魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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とある鬼人の戦記 14 血戦4

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 「よーし、よしよし、邪魔な出丸は黙ったぞ、やはり最初からこうすべきだったのだ」

 魔法使いの挙げた戦果にハイリ卿は上機嫌だった。

 「砦に降伏の気配はあるか?」
 「いえ、ありません」
 「そうかそうか、ならやむを得ないな。陣地を前進させるぞ、リシャル今度は城門を吹っ飛ばせ」

 気軽に言うハイリ卿に、リシャルは顔には出さないものの苦々しい思いだった。あの魔法は魔法使いを酷使しすぎるし、とにかく不安定で危険だ。その威力にも関わらず現在ほとんど禁忌扱いされているのは、その危険性のためなのだ。砦も再度の攻撃を予測しているだろう。前回よりも危険は各段に増す。だからこそ、火球を使わざるを得なくなった以上、最大の戦果を上げての早期の降伏を狙ったのだ。降伏の動きが無いということは、出丸は落としたが人的被害は思ったより少なかったのだろうか。魔法使いのメイガーが指揮を執っているのだから、この魔法の恐ろしさは十分に知っているはずなのだが…。砦側の事情はどうあれ、そうそう連発できる魔法ではない。次で決定的な打撃を与えるしかない。

 「魔法使いの魔力を出し尽くします。今日はあと1回しか使えませんが良いですね?」
 「まだ魔法使いはおるではないか?」
 「彼らは火球を守る相殺戦に必要です。出した瞬間に破裂させられたいですか?」

 威力を目の当たりにしているハイリ卿は、ふるふると首を振った。
 自分で使用を命じ、その威力に小躍りしながら、しかしその魔法を使ったリシャル以下の魔法使いに、ハイリ卿は恐ろしさを感じていた。あれを向けられたらひとたまりもない。そう考えて、多少は機嫌を取る事も考え始めていたが、同時にどうにかして魔法使用の責任を連中に押し付けなければ…とも考えていた。

 ハイリ卿の命により討伐軍陣地から傭兵隊が進出し、今まで出丸からの魔法と矢に阻止されて進出できなかった地点に障壁を並べ、瓦礫を積んで臨時の陣地を作った。砦の城壁からの射程ギリギリの距離だ。陣地は本当に急造で、敵の魔法や矢を防ぐ程度でしかない。兵を投入すればもっと頑丈に作れるだろうが、ハイリ卿だけでなく、騎士達も後方に下がって距離を取っている。王国兵は全く協力する気が無いようだった。土木作業を嫌っただけでなく、とにかく火球を恐れているのは明らかだった。リシャルが無理強いへの意趣返しとして、火球が危険な魔法である事を強調しすぎたのが原因である事は否めない。

 傭兵隊の護衛の元、リシャルは魔法使いに陣を組ませ砲弾の形成を始める。砦は静まりかえっており、妨害の兵すら出てこない。確かに砦の兵は少なく守りに徹するしかないだろうが、いっそ不気味なほどだった。
 静かな、しかし張り詰めた一燭時の時が過ぎ、限界まで魔力を込めた砲弾が完成すると傭兵隊は後方に下がってしまった。威力を見ている傭兵達は、万が一にでも味方の魔法で全滅などしたくなかった。それに、火球が完成した以上、もう兵が出てくる事は考えにくい。自殺願望でもあれば別だが。
 リシャルは火球を砦目掛けて慎重に誘導し始める。赤黒く輝く砲弾が陣地から姿を現すと、一転して砦から猛烈な数の矢や魔法の矢が飛来した。だが、討伐軍陣地からそれを上回る数の応射で攻撃は残らず相殺されてしまう。魔法使いの数で討伐軍の方が上回っていたし、リシャルは魔法の矢が得意な…複数目標を同時に攻撃するのが得意な魔法使いを、火球への魔力供給に参加させずに残していた。彼らなら、砦が威力範囲に入るまでどうにか迎撃を相殺し続ける事ができるはずだ。直撃させなくともこの魔法の威力は十分だ。城壁を崩すことは無理でも、城壁から迎撃しようとしている兵の大半は斃すことができるだろう。そこまで兵を喪えば、グリフなら降伏も視野に入れるのではないか。

 砦の必死の阻止射撃が相殺される中、リシャルは奇妙な矢に気付いた。輝くエネルギーを帯びた矢は確かに魔法の矢だが、それよりずいぶん長く…要するに、普通の矢の形をしている。そして飛び方も普通の矢のように、放物線を描いて火球目掛けて飛んできたのだ。それを討伐軍の魔法の矢が迎撃した。砕けずに相殺される。やはり魔法の矢だ。同じ矢がもう一本飛んできて、また相殺された。

 (なんだ、今の魔法の矢は?)

