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(番外編)クヴァルシル公国建国秘話
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クヴァルシル公国は、芸術、工芸、学問の国としてつとに高名である。
国土は、せいぜいが都市国家と言える程度の大きさしか無い。海に浮かぶ小島と、島に向かい合う山地の周辺が国土の全てである。島は陸橋で繋がって半島のようになっている。島には政庁と官庁街が集まり、島から沖に伸びる防波堤と陸橋に囲まれた港は、交易船も停泊できる桟橋や倉庫街が立ち並ぶ商業地区。そして港を望む山の斜面は階段状に整地された住宅、工房街になっている。平地はほとんど無く、あっても砂丘。食料品も多くを輸入に頼っている、吹けば飛ぶような小国である。
にも拘わらず、この国は周辺国から一目置かれる国だった。ありとあらゆるアトリエ、工房、研究所が集い、王家のお抱え職人になれる程の親方(マイスター)が、自分の思うがままの作品を生み出し、最高学府で教鞭を取るような学者が、思想、学説を追求し、それを書に纏め出版している。そして、何よりの特色は、創造にも研究にもほぼ禁忌が無いことだった。クヴァルシルで生み出される物は玉石混交である。だが、玉であろうと石であろうと、それを世に送り出すこと事態は、一切制限されない。
国によっては公序良俗に反するとされる、『低俗な文化』であってさえ、この国では否定されない。
神殿の教義に反し、火炙りにされるような作品であっても、この国では許容される。
そこに信念が込められているのなら。
意外ではあるが、上品ぶった公序良俗や、敬虔な神の戒律なぞクソくらえのお国柄でありながら、この国は大陸で最も多種多彩な教会、神殿が集う国でもあった。神の教えを研究し、教えを説くこともまた自由なのだ。他者の信仰や信念を力づくで取り上げたりしなければ。
そして…他の神の教えを研究し、自らの教義の矛盾を研究するのもまた自由だった。神殿の求める戒律から最も遠いこの国が、最も自由に教義を研究できる地になったのは、必然でもあり大いなる皮肉とも言える。
こんな異質な国家がいかにして成り立ったのか?。
そもそもが、クヴァルシル公国自体が、<皇国>の国家の枠に収まりきらない連中…と言えば聞こえがいいが、自らの求める物のために悪魔に魂を売る寸前のような連中が、<皇国>の中で公にできないものを世に出すために出来た国だった。
その昔、グラスヘイム王国でバラバラになった諸侯がどうにか現王家によって再統一されそうな頃。そして小競り合いを続けていた<皇国>と諸侯国で、どうにか国境線が決まりそうになった頃。この地は、白骨山脈の西端が海に落ち込む岩だらけの崖と、その先にポツンと浮かぶ岩だらけの小島と、それを繋ぐ砂州しか無い<皇国>の西の果ての小さな漁村だった。諸侯国は家畜の餌を求めて頻繁に<皇国>が領土と主張する地域への侵入を繰り返していたのだが、そんな時代にも、最西端…つまりは諸侯国の目と鼻の先にあるにも関わらず、この地はほとんど素通りされている有様だった。牧草すら禄に生えていないのである。
こんなへき地を領地に貰って、わざわざ開拓にやってきたのが、初代のクヴァルシル候だった。
候と言っても、王国のような侯爵という訳ではない。<皇国>では土地持ち貴族は皆"候"と呼ばれるだけの話である。この貴族、商家として功績を上げ、右四位という最下級ではあるが貴族に成り上がった立志伝中の人物なのだが(ちなみに<皇国>の貴族位階は、左右4位づつ合計8階級である。王国の男爵~侯爵がそれぞれ左右二階級に分かれていると思えば良い。”左”が上位になる)、暮らしに不自由しない金を手にして始めたのが、<皇国>の良識に思いきり反する創作活動だったらしい。どれくらい良識に反するかといえば、内容が今に伝わっていないのが推して知るべしである。しかもそれを堂々と公表しようとした。そもそもが、好きなことをやるための金を得るために商売に精を出しただけで、位階なんぞオマケとしか思っていなかったのだ。残念ながらというか幸いにというべきか、クヴァルシの野望は寸前で阻止され、せっかく得た地位も財産も失いそのまま終わるはずだった。だが、どこをどうしたか、この話が時の皇主の上聞に達し、領地も持たない末端貴族が皇主から直々に玉声を賜ることとなったのだという。
