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カンフレーで待っていたもの
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ステレは自分の腕を抱きかかえて震えていた。
覚悟してきたつもりだった。
だが、両親との別れを、故郷を蹂躙する死を鮮明に思い出してしまった。
自分が思うままに生きたくて、グリフの元に行ってしまった。グリフに忠誠を捧げてしまった。そのためにグリフは兄に追われ、両親は死に、カンフレー家に関わる大勢の人間を不幸に追いやってしまった。
その原因が自分の行動にあると再認識した衝撃は、予想以上に大きかった。確かに自分も一度死んだが、それがなんだというのだ。自分はこうして別人になって生きている。笑うことができる。皆はもう泣くことも笑うこともできないのに。
<御隠居>と呼ばれた男は、住民たちの一歩前まで来て立ち止まった。興味深そうにドルトン達一行を眺めている。
「お嬢様が?こいつ等全員男みたいですが?」
住民から声が上がった。今のステレは体格も着ている服も男にしか見えない。だが<ご隠居>は、周りの騒ぎもどこ吹く風でステレの方を見ている。
<御隠居>はステレの前まで来た。ドルトンが前に立ち塞がろうとしたが、<御隠居>は片手で軽々とドルトンを押しのけると、ステレの前にしゃがみ込んだ。中々の押しの強さだが、そこに害意を感じなかったドルトンは、一旦様子を見ることにした。<御隠居>はこの集落では一定の敬意を払われている存在に見える。下手に手を出して住民に敵意を向けられる事態は避けたい。
「あぁ、俺とそっくりだ。うん」
それは、ステレにしか聞こえないくらい小さな呟き。問いかけというよりはステレへの確認だった。
だが、ステレは答えられれない。
あまりにも混乱していた。
あの日の夜を鮮明に思い出したこと。
突然、自分と似た鬼人が現れたこと。
変装していた自分を見破り、領民の前で自分の名を呼ばれたこと。
全てがあまりにも突然すぎる。
「あの…御隠居、そこの方は本当にステレ様なので?」
「おう、間違い無いと思う……んだがな……?」
ステレがあまりに無反応なので、<御隠居>も様子がおかしい事に気がついて来たようだ。
「あの……『御隠居様』でよろしいでしょうか?私は遍歴商人のドルトンと申します。今はこの護衛の雇用主をしております。その…ステレとおっしゃる方は、この者とそんなに似ておいでで?」
機を見たドルトンが割り込んで来た。<御隠居>はステレだと確信を持っているが、そこまで言われても住民は俄には信じがたいようだ。できれば今のうちに住民から引き離して、<御隠居>だけと話がしたい。
「あー?…あぁ、………確かに寸分も似てねぇな」
ドルトンの意図に気づいたのだろうか。そう言って<御隠居>はカラカラと笑った。
「…ダナン、俺はコイツらとちょっと話があるから、こっちに人を近づけんでくれよ」
「は?、はぁ」
どうにも要領を得ないといった風のダナンを半ば無視して、<御隠居>はすたすたと礼拝堂跡へ向かって行く。
「来なよ、こっちで話そう」
振り向きもせずにそう言う。ドルトンが来ることを微塵も疑っていないようだった。
「行きましょう」
ステレの耳元で囁くと、ステレは僅かに頷いてドルトンの後について礼拝堂に入った。
礼拝堂の中は、焼け落ちた天井も瓦礫も片付けられ、がらんとしている。<御隠居>は隅から、手入れに使うのであろう桶を持ってきて、ひっくり返すとその上に腰掛けた。ドルトンとステレは床にそのまま胡座で座った。
「すまねぇな、嬉しくてお前らの都合も考えずに声かけちまった」
前置きもなく<御隠居>が切り出した。
相変わらずの態度だが、ドルトンはひとまずは安堵した。ステレを糾弾しようという訳ではなさそうに見えたからだ。
「顔を隠して来た事情を考えるべきだったな。ひょっとしてアレか?見た目が全然変わっちまって恥ずかしいとか、そういうのか?。大丈夫だぞ、ここの連中は鬼人なんてそんなもんだと知ってるからな」
<御隠居>は、一人で見当外れな事を言って、一人で納得しだしている。
「いや、そういう訳では……」
「まぁとりあえず顔見せてくれよ」
相変わらずの押しの強さで、ぐいぐいとかぶせてくる。
逡巡していたステレだが、やがて溜息と共にフードと眼鏡を取った。<御隠居>とよく似た風体で、血縁関係があると言っても十分通るだろう。<ご隠居>は嬉しそうにうんうんと頷いている。
「お前、ステレなんだろ?」
ステレは観念したかのように頷いた。
「そういうあなたは何者なのです?」
ステレには<ご隠居>に全く見覚えが無かった。
そもそも、今まで鬼人にも一度も出会ったことが無い。領民の態度からすると、ここに長く住んでいるように思えるが、カンフレーでも鬼人は昔話の中の存在だったはずだ。なのに何故この鬼は自分を知っているのだろう?
