魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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とある鬼人の戦記 15 血戦5

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 轟音はハイリ卿の本陣にも届いていた。

 「なんだ、何が起きた?」

 ハイリ卿は、呆然として黒いキノコ雲を見ている。砦の遥か手前で火球が炸裂したように見えた。

 「火球が途中で迎撃されたようです。魔法使いの詰めていた陣地が吹き飛ばされています。あれでは魔法使いは…」
 「な、な、なんということだ…役立たずの魔法使いめ…」

 そう言いながら、一方ではこれで責任をリシャルに押し付けられるとも思っている。とにかく保身には知恵が回るのだ。

 「機に乗じて砦から敵が逆襲に出てるくかもしれん、各陣地前に傭兵を押し出して防御の陣を組め。騎士達にも出撃の準備をさせろ」

 我が身の可愛いハイリ卿は、火球が失敗するや即座に防御を固めるように命じた。この性格のせいで、実は防御に徹する限りはそこそこ使える指揮官なのだ。

 そこに大慌ての伝令が駆け込んできた。

 「閣下、ハイリ閣下」
 「今度はなんだ!?」
 「騎兵が、ツェンダフの騎兵です、騎兵の大部隊が後ろから…北の森から現れ、突っ込んできます」
 「な…に…?」

 言葉を失い呆然とした表情のハイリ卿は、幾分斜めに傾いでいた。



 彼方から「敵襲!敵襲!」という声が聞こえてきた。

 ダハルマ卿を自害させた後、山沿いの木立に紛れて姿を隠したまま、ギリギリまで南下してきたツェンダフ騎士隊は、火球の爆発音を耳にしたことで砦がのっぴきならない状態にある事を察し、街道に出て足を速め突撃を開始したのである。

 「なっ、どこから来た?」
 「馬を用意しろ、急げっ」

 下馬していた討伐軍の騎士には、馬上用の重い甲冑は外している者も居た。完全な奇襲に大混乱に陥り、必死に従士の名を呼ぶ騎士も居る。

 「防御方陣!急げ」

 傭兵隊の隊長が大慌てで命じる。
 右往左往する騎士達よりはよほど統制が取れている傭兵の歩兵隊が、長槍を手に密集し防御の陣を張ろうとした。完全に数は揃わなくとも、長槍の防御陣に躊躇なく突っ込める騎士はそう多くない。少しでも時間を稼いで騎士を繰り出さねばならない。だがその矢先、「ドカッ」という鈍い音と共に、集合していた兵が数名まとめて吹き飛ばされた。あたりに血煙が立ち肉片が飛び散る。傭兵たちは、めいめいがかなり頑丈な胸甲を付けていたが、ものの役にも立たない。

 「なんだっ今のはっ?」

 攻撃の来た方向を見れば、今しも丘の上の一人の騎士が何かを投げつけようとしていた。

 「伏せろっ」

 慌てて伏せる隊長の頭上を、風を切りながら石弾が通り過ぎて行った。遥か後方に着弾した石弾は砕けて派手な音を立てる。

 「あれは『剛力』だ。くそっ、まずい所に出てきやがる…」

 石を投げているのは、言わずと知れたソルメトロだった。総大将なのに真っ先に進出すると、射点として絶好の高台を見つけて陣取ったのだ。付いてきた護衛には、「俺のお守はいいからとにかく手頃な石を集めろ」と命じている。おかげで足許に子供の頭ほどもある石が山積みになっていた。
 騎士の犠牲をなるべく避けろとは言われていたが、傭兵は貴族じゃあない。そのくせボンクラ貴族よりは手強いから、少し減らしておいた方が良いだろう…。ソルメトロは次の石をブン投げる。密集していた兵が数名、また1発の石弾で防具ごと粉砕された。
 ソルメトロの投げる石は、とてもただの石とは思えない恐ろしい威力と精度だった。弓でソルメトロを射ようとした傭兵が下半身だけ残して消失したのを見て、傭兵隊長は歯噛みした。
 (なんなのだあの非常識な力は、まるで攻城用の大弩砲ではないか)。
 長槍兵が密集しなければ騎兵の突撃は防げない。だが密集したら人間攻城兵器の的にしかならない。あの威力では盾に魔力を通しても防ぐのも困難だし、動ける魔法使いはさっきの爆発でほぼ壊滅してしまっている。

