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来客と刃2
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それは、奇妙な刀だった。
拵はなく、抜き身の状態で布にくるまれていた。反りは浅くほとんど直刀と言って良い。小さな鍔と、両手持ちの長い柄が付いてる。切っ先が両刃になっていること、柄は別材で作り目釘で停めるのが諸侯国の刀の特徴だが、この刀はどちらもそうではなかった。刀身は切っ先まで片刃で、小さな鍔も柄も共金で打ち出されている。柄は丸棒ではなく板状で、鉄棒を曲げて作る火掻き棒のように、中央に細長い中空部が作られているのは、おそらく衝撃を緩和するためだろう。
なにより奇妙なのは、真っ黒なのだ。刀身も、鍔も、柄も。そして表面には加工の跡がそのまま残っている。
「これは焼き身なのでは?」
一目見てドルトンがそう言った。刀は炎に巻かれると表面が黒く燻され、焼入れによって反った刀身が元に戻ってしまいこういう姿になる。どんな名刀でも焼鈍されていて、武器としては使い物にならない。
「この刀はウルスの刀鍛冶が打った物ではござらん。これは…不破鋼(アダマンタイト)で打たれており申す。刃は元から黒く、研いでも黒いままなのでござるよ」
「不破鋼は剣にできぬと聞いていますが…」
オーウェンが、かつて聞いた話を口にした。
それにドルトンが答える。
「えぇ、恐ろしく硬いのでタガネやヤスリなどの工具にするのには良いのですが、一切魔力を通せません。もし魔力を込められる剣と打ち合ったら、たちまち刃毀れしてしまいます」
手練れの戦士は、自分の持つ剣に身体の延長のように強化魔法を通すことができる。また、いわゆる魔金属と呼ばれる魔銀や緋鋼、神銅の武具が珍重されるのは、人の魔力を纏わせるだけでなく、その内に魔法を織り込むことが可能だからなのだ。このため、ただの鋼より軽く強靭にできる。不破鋼は只人の大鍛冶がそれら魔金属に並ぶ物を作ろうと、連綿と努力した結晶である。だが、工夫を重ねてもどうしても魔力を通すことも魔法を織り込むこともできなかった。金属その物の質では鋼を上回るのに、魔力込みだと鋼以下の性能になってしまうのである。
「では…」
「この剣を打った刀鍛冶は、芯に魔力を織り込んだ緋鋼を使い、周りを不破鋼で覆う形で打ち上げたとか。刀身の彫りから、芯にした緋鋼が覗いており申す」
「緋鋼!」
言われて見れば、確かに刀身の両面に何かの文字が刻まれており、溝の底には別種の…赤みを帯びた金属が見えている。
「希少な緋鋼を芯金に使うなど信じられませぬな…」
ドルトンが率直な感想を述べた。
「これは…文字なのでしょうか。見たことが無いが?」
オーウェンは刀身の文字らしき透かし彫りを見て首を捻る。
「ウルスの文字でもござらぬ。神代の象形文字のようです。一文字に言葉の『音』だけでなく、『意味』も込められているとか。どうも、この文字にも魔力を励起させる何かがあるとかで…」
「なんと…」
皆一様に唸ることしかできない。
魔金属の剣というだけで大概なのに、不破鋼と合わせて打ち上げた上に、文字による魔力付与など聞いた事も無い。
それでも判る事が一つある。この刀が恐ろしく希少だという事だ。
「こんな高級なもの、受け取れませんよ」
ほとんど悲鳴のようにステレが言う。ステレは<勇者>のように、何かの運命に導かれて世界を危機に陥れる<魔人>と戦う戦士ではないのだ。隣に住んでるにーちゃんのような魔人と、ただ単に『どっちが強いか試そうぜ』とド突き合いをしたいだけの脳筋剣士に過ぎないのである、魔法剣など分不相応だ。なんなら次も魔法木剣で勝負しても構わないと思っている。
