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とある鬼人の前世(?)14 娼婦の心意気
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皇国南東部、白骨山脈を下ってすぐの宿場町、ナリ。村娘の恰好をしたステレが、市で買い物をしていた。
本隊は、離れた林の中で野営の準備をしている。ステレを始め何人かの騎士に見えない、目立たぬ体格・容姿の者数人で物資の調達に出たのである。どうにか旅を続けるための苦肉の策である。万が一にも正体を見破られないよう、トラブル…町のゴロツキや人狩りの犯罪に巻き込まれたら、捕まろうが売られようが殺されようが抵抗せず…というのは、グリフには秘密の不文律である。
メモを見ながら買い出しをしていたステレは、市場の外れの路地の奥に娼館があるのに気付いた。入口前では着飾った女が時折前を通る男に声をかけている。
一応貴族の娘だったステレは、娼婦など物語の中の存在だった。そして騎士になりたかったステレにとって、娼婦は対局にある職業だった。同じ女性であっても、娼婦の気持ちなど想像の埒外だった。
(あの人達は、どんな思いで男を抱いているのだろう…)
兵を抱く事、グリフと距離を置く事。全て覚悟してやったことだ。自分の悪評が流れる事も予想していた。そう、全ては覚悟していたはずだ。
だが、覚悟はしていたはずなのに、ステレの心が削れて行く。
彼らの心を落ち着かせるために、娼婦を演じているはずだった。なのに、ステレを一時の恋人として扱い、笑い、やさしく抱いてくれる男に自分は心から笑顔を向け、縋り、そして、明日もまた同じ事を繰り返す。
(あの人達は、どんな思いで男を抱いているのだろう…)
再びそう考えていたら、戸口の女がステレをじっと見ているのに気が付いた。薄衣を肩にかけた女が、ちょっと首を傾げるとステレに言った。
「あたしに何か用かしら?」
「…い、いえ、ごめんなさい」
おそらくは、街の女達にはあまり好意的な視線を向けられていないのだろう…と想像が付く。ステレは不躾な視線を謝罪した。だが、女は怒るでもなく、優し気な声のまま言った。
「ここで働きたいの?」
「そうではありませんが……どうしてそう思ったんですか?」
「ここでそこそこ長く働いて、どうしようもなくなって飛び込んで来る娘を、何度も面倒見たからね」
「私は…そんなに追い詰められた顔をしてたでしょうか?」
「あたしにはそう見えたわ。でも、働きたい訳じゃないのね?」
そう言われてステレは一瞬の躊躇の後、考えていた事を聞いて見ることにした。ずっと男所帯の中に居たステレは、同性の話し相手などいなかった。人恋しくなっていたのかもしれない。
「……お金ためではなく、何か別な理由でこの仕事をしている人は居るのだろうかと思って……」
「興味本位で首を突っ込むのはやめておいた方がいいわよ」
「私も仕事という訳じゃないけど……いえ、仕事か。何人もと寝ました。最初は男のため…そう思ってる間に、自分の気持ちがどんどん変わって行って。だからちょっと気になりました」
「あら、もう仕事していたのね。……誰にも相談できなかったの?」
ステレはギクリとする。一人誰にも相談できない娼婦など公には存在しないはずだ。何処の国でも大概は私娼は禁止されているのだから。だが、さすがに自分の身の上を話すことなど出来ない。ステレは自分の迂闊さを後悔していた。だが、黙っていると、女はふっと笑みを浮かべた。
「まぁ、誰にも話せない事情はあるわね。……そうね、一番はやっぱりお金よね。だってお金に困って身体を売るんだから。娼館で働くには、自分を長く売り続けなきゃいけないわ。だから、どうやったら客が喜んでくれるか?ただ一時の恋人、妻。客の理想の女になるように考えながら接待するの。男ってさ、年中盛ってるように見えるけど、やっぱりその気にならないと勃たないのよ?そうして続けてるうちに、なんとなく相手の考えてる事が判るようになる。そう考えたらさ、貴族の従僕だって、あたし達だって対して変わらないわね。大切な人のして欲しい事を察して働くんだから。あたし達は、その大切な人が毎回変わるだけの話」