 「騎士殿、あの男を追い払ってくれ、防御陣が張れない」

 傭兵隊長は近場の騎士に声を掛けたが、慌てるばかりでまだ騎乗すらできない有様だ。(役立たずめ、このままでは全滅するぞ)そう判断した傭兵隊長は、麾下の兵に散開して物陰に退避するよう命じた。身代金の対象となる事の少ない傭兵は、捕虜とされない事も多い。自分の身は自分で守るしか無いのだ。
 兵科は三すくみの状態にある。騎兵は投射兵を容易に蹂躙するが長槍の方陣には弱い。長槍の方陣は騎兵には強いが動きが鈍すぎて投射兵には一方的に撃たれるだけになる。投射兵は動きの鈍い方陣には強いが、機動力のある騎兵には蹂躙される。
 実際には、遮蔽物を置いたり、高台に陣取ったりだからこの通りではないが、現状、ソルメトロを攻撃できるのは騎兵だけなのだ、味方騎兵が敵の投射兵を排除しようとしないのに、その騎兵を護るために槍兵が一方的に撃たれるいわれは無い。それは給料外の仕事だ。

 対応の遅れと連携の悪さで、有力な歩兵戦力を有していたにも関わらず、王国軍はほとんど無抵抗でツェンダフ騎兵の突入を許す事となった。
 突入したツェンダフの騎士は、ようやく騎乗し始めた討伐軍騎士達が動き出す前にたちまち落馬させ、馬を追い散らした。なんとか態勢を整えて騎乗戦を挑む騎士もいたが、技量が違いすぎる。一合も槍を交わせず突き落とされた。そのうえ、突入したツェンダフ騎士達は、「ダハルマ卿討死」と大声で触れて回っている。その声が広がると、討伐軍の士気はたちまちに阻喪し、各所で降伏する騎士が相次いだ。
 脱出しようとして無理と悟ったハイリ卿は、本陣の東砦に逃げ込むと守りを固めて籠城に入った。救援の望めない状態で籠城しても大した意味は無いが、とにかく自分の安全が確保できない限り、降伏する気が無い。停戦にまでは応じたが、降伏勧告に来た軍使を相手にも条件闘争を持ち掛け、譲歩を引き出そうとしていた。


 ハイリ卿の前には、大きな傷が残り歪んだダハルマ卿の冑が置かれている。向かい合って座る軍使の後ろには、従騎士グレイブスと副官アートル卿が立ち、ダハルマ卿の戦死を証言していた。遺品の冑と側近二人を伴って交渉に赴き、ダハルマ卿の戦死を告げ降伏を促したのだが、ハイリ卿は「ダハルマ卿から指揮を預かっただけで自分には降伏する権限が無い」と主張し、戦死の証拠が無い以上は譲らぬ構えだった。この点では、ダハルマ卿の予測は外れた事になるが、それはダハルマ卿戦死の明確な証…首を見せなかったからだった。

 総大将のソルメトロは、自害したダハルマ卿の首を取ろうとはしなかった。
 この作戦を始めて以降、己を凍らせようと必死になるデルンシェの姿は、見ていて痛々しい程だった。元来、デルンシェはオーウェンと同様に快活で真っすぐで気持ちの良い男なのだ。そんな彼が、無理に無理を重ねている姿は見るに堪えない。もちろんデルンシェは人を殺す事を躊躇するを女々しい騎士ではない。優しいだけの男が、あの旅に耐えられるはずも無い。敬愛する師を討たねばならないことが、デルンシェをそこまで追い詰めていたのだ。
 ソルメトロは、自分の価値観でしか動かない男だった。法でも神の教えでも主の命令でもなく、自分の正しいと信じる道のみを行く男なのだ。幸いにもその道は世の正道からそれほど大きく外れていないから、ソルメトロは重罪に問われる事もなく今も生きて居られる。だが、「気にいらない事はしない」ソルメトロは、主に従う事が美徳の騎士には本来向かない男だった。そんなソルメトロは、たとえそれが作戦の内だとしても、デルンシェが敬愛する師を晒物にする気は毛頭なかった。
 そして、そこまでする必要が無い…という確信もあったのだ。