「俺か?俺は第20代のカンフレー家当主にして、第15代カンフレー男爵、グラン・イェル・ダス・カンフレーIII。通称グラ~ン三~世~ってとこだ」
芝居がかった妙な口調で自己紹介したが、そんなことも気にならなかった。
ステレもドルトンも目も口もぽっかり空けたまま、しばらく<御隠居>を見つめるだけだった。それほど驚いていた。
「じ、15代ということは、母様の…」
「母様ってカーラか?。おう、俺が父親よ」
「えー?、と、ということは…私の…お爺様なのですか?」
当たり前の質問をしたことに気付いたステレは、『あ』と僅かに恥じ入る表情を見せたが、<御隠居>はそれには答えず目を閉じ、無言で何事かを考えているようだった。理由がわからないが、体が小刻みに震えているようにも見える。
「??…あの」
動かぬ<御隠居>を訝しむステレが声をかけると、<御隠居>はようやく口を開いた。
「……今の、もう一回頼む」
「え?」
「今の、"お爺様"っての」
頭の中が疑問符で一杯になったステレだが、とりあえず言われたままにもう一度呼んでみた。
「お爺…様?」
『くぅぅぅうう~』と、何かを噛みしめるような表情をしていた<御隠居>は、やおらドルトンに言った。
「おい、良いもんだな、孫娘に"お爺様"って呼ばれるのは。なぁおい」
「は?はぁ…?」
ステレだけでなく、突然話を振られたドルトンも反応に困って、曖昧な相槌しか打てない。
「カーラなんか、人の目の無いとこじゃずっと"オヤジ"で、お前が生まれた後は"ジジイ"だったからな」
一人でブツブツ言っていた<御隠居>は、ステレとドルトンの視線に気づくと、咳払いして多少は真面目な顔を取り繕ろった。
「……あぁ、そうだな。お前の祖父ということになるな」
そう言ってにっこりと微笑む美丈夫にどう反応していいか、二人共途方にくれてしまった。キャラが濃すぎて、どこからどうツッコんでいいのか見当もつかない。
<ご隠居>はステレもドルトンも想像もしていなかった人物であった。ステレは、祖父との面識は無かった。カーラにはステレの誕生前に死んだと聞かされていた。
ステレの祖父なら少なくとも60歳前後のはずだが、<ご隠居>はとても孫のいる歳には見えない。今のステレと兄弟と言っても通る見た目だった。そもそも、カーラもステレも間違いなく只人だった。ならば、ステレと同じように、只人から鬼人になったのだろうか。
「お爺様は、私が生まれる前にお亡くなりになったと聞いておりました。それに、その…母様は確かに只人でした」
「俺も只人だったよ。それに死んだというのも本当だ。崩れた丸太の下敷きになってな、普通なら間違いなく死んでた。身体が鬼に作り替わって助かったらしくてな、気が付いたらこうなってた」
「鬼に作り替わる…」
ステレの脳裏に、死んだ身体を作り替えて鬼となった日が蘇る。<御隠居>もステレと同じく只人から鬼人に転生した身だったのだ。
「生きてはいたが、この見た目だからグランでございという訳にも行かん。俺が死にかけてたところは皆見てるから、そのまま死んだことにしてカーラに家督を譲って隠居したのよ。んで<御隠居>と呼ばれてるわけだ」
「で、でもそれなら、母様はどうして私にもお祖父様は死んだなどと」
「あー……カーラの奴が婿を取るときに喧嘩してな……。その…、家を勘当された」
<ご隠居>がバツが悪そうに言う。
「え、えーー?。そ、それは普通逆なのでは…?」
「つったって、元当主より現当主の方が強いに決まってらぁな。まぁ、カミさんはそのまま屋敷に残ってたし、孫の顔を見たいと言ったら家には入れてくれたがな」
「お祖母様…」
「あぁ、アレは王都からこんなド田舎に嫁がされても、俺が鬼になっても、全く意に介さない過ぎた嫁だった。カミさんに会えないのだけは辛かったなぁ」
<御隠居>が遠い目をする。
ステレの祖母は、ステレがまだ幼いうちに亡くなった。口数は少ないが、笑みを絶やさないとてもとても穏やかだった祖母の姿が思い浮かぶ。
「だけどな。くっそー、カーラの結婚騒ぎんときは、あいつもカーラの味方につきやがったんだぞ、酷いと思わんか?」