この皇主もえらく変わり者で(というか<皇国>の皇主は歴代変人ばかりと他国には陰口を叩かれていたりするのだが)、クヴァルシルの才を惜しんだらしい。
「お前の作をそのまま出せば、お前の頸を落とさねばならぬ。西の果ての漁村をくれてやるから、裸一貫自分の好きにできる場所を作って見せろ(意訳)」
とけしかけたそうだ。
死罪は免れ土地も貰えるが、端的に言えば隠居&追放であった。クヴァルシルは位階だけはそのままに当主の座を弟に譲って退き、同好の士でもある妻だけを伴って最果ての寒村に移住し、失意のうちに…などという結末にはならなかった。居地を定めると、荷ほどきもそこそこに大車輪で村の開発を始めた。『十分な金を稼ぐのに20年かかったっていうのに、あと10年伸ばさなきゃならんのか』と愚痴っていたというから、寒村を10年で建て直す気満々だったらしい。
位階を得るほどの遣り手だった商売のツテを最大限生かしたこと、裸一貫と言いながら、実家からの援助を受けられたこと、夫人が魔法使いの才を持っていたこと、ついでに<皇国>内にも他国にも、同様に鬱々とした創作意欲を持て余していた連中が居て、そいつらが話を聞くや「いざ我らの理想郷を作らん」とばかりに諸手を挙げて協力したこともあり、開拓は山を崩し、島を均し、防波堤を築く大工事になった。その結果、耕作地も無く細々と漁業で食っていた漁村は、交易船が停泊可能な港と階段上の宅地を持つ港湾都市へと変貌したのだった。
都市は、グラスヘイム王国を経て南方の国々、諸侯国の西の西方王国諸国を結ぶ貿易の中継点として、動き始めた。背後の白骨山脈からの木材、鉱物資源の開発、豊富な水力を利用した最新の水車動力、そういった開発は、各地から集まった変じn……鬼才が、自分が使うために自主的に行ったものだ。それを融通し合っているうちに、都市機能はどんどん充実していった。そうして都市は食料を買い入れてもなお余裕のある経済状況となり、<皇国>への貢献により大幅な自治権も認められることとなった。予定の10年は少しばかりオーバーしたものの、驚くべき速さと言って良い。
立志伝その二を成し遂げたクヴァルシル候は、既に孫のいる歳になっていた。そんな候が自分の街で開催したのが、何のタブーも無く自分と仲間たちの創作作品を展示即売する大規模なイベントだった。絵画、書籍、彫刻、衣装、工芸品、装飾品、武器等々、ありとあらゆる創作物が展示され、売り買いされた。物だけではない。壁際には沢山の黒板が並べられ、研究者連中が自説を戦わせている。彼らの前の卓には、最新の印刷技術で量産された「書籍」が、並べられていた。
それらは国によっては眉を顰められ、あるいは明確に罪に問われかねない物もあった。だがこのイベントの参加の条件は、『拳で殴るな作品で殴れ』(リアルファイト禁止)、『否定するな批評しろ』(他人の作品の否定禁止)の二つのみだったという。他国なら拘束者続出間違いなしのイベントは、3日に渡り開催されたという。
あまりにもあまりなこのイベントは上聞に達した。貿易拠点として発展し、かなりの税を納めるまでになっていたクヴァルシル領でのアングライベント開催に、側近は憤り厳罰を求めた。ここまで発展すれば都市の頭を挿げ替えようが影響は無いという考えもあったのだろう。だが、報告を聞き大笑いした皇主はそのまま候を大公に任じて、<皇国>から独立させてしまったというから大概である。
こんな前代未聞がまかり通ってしまったのには、もちろん理由がある。<皇国>の皇主は変わり者揃いで有名だが、同時に特異な能力でも知られている。皇主は<皇国>の政に直接口を挟むことがほとんどないが、極極稀に皇主が口にした指示は、ほぼ無条件で実行される。それが<皇国>の利になると判っているからだ。クヴァルシルへの領地授与もそうだった。罪人に恩赦と土地を与えるなど通常はありえない。しかし皇主の指示は実行された。結果はどうだ。諸侯国との小競り合いで荒れ果て、東高西低と言われていた<皇国>の発展は、西の端に交易港ができたことにより、大幅に改善されつつある。周辺国からは、<皇国>の皇主は先見の能力を持っている…とまことしやかに囁かれている所以である。クヴァルシル領の独立も、寝耳に水の多くの官僚の絶叫と共に、速やかに実行されたのだった。
