魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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とある鬼人の前世(?)10 Q.E.D.

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 合議の間がざわめいた。

 「なんだと?それがなぜ陛下へのご進言になるのだ?」
 「話をはぐらかして、責任を逃れようというつもりではあるまいな」

 カーラを非難するような声も出たが、カーラは変わらず出来の悪い弟子に諭すように続ける。

 「事ここに至ったら、私が死なないと事が収まらないでしょうに。無駄な事はしませんよ。それならそれで、陛下にご助言申し上げてからと思って参りました。ですが、ここにアルデ卿がいらっしゃるなら、もう一歩踏み込んだお話が出来るというものです」
 「なんだと…」

 カーラは意味ありげに円卓の貴族を人差し指でぐるりと指さす。

 「円卓が先王陛下を弑逆した…」

 思いもよらぬ一言に、ブレス王は絶句し、アルデ卿は目を剥き、何人かの貴族は怒りのあまり、席を蹴倒す勢いで立ち上がろうとした。

 「…などという与太話を申し上げる気はございませんよ。先王陛下は心臓の発作で亡くなられました、それは間違いございません。あの方は命を削る覚悟で政務に就かれておりましたから。どちらにしろ長寿とは無縁の方でしたね」

 単純な挑発に乗ってしまったと気づき、貴族たちは席に座り直す。改めてマーキス卿の忠告に従うべきだったと、皆忌々しい思いでカーラを見ていた。

 「ですが、先王陛下はまだやるべき事が残っている…と、かなり強力な薬をご用意しておられました。何しろ、止まった心臓を強引に動かすような薬です。強すぎるので、使いすぎると副作用で寝たきりになりかねない薬ですが…実際、先王陛下はその薬で蘇生したことがおありです。そして先王陛下は、あと2回か3回まではその薬に耐えられたはずです」

 「何故そのような事を知っている?」

 ブレス王が口を挟んだ。息子の彼も初耳の話だった。

 「先王陛下から直接お聞きいたしました。謁見を許されますと、臣は愚痴とお小言ばかり聞かされておりましたので。…ですが、それを証明することはできません。愚かな女の虚言と取られても結構でございます」
 「夫人は、虚言を持って余への助言とするのか?」
 「いえ。この話は事実であろうと虚言であろうと、結果に大差無いのです」

 (つまり、最後まで話を聞いて判断しろということか)ブレス王はそう判断して、うなずいた。 

 「では、なぜその薬をお使いにならなかったのか?。薬は常に手の届く所に置いておられました。ご就寝中に発作に襲われてそのまま…。違いますね。先王陛下は平服で亡くなられておりましたから。……何故だとお思いです?」

 カーラが突如アルデ卿に振る。
 挑発に乗って軽率に怒りを見せたアルデ卿は、轍を踏むまいと一呼吸自分を落ち着かせた。

 「今の話が本当かも怪しいのに、答える意味があるとも思えんが。嘘で無いと仮定しても、先王陛下の御心など余人に測れる訳もない。ましてや、先王陛下が亡くなられらた所は誰も見ていないのだから」
 「誰にも看取られずに亡くなられた…ですか。それは違いますよね?王には、円卓の指示で影が二人着いていたはずです」

 アルデ卿の顔色が変わった。

 「でまかせを言うな!」
 「これは、間接的にですが証明できるのです。今も…付いていますよ、陛下にも。陛下の忠実な剣はお気づきかと」
 「余にも…だと」
 
 ブレス王は、全幅の信頼を寄せる護衛剣士を振り仰いだ。

 「影が…二人、誠か?」

 ゴージは表情も変えず、視線も動かさず、無言のまま頷いた。
 この男の感知能力は魔法をも上回る。ゴージの関知範囲に気づかれず侵入するのは、どんな手練れでも不可能である。現に今も天井と壁に潜む人物を捉えていた。だが、彼は間合いに入らねば何もしない。それを自ら王に伝えたりもしない、、、いや、できない。彼が自分の意思で行うのは、王の許しを得ずに間合いに入った者(物)を排除する。それだけである。人であろうと、矢であろうと、魔法だろうと。例外はない。だが、それ以外は、王に命じられない限りは何もしない。

 「アルデ卿、どういうことか。円卓は余を監視しておるのか」

 アルデ卿の拳がプルプルと震えている。
 護衛です…などと言い繕う事はできない。それなら王の許可を取れば済む話だからだ。内密で影を貼り付かせている以上、それは監視以外には無いはずだ。

 「そ、それが…円卓の役目なれば…」

 絞り出すように言う。
 (なんという事をしてくれたのだこの女は、今まで積み上げた王の円卓への信頼を、一瞬で崩してしまうとは…)
 アルデ卿は、今すぐカーラを絞め殺したい気分だった。

 「先王陛下は、気づきながらも、放置しておりました。『それが仕事だ』という事のようですね。ですが、報告を怠っていたとしたら、その影は先王陛下のご期待を裏切ったということです。影はなんの報告もしなかったのでしょうか?」
 「知らん!」
 「そして、先ほど先王陛下は一度薬の服用で事なきを得たことがある…と申し上げました。当然、影からそのご報告が上がっているはずですね。先王陛下は持病がおありで、発作によっては命に係わる…と」
 「知らん!」