「それが、見ての通りこの太刀は未完成でしてな、刃付けがされており申さん。このままでは、剣として使えぬのでござる。なので、現状は剣としての価値は無く、それ故に譲り受ける事が出来申した」
「なんでまた…」
これほどの剣であれば、仕上げることができればエン家当主の佩刀にすらなりうる。それをせず、一度会っただけのステレに譲るとは、どうにも解せない。
「話は単純で、この太刀を研げる砥石がござらん」
「あー…」
一同が「それか」という顔になる。ただでさえ硬い不破鋼に魔力を織り込んだ、前代未聞の剣なのだ。並みの砥石では歯が立たないだろう。
「いったい、どこから入手されたのです?それに、これを打った鍛治は判っているのでしょうか?これは付与の魔法を使える刀鍛冶でないと打てませんよ……あぁもちろん、秘すべき話であればお聞きしませんが」
そうドルトンが言った。商人はあちこちの工匠、未来の名匠を見つけるべく、常に情報を集めている。だが、こんな前代未聞の剣を打てる鍛治の噂すら聞いた事が無い。全く違う金属を張り合わるのは至難の業だ。鋼を鍛接するのでさえ、細心の注意を払わなければうまく接合しない。そうなれば強い衝撃でそこから剥がれてしまう。ましてや別種の金属、魔金属を取り扱って魔法を織り込み、不破鋼と組み合わせるなど人間業ではない。興味はあるが、もしエン家が囲い込んだ鍛治だというなら、それを公にはしない可能性も高い。
「いえ、来歴も伝えるように…と。なんでも、御屋形様がクヴァルシルの鍛治に便宜を図った返礼に貰ったものだと」
「クヴァルシルの刀鍛治が魔法剣を?」
「その時聞いた話では……」
そう言って、テンゲンはテンザンから聞いたこの刀の由来を話し始めた。
テンザンは、出入りの商人から、「諸侯国で古刀の調査をしたいと言う刀鍛冶に紹介状を貰えないか?」と持ち掛けれた。なんでも、自分の技術の向上のため過去の名物を実際に見分したいが、諸侯国の刀は希少財産でどこの家でも秘蔵され、ほとんど取りつく島も無いのだという。
どのような鍛治か訊ねると、最近になって取引を始めたクヴァルシルに住む<紅い空>という名の鍛冶で、腕は良いのだがどうにもデザインセンスが壊滅的らしく、優美さの足りない実用一点張りか、奇抜さだけで実用に欠けるか、どちらかの刃物にしかならないのだという。「そういう時は、過去の名品を『写す』事で、新たな道が開ける事もある」と助言したら、「なるほど」と早速名物見分の旅に出て、直ぐに大概の持ち主に断られて帰って来たのだという。商人は「そりゃそうですよ」と苦笑いして、テンザンに相談しに来たのである。
「まずは会ってみよう」そういうと、商人は<紅い空>と彼の打った短刀を携えてテンザンを訪れた。<紅い空>は、最初に会った時から礼儀の欠片も無い口調だった。意外ではあるが、男はウルスの言葉を話した。だから、通訳で誤魔化すことも出来なかった。諸侯国で五指に入る貴族の当主に、異国の刀鍛冶がタメグチ叩いて平然としているのである。テンザンは苦笑いしつつ、それをスルーした。クヴァルシルの工匠を幾人か知っており、彼らの多くが『自分の技術以外はポンコツ』である事を知っていたからだ。そも、彼は家臣でも無いので咎め立てても仕方ない。それにしてもこの男は、係る者に苦笑いをさせる達人らしかった。
そして、彼の打った刀は、確かに商人の言う通り…と感じた。鍛えは良く斬れ味も問題無いが、ほとんど工具である。テンザンは、古刀の名物を所有する懇意の家の当主宛てに何通か紹介状を書いてやった。あまり借りになるような事は避けたかった。だが。しばらく経った後、商人と<赤い空>が再び訪ねて来て、「できれば他の家も…」と心づけを積み上げた。これだけ熱心なのも昨今珍しい。テンザンは、相対する派閥の当主にも紹介状を書いてやった。そうして、一通りの名物を見聞し記録を取り終えると、<紅い空>が一人でふらりと現れ「この程度しか恩を返せないが」といって差し出したのがこの刀だった。
