魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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とある鬼人の前世(?)9  カーラは「好き勝手」の類

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 カンフレー家追討を果たした部隊は、王都に帰還した。だがそれはとても凱旋とは呼べない、まるで敗軍の帰還であった。そもそもが、密命を受けての討伐であり、華々しい凱旋などは望むべくも無かったが、それにしても、隠れるように僅かな部隊のみが王城に帰還するというのは異様である。しかし、実際作戦の成果と言えば、クリークス卿を討ち取り、カーラ夫人を捕縛したものの、王弟グリフの亡命を阻止できなかっただけでなく、主攻隊を率いる指揮官のヤウス卿とその護衛で名うての剣士であったダンタル卿までが戦死し、部隊も死傷率が4割に達する大損害である。しかも、討ち取ったクリークス卿の遺体をカンフレー勢に奪還されるという失態であった。
 これでは、とても事態を公にはできない。部隊はアルデ卿の命令で王都周囲の貴族家に入り、かん口令が敷かれた。その上で、最小限の隊のみがカーラを護送して王城に入ったのである。

 王城では、合議の間にブレス王と円卓の貴族が不機嫌な表情で集っていた。一段高い玉座にブレス王、やや離れて設置された円卓……一部が欠けた()型であるが……に貴族が座していた。彼らは、休憩を挟みながらではあるが、数日前からこの間に詰めている。そして、討伐部隊からの連絡が届く度に、彼らの眉間の皺が深くなっていくだ。
 特に、ブレス王はかなり不機嫌であった。今まで王命に異を唱えた事のなかったグリフが、王都への帰還命令を無視してカンフレー領へ逃げ込んだ時点で、もう最初から予定が狂っていた。しかも、あっさりとカタが付くと思っていたカンフレー家攻撃は、現場からの報告が届く度に損害ばかりが詰みあがって行く。集めた兵の家族への補償だけでも、相当の出費を覚悟せねばならない。
 この件に関して、王を強く諫めた宰相キーリング侯爵には、この件への関与を禁じた。王と円卓で処理しなければならない。

 「捕縛したカーラ・カンフレーを連行したとのことです」

 伝令の報告に、わずかに安堵の空気が流れた。
 様々武勇伝を持つカーラである。護送の道中での大暴れや、奪還を企てるカンフレー勢による襲撃が警戒されていたのだ。

 「地下牢に封じ込めろ。絶対に目を離すな」
 「それが…その…指揮を引き継いで帰還したトリフラン卿によると、カーラ・カンフレーは陛下に直接申し上げたい儀があるとの事で、是非とも謁見の手筈をと強く…その切羽詰まったように…」
 「何を馬鹿な…」
 「謀反人が、身の程を知らぬ奴め」

 円卓に座る貴族が、口々にカーラを非難する。いずれも、アルデ卿に近い貴族たちだった。

 「いかがなさいますか?」

 アルデ卿がちらりとブレス王を見た。
 アルデ卿としては、長年煮え湯を飲まされて来たカーラに、この機会に存分に恥をかかせてやりたいと考えていた。

 (何もかも思い通りになると思いあがった鬼女め、鬼人の取次ぎとて円卓の前では無力であると思い知らせてくれる)
 もちろん、表情には欠片も出さない。

 「臣は、あの女男爵めが、陛下と円卓を前にどんな弁明をするのか、聞いて見るのも一興かと存じますが」

 アルデ卿の悠々とした物言いに、円卓の貴族達は(おや?)という表情になった。半数の貴族は、アルデ卿が独断で勅命を取り付け、討伐の軍を送った事を苦々しい思いで見ていた。合議制の円卓ではあったが、昨今はアルデ卿とその与党が円卓を牛耳っていると言って良い。今回の討伐騒ぎも、彼らには寝耳に水である。(カンフレー家当主の主張を聞くべきでは?)と考える貴族も多かったから、当のアルデ卿が『カーラの話を聞きたい』と言い出すとは思ってもいなかった。

 「止めた方がよろしいかと。あれは曲者ですぞ」

 マーキス卿が、アルデ卿の意見に釘を挿したことで、貴族達は更に困惑することになった。マーキス卿は、円卓が招集され、事の顛末が報告された際に、アルデ卿の独断を最も強く非難した貴族である。だから中立の貴族たちは、マーキス卿こそが『カーラの主張を聞くべき』と主張するとばかり思っていたのだ。これではまるで逆では無いか。
 実際の所、アルデ卿はカーラの話を『聞くだけ』のつもりだった。言い訳を垂れ流し、命乞いをする愚かな女を嗤ってやるつもりだった。『話を聞く』と言えばマーキス卿もこの意見には反対しないだろうとばかり思っていたから、アルデ卿は忌々しい表情でマーキス卿を睨んだ。彼がただ反射的に自分の意見に反対しているだけに思えたのだ。だが、マーキス卿はそんな視線などどこ吹く風と続ける。

 「私は独断でカンフレー家を廃絶した手続きの瑕疵を認めるつもりはありませんが、それとカーラ夫人をこの場に呼ぶ事は別です。彼女の過去の行状を思い出して下さい。カーラ夫人が、ただ大人しく弁明などするとお思いですか?我らが予想もつかないとんでもないことをやるに決まっています。正直に申せば、追討の兵を出してしまった以上は、虜になどせず討ち取るべきだったと、そう思っています」
 「マーキス卿は随分と用心深いようですな」