クヴァルシル公国は独立国といいながら、事実上は属国である。大公=王も<皇国>の承認なくしては即位できない。だが、ありとあらゆるものを飲み込むことの出来るカオスな都市と、その闇鍋から生み出される美と知恵の輝きは、他の追随を許さないものだった。皇主は、創造に制限をかけないことが利を生むことを認め、<皇国>内でできないことをやらせようとしたのだろう。叛乱でも起こさない限りは過度の干渉はしなかった。そして事実、クヴァルシル公国を独立させた上でそのパトロンとなったことで、<皇国>には膨大な富が流れ込むことになる。
一方でクヴァルシルの国民ときたら、自由を求めて移住してきた職人、芸術家、学者、技術者などであり、連中ときたら『何事も制限されず思った通りに腕を振るえれば、それで構わない』という連中ばかりである。良識ぶった奴らに水を差されたりえされなければ、属国だろうが、独立国だろうが全く問題にしない。そんな両者の思惑が噛み合ってこの都市は回っていたのである。
そして、クヴァルシル候改め、クヴァルシル大公は両者の意をしっかりと汲み取っていた。だから、後継を世襲とせず投票により選ぶことと決めた。自分の子孫が『ただの貴族』だったら、この国は『ただの小国』になってしまうと知っていたからだ。この国の王に求められるのは、皆が希求する『創造の自由』を護れる者でなければならない。投票で選ばれた二代目大公以降は「公王」と呼ばれることになる。
……余談であるが、公王はこの国では最も人気の無い職業の一つである。この国の有力者が揃いも揃って『何が悲しくて他国との折衝やら銭勘定に時間を取られにゃならんのだ』と、思っていたりするのは公然の秘密である。
クヴァルシル公国は、そんなアホみたいな顛末でできた国だった。
この国は楽園ではない。
多くの人が自らの腕と知恵を頼みにこの国にやってくる、そして多くは挫折して砂を噛むことになる。この国が保証するのは自由であって、生活では無いのだから。
だが、ある種の人間にとって、この国はかけがえのない、奇跡のような国なのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クヴァルシル政庁は、逆ピラミッド型の空中楼閣です、たぶん。
国土は、せいぜいが都市国家と言える程度の大きさしか無い。海に浮かぶ小島と、島に向かい合う山地の周辺が国土の全てである。島は陸橋で繋がって半島のようになっている。島には政庁と官庁街が集まり、島から沖に伸びる防波堤と陸橋に囲まれた港は、交易船も停泊できる桟橋や倉庫街が立ち並ぶ商業地区。そして港を望む山の斜面は階段状に整地された住宅、工房街になっている。平地はほとんど無く、あっても砂丘。食料品も多くを輸入に頼っている、吹けば飛ぶような小国である。
にも拘わらず、この国は周辺国から一目置かれる国だった。ありとあらゆるアトリエ、工房、研究所が集い、王家のお抱え職人になれる程の親方(マイスター)が、自分の思うがままの作品を生み出し、最高学府で教鞭を取るような学者が、思想、学説を追求し、それを書に纏め出版している。そして、何よりの特色は、創造にも研究にもほぼ禁忌が無いことだった。クヴァルシルで生み出される物は玉石混交である。だが、玉であろうと石であろうと、それを世に送り出すこと事態は、一切制限されない。
国によっては公序良俗に反するとされる、『低俗な文化』であってさえ、この国では否定されない。
神殿の教義に反し、火炙りにされるような作品であっても、この国では許容される。
そこに信念が込められているのなら。
意外ではあるが、上品ぶった公序良俗や、敬虔な神の戒律なぞクソくらえのお国柄でありながら、この国は大陸で最も多種多彩な教会、神殿が集う国でもあった。神の教えを研究し、教えを説くこともまた自由なのだ。他者の信仰や信念を力づくで取り上げたりしなければ。
そして…他の神の教えを研究し、自らの教義の矛盾を研究するのもまた自由だった。神殿の求める戒律から最も遠いこの国が、最も自由に教義を研究できる地になったのは、必然でもあり大いなる皮肉とも言える。
こんな異質な国家がいかにして成り立ったのか?。
そもそもが、クヴァルシル公国自体が、<皇国>の国家の枠に収まりきらない連中…と言えば聞こえがいいが、自らの求める物のために悪魔に魂を売る寸前のような連中が、<皇国>の中で公にできないものを世に出すために出来た国だった。