そう言って思い出し愚痴る<ご隠居>だが、ドルトンはもちろん、鈍いステレにもノロケにしか見えなかった。二人の視線に気づいた<御隠居>は、またわざとらしい咳払いとともに表情を元に戻した。
「……話が逸れたが……でまぁ、カミさんも死んだ後は山ン中で気ままの一人暮らしだった。そんで、王都の襲撃があってカーラも婿殿も死に、何年かしたらお前も死んじまったって噂が流れて来てな、郷の者は支えを失って立ち行かなくなってるって言うから出てきた訳だ」
「…王家はここの状況を御存知なのでしょうか?」
ドルトンが言葉を選ぶように質問をした。
「俺はなるべく姿を見せないようにしているが、粗方は知ってるんじゃねぇか?今の王様は、随分恩義に感じてるらしくて、いろいろ援助してくれたぜ。それに無主になったってのに、どうやらココには新しい領主も代官も来ないから、俺らだけで好きにやってる。村はダナンが取り仕切って、元通りとまではいかねえが、どうにか飢え死にを出さずに済んでる。俺はなんかあったら手を貸してやるぞと言って、悠々と座ってるだけさ」
ドルトンもステレも初耳だった。ここに来ると言ったときの様子から見て、オーウェンも知らないのだろう。グリフ王は、カンフレーに関しては完全に内密に事を進めているようだった。
「皆は鬼人が平気なんですか?」
ステレが恐る恐る聞く。
それはステレが確かめたかったことの一つだ。郷の住民の<御隠居>に対する態度は、敬意の籠もったものだった。それは<御隠居>が元は只人だと知っているからだろうか。
「そう言っただろ、鬼人に慣れてるって」
「いえ、あの、慣れてるって……」
ステレは困惑した。『鬼人に慣れている』というのは、鬼人をほとんど見かけなくなり、しかも食人鬼として恐れられているこの国ではかなりのパワーワードと言える。
だが、ステレの様子に<御隠居>はそれ以上に困惑していた。
「……ちょっと待て、カーラは何をやっとったんだ?。次期当主になんも教えてねぇのか?」
「何もと言われましても、家督の継承どころか、私の結婚話すらカケラも出ないうちに、道端で剣を手渡されて突然当主になったものですから…」
<御隠居>は愕然としたように天を仰ぐ。
「そもそもここって元々鬼の土地だぞ?で、俺らはその子孫」
「……は?」
「は?もなにも、だからお前も鬼人になれたんだよ。鬼人の秘薬は誰でも効くってもんじゃねぇぞ?。そもそも俺が鬼になったのは薬じゃねぇ、死にかけたら勝手にこうなったんだ。先祖返りって呼ばれてる」
ステレは茫然としたまま、視線が宙を彷徨う。鬼の子孫?パワーワード連発で思考が追い付いてこない。
隣のドルトンも同様だった。
<ご隠居>は額に手をやってそのまましばらくブツブツ言っていた。我が子(カーラ)に盛大に悪態を着きたい気分だったが、孫の手前さすがに自重した。
「……ステレ、今日は俺んとこにこい、長い話になりそうだ。ドルトンとか言ったな、あんたはどうする?」
「ご一緒したいところですが……今回は、ご親族のみで話された方がいいでしょう。ここの庭先をお借りして野営させていただければと」
「すまねぇな」
空気を読んだドルトンに礼を言うと、ステレの返事も待たずに<御隠居>は立ち上がった。
「俺の小屋はここの裏山だ。ダナンに話を通してくるからちょっと待ってろ」
そう言って出ていく<御隠居>を唖然として見送ると、ステレとドルトンはどちらからともなく顔を見合わせたのだった。
覚悟してきたつもりだった。
だが、両親との別れを、故郷を蹂躙する死を鮮明に思い出してしまった。
自分が思うままに生きたくて、グリフの元に行ってしまった。グリフに忠誠を捧げてしまった。そのためにグリフは兄に追われ、両親は死に、カンフレー家に関わる大勢の人間を不幸に追いやってしまった。
その原因が自分の行動にあると再認識した衝撃は、予想以上に大きかった。確かに自分も一度死んだが、それがなんだというのだ。自分はこうして別人になって生きている。笑うことができる。皆はもう泣くことも笑うこともできないのに。