テンザンは刀を見て全身の産毛が逆立つのを感じた。刀身が纏う魔力を感じたのだ。この刀は人間に打てる物ではない。只人の鍛冶は魔金族を扱えない。だが、目の前の男は、森人とも岩人とも違う。
何者か問おうとした目に、僅かに殺気が籠っていたのだろうか。<紅い空>は「おっかないな、僕は工人だからやらないよ」と機先を制した。
「これほどの刀が打てるのに、ただの鋼の刀を見に来たというのを信じろと?」
テンザンの言葉がやや強くなる。
魔金属の剣を打ち上げる刀鍛冶が、今更百年以上前の鋼の刀を参考にして何になるというのだ。何か口実があってエン家に近づいたと考えるのが自然だ。
「これは刀じゃないよ、刃を付けた棒だ」
<紅い空>はそう言って、残念そうに笑った。
「僕が作るのは、どうしてもそういう単純なものになってしまうのさ。この国の刀の優美さを僕はどうにか超えたいと思っている。そのための見分なんだ」
確かに、片刃の刀の形をしているが、反りがほとんどなく古式の直刀のような姿をしている。
「僕は新しい作り方を色々試している。それはまぁ、普通の鍛治の手法とは違うもので、なかなか細かい調整が効かない。…いや、これでもだいぶマシになったんだよ。最初はそれこそ大きすぎて、大雑把すぎて、武器というより鉄塊と呼ぶしか無いような物しか作れなかったんだから。それに…どうも僕は、そっちの才能に欠けているようでね。僕が作った『普通に鍛えた』剣を見たでしょ?」
「あぁ…」
「絵にしろ彫刻にしろ……鍛治にしろ。なんらかの形を生み出すってのは、才能なんだよねぇ。まぁ天恵が無いのを嘆いても仕方無いので、僕が美しいと思う刀を写して、少しずつ直していければ…とね」
テンザンは真贋を見極めるがごとく、<紅い空>の発言、態度、そして剣…作品の全てを吟味した。工匠とは、自分の作る作品にこそ自分が写る。
…嘘はついていない…というのがテンザンの結論だった。
「一応は…受け入れよう」
「ありがとう。で、それは研究中の新作刀法で試した最新の試作品。なんとか使い物になりそうなところまで来た。なので潰さずにテンザンさんに上げる。不破鋼で緋鋼をくるんでみた」
「緋鋼だと…?」
「うん。さすがに大っぴらに見せられないから、今日は一人で来たんだ」
テンザンは、改めて剣を掲げて表裏供にじっと見つめる。剣は真っ黒で、紅い輝きはほとんど見えない。だが、纏う魔力は確かに魔金属の物だろう。
「たかが紹介状を書いた程度で、王家の宝庫にあるような剣を送られる謂れも無いが…」
「まぁ、実は裏があってさ。いい感じにできたと思ったら、焼入れ前から硬度が高すぎて、ヤスリも銑も歯が立たなくて未完成なんだ。だから研ぐのに苦労すると思うよ。今の所は使い物にならないけど、僕が目指しているものの中間点を見せたくて持ってきたんだ。腕が上がったら、テンザンさんにはちゃんとした刀を持って売り込みに来るよ。それまでの繋ぎってことで」
「なるほど。そういう事なら、ありがたく受け取ろう。今後とも当家と懇意にしてもらえるなら、お主がどこでこれほどの技術を身に着けたかも聞くまい」
「御屋形様は手を尽くされたものの、鍛治の言う通りどうやっても研ぐことができず、我が家に死蔵されており申した。鬼人殿にふさわしい刀を送りたいと懇願したところ、御屋形様は、ぜひこの太刀を研ぎ上げて佩刀としてほしいと、某に託された次第にござる」
「なんとまぁ…」
「どうでしょうか、この太刀を研ぎ上げる目はありましょうや?」
ドルトンとステレは、どちらからともなく、視線を合わせた。