その昔、グラスヘイム王国でバラバラになった諸侯がどうにか現王家によって再統一されそうな頃。そして小競り合いを続けていた<皇国>と諸侯国で、どうにか国境線が決まりそうになった頃。この地は、白骨山脈の西端が海に落ち込む岩だらけの崖と、その先にポツンと浮かぶ岩だらけの小島と、それを繋ぐ砂州しか無い<皇国>の西の果ての小さな漁村だった。諸侯国は家畜の餌を求めて頻繁に<皇国>が領土と主張する地域への侵入を繰り返していたのだが、そんな時代にも、最西端…つまりは諸侯国の目と鼻の先にあるにも関わらず、この地はほとんど素通りされている有様だった。牧草すら禄に生えていないのである。
こんなへき地を領地に貰って、わざわざ開拓にやってきたのが、初代のクヴァルシル候だった。
候と言っても、王国のような侯爵という訳ではない。<皇国>では土地持ち貴族は皆"候"と呼ばれるだけの話である。この貴族、商家として功績を上げ、右四位という最下級ではあるが貴族に成り上がった立志伝中の人物なのだが(ちなみに<皇国>の貴族位階は、左右4位づつ合計8階級である。王国の男爵~侯爵がそれぞれ左右二階級に分かれていると思えば良い。”左”が上位になる)、暮らしに不自由しない金を手にして始めたのが、<皇国>の良識に思いきり反する創作活動だったらしい。どれくらい良識に反するかといえば、内容が今に伝わっていないのが推して知るべしである。しかもそれを堂々と公表しようとした。そもそもが、好きなことをやるための金を得るために商売に精を出しただけで、位階なんぞオマケとしか思っていなかったのだ。残念ながらというか幸いにというべきか、クヴァルシの野望は寸前で阻止され、せっかく得た地位も財産も失いそのまま終わるはずだった。だが、どこをどうしたか、この話が時の皇主の上聞に達し、領地も持たない末端貴族が皇主から直々に玉声を賜ることとなったのだという。
この皇主もえらく変わり者で(というか<皇国>の皇主は歴代変人ばかりと他国には陰口を叩かれていたりするのだが)、クヴァルシルの才を惜しんだらしい。
「お前の作をそのまま出せば、お前の頸を落とさねばならぬ。西の果ての漁村をくれてやるから、裸一貫自分の好きにできる場所を作って見せろ(意訳)」
とけしかけたそうだ。
死罪は免れ土地も貰えるが、端的に言えば隠居&追放であった。クヴァルシルは位階だけはそのままに当主の座を弟に譲って退き、同好の士でもある妻だけを伴って最果ての寒村に移住し、失意のうちに…などという結末にはならなかった。居地を定めると、荷ほどきもそこそこに大車輪で村の開発を始めた。『十分な金を稼ぐのに20年かかったっていうのに、あと10年伸ばさなきゃならんのか』と愚痴っていたというから、寒村を10年で建て直す気満々だったらしい。
位階を得るほどの遣り手だった商売のツテを最大限生かしたこと、裸一貫と言いながら、実家からの援助を受けられたこと、夫人が魔法使いの才を持っていたこと、ついでに<皇国>内にも他国にも、同様に鬱々とした創作意欲を持て余していた連中が居て、そいつらが話を聞くや「いざ我らの理想郷を作らん」とばかりに諸手を挙げて協力したこともあり、開拓は山を崩し、島を均し、防波堤を築く大工事になった。その結果、耕作地も無く細々と漁業で食っていた漁村は、交易船が停泊可能な港と階段上の宅地を持つ港湾都市へと変貌したのだった。
都市は、グラスヘイム王国を経て南方の国々、諸侯国の西の西方王国諸国を結ぶ貿易の中継点として、動き始めた。背後の白骨山脈からの木材、鉱物資源の開発、豊富な水力を利用した最新の水車動力、そういった開発は、各地から集まった変じn……鬼才が、自分が使うために自主的に行ったものだ。それを融通し合っているうちに、都市機能はどんどん充実していった。そうして都市は食料を買い入れてもなお余裕のある経済状況となり、<皇国>への貢献により大幅な自治権も認められることとなった。予定の10年は少しばかりオーバーしたものの、驚くべき速さと言って良い。
立志伝その二を成し遂げたクヴァルシル候は、既に孫のいる歳になっていた。そんな候が自分の街で開催したのが、何のタブーも無く自分と仲間たちの創作作品を展示即売する大規模なイベントだった。絵画、書籍、彫刻、衣装、工芸品、装飾品、武器等々、ありとあらゆる創作物が展示され、売り買いされた。物だけではない。壁際には沢山の黒板が並べられ、研究者連中が自説を戦わせている。彼らの前の卓には、最新の印刷技術で量産された「書籍」が、並べられていた。