 当初は戦場で多くの騎士の目の前でダハルマ卿を討ち取り、敵の士気を折るつもりだった。それが、偶然が重なり戦場から離れた場所で討ち取る事になったから、討ち取った証拠に首が要る。その点に異論はない。だが、そもそも寄せ集めの討伐軍をまとめて指揮を取れるのは、ダハルマ卿以外に居ない。攻勢に出ているときはどうにかなっても、一旦不利になった自軍が崩れるのを防げる指揮官はそうそう居ない。極論すれば、仮にダハルマ卿が生きていたとしても、現場で指揮を取れなければ結局は同じ事だ。と、そう主張したのだ。
 「しかし、後任の指揮官が戦死を信じなかったら…」という声に、ソルメトロは「ともかく、あっちの大将の前で部下に証言させて見ろや。それで納得しないなら、俺がなんとかするわ」そう言って譲らず、ダハルマ卿の遺体をグレイブスと騎士達に返還したのだった。

 そして…その通りになった。奇襲により討伐軍の態勢を不利に追い込み、ダハルマ卿討ち死にを叫ぶだけで討伐軍は崩壊した。なによりツェンダフ騎士はダハルマ卿が向かった道から現れた。その事実がダハルマ卿の戦死に信憑性を与えたのだった。
 だが、後任の指揮官が戦死を信じない…というのもまた予想通りだった。この期に及んでもハイリ卿は納得せず、二人を罵りさえした。もちろん、ハイリ卿もダハルマ卿が戦死した可能性は高いと考えていたが、物証が無い事を盾に、どうにか譲歩を引き出そうとしていたのだ。

 「ハイリ卿、率直に申し上げます。そのような駆け引きをされるなら、相手を選ぶべきです」

 堂々巡りの議論に、やれやれという顔で軍使のバルジャンがそう告げる。彼はソルメトロが実家に居た頃の旧知の従騎士で、騎士というより金貸しか両替商にしか見えない雰囲気だった。亡命には同行していないが、ソルメトロがツェンダフ領にたどり着いたときには、ちゃっかり先回りして待っていた。そういう男である。
 この騎士にしてこの従騎士ありと言うべきか、礼儀は正しいが表情にはハイリ卿を軽視している事がありありとにじみ出ている。

 パシッ    ゴッ

 「この私を脅そうというのかね?」

 一方のハイリ卿も尊大な態度を崩さない。確かに状況は悪いが、ダハルマ卿もツェンダフ側もあえて大きな犠牲を出さないように戦っていたように見える。ならば、終戦を左右する自分には一定の価値があると思っている。それに、何よりこの軍使の態度が気に入らなかった。

 パシッ    ゴッ

 「私には降伏する権限はないが、無駄な犠牲を減らす責任がある以上………」

 弁舌を駆使して、どうにか自分の責任を回避しようと必死のハイリ卿は、奇妙な音に気付いた。

 パシッ    ゴッ

 パシッ    ゴッ

 「…さっきからなんの音だ?」

 重要な交渉中にも関わらず、ハイリ卿はきょろきょろとあたりを見渡す。

 「あぁ、ウチの大将がジれてんですよ」

 口調がやや変わったバルジャンが指さす方を見ると、本陣に掲げられていた旗が何本も無くなっていた。

 「え?」

 パシッ    ゴッ

 音と共に、本陣に立てられた旗が端から順になくなっていた。
 『パシッ』という音と共に旗竿が中途から砕け散り、直後に背後の土塁に『ゴッ』という鈍い音とともに土煙が上がる。ソルメトロが威嚇と暇つぶしに自陣から石を投げていたのだ。

 「ウチの大将、『敵の指揮官を挽肉にしちまえば手っ取り早く勝てるだろ』…って言ったのを、周りに止められてましてね。あんまり機嫌が良くないので、旗の近くに人を立たせない方がいいですよ」
 「大将って…ソルメトロが大将なの?」
 「知らなかったンすか?」

 薄ら笑いのバルジャンに、血の気の引いた顔でカクカクカクとハイリ卿が頷く。

 「で、どうします?」
 「……わ、私の身の安全を保証してくれるなら…」
 「賢明です。では降伏文書に署名を。それから部隊への命令書を書いて下さい。サリサリ砦の包囲隊にも軍使を出しますので」
 「……判った」