乱暴な論法でクスクスと笑う女だったが、ステレは笑わない。腑に落ちる所があったからだ。
「そうして続けていると、あたし達の事を判ってくれる人も現れるのよ。そういうお客さんは損得抜きで大事にするわ。いいじゃない、自分のためだって。あたし達の世界は、この建物の中にしか無い。この中で自分を削って切り売りして生きているけど、そんなお客さんに巡り合えれば、まだこの狭い世界の中で生きて行こうって力が湧いて来る…ほんの少し、浮世の幸せってやつを感じる事ができるのよ。あなたもそんな……」
「おう、アーシュ、なんだその女は?お前んとこの新人か?」
最後まで言い終わらないうちに、剣士の恰好をした壮年の男が声をかけてきた。
「違うわよ、経験豊富なアーシュ姉さんの人生相談」
「なんだそりゃ?」
「女は金のみで抱かれるあらずってね。娼婦の心意気ってものを説明してあげてるのよ」
「ふうぅん…」
剣士はステレを上から下までねめつけた。
ステレの首筋の毛が逆立つ。男は、地味だが仕立ての良い上着を羽織っていた。ただ、その背中には身長に近い長さの両手剣を背負っている。伊達を強調するような派手な服ではないが、この剣と雰囲気で判る。この男は傭兵だ。しかもかなり腕が立つ。ステレの目には、男の周囲の光景が陽炎のように揺らいで見える……この男は…強い。自分では勝負にならないことは一目で判った。もし、自分の正体が露見したなら…ここで死ぬしか無い。
緊張するステレだったが、男はニッカリ笑うと、ステレが予想もしていなかった事を言った。
「姉ちゃん、時間あるか?。俺と飯でもどうだ?おごるぜ」
「…………はい?」
呆気にとられたステレは、恐ろしく間抜けな返事をしていた。
初対面のステレをいきなりナンパした、両手剣を背負った剣士はガランドと名乗った。
本隊は、離れた林の中で野営の準備をしている。ステレを始め何人かの騎士に見えない、目立たぬ体格・容姿の者数人で物資の調達に出たのである。どうにか旅を続けるための苦肉の策である。万が一にも正体を見破られないよう、トラブル…町のゴロツキや人狩りの犯罪に巻き込まれたら、捕まろうが売られようが殺されようが抵抗せず…というのは、グリフには秘密の不文律である。
メモを見ながら買い出しをしていたステレは、市場の外れの路地の奥に娼館があるのに気付いた。入口前では着飾った女が時折前を通る男に声をかけている。
一応貴族の娘だったステレは、娼婦など物語の中の存在だった。そして騎士になりたかったステレにとって、娼婦は対局にある職業だった。同じ女性であっても、娼婦の気持ちなど想像の埒外だった。
(あの人達は、どんな思いで男を抱いているのだろう…)
兵を抱く事、グリフと距離を置く事。全て覚悟してやったことだ。自分の悪評が流れる事も予想していた。そう、全ては覚悟していたはずだ。
だが、覚悟はしていたはずなのに、ステレの心が削れて行く。
彼らの心を落ち着かせるために、娼婦を演じているはずだった。なのに、ステレを一時の恋人として扱い、笑い、やさしく抱いてくれる男に自分は心から笑顔を向け、縋り、そして、明日もまた同じ事を繰り返す。
(あの人達は、どんな思いで男を抱いているのだろう…)
再びそう考えていたら、戸口の女がステレをじっと見ているのに気が付いた。薄衣を肩にかけた女が、ちょっと首を傾げるとステレに言った。
「あたしに何か用かしら?」
「…い、いえ、ごめんなさい」
おそらくは、街の女達にはあまり好意的な視線を向けられていないのだろう…と想像が付く。ステレは不躾な視線を謝罪した。だが、女は怒るでもなく、優し気な声のまま言った。
「ここで働きたいの?」
「そうではありませんが……どうしてそう思ったんですか?」