それらは国によっては眉を顰められ、あるいは明確に罪に問われかねない物もあった。だがこのイベントの参加の条件は、『拳で殴るな作品で殴れ』(リアルファイト禁止)、『否定するな批評しろ』(他人の作品の否定禁止)の二つのみだったという。他国なら拘束者続出間違いなしのイベントは、3日に渡り開催されたという。
あまりにもあまりなこのイベントは上聞に達した。貿易拠点として発展し、かなりの税を納めるまでになっていたクヴァルシル領でのアングライベント開催に、側近は憤り厳罰を求めた。ここまで発展すれば都市の頭を挿げ替えようが影響は無いという考えもあったのだろう。だが、報告を聞き大笑いした皇主はそのまま候を大公に任じて、<皇国>から独立させてしまったというから大概である。
こんな前代未聞がまかり通ってしまったのには、もちろん理由がある。<皇国>の皇主は変わり者揃いで有名だが、同時に特異な能力でも知られている。皇主は<皇国>の政に直接口を挟むことがほとんどないが、極極稀に皇主が口にした指示は、ほぼ無条件で実行される。それが<皇国>の利になると判っているからだ。クヴァルシルへの領地授与もそうだった。罪人に恩赦と土地を与えるなど通常はありえない。しかし皇主の指示は実行された。結果はどうだ。諸侯国との小競り合いで荒れ果て、東高西低と言われていた<皇国>の発展は、西の端に交易港ができたことにより、大幅に改善されつつある。周辺国からは、<皇国>の皇主は先見の能力を持っている…とまことしやかに囁かれている所以である。クヴァルシル領の独立も、寝耳に水の多くの官僚の絶叫と共に、速やかに実行されたのだった。
クヴァルシル公国は独立国といいながら、事実上は属国である。大公=王も<皇国>の承認なくしては即位できない。だが、ありとあらゆるものを飲み込むことの出来るカオスな都市と、その闇鍋から生み出される美と知恵の輝きは、他の追随を許さないものだった。皇主は、創造に制限をかけないことが利を生むことを認め、<皇国>内でできないことをやらせようとしたのだろう。叛乱でも起こさない限りは過度の干渉はしなかった。そして事実、クヴァルシル公国を独立させた上でそのパトロンとなったことで、<皇国>には膨大な富が流れ込むことになる。
一方でクヴァルシルの国民ときたら、自由を求めて移住してきた職人、芸術家、学者、技術者などであり、連中ときたら『何事も制限されず思った通りに腕を振るえれば、それで構わない』という連中ばかりである。良識ぶった奴らに水を差されたりえされなければ、属国だろうが、独立国だろうが全く問題にしない。そんな両者の思惑が噛み合ってこの都市は回っていたのである。
そして、クヴァルシル候改め、クヴァルシル大公は両者の意をしっかりと汲み取っていた。だから、後継を世襲とせず投票により選ぶことと決めた。自分の子孫が『ただの貴族』だったら、この国は『ただの小国』になってしまうと知っていたからだ。この国の王に求められるのは、皆が希求する『創造の自由』を護れる者でなければならない。投票で選ばれた二代目大公以降は「公王」と呼ばれることになる。
……余談であるが、公王はこの国では最も人気の無い職業の一つである。この国の有力者が揃いも揃って『何が悲しくて他国との折衝やら銭勘定に時間を取られにゃならんのだ』と、思っていたりするのは公然の秘密である。
クヴァルシル公国は、そんなアホみたいな顛末でできた国だった。
この国は楽園ではない。
多くの人が自らの腕と知恵を頼みにこの国にやってくる、そして多くは挫折して砂を噛むことになる。この国が保証するのは自由であって、生活では無いのだから。
だが、ある種の人間にとって、この国はかけがえのない、奇跡のような国なのである。
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クヴァルシル政庁は、逆ピラミッド型の空中楼閣です、たぶん。
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今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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