「……やって見ねば判りませんが…おそらくは可能かと」
ドルトンがそう答えると、テンゲンは興味深そうに「ほう」と身を乗り出した。エン家お抱えの鍛冶師、砥ぎ師が匙を投げた刀をいかにして研ぐというのか?。
「私の住んでいる森の特産品の一つが、魔法の砥石なのですよ。いろいろ種類があって、中には魔金属の剣を研げる砥石もあったはずです」
ステレがそういうと、一瞬の間の後、テンゲンは声を上げて笑った。
「はははは!鬼人殿、これはもう天命でござろう。この太刀は是非ともお受け取り下され」
「とりあえずお預かりします」
「…研ぎ上げても返す必要はござらんぞ」
「……はい」
考えていることを先回りされ、ステレは渋々受け取ることにした。それよりも気になった事がある。
「それよりドルトン、その刀鍛冶の名前は…」
「はい、クヴァルシルで調査するよう、店員に命じます」
「…いかがなされた?その鍛治は既にほかの商人の紐付きのようでござるし、御屋形様も繋ぎを付けておられる様子」
確かに稀有な能力の刀鍛冶であろうが、ステレとドルトンの様子は青田買いという風にも見えない。むしろ、何か危険な人物を調査するような様子に見える。
「偶然なら良いのですが……その<紅い空>という変わった名前。大量の魔力が必要で、只人には扱えない魔金属を鍛造できる鍛治…という点が気になりました」
「と、申されると?」
「その刀鍛冶、魔人か?」
「たぶん」
「え?」
<夜明けの雲>の名を知らないテンゲンだけが、一人要領を得ずに困惑していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
刀鍛冶の名前は、某殺人奇剣の人から拝借しました。
拵はなく、抜き身の状態で布にくるまれていた。反りは浅くほとんど直刀と言って良い。小さな鍔と、両手持ちの長い柄が付いてる。切っ先が両刃になっていること、柄は別材で作り目釘で停めるのが諸侯国の刀の特徴だが、この刀はどちらもそうではなかった。刀身は切っ先まで片刃で、小さな鍔も柄も共金で打ち出されている。柄は丸棒ではなく板状で、鉄棒を曲げて作る火掻き棒のように、中央に細長い中空部が作られているのは、おそらく衝撃を緩和するためだろう。
なにより奇妙なのは、真っ黒なのだ。刀身も、鍔も、柄も。そして表面には加工の跡がそのまま残っている。
「これは焼き身なのでは?」
一目見てドルトンがそう言った。刀は炎に巻かれると表面が黒く燻され、焼入れによって反った刀身が元に戻ってしまいこういう姿になる。どんな名刀でも焼鈍されていて、武器としては使い物にならない。
「この刀はウルスの刀鍛冶が打った物ではござらん。これは…不破鋼(アダマンタイト)で打たれており申す。刃は元から黒く、研いでも黒いままなのでござるよ」
「不破鋼は剣にできぬと聞いていますが…」
オーウェンが、かつて聞いた話を口にした。
それにドルトンが答える。
「えぇ、恐ろしく硬いのでタガネやヤスリなどの工具にするのには良いのですが、一切魔力を通せません。もし魔力を込められる剣と打ち合ったら、たちまち刃毀れしてしまいます」
手練れの戦士は、自分の持つ剣に身体の延長のように強化魔法を通すことができる。また、いわゆる魔金属と呼ばれる魔銀や緋鋼、神銅の武具が珍重されるのは、人の魔力を纏わせるだけでなく、その内に魔法を織り込むことが可能だからなのだ。このため、ただの鋼より軽く強靭にできる。不破鋼は只人の大鍛冶がそれら魔金属に並ぶ物を作ろうと、連綿と努力した結晶である。だが、工夫を重ねてもどうしても魔力を通すことも魔法を織り込むこともできなかった。金属その物の質では鋼を上回るのに、魔力込みだと鋼以下の性能になってしまうのである。
「では…」