<御隠居>と呼ばれた男は、住民たちの一歩前まで来て立ち止まった。興味深そうにドルトン達一行を眺めている。
「お嬢様が?こいつ等全員男みたいですが?」
住民から声が上がった。今のステレは体格も着ている服も男にしか見えない。だが<ご隠居>は、周りの騒ぎもどこ吹く風でステレの方を見ている。
<御隠居>はステレの前まで来た。ドルトンが前に立ち塞がろうとしたが、<御隠居>は片手で軽々とドルトンを押しのけると、ステレの前にしゃがみ込んだ。中々の押しの強さだが、そこに害意を感じなかったドルトンは、一旦様子を見ることにした。<御隠居>はこの集落では一定の敬意を払われている存在に見える。下手に手を出して住民に敵意を向けられる事態は避けたい。
「あぁ、俺とそっくりだ。うん」
それは、ステレにしか聞こえないくらい小さな呟き。問いかけというよりはステレへの確認だった。
だが、ステレは答えられれない。
あまりにも混乱していた。
あの日の夜を鮮明に思い出したこと。
突然、自分と似た鬼人が現れたこと。
変装していた自分を見破り、領民の前で自分の名を呼ばれたこと。
全てがあまりにも突然すぎる。
「あの…御隠居、そこの方は本当にステレ様なので?」
「おう、間違い無いと思う……んだがな……?」
ステレがあまりに無反応なので、<御隠居>も様子がおかしい事に気がついて来たようだ。
「あの……『御隠居様』でよろしいでしょうか?私は遍歴商人のドルトンと申します。今はこの護衛の雇用主をしております。その…ステレとおっしゃる方は、この者とそんなに似ておいでで?」
機を見たドルトンが割り込んで来た。<御隠居>はステレだと確信を持っているが、そこまで言われても住民は俄には信じがたいようだ。できれば今のうちに住民から引き離して、<御隠居>だけと話がしたい。
「あー?…あぁ、………確かに寸分も似てねぇな」
ドルトンの意図に気づいたのだろうか。そう言って<御隠居>はカラカラと笑った。
「…ダナン、俺はコイツらとちょっと話があるから、こっちに人を近づけんでくれよ」
「は?、はぁ」
どうにも要領を得ないといった風のダナンを半ば無視して、<御隠居>はすたすたと礼拝堂跡へ向かって行く。
「来なよ、こっちで話そう」
振り向きもせずにそう言う。ドルトンが来ることを微塵も疑っていないようだった。
「行きましょう」
ステレの耳元で囁くと、ステレは僅かに頷いてドルトンの後について礼拝堂に入った。
礼拝堂の中は、焼け落ちた天井も瓦礫も片付けられ、がらんとしている。<御隠居>は隅から、手入れに使うのであろう桶を持ってきて、ひっくり返すとその上に腰掛けた。ドルトンとステレは床にそのまま胡座で座った。
「すまねぇな、嬉しくてお前らの都合も考えずに声かけちまった」
前置きもなく<御隠居>が切り出した。
相変わらずの態度だが、ドルトンはひとまずは安堵した。ステレを糾弾しようという訳ではなさそうに見えたからだ。
「顔を隠して来た事情を考えるべきだったな。ひょっとしてアレか?見た目が全然変わっちまって恥ずかしいとか、そういうのか?。大丈夫だぞ、ここの連中は鬼人なんてそんなもんだと知ってるからな」
<御隠居>は、一人で見当外れな事を言って、一人で納得しだしている。
「いや、そういう訳では……」
「まぁとりあえず顔見せてくれよ」
相変わらずの押しの強さで、ぐいぐいとかぶせてくる。
逡巡していたステレだが、やがて溜息と共にフードと眼鏡を取った。<御隠居>とよく似た風体で、血縁関係があると言っても十分通るだろう。<ご隠居>は嬉しそうにうんうんと頷いている。
「お前、ステレなんだろ?」
ステレは観念したかのように頷いた。
「そういうあなたは何者なのです?」
ステレには<ご隠居>に全く見覚えが無かった。
そもそも、今まで鬼人にも一度も出会ったことが無い。領民の態度からすると、ここに長く住んでいるように思えるが、カンフレーでも鬼人は昔話の中の存在だったはずだ。なのに何故この鬼は自分を知っているのだろう?