 最初から交渉の余地など無かった事に気づいたハイリ卿は、条件闘争を諦めた。これがソルメトロの言った「俺がなんとかする」の正体だった。ダハルマ卿の貫目に匹敵する将などいない…ソルメトロはそう予測していた。一見優秀でも、自分の身に敵の刃が届かない場所でないと戦う事のできない騎士が多いのだ。交渉の場に持ち込む…指呼の距離で相対すれば、自分の一睨みで折れるだろう…と踏んでいた。
 ちなみに、これでも折れない場合は本当に挽肉にしちまうつもりだったのは言うまでもない。

 これで討伐軍との戦闘は……終わらなかった。


 ダハルマ卿は西砦を攻囲するにあたり、部隊を編成直して命令通りに動ける部隊を選抜し、気位ばかり高い連中をサリサリ砦の抑えに廻した。勝手に動かれて余計な損害を出したくなかったからだ。だが、指揮を受け継ぐと、ハイリ卿はそれをすっかり入れ替えていた。ダハルマ卿の命に忠実な兵ばかりでは、自分の邪魔にしかならないからだ。
 そういった騎士達が、「王国騎士の意地」と称して降伏に応じていないというのだ。討伐軍の半数には届かない数で、一緒にいた傭兵隊と一部の騎士は陣地を出て降伏している。それでもかなりの数の騎士が残っていた、武力で制圧するなら相応の被害を覚悟しなければならない。

 「なんだかなぁ、騎士ってのは上に従うもんじゃないのか」
 「お前が言ってもなぁ」

 ソルメトロのぼやきにデルンシェが突っ込む。
 師を討った痛心を闘志に変え…八つ当たりとも言うが…、デルンシェは騎士隊の先頭に立って突っ込んだ。そうして、当たるを幸いに討伐軍の騎士を片っ端から突き落としている。しかも全員殺していないのだから凄まじい。ソルメトロがダハルマ卿の首を討たなかった事は、デルンシェの心を軽くした。どれだけ感謝しても足りないが、口にしようとはしなかった。この男は、自分が正しいと思う事をやっているだけで、それを恩に着せようなどと全く考えていないのだから。

 「今んところはちゃんとやってるだろう?給料もらってるからな。…まぁ仕方ない、爺さんの心残りを片付けてくるか…」
 「おい、ちょっと待て」

 面倒そうに馬に乗るソルメトロを、デルンシェは慌てて追いかけた。総大将自ら降伏勧告に行くつもりらしいが、目を離すとこの男は腕力で説得しかねない。


 サリサリ砦を封鎖する討伐軍の陣は、今や両面から完全に包囲されていた。ソルメトロは馬を停めると、剣帯ごと剣を外してデルンシェに放り投げ、丸腰のまま一人で砦の前まで進み出て大声で名乗りを上げた。
 
 「おーい、俺はツェンダフ軍大将のソルメトロだ。この通り武器は持ってねぇ、話があるからそっちの大将出てこい!」

 返事はないが、しばらく陣地の中で何事か揉めているようだった。ソルメトロは武器を持っていようがいまいが危険度に変わりは無いから当然とも言える。やがて騎士が三人出て来た。先頭の男が指揮官か代表者か、そういう人物なのだろう。

 「私は、王国騎士…」
 「名乗らんでいい、今お前らの名前を聞いても意味が無い」

 ソルメトロは、名乗ろうとする騎士の口上をあっさりと遮った。

 「なっ!貴様私を侮辱するのか!」
 「侮辱されないとでも思ってたのか?、阿呆共!」

 ソルメトロの大声は、固唾をのんで見守る陣地の兵の耳も震わせる。

 「お前らも王国騎士なら、指揮官の命に従え。討ち死にした総大将と、指揮を任された代将が、揃って降伏すると言っているのにそれに逆らうな。騎士ってのは上の命に従うものだ、死ねと言われたら死ぬ、降伏しろと言われたら降伏するんだ。どんなに理不尽でもな」

 後ろに居た騎士の一人が、怒りの声を上げた。

 「あなたは、騎士道を塵芥のようにしか思わない男だと聞いていた。そのあなたが騎士の道を説くというのか!」
 「おうよ、俺がなんでわざわざここまで来たと思ってるんだ?。敵も味方もなるべく騎士を死なすなと命令されてるからだよ。今の俺は一応殿下の騎士って事になってるから、給料分は命令に従って働くんだよ。…だが、なんでも命令通りにする気は無い。もし、俺の気にいらない命令をされたら俺は殿下にだって従う気は無い、今のお前たちと同じようにな。だがな、それは騎士の道ではなく俺の道だ。だから俺はそうなったら騎士を辞める。お前らも意地で命令に反するってなら、王国騎士をやめてからやりやがれ!」