「この剣を打った刀鍛冶は、芯に魔力を織り込んだ緋鋼を使い、周りを不破鋼で覆う形で打ち上げたとか。刀身の彫りから、芯にした緋鋼が覗いており申す」
「緋鋼!」
言われて見れば、確かに刀身の両面に何かの文字が刻まれており、溝の底には別種の…赤みを帯びた金属が見えている。
「希少な緋鋼を芯金に使うなど信じられませぬな…」
ドルトンが率直な感想を述べた。
「これは…文字なのでしょうか。見たことが無いが?」
オーウェンは刀身の文字らしき透かし彫りを見て首を捻る。
「ウルスの文字でもござらぬ。神代の象形文字のようです。一文字に言葉の『音』だけでなく、『意味』も込められているとか。どうも、この文字にも魔力を励起させる何かがあるとかで…」
「なんと…」
皆一様に唸ることしかできない。
魔金属の剣というだけで大概なのに、不破鋼と合わせて打ち上げた上に、文字による魔力付与など聞いた事も無い。
それでも判る事が一つある。この刀が恐ろしく希少だという事だ。
「こんな高級なもの、受け取れませんよ」
ほとんど悲鳴のようにステレが言う。ステレは<勇者>のように、何かの運命に導かれて世界を危機に陥れる<魔人>と戦う戦士ではないのだ。隣に住んでるにーちゃんのような魔人と、ただ単に『どっちが強いか試そうぜ』とド突き合いをしたいだけの脳筋剣士に過ぎないのである、魔法剣など分不相応だ。なんなら次も魔法木剣で勝負しても構わないと思っている。
「それが、見ての通りこの太刀は未完成でしてな、刃付けがされており申さん。このままでは、剣として使えぬのでござる。なので、現状は剣としての価値は無く、それ故に譲り受ける事が出来申した」
「なんでまた…」
これほどの剣であれば、仕上げることができればエン家当主の佩刀にすらなりうる。それをせず、一度会っただけのステレに譲るとは、どうにも解せない。
「話は単純で、この太刀を研げる砥石がござらん」
「あー…」
一同が「それか」という顔になる。ただでさえ硬い不破鋼に魔力を織り込んだ、前代未聞の剣なのだ。並みの砥石では歯が立たないだろう。
「いったい、どこから入手されたのです?それに、これを打った鍛治は判っているのでしょうか?これは付与の魔法を使える刀鍛冶でないと打てませんよ……あぁもちろん、秘すべき話であればお聞きしませんが」
そうドルトンが言った。商人はあちこちの工匠、未来の名匠を見つけるべく、常に情報を集めている。だが、こんな前代未聞の剣を打てる鍛治の噂すら聞いた事が無い。全く違う金属を張り合わるのは至難の業だ。鋼を鍛接するのでさえ、細心の注意を払わなければうまく接合しない。そうなれば強い衝撃でそこから剥がれてしまう。ましてや別種の金属、魔金属を取り扱って魔法を織り込み、不破鋼と組み合わせるなど人間業ではない。興味はあるが、もしエン家が囲い込んだ鍛治だというなら、それを公にはしない可能性も高い。
「いえ、来歴も伝えるように…と。なんでも、御屋形様がクヴァルシルの鍛治に便宜を図った返礼に貰ったものだと」
「クヴァルシルの刀鍛治が魔法剣を?」
「その時聞いた話では……」
そう言って、テンゲンはテンザンから聞いたこの刀の由来を話し始めた。
テンザンは、出入りの商人から、「諸侯国で古刀の調査をしたいと言う刀鍛冶に紹介状を貰えないか?」と持ち掛けれた。なんでも、自分の技術の向上のため過去の名物を実際に見分したいが、諸侯国の刀は希少財産でどこの家でも秘蔵され、ほとんど取りつく島も無いのだという。
どのような鍛治か訊ねると、最近になって取引を始めたクヴァルシルに住む<紅い空>という名の鍛冶で、腕は良いのだがどうにもデザインセンスが壊滅的らしく、優美さの足りない実用一点張りか、奇抜さだけで実用に欠けるか、どちらかの刃物にしかならないのだという。「そういう時は、過去の名品を『写す』事で、新たな道が開ける事もある」と助言したら、「なるほど」と早速名物見分の旅に出て、直ぐに大概の持ち主に断られて帰って来たのだという。商人は「そりゃそうですよ」と苦笑いして、テンザンに相談しに来たのである。
