魔の森の鬼人の非日常

暁丸

文字の大きさ
75 / 125

とある鬼人の前世(?)11 忠誠の形

しおりを挟む
 3人もの死者を出した合議の間は、検死の医師が駆け付けるなど、大変な騒ぎになって来た。なのにカーラは変わらず微笑したまま立っている。誰かが牢まで連れて戻らねばならないのに、誰もカーラに近づこうとしないからだ。
 ブレス王は、そんなカーラを鋭い目で見ていた。

 彼女は、どんな手段でアルデ卿の命を奪ったのだ?。
 後ろの騎士二人は、トリフランの報告通りと言える。首を折ったのは、さすがに貴族の目の前で人間の頭を粉砕するのは避けたのだろう。だが、アルデ卿は報告の間合いより更に遠距離で、しかも外傷も無しに死んでいる。
 この女は、その不可思議な攻撃で、自領を滅ぼし夫を殺害した命を下した王に復讐するために来たのだろうか?。
 …そうは思えない。アルデ卿を糾弾した手並みを見れば、彼女はカンフレーとグリフの討伐も黒幕はアルデ卿だと判っていたのだろう。だから、アルデ卿が居るの見て方針を変えた。つまり、最初は本当に王に進言するためだけに来たということになる。

 「カーラ夫人、其方は、余の疑問に答えられる…と申したな」
 「はい」
 「……誰ぞある、キーリング卿をこれへ」

 伝令として駆け出した兵が戻ると、その後を息せき切って初老の紳士が走って来た。王と対立して一時的に王に遠ざけられていた、王国宰相のキーリング侯爵である。侯爵は部屋に入る前に二度三度息を整えてから、王の前で最敬礼する。

 「陛下のお召しにより参上いたしました」
 「宰相、此度の討伐についてカーラ・カンフレーより聞き取りを行っていた所、興奮したアルデ卿が発作を起こし急死した。詳しい話はマーキス卿と円卓の諸侯から確認し、公爵家の相続等について取りまとめよ。マーキス卿、円卓については其方に任せる。……言いたい事があれば、後程聞く」

 口を開こうとしたマーキス卿を一声で黙らせる。

 「かしこまりました」

 王に遠ざけられ、突然の呼び出し、そして公爵の訃報という大事件であるのに、キーリング卿はいささかの驚きも見せなかった。既に情報を耳にして居たのだろう。
 それだけではなく、文官の最高位に就くこの男の、それは自負でもある。彼は王ではなく国家に仕えている。王にどう思われようとも、王にどのような処遇をされようとも、国家を運営するためにすべき事をする。王の機嫌など構っている場合ではなかった。

 「カーラ夫人、余への回答は謁見の間で聞こう。誰か、カーラ夫人の鎖を解き着替えの用意をいたせ」
 「なっ…陛下、お考え直し下さい。あの得体の知れない能力を使われたらいかがいたします」

 マーキス卿がブレス王を留めようとした。
 マーキス卿は、極秘裏にグリフ支援の動きをしている。だが、ブレス王の失脚を望んでいる訳では無かった。あえて言うなら、両天秤をかけている。彼が望むのは、キブト王を継げる王である。今の所は二人とも不十分と言わざるを得ない。ここでブレス王に倒れられては困るのだ。

 「アルデ卿が病死と申したのは其方では無いか」

 意に反することを認めざるを得なかった皮肉を込めて王が返した。

 「陛下も病死されないとも限りませぬ。何故それほど簡単にカーラ夫人をお信じになります?」
 「信じてはおらぬ。だが、アルデ卿の為した事が事実であるなら、余は円卓も信じられぬ。今この場で余が信じることができるのは、ゴージのみだ。もし、夫人がゴージの護りを破る力を持っているならそれまでの事だ。誰も夫人を止めることはできまい」

 マーキス卿は言葉に詰まる。王の円卓に対する不信は決定的である。
 王、宰相、円卓そしてこの場にはいない兵馬相(軍司令)がすべて円滑に回ってこそ国家は走る。だがアルデ卿の暴走のせいで、それがバラバラになろとしている。アルデ卿を蘇生させて、自分が息の根を止めたいくらいだった。

 ーーガシャッ
 音に気付いて見れば、カーラの腰に巻かれていた鎖が足元に落ちた音だった。カーラは手枷のまま鎖の端の輪を、素手で切り割って持っている。

 「夫人…なんだ今のは?」

 マーキス卿が剣呑な声で言った。言ってる矢先になんでややこしい真似をするのだこの女は。

 「数日着たきりでしたたので、特に鎖を巻いていた腰は汗でだいぶベタついていまして、着替えをいただけると聞いて嬉しさのあまり……」
 「…そうではなく、なぜ素手で鎖の輪が切れるのだ?」
 「自分で巻いた鎖ですもの、自分で解けるに決まっているじゃないですか」
 「……」

 カーラは見た目は只の貴族夫人だ。年齢の割に身体は引き締まっており、容姿もどちらかと言えば男性的なシャープな印象だが、体格は普通の女性だし指も男に比べたらほっそりしている。なのに、指先だけで鉄の鎖の輪をこじ開けた。貴族を煙に巻く言動といい、アルデ卿と騎士二人を一度に殺した技といい、まったく理解できない。したくもない。
 だが、二つ判った事がある。
 一つは、カーラはわざとやっているに違いないということ。そしてもう一つ。鉄の鎖でもカーラを拘束することはできないといことだ。腰に鎖をぐるぐる巻きにされて連行される哀れな姿は、王城に来るためのポーズでしか無かったのだ。ひょっとするとこの手枷すらも…

 「あ、手枷はお願いできます?。これは自分で付けたのでは無いので」
 「………」

 ……絶対わざとやっている。マーキス卿もブレス王も確信した。
 だが、ブレス王は、概ねカーラの為人を掴んでいた。カーラがその気であれば、犠牲者はとても3人では済まなかったはずだ。今その事実を見せることで、王の覚悟を計っている…。

 「夫人にはその気が無いという事だ。夫人がもし意趣返しに来たのなら、円卓の貴族を皆殺しにする事すら容易いことだっただろう。だが、アルデ卿一人が”病死”しただけだ」
 「ですが…」
 「もう良い。ゴージ、来い。夫人は準備ができ次第謁見の間へ、他は何人であろうと入る事を許さぬ」

 そう言い残し、ブレス王は専用の通路へと姿を消した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

処理中です...