魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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とある鬼人の前世(?)16 <首取り>と呼ばれる男 2

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 ガランドは、見返りも求めず世の女性を助ける心優しき紳士…という訳では無い。単に、生きた女に欲情しない、壊れた人間だっただけの話である。

 ガランドは王都の平民の家に生まれた。ガランドが物心つく頃、父親は事業に失敗して酒に逃げた。借金を清算し蓄えが尽きると、母はとうとう身体を売って生活を支える事になる。ガランドは金属くずや使えるゴミを拾って母を助けようとしたが、度々同じような子供と取り合いの喧嘩を起こすようになり、戦いの仕方を自然に学ぶようになった。
 そうまでして生活を支えようとする母子だが、酒乱の父親に度々暴力を振るわれた。成長したガランドは、父親の暴力を自分に向けさせようと、敢えて反抗的な態度を取るようになった。殴られ続けるうちにコツを掴み、痛みにはだいぶ慣れた。働けるようになれば、母を連れてこの男から逃げ出すつもりだった。だが、家族相手にはタガが働くだろう…と考えていたガランドの考えは甘かった。ある時、激高した父親は剣を抜いてガランドを殺そうとし、ガランドをかばった母親の首を斬り飛ばした。人とも思えぬ絶叫に気付いた隣家が番所に通報し警邏が駆け付けた時、ガランドは母親の首を大事に抱え、部屋の端にうずくまっていた。父親は滅多刺しにされた上に首を刎ねられて死んでいた。あるいは、首を斬られた後に滅多刺しにされたのかもしれない。
 ガランドは未成年でもあり、また近所の住民も父親の暴力の酷さを証言してくれたので、死罪にはならずに済んだ。しばらく魂が抜けたような状態だったガランドは、監視もかねて一時教会付属の施設に入れられることになり、そこで教手の説法(カウンセリング)を受け、簡単な読み書きと計算も身に着けた。物覚えが良かったし、落ち着きが見られるようだったので、ガランドは社会復帰可能と判断された。しばらくの奉仕活動を終えると教会の推薦で篤志家の商家の下働きに入ることができた。
 ガランドは一見普通の少年だったし、商家でも真面目に働いた。だが、事件の影響だろうか、性徴期を過ぎても女性には全く興味を示さなくなっていた。彼が興奮を得ることができたのは、人の首が落ちる様を見たときだけだった。中央広場で稀に行われる公開処刑には必ず顔を出し、罪人の首が落ちる様を見て一人興奮していた。<王の手>アルカレルの太刀筋から、彼が隠した剣技を持っていると見抜き、弟子入りを志願したのもその頃である。ガランドは壊れてはいたが、狂ってはいなかった。師の前では性癖を隠そうとしたし、薄々気づいていたアルカレルも、矯正できるだろうと思っていた。昼は商家で働き、夜はアルカレルの下で研鑽を積む日々が続いたが、ガランドは泣き事一つ言わずに修練を積んだ。このまま落ち着くなら、自分の養子にして跡を継がせても良い…。アルカレルはそう考えてさえいた。だが、十分な技前となったと自他共に認めたとき、ガランドはアルカレルの元を出奔した。ガランドにとって、人の首を斬る欲求はもはや生きる目的にも等しかった。誰かの命令で首を斬るなど我慢ならなかったのだ。
 王国は十分平和で、傭兵の働く余地は少ない。ガランドは南に向かい、隣国での魔獣狩りや貴族同士の小競り合いに参加し、頭角を現すようになった。身代金の取れる身分の捕虜でも、気分次第で首を刎ねてしまう悪癖があり、<首取り>の異名が広まって行く。部下は、名を売るためにやっていると思っていたが、そうではない。ガランドにとって人間は、麦の穂か狩りのトロフィー程度の存在でしか無かったのだ。配下の頸を切らないのは、単に自分の手足だからだ。手足でなくなれば首を斬るのに躊躇は無い。
 そんなガランドも、娼婦には優しかった。誰でも良いという訳でもない。貴族相手の高級娼婦ではなく、どうしようも無くなって身体を売っている女たちだ。不思議なことに、ガランドにとっては彼女たちだけはトロフィーにして飾る対象では無かったようだ。別に身体を貪る訳ではない。何しろ、生首でなければ勃起しない男なのだから。ただ一緒に酒を呑んで、女の身の上話を聞き、酔って一緒に寝るだけだった。無理を言わず気前の良いガランドは、その物騒な異名とは裏腹に、娼婦からの人気は高かった。



 「整列。点呼報告せよ!」
 「気を付け、傾注!」

 かがり火の焚かれた野営地で、士官の号令が飛ぶ。普段なら寝に入るこの時間に、傭兵の一隊が出撃の準備をしていた。夜の行軍など、よほど練度の高い部隊で無いと行われない。だが、この一団は士官も兵も平然と準備をしていた。

 「我が隊はこれより夜間行軍を開始し、夜明け前に布陣。昼前までに近づくであろう敵を待ち伏せて襲撃する。ギリギリまで行動を伏せたのは、情報の漏洩を防ぐためである。獲物は、グラスヘイムの公子殿下一行だ」
 「おおっ」

 副長の訓示を聞いていた兵が思わず声を上げる。皇国も国内は安定していて、傭兵の需要はあまり高くない。だから、グリフ一行が獲物なのではないかという憶測は、皇国への移動中から流れていたのだ。

 「襲撃の発動は各小隊長に伝達済みである。その指示に従え。敵は少数だが、手練れが揃っている。特に隊長格の5人は相当に使う。無理はするな」
 「特別報奨は公子とこの5人だ。生死は問わん」

 副長に続き、隊長のガランドが追加した。

 「それは無理をしろって言ってますね」

 混ぜ返す声が出た。その声に恐れは一切無い。
 (いい傾向だ、士気は十分に上がっている。これなら、働きに期待できる)
 部下に満足した所で、ガランドはふと昼間の出来事を思い出した。

 「あと、一人だけ女がいるはずだ。もし生きていたら上に乗る前に俺んところに連れてこい」

 隊がざわついた。彼らの隊長が女を連れて来いなどと要求するのは初めての事だった。

 「何しろ、王都中の剣術使いに勝負を吹っかけて、王都出禁になったっていう面白い女だ。聞いた事ないか、ステレ・カンフレーって」

 ガランドがそう言うと、あちこちから声が上がった。

 「あぁ、確かにそんな貴族の娘の噂を聞いたことがあります」
 「今は公子の護衛をしてるとか?」
 「最近じゃ護衛どころか毎日男に跨ってるそうですぜ」
 「護衛って、男とやり合える腕なのか?」
 「腕が立とうが、俺の両手剣をブチ込めば一発で悲鳴を上げるさ」
 「お前のは短剣だろうよ」
 「女一人混じってるのに、公子も手を付けて無いそうだぜ。黒毛猿みたいなゴツい女なんじゃねぇか?髭生えてたりしてな」

 めいめいが勝手な事をいいながら、下品な笑いが広がっていく。そんな部下たちを他所に、ガランドは自分の手を見た。
 路地で女の手を引いたとき、彼女の手にあったのは剣ダコだった。
 妙に気品のあり、手に剣ダコのある見慣れぬ女が、グラスヘイムの公子一行と同時期に現れた……。

 不思議だ。
 あの女の顔も、娼婦たちと同じように泣きはらしているように見える。俺が守ってやらなきゃならない女だ。
そう思う一方で、あの女を首にして飾りたいという欲求が盛り上がって来る。

 「貴族の娘で剣士か。生きていたら、俺が貰うことにするか…」

 ガランドの呟きを聞いていたのは。夜風だけだった。
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