「まずは会ってみよう」そういうと、商人は<紅い空>と彼の打った短刀を携えてテンザンを訪れた。<紅い空>は、最初に会った時から礼儀の欠片も無い口調だった。意外ではあるが、男はウルスの言葉を話した。だから、通訳で誤魔化すことも出来なかった。諸侯国で五指に入る貴族の当主に、異国の刀鍛冶がタメグチ叩いて平然としているのである。テンザンは苦笑いしつつ、それをスルーした。クヴァルシルの工匠を幾人か知っており、彼らの多くが『自分の技術以外はポンコツ』である事を知っていたからだ。そも、彼は家臣でも無いので咎め立てても仕方ない。それにしてもこの男は、係る者に苦笑いをさせる達人らしかった。
そして、彼の打った刀は、確かに商人の言う通り…と感じた。鍛えは良く斬れ味も問題無いが、ほとんど工具である。テンザンは、古刀の名物を所有する懇意の家の当主宛てに何通か紹介状を書いてやった。あまり借りになるような事は避けたかった。だが。しばらく経った後、商人と<赤い空>が再び訪ねて来て、「できれば他の家も…」と心づけを積み上げた。これだけ熱心なのも昨今珍しい。テンザンは、相対する派閥の当主にも紹介状を書いてやった。そうして、一通りの名物を見聞し記録を取り終えると、<紅い空>が一人でふらりと現れ「この程度しか恩を返せないが」といって差し出したのがこの刀だった。
テンザンは刀を見て全身の産毛が逆立つのを感じた。刀身が纏う魔力を感じたのだ。この刀は人間に打てる物ではない。只人の鍛冶は魔金族を扱えない。だが、目の前の男は、森人とも岩人とも違う。
何者か問おうとした目に、僅かに殺気が籠っていたのだろうか。<紅い空>は「おっかないな、僕は工人だからやらないよ」と機先を制した。
「これほどの刀が打てるのに、ただの鋼の刀を見に来たというのを信じろと?」
テンザンの言葉がやや強くなる。
魔金属の剣を打ち上げる刀鍛冶が、今更百年以上前の鋼の刀を参考にして何になるというのだ。何か口実があってエン家に近づいたと考えるのが自然だ。
「これは刀じゃないよ、刃を付けた棒だ」
<紅い空>はそう言って、残念そうに笑った。
「僕が作るのは、どうしてもそういう単純なものになってしまうのさ。この国の刀の優美さを僕はどうにか超えたいと思っている。そのための見分なんだ」
確かに、片刃の刀の形をしているが、反りがほとんどなく古式の直刀のような姿をしている。
「僕は新しい作り方を色々試している。それはまぁ、普通の鍛治の手法とは違うもので、なかなか細かい調整が効かない。…いや、これでもだいぶマシになったんだよ。最初はそれこそ大きすぎて、大雑把すぎて、武器というより鉄塊と呼ぶしか無いような物しか作れなかったんだから。それに…どうも僕は、そっちの才能に欠けているようでね。僕が作った『普通に鍛えた』剣を見たでしょ?」
「あぁ…」
「絵にしろ彫刻にしろ……鍛治にしろ。なんらかの形を生み出すってのは、才能なんだよねぇ。まぁ天恵が無いのを嘆いても仕方無いので、僕が美しいと思う刀を写して、少しずつ直していければ…とね」
テンザンは真贋を見極めるがごとく、<紅い空>の発言、態度、そして剣…作品の全てを吟味した。工匠とは、自分の作る作品にこそ自分が写る。
…嘘はついていない…というのがテンザンの結論だった。
「一応は…受け入れよう」
「ありがとう。で、それは研究中の新作刀法で試した最新の試作品。なんとか使い物になりそうなところまで来た。なので潰さずにテンザンさんに上げる。不破鋼で緋鋼をくるんでみた」