 砲弾の誘導に集中していたリシャルが違和感を感じた刹那、砲弾が炸裂した。

 それは敵陣を破壊するために魔法使いが全魔力を注ぎこんで編み上げた魔法だった。だが、込められた魔力に指向性がある訳では無いし、味方への損害を減らそうという意志もない。それが敵陣で破裂しようと自陣で破裂しようと、解放された魔法の威力に違いは無かった。
 轟音が轟き、爆風と熱が討伐軍の臨時陣地を丸ごと吹き飛ばした。真っ黒なキノコ雲が立ち上がり、あたりに舞い上げられた瓦礫が降り注ぐ。

 「ぐうっ」

 顔に当たった瓦礫の痛みでリシャルは呻いた。術者を狙う攻撃を避けるため障壁の陰に隠れていたが、爆風でその盾が吹き飛ばされてリシャルをなぎ倒したのだ。痛みに手を伸ばすと、額にぬるりとした感触がある。急造で大して頑丈な陣地では無かった。ハイリ卿に急かされて時間が無かったとはいえ、少なくとも安全圏までは敵弾を確実に相殺できるという油断があった。

 (くそっ、いったい何をしたんだ。何も見えなかったぞ。…まさか不可視の魔法の矢が実現していたのか?そんな噂も聞いた事ない)

 自分の操作に不手際は無かったはずだ。そうすると、外的要因…つまりは攻撃で破裂させられたとしか思えない。だが、砲弾を凝視していたはずのリシャルにも、何も見えなかった。
 爆発地点は、砦の出丸を破壊した時よりは距離が離れていたが、魔法障壁は敵の矢を防ぐ程度のささやかなものしか展開されていなかった。熱線の影響だろう周りでは火災が起きているようだ、煙に混じって髪の毛が焼ける匂いがする。
 周囲の状況を把握しようとしてリシャルは違和感に気付いた。キーンという耳鳴りは聞こえるが、周囲からはうめき声一つ聞こえない。おまけに真っ暗なのだ。まだ昼過ぎだったはずだ……。それに…周りでは火が燃えているのに…なんでこんなに…寒いんだ…

 (禁じられた魔法を使った…自業自得か…)

 リシャルの意識は急速に闇に沈んで行った。


 火球の呪文を撃墜したのは、イーヒロイスの矢だった。メイガーが魔法で作った不可視の矢で射たのである。メイガーの魔法とイーヒロイスの技が可能にした遠距離狙撃だった。

 魔力を威力のある矢に変換し、思い通りに飛ばし、目標に正確に当てる。それだけの魔法を織り込んだ「魔法の矢」には、これ以上の能力を付与する事が難しい。だから実現できれば圧倒的に有利になるが、「不可視の魔法の矢」は実現不可能だと言われている。
 だが、正確な術式を組んでも、飛ばない操れないメイガーの魔法の矢には、手を加える余地があった。どうやっても発動しない部分の余計な術式を取り除き、代わりに兵士が手に持って武器のように使えるよう「存在を強化する術式」を付加したのである。これがメイガーの武器具現化魔法の原理だった。
 この武器具現化の魔法で作った、『弓で放つ魔法の矢』に、不可視の術式を織り込むように工夫したのだ。不可視の術式はかなり大きく、メイガーも構築にかなり苦労した。リシャル達が火球に魔力を込めている間、砦に動きが無かったのはこのためだ。
 ただ矢を見えなくするなら、普通の矢に不可視の魔法を付与すれば済む。だが見えない矢を目標に命中させるのは想像以上に困難だ。それは暗闇で文字を書くに等しいのだ。そこでイーヒロイスは、メイガーの魔法で作った矢を不可視にできないか持ち掛けたのだ。術式と魔力で作るメイガーの矢は、寸分たがわず皆同じ矢になる。全く同じ矢ならば、イーヒロイスの腕をもってすれば全く同じ場所に当てる事ができる。的が見えようが見えまいが関係ない。逆に、的が見えるならば矢が見えなくても当てる事ができる。イーヒロイスは、先に普通の魔法の矢二本を放って弾道を把握し、三射目で不可視の呪文を付与した矢を射て火球に命中させた。魔法の矢が術者の視線で操られる以上、討伐軍の魔法使いがいかに魔法の矢の名手でも、見えない矢を相殺する事はできなかった。

 「見事だ」

 念のための五射目の矢を準備していたメイガーが、手を止めて呟く。歓喜より安堵の気持ちの方が遥かに大きかった。

 「この矢ならな」

 射程ギリギリの距離で、動く目標に見えない矢を当てる。大仕事をやってのけたイーヒロイスも、四射目を引き絞ろうとしていた弓を降ろし、そっけなく答えた。
 メイガーの魔法の矢は、寸分たがわず同じ形、同じ重さ、同じ釣り合い、同じしなりで、曲がりもゆがみもない。矢の違いによる補正をせずに射る事ができる。しかも、敵に回収されて使われる心配がないうえ、メイガーの魔力さえ回復すればいくらでも補充が利く。射手の理想の矢である。戦後にイーヒロイスが「便利すぎてつまらん」「あれに慣れたら射手が堕落する」と言ったほどだ。
 この矢あればこその戦果だった。

 周囲からは一拍遅れて大歓声が上がった。メイガー同様に安堵の気持ちが大きかったのだ。そっけなく返したイーヒロイスだが、その歓声を受ける表情は、言葉と裏腹に僅かに微笑んでいた。
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