「ここでそこそこ長く働いて、どうしようもなくなって飛び込んで来る娘を、何度も面倒見たからね」
「私は…そんなに追い詰められた顔をしてたでしょうか?」
「あたしにはそう見えたわ。でも、働きたい訳じゃないのね?」
そう言われてステレは一瞬の躊躇の後、考えていた事を聞いて見ることにした。ずっと男所帯の中に居たステレは、同性の話し相手などいなかった。人恋しくなっていたのかもしれない。
「……お金ためではなく、何か別な理由でこの仕事をしている人は居るのだろうかと思って……」
「興味本位で首を突っ込むのはやめておいた方がいいわよ」
「私も仕事という訳じゃないけど……いえ、仕事か。何人もと寝ました。最初は男のため…そう思ってる間に、自分の気持ちがどんどん変わって行って。だからちょっと気になりました」
「あら、もう仕事していたのね。……誰にも相談できなかったの?」
ステレはギクリとする。一人誰にも相談できない娼婦など公には存在しないはずだ。何処の国でも大概は私娼は禁止されているのだから。だが、さすがに自分の身の上を話すことなど出来ない。ステレは自分の迂闊さを後悔していた。だが、黙っていると、女はふっと笑みを浮かべた。
「まぁ、誰にも話せない事情はあるわね。……そうね、一番はやっぱりお金よね。だってお金に困って身体を売るんだから。娼館で働くには、自分を長く売り続けなきゃいけないわ。だから、どうやったら客が喜んでくれるか?ただ一時の恋人、妻。客の理想の女になるように考えながら接待するの。男ってさ、年中盛ってるように見えるけど、やっぱりその気にならないと勃たないのよ?そうして続けてるうちに、なんとなく相手の考えてる事が判るようになる。そう考えたらさ、貴族の従僕だって、あたし達だって対して変わらないわね。大切な人のして欲しい事を察して働くんだから。あたし達は、その大切な人が毎回変わるだけの話」
乱暴な論法でクスクスと笑う女だったが、ステレは笑わない。腑に落ちる所があったからだ。
「そうして続けていると、あたし達の事を判ってくれる人も現れるのよ。そういうお客さんは損得抜きで大事にするわ。いいじゃない、自分のためだって。あたし達の世界は、この建物の中にしか無い。この中で自分を削って切り売りして生きているけど、そんなお客さんに巡り合えれば、まだこの狭い世界の中で生きて行こうって力が湧いて来る…ほんの少し、浮世の幸せってやつを感じる事ができるのよ。あなたもそんな……」
「おう、アーシュ、なんだその女は?お前んとこの新人か?」
最後まで言い終わらないうちに、剣士の恰好をした壮年の男が声をかけてきた。
「違うわよ、経験豊富なアーシュ姉さんの人生相談」
「なんだそりゃ?」
「女は金のみで抱かれるあらずってね。娼婦の心意気ってものを説明してあげてるのよ」
「ふうぅん…」
剣士はステレを上から下までねめつけた。
ステレの首筋の毛が逆立つ。男は、地味だが仕立ての良い上着を羽織っていた。ただ、その背中には身長に近い長さの両手剣を背負っている。伊達を強調するような派手な服ではないが、この剣と雰囲気で判る。この男は傭兵だ。しかもかなり腕が立つ。ステレの目には、男の周囲の光景が陽炎のように揺らいで見える……この男は…強い。自分では勝負にならないことは一目で判った。もし、自分の正体が露見したなら…ここで死ぬしか無い。
緊張するステレだったが、男はニッカリ笑うと、ステレが予想もしていなかった事を言った。
「姉ちゃん、時間あるか?。俺と飯でもどうだ?おごるぜ」
「…………はい?」
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追記:2025/09/20
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コメント頂けるとするかもしれないです。
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