「緋鋼だと…?」
「うん。さすがに大っぴらに見せられないから、今日は一人で来たんだ」
テンザンは、改めて剣を掲げて表裏供にじっと見つめる。剣は真っ黒で、紅い輝きはほとんど見えない。だが、纏う魔力は確かに魔金属の物だろう。
「たかが紹介状を書いた程度で、王家の宝庫にあるような剣を送られる謂れも無いが…」
「まぁ、実は裏があってさ。いい感じにできたと思ったら、焼入れ前から硬度が高すぎて、ヤスリも銑も歯が立たなくて未完成なんだ。だから研ぐのに苦労すると思うよ。今の所は使い物にならないけど、僕が目指しているものの中間点を見せたくて持ってきたんだ。腕が上がったら、テンザンさんにはちゃんとした刀を持って売り込みに来るよ。それまでの繋ぎってことで」
「なるほど。そういう事なら、ありがたく受け取ろう。今後とも当家と懇意にしてもらえるなら、お主がどこでこれほどの技術を身に着けたかも聞くまい」
「御屋形様は手を尽くされたものの、鍛治の言う通りどうやっても研ぐことができず、我が家に死蔵されており申した。鬼人殿にふさわしい刀を送りたいと懇願したところ、御屋形様は、ぜひこの太刀を研ぎ上げて佩刀としてほしいと、某に託された次第にござる」
「なんとまぁ…」
「どうでしょうか、この太刀を研ぎ上げる目はありましょうや?」
ドルトンとステレは、どちらからともなく、視線を合わせた。
「……やって見ねば判りませんが…おそらくは可能かと」
ドルトンがそう答えると、テンゲンは興味深そうに「ほう」と身を乗り出した。エン家お抱えの鍛冶師、砥ぎ師が匙を投げた刀をいかにして研ぐというのか?。
「私の住んでいる森の特産品の一つが、魔法の砥石なのですよ。いろいろ種類があって、中には魔金属の剣を研げる砥石もあったはずです」
ステレがそういうと、一瞬の間の後、テンゲンは声を上げて笑った。
「はははは!鬼人殿、これはもう天命でござろう。この太刀は是非ともお受け取り下され」
「とりあえずお預かりします」
「…研ぎ上げても返す必要はござらんぞ」
「……はい」
考えていることを先回りされ、ステレは渋々受け取ることにした。それよりも気になった事がある。
「それよりドルトン、その刀鍛冶の名前は…」
「はい、クヴァルシルで調査するよう、店員に命じます」
「…いかがなされた?その鍛治は既にほかの商人の紐付きのようでござるし、御屋形様も繋ぎを付けておられる様子」
確かに稀有な能力の刀鍛冶であろうが、ステレとドルトンの様子は青田買いという風にも見えない。むしろ、何か危険な人物を調査するような様子に見える。
「偶然なら良いのですが……その<紅い空>という変わった名前。大量の魔力が必要で、只人には扱えない魔金属を鍛造できる鍛治…という点が気になりました」
「と、申されると?」
「その刀鍛冶、魔人か?」
「たぶん」
「え?」
<夜明けの雲>の名を知らないテンゲンだけが、一人要領を得ずに困惑していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
刀鍛冶の名前は、某殺人奇剣の人から拝借しました。
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名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
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#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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