 言い方は丁寧だが、アルデ卿は鼻で笑わん勢いだった。

 「女一人、今更何ができるというのです?。仮に陛下を害そうとしても…」

 アルデ卿は、ブレスの背後に立つ男に目を向ける。仮面のように表情を変えず、ただ何を見るとも言えない視点で前を見つめる男が立っていた。

 「あのゴージを斬れる者など居りますまい」
 「……それには同意するしかありませんな」

 マーキス卿が引き下がると、アルデ卿はニンマリと笑みを浮かべ、ブレス王を見た。

 (…陛下ではなく、あなたの心配をしているんですがね)と、マーキス卿は口には出さなかった。助言はした。それをどう受け取るかはアルデ卿次第だ。

 「会おう」

 円卓の貴族の議論が一段落すると、ブレス王は短く言った。一連の騒ぎの裏に、自分が知らない事が多すぎる気がする。一方の当事者の弁明に興味があった。それに、自分の命に逆らったグリフの考えを知ることができるかもしれない。



 カーラは、完全武装した兵に囲まれ、合議の間に通された。
 王の前に出るために、数日の間に垢じみた顔は拭かれ、乱れた髪も整えられているが、化粧もしておらず、薄汚れた衣服はそのままで、腰に巻かれた錆びた鎖のせいで、あちこちに赤茶色の汚れも付いている。その上に、頑丈な手枷まで付けられていた。『まるで物語の騎士のよう』とご婦人方に人気のあった容姿は見る影も無い。だが、泣きはらし、あるいは怯えた表情を期待していたアルデ卿は、忌々しさを隠そうともせずカーラを見た。武装し帯剣した兵二人が、カーラの腰鎖を持っている。なのに、カーラは意気揚々と部屋に入って来たのだ。しかも円卓の貴族が勢ぞろいしているのを見た途端、満面の笑みを浮かべた。

 「何をしている、罪人は跪…」
 「まぁまぁまぁ、まさか円卓が勢揃いしているとは。善行は積むものですわね。最後の最後でこのような幸運に恵まれるなんて」

 カーラはアルデ卿を無視して話し始めた。アルデ卿にわざと被せたのは明らかだった。王の前で許可なく発言するのも非礼である。だが、アルデ卿は怒るよりも、今の言葉の方に引っ掛かりを感じた。

 「幸運だと?」
 「えぇ、えぇ。このような機会でもなければ、公爵閣下にはお目通り願えなかったでしょうし」
 「儂に用だと?」
 「えぇ、そうです。あぁ今更ですが、発言をよろしいでしょうか?」

 本当に今更、カーラはブレス王に向かって腰を折った。

 「……許す」

 呆れと苦々しさと怒りと興味を同量混ぜ合わせた複雑な表情でブレス王が頷いた。
 本来、ブレス王はこのような無礼は絶対に許さない王だった。だが、カーラの立ち居振る舞いを見て気が変わった。なにしろ、態度はとことん軽いのに歩き方から礼まで所作だけは完璧なのである。儀典にうるさいブレス王には、それが一朝一夕で身に付くものではないと、一目でわかった。

 カーラは手枷のまま片手だけでスカートを摘み、膝を折った。

 「神意による至高の御方にご挨拶申し上げる。臣は第21代カンフレー家当主カーラ・カンフレーにございます。偉大なる御殿にご進言したき儀があり、千里の彼方より推参仕りました」

 カーラは、今はもう廃れて久しい、まだ中央集権が進まず諸侯が力を持っていた頃の儀礼を交えて王に挨拶した。相変わらず所作は完璧である。しかし、言葉は飾っているが『助言するために押し掛けました』と言ったのだ。

 「余に助言をしたいと」
 「左様です」
 「夫人は、余の知りたい事に答えられるのか?」
 「おそらくは」
 「なりませんぞ!」

 二人の会話にアルデ卿が割り込んだ。無礼だが形振りかまっている場合ではない。だが、ブレス王は片手で制した。

 「話を聞きたいと言ったのはアルデ卿だ、控えよ」

 王に直接そう言われれば、さすがのアルデ卿も引くしか無かった。

 「ところで、こちらの騎士お二人も、聞かなくて良いお話を耳にすることになりかねないのですが…」
 「その二人は当家の騎士だ。余計な事を気にする必要は無い」

 アルデ卿がイライラしながら言う。
 完全に想定外だった。カーラに主導権を握られたままだ。どうにかして取り戻さなければ…
 
 「指揮を引き継いだトリフラン様から、私についてのご報告は上がってらっしゃるのでしょう?」
 「10リク(約3m)離れたヤウス卿と護衛二人の頭を一瞬で吹き飛ばしたとあったな」

 マーキス卿が答えた。真面目に報告を吟味したのは彼だけだった。ほかの貴族は、責任逃れの与太話だと半ば聞き流していたのだ。

 「なので私は、この鎖の範囲以上には動きません。私が少しでも不振な動きは見せたら、容赦なく斬っていただいて結構」

 そう聞いて円卓の貴族はやや安堵したが、護衛の騎士は微妙な顔で鎖を見た。どう見ても10リクの長さは無い。

 「さて、ではお話を初めてよろしいでしょうか?」

 一体何を話すつもりなのだ…と一同がシンとする中、マーキス卿ただ一人だけが内心でため息を付いていた。
 アルデ卿だけでなく、ほかの貴族も…陛下さえも既に術中に嵌っている。何を話すつもりか知らないが、どうせろくでもない事に決まっている。やはり話など聞くべきでは無かったのではないか…。
 そんなマーキス卿の内心を知ってか知らずか、カーラはまるで講義する学者の如く話始めた。

 「さて、私のお話というのは、ただ一つ」

 カーラは手枷をされたまま、器用に人差し指を立てた。そのまま話ながら部屋を歩き始める。鎖を握る騎士も、あまりのフリーダムさに、止める事も忘れてカーラを見ている。

 「身罷られたキブト陛下のことです」
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