「俺か?俺は第20代のカンフレー家当主にして、第15代カンフレー男爵、グラン・イェル・ダス・カンフレーIII。通称グラ~ン三~世~ってとこだ」
芝居がかった妙な口調で自己紹介したが、そんなことも気にならなかった。
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「母様ってカーラか?。おう、俺が父親よ」
「えー?、と、ということは…私の…お爺様なのですか?」
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「??…あの」
動かぬ<御隠居>を訝しむステレが声をかけると、<御隠居>はようやく口を開いた。
「……今の、もう一回頼む」
「え?」
「今の、"お爺様"っての」
頭の中が疑問符で一杯になったステレだが、とりあえず言われたままにもう一度呼んでみた。
「お爺…様?」
『くぅぅぅうう~』と、何かを噛みしめるような表情をしていた<御隠居>は、やおらドルトンに言った。
「おい、良いもんだな、孫娘に"お爺様"って呼ばれるのは。なぁおい」
「は?はぁ…?」
ステレだけでなく、突然話を振られたドルトンも反応に困って、曖昧な相槌しか打てない。
「カーラなんか、人の目の無いとこじゃずっと"オヤジ"で、お前が生まれた後は"ジジイ"だったからな」
一人でブツブツ言っていた<御隠居>は、ステレとドルトンの視線に気づくと、咳払いして多少は真面目な顔を取り繕ろった。
「……あぁ、そうだな。お前の祖父ということになるな」
そう言ってにっこりと微笑む美丈夫にどう反応していいか、二人共途方にくれてしまった。キャラが濃すぎて、どこからどうツッコんでいいのか見当もつかない。
<ご隠居>はステレもドルトンも想像もしていなかった人物であった。ステレは、祖父との面識は無かった。カーラにはステレの誕生前に死んだと聞かされていた。
ステレの祖父なら少なくとも60歳前後のはずだが、<ご隠居>はとても孫のいる歳には見えない。今のステレと兄弟と言っても通る見た目だった。そもそも、カーラもステレも間違いなく只人だった。ならば、ステレと同じように、只人から鬼人になったのだろうか。
「お爺様は、私が生まれる前にお亡くなりになったと聞いておりました。それに、その…母様は確かに只人でした」
「俺も只人だったよ。それに死んだというのも本当だ。崩れた丸太の下敷きになってな、普通なら間違いなく死んでた。身体が鬼に作り替わって助かったらしくてな、気が付いたらこうなってた」
「鬼に作り替わる…」
ステレの脳裏に、死んだ身体を作り替えて鬼となった日が蘇る。<御隠居>もステレと同じく只人から鬼人に転生した身だったのだ。
「生きてはいたが、この見た目だからグランでございという訳にも行かん。俺が死にかけてたところは皆見てるから、そのまま死んだことにしてカーラに家督を譲って隠居したのよ。んで<御隠居>と呼ばれてるわけだ」
「で、でもそれなら、母様はどうして私にもお祖父様は死んだなどと」
「あー……カーラの奴が婿を取るときに喧嘩してな……。その…、家を勘当された」
<ご隠居>がバツが悪そうに言う。
「え、えーー?。そ、それは普通逆なのでは…?」
「つったって、元当主より現当主の方が強いに決まってらぁな。まぁ、カミさんはそのまま屋敷に残ってたし、孫の顔を見たいと言ったら家には入れてくれたがな」
「お祖母様…」
「あぁ、アレは王都からこんなド田舎に嫁がされても、俺が鬼になっても、全く意に介さない過ぎた嫁だった。カミさんに会えないのだけは辛かったなぁ」
<御隠居>が遠い目をする。
ステレの祖母は、ステレがまだ幼いうちに亡くなった。口数は少ないが、笑みを絶やさないとてもとても穏やかだった祖母の姿が思い浮かぶ。
