心はできぬが、嘘を付く理由もあるまい。どうにかお役目は果たせるようだ、皆ご苦労であったな」
「っ!…祝着にございます」
郎党一同が安堵したように息を吐いた。祖国を遠く離れ、僅かの手掛かりを頼りに商人の足取りを追い続ける旅だった。特にドルトンは巧妙に行方をくらましており、おそらくテンゲンでなければ追いつくことはできなかっただろう。
「刀は譲っては貰えたが、これから商人殿と値段の交渉をせねばならぬな……。さて、何を吹っ掛けてくるか…」
テンゲンは誰言うとなく呟く。
何としても刀を持ち帰るつもりだったが、対価を踏み倒そうなどは一切考えていない。そういう男だからこそ、この剣を捜索する役目を任されたのだ。鬼人に借を作ったのは事実だが、鬼人は金の話はドルトンとしろと言った。まずはドルトンと交渉するつもりだ。それに鬼人への借りは金銭で返せるものではない。…返しきれぬかもしれない。
「あまり時間をかけると、日のあるうちに街までたどり着けぬな。すぐに刀を封じて昼餉の用意をせよ。刀には常に二人以上付けて目を離すな。昼を終えたら交渉には儂が行く、その間に出立の準備をしておけ。誰ぞ、商人殿に昼食後に儂が赴くと伝えてきてくれ」
「はっ」
テンゲンが指示を飛ばすと、郎党達が一斉に動き出す。昼食を挟み、交渉は第二ラウンドに入ろうとしていた。
昼過ぎになり、ドルトン達が湯を沸かしていると、旅の荷馬車が一台広場に入ってきた。御者台に男が二人、荷台にも護衛らしい男が一人乗っている。手綱を取る男が片手で帽子を上げ「御免下さい」といいながら、ドルトンとテンゲン双方の間に馬車を停めた。ここで休憩して、日暮れまでにロイツェルに入るのだろう。
人が増えたので、双方の中間で話し合いという訳には行かなくなった。だが、目的の品を入手したというのに、テンゲンは変わらず配慮を見せた。ドルトンが出向く前に、郎党の一人がテンゲンが一人で交渉に来たいと告げてきたのだ。ドルトンは丁寧に礼を言って受け入れた。
簡単な昼食を済ませた頃、先触れの通りテンゲンは一人でやってきた。
「ご足労にございます」
そう言ってドルトンは馬車の車内に誘った。
店員の淹れた熱い茶を喫すると、ドルトンは前置きも抜きに切り出した。
「さて、私がデミトリから剣を買った事をご承知でしたら、価格も聞いておられるのでしょうね」
「この国の銀貨で3万と聞いておりますな」
「左様です」
王国近辺では金の産出は少なく、主要貨幣としては銀貨が使われている。
ドルトンが支払ったのは、常用されている王国銀貨で3万枚。上等な長剣の5倍以上の値だった。
「私が申し上げるのも妙な話ですが、その二倍とはかなり法外な額ではございませんか?」
ドルトンが苦笑しながら言う。
「物の価値は、欲する人によって変わるものでござろう。ドルトン殿は鬼人殿への贈り物にその高額な刀を欲したのではござらんか。……あの鬼人殿は、商会の護衛と思うたが、そうではないようですな」
「そうですな、どちらかと言えば、……お得意様ですな」
言葉を濁したが、テンゲンもそれ以上は聞かない。銀貨3万枚の太刀を贈り物にする相手…というだけで十分だ。
「金額ですが、先ほども申しましたが、さすがに銀貨6万は法外です。買った額そのままで結構にございます。それに、条件によっては、割り引くつもりもございますが……」
「ほう、それは?」
「……私めは、主にお国の特産を買い付ける商いをしておりますが、お国の方々に王国にも多くの良品があることを知っていただければ…と、考えておりますので…」
それはテンゲンも予想していた、『まっとう』な商人の希望だった。
遊牧民が国家を立ち上げるにあたり、諸侯国は商人を優遇し、貿易の中継を経済の根幹とした。長らく定住しての産業が定着しなかったため、農作物については輸入に頼る面が大きかったからだ。多数の商人が行き交い、競争の激しい諸侯国で、エン家へのツテは大きな力となるだろう。
「……口添えのは約束は致しかねるゆえ、元の値で結構。ただ、銀貨で3万ともなると、今は手許にござらん。某の名と印で手形を切る故、まずは取り逸れは無いものと信用していただきたい」
「左様ですか…」