 無法の騎士とバカにしていた男に正論でブン殴られ、騎士達は面食らった。何者にも従わないように見えるソルメトロは、その実揺るぎない信念に従って生きる男なのだから当然だった。騎士達はそれを見誤っていた。だが、騎士達はダハルマ卿を敬愛しているからこそハイリ卿の命令に逆らったのであり、簡単に引き下がる気は無かった。

 「戦死されたダハルマ閣下が、どうして降伏したなどと言うのだ。我々はダハルマ閣下の指揮だからこそ戦いを優位に進めていたのだ、勝手な采配でブチ壊した恥知らずのハイリ卿が降伏した今、それを止められなかった我らは泉下の閣下に顔向けできぬ。我ら一同、最後の一戦を戦ってから閣下の死出の供をする覚悟だ。我らを攻め滅ぼすというのなら、問答無用ですれば良いではないか」

 代表騎士の言葉に、ソルメトロは『救いようが無い』という表情でこめかみを抑える。 

 「あのなぁ…、ダハルマの爺さんは護衛の騎士に「自分が死んだら即座に降伏しろ、生きて王国に尽くせ」って、そう誓いを立てさせてから一騎討ちの名乗り上げてんだぞ。60過ぎた爺さんが、自分が死ねば戦いが終わって部下たちが助かる、そう覚悟して一騎討ちの名乗りを上げて、見事に闘って死んだんだよ。爺さんがどれだけお前らを死なせたくなかったか判らんか!」

 騎士達は衝撃を受けて立ち尽くしてしていた。ダハルマ卿の死の詳細な様子など伝わっていなかったからだ。それがダハルマ卿の最後の想いなら、自分たちがしている事は……

 「指揮官の命令も聞けない、爺さんの心も通じないなら、辞めるまでもなくお前らはもう王国騎士じゃねぇ。俺は、騎士を殺すなって言われているが、騎士以外には容赦する気は無い。お前らの名前なんぞ聞く意味が無いってのは、そういう事だ。名誉ある討ち死になどさせてやらん、十把一絡げで区別もつかない挽肉にしてやるから、まとめて掛かってこいや!」

 騎士達はソルメトロの気迫に圧倒された。この男は一人でこの陣地の騎士を皆殺しにする覚悟なのだ。それに、ソルメトロの言う事は一見滅茶苦茶ではあるが、理は通っている。これ以上抵抗するなら、騎士ではなく反逆者として処分すると言っているのだ。そうなれば、確かにダハルマ卿の心を無駄にすることになる。騎士の意地を見せるどころか、主家にも迷惑をかける事になるだろう。

 後ろの騎士二人が、先頭の騎士の腕を取り必死に何かをささやいていた。騎士はしばらくの間うつむき涙を流していたが、やがて顔を上げて剣を外すと、ソルメトロに差し出した。

 「降伏いたします」
 「改めて名を聞こう」

 ソルメトロが総大将らしい威厳で言った。

 「私はサリサリ砦の封鎖隊を預かる、王国騎士ヨジナ・ハイマンです。全ての責はどうか私に」
 「ヨジナ卿、貴君の決断に敬意を表す。貴君以下全ての騎士が王国騎士として名誉ある扱いを受けるよう、俺が請け負おう」

 暗に、「何もなかった」と告げて剣を受け取ると、ソルメトロは自陣に戻って行った。
 自陣ではデルンシェが半ば呆れた顔でソルメトロを見ていた。

 「意外だ、お前が正論で正面から論破するとは思わなかった…」

 ソルメトロは肩をすくめる。

 「死なすなって命令されてたし、何より爺さんがあいつらを生かすために命を捨てたって一点は揺るぎないからな。それを伝えて、ハッタリと勢いで丸め込みゃどうにかなるもんだ。…さて、ケリも付いたし殿下をお迎えに行くか、とっとと総大将を返上しねぇと肩凝ってしょうがない」

 柄でもない総大将を押し付けられて以降仏頂面の多かったソルメトロは、そう言ってようやく笑った。
 気に入らない命令などクソくらえのソルメトロが総大将を引き受けたのは、それが命令ではなく友の願いだったからである。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
例によって下書きが倍の長さに伸びた。そして主人公どこ行った?(2か月ぶり2回目)
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