「だけどな。くっそー、カーラの結婚騒ぎんときは、あいつもカーラの味方につきやがったんだぞ、酷いと思わんか?」
そう言って思い出し愚痴る<ご隠居>だが、ドルトンはもちろん、鈍いステレにもノロケにしか見えなかった。二人の視線に気づいた<御隠居>は、またわざとらしい咳払いとともに表情を元に戻した。
「……話が逸れたが……でまぁ、カミさんも死んだ後は山ン中で気ままの一人暮らしだった。そんで、王都の襲撃があってカーラも婿殿も死に、何年かしたらお前も死んじまったって噂が流れて来てな、郷の者は支えを失って立ち行かなくなってるって言うから出てきた訳だ」
「…王家はここの状況を御存知なのでしょうか?」
ドルトンが言葉を選ぶように質問をした。
「俺はなるべく姿を見せないようにしているが、粗方は知ってるんじゃねぇか?今の王様は、随分恩義に感じてるらしくて、いろいろ援助してくれたぜ。それに無主になったってのに、どうやらココには新しい領主も代官も来ないから、俺らだけで好きにやってる。村はダナンが取り仕切って、元通りとまではいかねえが、どうにか飢え死にを出さずに済んでる。俺はなんかあったら手を貸してやるぞと言って、悠々と座ってるだけさ」
ドルトンもステレも初耳だった。ここに来ると言ったときの様子から見て、オーウェンも知らないのだろう。グリフ王は、カンフレーに関しては完全に内密に事を進めているようだった。
「皆は鬼人が平気なんですか?」
ステレが恐る恐る聞く。
それはステレが確かめたかったことの一つだ。郷の住民の<御隠居>に対する態度は、敬意の籠もったものだった。それは<御隠居>が元は只人だと知っているからだろうか。
「そう言っただろ、鬼人に慣れてるって」
「いえ、あの、慣れてるって……」
ステレは困惑した。『鬼人に慣れている』というのは、鬼人をほとんど見かけなくなり、しかも食人鬼として恐れられているこの国ではかなりのパワーワードと言える。
だが、ステレの様子に<御隠居>はそれ以上に困惑していた。
「……ちょっと待て、カーラは何をやっとったんだ?。次期当主になんも教えてねぇのか?」
「何もと言われましても、家督の継承どころか、私の結婚話すらカケラも出ないうちに、道端で剣を手渡されて突然当主になったものですから…」
<御隠居>は愕然としたように天を仰ぐ。
「そもそもここって元々鬼の土地だぞ?で、俺らはその子孫」
「……は?」
「は?もなにも、だからお前も鬼人になれたんだよ。鬼人の秘薬は誰でも効くってもんじゃねぇぞ?。そもそも俺が鬼になったのは薬じゃねぇ、死にかけたら勝手にこうなったんだ。先祖返りって呼ばれてる」
ステレは茫然としたまま、視線が宙を彷徨う。鬼の子孫?パワーワード連発で思考が追い付いてこない。
隣のドルトンも同様だった。
<ご隠居>は額に手をやってそのまましばらくブツブツ言っていた。我が子(カーラ)に盛大に悪態を着きたい気分だったが、孫の手前さすがに自重した。
「……ステレ、今日は俺んとこにこい、長い話になりそうだ。ドルトンとか言ったな、あんたはどうする?」
「ご一緒したいところですが……今回は、ご親族のみで話された方がいいでしょう。ここの庭先をお借りして野営させていただければと」
「すまねぇな」
空気を読んだドルトンに礼を言うと、ステレの返事も待たずに<御隠居>は立ち上がった。
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もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
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