残念そうに首を降る。ある程度は信頼を得たつもりだったが、なにか理由があるのか?とドルトンは思案した。もしくは、テンゲンが類稀なる潔癖症で、そういった横車を押すような真似を嫌う質であるか…。だが、そんな融通の利かない人間が、刀の探索と交渉を命じられるとも思えない。そう考えると、ドルトン自身がこの男にもう一歩踏み込んで見たくなった。
「では…、あの剣を求める理由をお聞かせいただけるなら、それを対価としていただいてもよろしゅうございますが」
テンゲンの表情が僅かに厳しいものとなった。
「それは我ら一族の内の話なれば、聞いて何とされるつもりか?」
「知りたいだけ…と申し上げるしかありませんな。テンゲン様は、我らを皆殺しにして剣を奪うこともできたはず。ですが、最初から腰を低くして交渉に望まれ、最後は名誉の剣まで差し出そうとされた。私は多くの国の貴族と商いをし、もちろんお国の諸侯ともお付き合いがございますが、テンゲン様のような方を見たことがございませんので。それに、鬼人殿は、理由が納得できるものであったら、何も言わずに剣をお譲りしたと思うのですよ」
遠回しに、『力づくで奪おうとしないところが貴族らしくない』というドルトンの言い分は、テンゲンの表情を僅かに緩ませたようだった。だが、鬼人は刀を手放すのを惜しんでいたように見える、それほど簡単に渡すのであろうか?
「さて、闘いに望まんとする剣士が、某の言ごときであれ程の刀を簡単に手放すとも思えませぬが」
「あの方は、今では値も付けられぬような魔金属の剣を何十振りと入手されたことがあるのですよ。ですが、それが皆、古の剣士が戦いに敗れて残していった物だと気付くと、元の持ち主を探して残された子孫の手に返すよう、私に託されましてな。自分の手元には一振りも残しませんでした。そういう方なのです。私があの剣を入手したのも、そんな鬼人殿に魔金属の剣に劣らぬ剣を贈りたかったからでございます」
テンゲンは、言葉も無くしばらく考え込むような表情をしていた。剣士垂涎の魔金属の剣ですら惜しげもなく返却しようとする人物であったとは。……しかもそれだけはない。
「…某はこの国の言葉には若干疎いのだが、鬼人殿の先程の言い回しは…」
テンゲンは『あぁ』という顔をした。最後にまくし立てたとき、ステレは地の言葉遣いになっていた。テンゲンはそこに気づいていたらしい。
「えぇ、鬼人殿は女ですよ。普段は余計な揉め事が起きぬよう、男で通しております」
話し方だけでなく、腰の据え方、歩き方で何となく察しは付いていたが。それでも驚かざるを得ない。あの鬼人は伝承に違わぬ剛の者だ。自分の手勢で鬼人と戦える者がどれ程居るか。
女でありながら隠しきれぬ実力、ウルスの風習を知り、とっさの機転でテンゲンの命を救おうとし、魔金属の剣ですらわざわざ持ち主を探して返そうとする義理堅さ。あの鬼人は、知れば知るほどに興味深い人物のように思えた。
「…鬼人殿に直接お聞かせできるなら良いが、いかに?」
「よろしゅうございますとも」
ドルトンが馬車から顔を出す。先程入ってきた馬車は既に出発した後だった。周りに彼ら以外の気配は無い。ドルトンはテンゲンの郎党にも聞こえるように、大声でステレを呼んだ。
「鬼人殿、テンゲン様のご所望です、こちらで話を聞いていただけないでしょうか」
何事かと思いつつ、馬車に入ったステレは、テンゲンの顔を見るなり渋い表情で盛大な溜息をついた
「私は無駄骨を折りましたか?」
「……顔に…出ておりましたかな?」
テンゲンは僅かに驚いたが、ステレの問には答えず、質問で返した。口調は、面白がっているようにも思えるものだった。
「いいえ、全く。……ただ、あなたと同じ目をした男たちを、幾人も見送ってきたので、なんとなく判るのです」
いきなり始まったステレとテンゲンの不可思議なやり取りに、ドルトンは困惑した顔でステレを見る。視線に気づいたステレは、恐ろしく不機嫌な声で言った。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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