 ブレス王も円卓の貴族も、カーラが何を言いたいのか既に理解していた。彼らは、影の報告など一言も聞いてはいなかったのだから。

 「さて、その影ですが…二人のうち一人が、王の身罷られた日に姿を消しています。消息は一切不明。その後、もう一人も姿を消し…こちらは行方が判っていますよ。突然の命令で南に向かい、国境を超えるところで消息を絶っている。そうですわね?」

 アルデ卿は何も言えない。ただ憎悪と殺意の籠った目でカーラを睨み付けている。

 「何故、先王陛下が亡くなられた日の影が、二人供消息を絶っているのか」

 そこで一旦言葉を切る。そして、さも『正解を思いついた』という笑顔で言った。

 「…とっても口封じの匂いがしますわね?」
 「この者を黙らせよ!陛下、耳を貸してはなりませんぞ」

 息を切らし、必死の形相で叫ぶが、ブレス王も円卓の貴族も、冷たい視線でアルデ卿を見つめている。
 アルデ卿が信頼を完全に失った事を見て取ると、カーラは一転して冷たい声で続けた。

 「確かに、円卓は先王陛下を弑してなどしておりませんでした。でも、先王陛下が身罷られた原因はアルデ卿、あなたですよ」
 「貴様、言うに事欠いて…!」
 「何故そう言い切れるか?影への指揮権を掌握し、円卓への報告を握りつぶし、合議をせずに円卓の名で命令を出しても咎められないのは、閣下。あなたしかいないのです」

 アルデ卿の命を受けても、カーラの後ろに立つ騎士二人は、死人のような顔色で動けずにいた。どう考えても聞いてはいけない話を聞いてしまったと判る。

 (もう…二歩…)

 「影が、薬をお使いになれない先王陛下に何も為さなかったのか、それとも…薬を手に取れないようにしたのか…」

 カーラは静かに、だが威圧を込めて一歩前進する。

 「実際の所、南方で消息を絶った影は殺されて埋められていました。ですが、身の危険を感じたのでしょうね、ちゃんと事のあらましを残していましたよ。誰に何を命じられたか…」
 「黙れ、その口を閉じ…」

 激高したアルデ卿が一歩踏み出した瞬間、カーラの身体が左足を軸に縦に回転した。
 目の前で翻ったスカートが、アルデ卿の見た最後の光景だった。くるりと回転したカーラが、薄く笑ったまま姿勢を正したその前で、アルデ卿は糸が切れたかのようにばたりと倒れた。そしてカーラの後ろに居た二人の騎士も同時に倒れる。二人とも頸椎が折れ即死していた。
 
 悲鳴が上がり、何人かの貴族がアルデ卿に取りすがり必死に呼びかけている。膝から崩れ落ちたアルデ卿は、既に心臓が止まっている。だが、どこにも打撃の跡すら付いていない。

 「あらあら、驚かせすぎたかしら?ちょっと脅しただけで、発作を起こすなんて」
 「白々しいにも程があるな」

 マーキス卿が呆れ果てたように言った。

 「その後ろの二人も発作だと言うつもりか?」
 「だから、部屋を出た方が…ってご忠告したんですよ。今の話は、一介の騎士が聞くには少々重すぎでしょう?」
 「重みで首が折れるほどにか」
 「上手い事をおっしゃる」

 カーラが手枷のままパチパチと指先で拍手をする。

 「この方々は、逃れようと暴れた私を取り押さえようとして死んだ事にして下さい。散々殺しましたので、ぐらい追加しても大差ありませんので」

 言外の意味に気づいたマーキス卿は、首を振ると立ち上がった。

 「アルデ卿は発作を起こし急死された」

 貴族たちは、しばらく無言のまま脳内で算盤をはじき、沈黙のまま受け入れた。アルデ卿が大逆に問われれば、その影響をかぶりかねない。カーラが外傷を残さずにアルデ卿を殺したのは、このためだ。物的証拠は一切ない。

 「余にそれを認めよというつもりか」

 ブレス王が怒気を込めて言う。正義と王権を重視するブレス王には、それは受け入れ難い欺瞞である。
 
 「今はお認めいただくしかございません。それが国益に叶う…と円卓から進言いたします」
 「この期に及んで、余に円卓を信じよと言うか」

 そう吐き捨てるブレス王だが、彼は無能な王ではない。真実を明らかにするか、全てを伏せたままアルデ卿が急死した事にするか。その影響を考えればどちらを取るのが正解かは明白だった。
 マーキス卿が引かぬとみると、ブレス王はしぶしぶながら「判った」とだけ告げた。

 「では」

 明るい声に、一同がカーラを見た。薄汚れ、手枷と鎖を付けられ、周りに3人の遺体が倒れているというのに、場違いなほどの笑顔だった。

 「臣の進言は以上でございます」

 そう言って、カーラは完璧な所作で淑女の礼をしたのだった。
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